一般寄附金

若手研究・技術者による斬新で
挑戦的な活動へのご支援

研究者紹介

令和4年度萌芽研究開発制度 ラジウムの電子状態評価による粘土鉱物への微視的吸着構造の精密決定

システム計算科学センターシミュレーション技術開発室 山口 瑛子

放射性元素であるラジウム(Ra)は安定同位体がなく、一番半減期が長い核種は半減期1600年の226Raです。Raはウランやトリウムから生成するため、ウラン鉱床周辺の環境汚染問題や地層処分で重要な元素です。海外では、人為的影響のない地域でも飲料水中Ra濃度の基準値超過が報告されており、さらにシェールガス開発によるRa汚染も懸念されています。Raの危険性が懸念される一方で、近年では223Raがα線を用いたがん治療に利用され、さらにがん治療薬として期待されるアクチニウム-225の原料として226Raが着目されるなど、核医学の分野で資源としても注目されています。したがって環境中でのRaの挙動を明らかにできれば、環境汚染の防止や核医学のための資源探査など、様々な分野に応用することができます。しかし、Raには安定同位体が存在しないことや壊変によって希ガスのラドンを生成するといった取り扱いの難しさから、分光学的手法によるRaの測定が難しく、環境挙動の解明に重要なRaの分子レベルでの情報はこれまで得られていませんでした。

図1. 分子レベルの吸着構造の違い

一方、粘土鉱物は雲母鉱物などの風化によって生成する鉱物で、地球表層に広く存在しています。粘土鉱物は多くの陽イオンを吸着することができるため、様々な元素の環境挙動を支配しています。例えば原子力発電所の事故から放出された放射性セシウム(Cs)は土壌表層に固定されたことが知られていますが、これは粘土鉱物に強く吸着されたためだと考えられています。ただし、粘土鉱物は全ての元素を強く吸着するわけではありません。現代社会を支える資源として重要なレアアース(REE)の重要な鉱床の一つにイオン吸着型鉱床がありこの鉱床中のREEも粘土鉱物に濃集していると考えられています。しかし、粘土鉱物に吸着したREE3+はCs+とは異なり、塩濃度の高い溶液で容易に抽出することができます。このようにCs+は強く吸着する一方でREE3+は容易に抽出される、という正反対の挙動の原因は分子レベルの吸着構造の違いにあります。Cs+は脱水して粘土鉱物に吸着する内圏錯体を形成する一方で、REE3+は水和したまま粘土鉱物に吸着する外圏錯体を形成します(図1)。そのため、Cs+は固定される一方でREE3+は抽出されるという正反対の挙動が見られたと考えられます[1, 2]。したがって、環境中での粘土鉱物吸着反応を理解するためには、分子レベルの吸着構造を調べることが重要です。また、吸着時の水和状態によって挙動が変わるため、イオンの水和構造の解明も重要です。

そこで本研究では、Raの粘土鉱物吸着構造を分子レベルで明らかにすることを目指しました。しかし、Raは取り扱いが難しいため、より基本的な特性である水和構造ですら明らかになっていませんでした。そこで、まず溶液中の水和Ra2+の構造を明らかにすることを目指しました。分子レベルでの構造を調べる実験手法はいくつかありますが、本研究では広域X線吸収微細構造(EXAFS)法に着目しました。EXAFS法は原理的には全ての元素に適用でき、試料形態も液体/固体/気体の全てに適用できる有効な手法です。測定には高強度でエネルギー可変なX線が必要なため、放射光施設SPring-8を利用しました。

図2. (a) 試料容器および(b)放射線遮へい容器の写真

RaのEXAFS測定を実施するには50 μg程度のRaが必要で、これを放射能に換算すると2 MBqとなります。この放射性試料を安全に作製、運搬、測定するために、原子力機構、大阪大学放射線科学基盤機構、東京大学、SPring-8で連携して知見を共有しました。特にRaの壊変により生成するラドンガスの漏洩を防ぐため、ラドンを完全に密封し、かつ、効率的に測定ができる試料容器の作製を目指して、試料容器の形状や材質について検討を重ねました。さらに、安全性を高めるため、試料容器を格納し放射線を遮へいする容器も作成しました(図2)。これらの厳重な安全管理のもと、SPring-8にある日本原子力研究開発機構専用ビームラインBL22XUにて世界初となる水和Ra2+のEXAFS測定を成功させました[3, 4]。

EXAFS測定の結果、水和Ra2+に配位した水分子について、Ra2+との距離や配位数を明らかにすることができました。さらに詳細な情報を取得するため、本研究ではスーパーコンピューターを用いた第一原理分子動力学シミュレーションも実施しました(図3)。その結果、EXAFS測定結果とシミュレーションの結果が誤差の範囲内で一致しました。この比較から、実験結果とシミュレーション結果のどちらも信頼できることを意味します。さらにシミュレーション結果を詳細に解析することで、実験では調べるのが難しい三次元構造や動的特性を明らかにしたところ、Ra2+は同族元素に比べて水分子の束縛が弱いことがわかりました。このことから、Ra2+は同族元素よりも容易に水分子から離れ、生体内や環境内に存在する物質に強く吸着しやすいことが考えられます。実際に粘土鉱物に対してこれらの手法を適用したところ、Raは内圏錯体を形成して粘土鉱物に強く吸着することがわかりました。

図3. (a)EXAFS測定結果と(b)シミュレーションのスナップショット

今後は、本研究で確立した手法を天然環境や生体内で進行するより複雑な化学反応に適用し、そのRaの構造を分子レベルで解明していきます。例えば、骨に吸着したRa2+の構造を詳しく調べることにより、がん治療薬の作用メカニズム解明や新薬開発を進めることが期待されます。また、環境中の鉱物などに吸着したRa2+の構造を理解することにより、Raの環境移動の様子を詳細に知ることが可能になり、ウラン鉱山周辺やシェールガス開発による環境汚染の対策にも貢献できます。このように、今後、幅広い分野における発展や社会的に重要な問題の解決に貢献していくことが期待されます。萌芽研究制度により、Ra分子レベル研究の先駆けとなる重要な研究を実施できたことに深く感謝します。

1. Yamaguchi A, Honda T, Tanaka M, et al (2018) Discovery of ion-adsorption type deposits of rare earth elements (REE) in Southwest Japan with speciation of REE by extended X-ray absorption fine structure spectroscopy. Geochem J 52:415–425.
2. Yamaguchi A, Tanaka M, Kurihara Y, Takahashi Y (2018) Local structure of strontium adsorbed on 2:1 clay minerals and its comparison with cesium by XAFS in terms of migration of their radioisotopes in the environment. J Radioanal Nucl Chem 317:545–551.
3. Yamaguchi A, Nagata K, Kobayashi K, et al (2022) Extended X-ray absorption fine structure spectroscopy measurements and ab initio molecular dynamics simulations reveal the hydration structure of the radium(II) ion. iScience 25:104763.
4. 国立研究開発法人日本原子力研究開発機構 (2022) プレスリリース「水に溶けたラジウムの姿を世界で初めて分子レベルで観測―キュリー夫妻による発見から124年、ラジウムの分子レベル研究の幕開け―」

あなたの寄附が研究を前進させます。
ぜひご協力ください。

寄附をする
一般寄附金による研究のご紹介