原子力機構の価値 ~原子力の社会実装に向けて~

日刊工業新聞にて毎週火曜日連載中

007 干し芋の「しっとり感」計測

掲載日:2022年12月27日

物質科学研究センター 階層構造研究グループ
研究主幹 中川 洋

イモ類は世界中の人々の主食となっている。また、干し芋は海外では乾燥処理や3Dプリント加工の研究が行われており、注目を集めている食品だ。その分子構造を理解できれば製造や品質管理、保存、流通、調理で大きな飛躍が期待できる。我が国の干し芋産業が海外展開する際の有力なツールにもなりうる。

中性子散乱

ミクロ構造解明

干し芋は茨城県東海村やひたちなか市の名産品だ。しっとりとした食感は嗜好品として人気が高い。その「しっとり感」と保存性は矛盾する。しかし、「しっとり感」の正体を中性子散乱で計測し、そのミクロな構造を解明できれば、柔らかな食感を持ちつつも保存性に優れた加工方法が実現できるかもしれない。さらにそれは、世界中の国々で主食となっているイモ類の加工や流通に、大きく貢献ができる可能性を秘める。

一般的に水分が多ければソフトで口当たりのよい食感になるが、微生物の増殖により食品を腐敗させる。魚の干物など多くの伝統的な乾燥食品は、食品を乾燥させることにより水分含有量が減り、脱水和と呼ばれる現象が起きることで食品自体がガラス化し、食品の安定性・保存性が向上する。

品質をデザイン

低水分食品は原子と分子が不規則に密集しているアモルファス状態になるが、水分や温度の変化に伴ってガラス・ラバー転移を起こし、これが食品のもっちり感やパリッと感といった食感につながる。

これらの現象は食品を構成する分子のミクロな構造と関係する。しかし、食品保存の加工技術は伝統的な知恵によるもので、その科学的なメカニズムは未解明な点が多い。

原子力機構のJRR-3研究用原子炉で利用できる中性子散乱計測法では、その食品のミクロ構造や水の分子運動、水の分布状態が分かる。食品の食感や保存性をミクロ構造から把握し改良につなげる技術は、品質を予測・制御・デザインすることに道をひらく。

水分量の変化に伴う干し芋の水分状態とガラス状態の変化をミクロ構造の観点から解明し、干し芋が保存性を損なわずに柔らかな食感を保持するための水分条件を決定することができれば、干し芋の食品機能特性が飛躍的に向上する。

また、干し芋は従来からの天日干しのほか、機械乾燥によって作られることも多い。乾燥プロセスにおける干し芋のミクロ構造を解明できれば、おいしい干し芋が一年中どこでも食べられるようになる。

QOL高める

食は人に密接に関わり、食に対する嗜好性は人のQOL(quality of life)の向上にもつながる。干し芋のような地域食品についての研究は、地域の社会・経済的効果とも関係するため波及効果は大きい。