発表内容:

①研究の背景・先行研究における問題点

鉄イオンなどの磁性イオンは、1つ1つが小さな磁石(スピン)としての性質を持ちます。3つの磁性イオンが正三角形の頂点に配置した時、お互いのスピンが反対を向こうとする力(反強磁性相互作用)が働くと、三角形の3つの頂点の間でその作用は三つ巴に拮抗し、最終的には互いに120度だけ傾いた方向を向いている状態(120度スピン構造)が安定になります(図1)。このとき、磁性イオンを右回りに順に数えるとスピンが「右回り」になる場合と「左回り」になる場合の2通りの状態ができます。この違いは「スピンカイラリティ」と呼ばれており、磁性体では重要な概念の一つです。しかしながら、この性質を物質において観測することは、1980年代中頃に東京大学の宮下精二教授らによって理論が提唱されてから、約30年もの間実現されていない未解決問題でした。

②研究内容

東京大学物性研究所の三田村裕幸助教と榊原俊郎教授、横浜国立大学大学院工学研究院の綿貫竜太特別研究教員、日本原子力研究開発機構量子ビーム応用センターの金子耕士研究副主幹らのグループは、正三角形を敷き詰めた格子(完全三角格子)の頂点に磁性イオン(3価の鉄イオン)が配置された構造を持つ物質、モリブデン酸鉄(III)ルビジウムRbFe(MoO4)2(図3)の強誘電性に着目しました。ただし、この物質ではスピンカイラリティと同時に、らせん的なスピン構造によるスピンヘリシティ(平面上だけでなく、らせん階段のようにらせん型にスピンが配置する場合の、スピンの右回り・左回りの違い、図2)の要素も併せ持ち、どちらもこの強誘電性の起源である可能性がありました。同グループは中性子散乱日米協力事業に基づいて、オークリッジ国立研究所(ORNL)の広角中性子回折装置(WAND)において実験を行い、RbFe(MoO4)2のスピンヘリシティが3.8テスラ(注5)という磁場の値に達したときに不連続に変化していることを見いだしました。同時に横浜国立大学のパルス強磁場発生施設において、三田村助教らが日本で初めて開発した手法で電気分極(注6)測定を行い、3.8テスラという磁場においても電気分極はほとんど連続的であることを確認しました(図4)。これにより、この物質の強誘電性はスピンヘリシティとは関係がなく、むしろスピンカイラリティに由来するものであることが明らかになりました。これらの測定結果は、スピンカイラリティを物質の特性として初めて観測した例であり、本研究で明らかになった強誘電性を引き起こすメカニズムは従来の理論では説明できない全く新しい機構によるものです。

さらに、この現象が現れるのは反強磁性相互作用を持った完全三角格子(完全三角格子反強磁性体、注7)の中でもごく一部の結晶構造に限られており、同グループは実験だけではなくその発生条件も理論的に明らかにしました。

③社会的意義・今後の予定

磁性と強誘電性の性質を併せ持つマルチフェロイック物質は、磁場で電気分極を制御したり、電場で磁化を制御したりできることから、低消費電力で高速で働く機能性電子材料として近年大変期待されており、新物質が盛んに探索されています。本研究により明らかになったスピンカイラリティの特性はマルチフェロイックの新たなメカニズムとして、多機能性材料や電子デバイスの開発に新しい道筋を示すものです。その1つは電気による磁気記録書き込み技術への応用で、省エネルギーの次世代型メモリの開発への可能性が広がります。また、ある条件のもとでマルチフェロイック物質の表から裏に光を通したときと裏から表に光を通したときでは光の透過率が異なる性質(方向2色性)がありますが、この物質では磁場によりこの方向2色性を連続的に制御できると考えられるので新しい原理による光スイッチなどの光学デバイスへの応用の可能性も大いに期待されます。

本成果の詳細は、Physical Review Letters(10月3日付け)に掲載されます。

発表雑誌:

雑誌名:「Physical Review Letters」(10月3日付け)
論文タイトル:Spin-Chirality-Driven Ferroelectricity on a Perfect Triangular Lattice Antiferromagnet
著者:H. Mitamura*, R. Watanuki*, K. Kaneko, N. Onozaki, Y. Amou, S. Kittaka,
R. Kobayashi, Y. Shimura, I. Yamamoto, K. Suzuki, S. Chi, and T. Sakakibara
アブストラクトURL:http://journals.aps.org/prl/accepted

注意事項:特になし


戻る