背景

水を大気圧中で摂氏0度以下に冷やすと氷になります。また、加熱して摂氏100度にすると沸騰して水蒸気になります。これは相転移の身近な例と言えます。他には、磁石を高温にすると磁性を失うことも相転移の例として挙げられます。
 相転移が生じる温度、圧力などを臨界点と言います。この臨界点近くでは物質の密度や磁化率5)(磁石になり易い傾向)、比熱などの性質が急激に変化することが知られています。
 自然界には、多くの相転移(例えば、液相/気相転移、磁性/非磁性転移、金属/絶縁体転移)が存在します。例えば水の温度—圧力相図(図1左)では、液体と気体の境界線(図中の黒線)に沿って、温度と圧力を上げてゆくと、温度374 ℃、圧力22.1 MPaで臨界点に到達します。この臨界点の温度または圧力を超えると水は液体と気体の区別が付かなくなる「超臨界水6)」となります。

一方、強磁性体(磁石)においては、温度-磁化率相図(図1右)から分かるように、臨界点を境に高温領域では磁性が急速に消失してきます。しかし、外部磁場を加えると磁性が再び誘起され、高温領域でも「磁石になる傾向」は残ります。この「指標」を磁化率と呼びます。図中赤線で示したのが強磁性体に見られる一般的な磁化率の温度変化です。高温から温度を下げ、臨界点に近づいてゆくと、臨界点近傍で磁化率が急激に増大していきます。

上で述べた臨界点付近における物質の挙動は臨界現象と呼ばれます。自然界には100を越える元素、さらにそれらを組み合わせた無数の物質が存在し、それぞれが様々な形で相転移を起こしますが臨界現象に注目すると、それらは幾つかのタイプに分類される事が知られています。例えば液体から気体への相転移と、特定の磁石の方向性を持つ強磁性体の相転移とは、同じ理論で記述することが出来ます。

図 1 (左)水の温度—圧力相図 (右)強磁性体(磁石)の温度-磁化率相図

図 1 (左)水の温度—圧力相図 (右)強磁性体(磁石)の温度-磁化率相図

研究の手法と成果

強磁性は超伝導と競合する性質であり、両者は共存しないと長く考えられてきました。しかし、2000年以降、ウラン化合物UGe2, URhGe, UCoGeで強磁性状態と超伝導の共存が発見され、これらはウラン系強磁性超伝導体と呼ばれ多くの興味を集めています。

当研究グループは、このウラン系強磁性超伝導体の強磁性そのものが、鉄等で見られる通常の強磁性と異なる性質を持っているのではないかと考え、強磁性を特徴付ける相転移近傍での臨界現象(詳細な磁性の変化)を調べることで、磁性の特徴を明らかにすることを目的としました。相転移は、試料内部の不純物の影響を強く受け易いため、詳しい相転移現象を調べるには、試料から不純物を可能な限り除去する必要があります。当研究グループは、独自の高純度単結晶7)作成技術を有しており、世界最高レベルの極めて純度の高い単結晶の作成に成功し、この試料を用いて臨界点に極めて近い領域での温度及び磁場に対する磁化の応答を精密に測定してデータを分析しました。

図2にURhGeについて得られたデータの例を示します。URhGeの臨界点は、温度が9.45 K(ケルビン)であり、その周辺で臨界現象が現れるため、温度及び磁場を精密に制御しながら磁化の応答のデータを取得しました(図2左)。そして、得られたデータを解析し、磁化率の変化を数学的に表現した臨界指数8)を決定した結果、これまでにない値を示しました(図2右)。臨界指数の一つγは、理論的には1.238となるべきですが、URhGeの実験からは1.0が得られています。別のウラン系強磁性超伝導体UGe2でもほぼ同じ値が得られています。

図 2 実験データ(左)の解析から得られたURhGeの磁化率(右図実線)。理論の予測(点線)と大きく異なる。

図 2 実験データ(左)の解析から得られたURhGeの磁化率(右図実線)。
理論の予測(点線)と大きく異なる。

強磁性体の臨界指数は古くから理論的に研究されており、様々な種類の強磁性体の臨界指数が示されています。今回調べたウラン系強磁性体は、いずれも磁石が特定の方向に向きやすい性質を持っています。しかし、本研究の結果で示された臨界指数は、これまでの性質を持つ強磁性体を記述する理論と一致しないばかりか、一般の磁性体を記述する理論でも説明できません。

これは固体物理における新たな相転移現象の存在を示唆するものと期待されます。また、これまでの磁石にない特殊な磁性を持っている可能性があり、磁性が共存する超伝導メカニズムの解明に向けた大きな一歩ともいえます。

本研究の波及効果と今後の期待

これまでの研究では、ウラン系強磁性超伝導体は、特定の方向性を持った磁石の性質を有するとの認識がありましたが、本研究で明らかにした磁化率の変化は、ウラン系強磁性超伝導体が全く新しいタイプの磁石の性質を有することを示しています。このことは、ウラン原子が有する電子の特性に強く影響を受けていると考えられます。

今回、明らかとなった新しいタイプの磁石の性質の起源解明には今後の研究が必要となりますが、磁石の源である、ウランのもつ電子の固体中の振舞には、まだ知られていない部分が多くあり、それが超伝導になる磁石を生み出していると考えられます。

ウラン化合物は、様々な条件下で磁性と超伝導の性質が表れる興味深い物質群であるため、大きな関心を集めています。それは、このような性質が他の物質にはなく、電子の性質や相転移現象を調べる格好の物質だからです。そのなかでもウラン系強磁性超伝導体は、強磁性と超伝導が共存する唯一の物質であり、その物性の解明が広く物質科学の多くの謎の解明につながるため、現在、精力的な研究が行われています。

今回の発見は、原子力基礎研究を通して、固体物理学における相転移の研究に新たな展開を提供するとともに、超伝導を含めた新しい機能をもったウラン化合物を作るための原理の解明につながり、将来の原子力科学の発展にも寄与すると期待されます。

本研究成果は、米国物理学会誌「Physical Review B (フィジカルレビューB)」オンライン版に、Editors' Suggestion(注目論文)として掲載されています。

URL: https://journals.aps.org/prb/abstract/10.1103/PhysRevB.89.064420


参考文献
[1] N. Tateiwa, Y. Haga, T. D. Matsuda, E. Yamamoto, and Zachary Fisk, Phys. Rev. B 89, 064420 (2014).

 


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