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第13回 「海外における緊急時モニタリングの仕組み(その3:フランスの事例)」(平成26年2月)

 前回までは、2回に亘って米国の緊急時モニタリング体制について紹介しました。第13回の原子力防災情報は、フランスの緊急時モニタリング体制について紹介します。
 フランスの緊急時モニタリング体制を理解していただくために、まずフランスの緊急時における対応の仕組みについて簡単に紹介します。

(1) フランスの緊急時対応体制の概要

 フランスの地方自治制度は、国の下に州(region)、県(départment)及び市町村 (commune)の三層構造です。以前は中央集権的な体制でしたが、現在では地方分権が進められています。1982年以降、国から派遣される県知事(Préfet)は国の出先機関の長であり、県における国の代表者とされています。一方、各レベルの自治体では、それぞれの議会で互選された議長(Président)が当該自治体の首長として行政を取り仕切っています[1]。 したがって、“日本の県知事”に相当するのは県議会議長になります。しかしながら、緊急時の対策については、フランスでは県知事が責任を担っており、県の首長に相当する議会議長ではありません。フランスの最も大きな特徴は、首長ではない県知事が緊急事態における指揮権を持っているところです。
 フランスの災害対応は、自然災害や原子力災害を含め、「民間安全保障の刷新に関する2004813日の法律第2004-811号」[2]に基づいて行われます。
    災害対策の基本は市町村の対応とされており、市町村議会議長である市町村長(maire)が作成する「市町村保護計画(PCS)」に基づいて実施されます。市町村長は首長ですが、同時に市町村における司法警察等の権限も与えられており、市町村における災害の予防と対策は、この司法警察の範囲の責務のひとつです
[3]
 県は、上述の法律「第2004-811号」に基づいて“県の「民間安全保障に関する対応体制計画(ORSEC計画)」”を県知事が作成し、市町村では対応できない緊急事態や災害あるいは複数の市町村にわたる災害などに対応します。
 州レベルでは緊急時対応計画を作成しません。その代り、いくつかの州をまとめ、フランス本土を7つに分けた管区(zone)という区画ごとに管区のORSEC計画を作成しています。管区の本部が置かれている県の県知事が、管区の長(préfet de zone)として管区のORSEC計画を作成し、県単独では対応できない緊急事態や災害又は複数の県にわたる災害などにおいて発動されます。また、海域については、海上のORSEC計画を海軍に所属する海軍管区の長(préfet maritime)が作成します。災害の影響範囲がひとつの管区の境界を超え、複数の管区に及ぶような場合は、内務大臣が関係する管区の長の中から一人を指名し、当該災害に係るすべての管区に関する指揮権限を付与します[2]。さらに大きな国家的な規模の災害については、20121月の首相通達により、首相は、政府に省庁横断危機対策本部(CICCellule interministérielle de crise)を立ち上げ、共和国大統領と連携を保ちつつ、内務大臣、原子力規制庁長官等関係省庁、関係機関と共に対応にあたります[10]

 表1にフランスの緊急時対応レベルとその指揮権及び対応計画の関係を示します。

表1 フランスの緊急時対応レベルとその指揮権及び対応計画の関係

 
 このように、フランスの災害対応は災害の規模などに応じて指揮権を委譲し、対応するレベルを変えていきますが、国の職員である県知事等が指揮権を有することで、災害対応は一貫して国が主導して対処していると考えることができます。
 また、全ての緊急時対応を包括的に示したORSEC計画に対して、特定の施設を対象にした緊急計画である特別介入計画(PPI:Plan particulier d'intervention)を別に県レベルで作成します
[4]。原子力施設は、このPPIの対象であり、当該施設ごとに、あるいは複数の原子力施設が一つの敷地内に設置されているような複合サイトごとにPPIを作成します。原子力施設の事故に伴う原子力災害対策は当該施設のPPIに基づいて実施され、PPIの範囲(すなわち、県の範囲)を超える対策が必要な事態になると、管区のORSEC計画が発動される、あるいは国を挙げての対応が「大規模な原子力または放射線事故に係る国家対応計画」に基づいてCICが司令塔となってなされることとなります[2,10,11]

(2) フランスの緊急時モニタリング体制

 フランスでは国内の環境放射線及び放射性物質の監視は、原子力安全規制局(ASN:Autorité de sûreté nucléaire)所管の機関である放射線防護研究所(IRSN:Institut de radioprotection et de sûreté nucléaire)が、すべてのデータのとりまとめと公表を担っています[5]
 原子力事業者とIRSNは、平時からそれぞれ原子力施設周辺に設置したモニタリングポストと環境試料サンプリングによって監視を行っています。IRSNは、1991年に、フランス全土の原子力施設周辺に設置したモニタリングポストの測定データを自動集約するTélérayシステムを整備しました。また、2003年にはこのシステムをフランス全土の原子力事業者及びその他の様々な研究機関等が設置したモニタリングポストのシステムと統合し、さらに採取試料等によって測定した環境放射線モニタリングデータをも集約し、インターネット上で公開する全仏環境放射線測定ネットワーク(RNM: Réseau national de mesures de la radioactivité de l’environnement)として確立しています
[6]
 原子力施設で緊急事態が発生時すると、県は原子力事業者からの通報を受けてPPIを発動し、災害発生現場近くに現地司令本部(PCO:Poste de commandement opérationnel)を設置します。また、同時に県の対策本部に相当する固定指令本部(PCF:Poste de commandement fixe)を立上げます。(現地司令本部に対して県の対策センター (COD:Centre opérationnel départemental)に“固定”で設置されるという意味。)また、県は、県消防救急機関(SDIS: Service départemental d'incendie et de secours)やIRSN、その他の環境モニタリングに参加する機関に通報します。緊急時モニタリングについても、PPIに付属する「環境モニタリングに係る基本計画(PDM:Programme Directeur des Mesures)」として記載され、環境モニタリングに参加する機関のリストが添付されています
[5]
 緊急時モニタリングの実施責任者は災害発生現場のPCOにいて、放射線測定班(cellule mesures)をPCOに設置します。後述するように、IRSNの緊急時技術センター(CTC:Centre technique de crise)から派遣された専門家が放射線測定班のコーディネーターとなって、事業者とともに現地の緊急時モニタリング活動を実施します。図1に「フランスの緊急時モニタリング体制」を示します。
 

図1 フランスの緊急時モニタリング体制(県のORSEC計画発動時の例)


 最初期において地域の緊急時モニタリングをまず開始するのは、地元のSDISが派遣する放射線対策機動隊(CMIR:Cellules mobiles d’intervention radiologique)です。CMIRは、放射線等の取扱いの教育・訓練を受けた消防職員の中から選ばれた要員で構成され、ひとつの部隊は偵察チームと対応活動チーム各1チームで構成されています。20106月時点で、仏国内に39部隊が組織されています。IRSNの派遣チームがPCOに到着するまでに数時間を要するため、それまでの間、CMIR隊長がPCOの放射線測定班のすべての指揮を担います。IRSNの派遣チームがPCOに到着すると、IRSNの「活動調整」班はCMIRの隊員とともに、測定の技術的な企画・調整を行うとともに、放射線測定班の運用管理と測定や試料採取等の活動を実施します
[7]
 IRSNは、緊急時モニタリングにおける国の責任機関であり、すべての緊急時モニタリング活動に参加している機関からの測定データの集約と測定結果の妥当性の確認、分析を担っています。また、ASNに対し、緊急時モニタリングの結果と妥当性を確認したすべてのデータの分析結果とその評価、さらにそれに基づく防護対策等に係る助言を添えて提出します。ASNはそれを基に県知事に防護対策等の措置について助言や事業者への応急措置の勧告をします。
 IRSNは、放射線の詳細な分析ができる「環境」分析車3台、モニタリングカー4台の合計7台の特殊車両をフランス国内の5箇所の拠点に分散配置しています。IRSNの派遣チームは、派遣の装備や専用機器の操作をする要員10人を1チームとして構成され、IRSN本部からの出動要請から2時間以内に出発できる体制を常時整えています。
 IRSNの派遣チームやCMIRだけでは規模の大きな原子力災害では緊急時モニタリングを実施することはできないため、原子力事業者や政府機関をはじめ、様々な機関がPCOの放射線測定班が行う緊急時モニタリング活動に参加します。その中の主な機関を表2に示します。

表2 フランスの緊急時モニタリングに参加する主な機関

 
  緊急時モニタリングにおいて、表2に示した各機関等が採取した環境試料の分析は、大変膨大な数になるため、各機関が動員する現地の移動式の分析機器だけでは測定し切れません。また、寿命の短い核種が含まれているため、短期間で測定を実施する必要があります。そのために、採取した試料は、IRSNCEAAREVA社の拠点の研究所はじめ多くの分析施設等に送られ、そこでも分析が行われます。
 IRSNは緊急時におけるこのような分析施設の適正な運営を図るためのガイド「研究所における事故後の放射能分析のための実用ガイド」[8]2011年に作成しています。また、ASNは平時のモニタリングも含めてフランス国内の環境放射能測定機関の資格認定制度を確立しています。資格審査には、IRSN主催の研究所間比較試験も含まれ、201011日現在、水の放射能分析で56機関、動植物・大気塵・空間線量率に関する分析測定について約40機関、土壌の分析で26機関が認定を受けています
[9]

参考資料
[1] 海外立法情報調査室(門彬):「フランスの憲法改正−新たな地方分権改革法の制定−」、国立国会図書館、調査と情報 第425号(JUL.7.2003)
[2] 服部有希:「フランスの大規模災害対策法制‐民間安全保障に基づくORSEC計画」、国立国会図書館調査及び立法考査局「外国の立法」、No.251、2012年3月季刊版
注:上記文献には“Loi n°2004-811 du 13 août 2004 de modernisation de la sécurité civile”の和文抄訳が掲載されています。
[3](財)自治体国際化協会:「フランスの救急制度」、CLAIR REPORT NUMBER 290(Sep 15, 2006)
[4]「特定の固定された工作物又は設備に係る特別出動計画に関し、民間安全保障の刷新に関する2004 年8 月13 日の法律第2004-811号第15条の適用のために定める2005 年9 月13 日のデクレ第2005-1158 号」(Décret no 2005-1158 du 13 septembre 2005 relatif aux plASN particuliers d’intervention concernant certains ouvrages ou installations fixes et pris en application de l’article 15 de la loi no 2004-811 du 13 août 2004 relative à la modernisation de la sécurité civile)
[5] 「放射線が係る緊急事態における環境放射能の測定の実施と処理に関する2005 年11 月29 日の省庁間令」(Directive interministérielle du 29 novembre 2005 relative à la réalisation et au traitement des mesures de radioactivité dASN l’environnement en cas d’événement entraînant une situation d’urgence radiologique)
[6] Julien Collet and Pierrick Jaunet:「La surveillance de la radioactivité de l’environnement : cadre, objectifs, enjeux et perspectives」およびPierrick Jaunet:「Le Réseau National de Mesures de la radioactivité de l’environnement」、いずれもASN Contorole No.188, 「La surveillance de la radioactivite de l’enviroment」、juin 2010
[7] Comité Directeur pour la gestion de la phase post-accidentelle d’un accident nucléaire ou d’une situation radiologique (CODIRPA), Groupe de travail n° 3:「Évaluation des conséquences radiologiques et dosimétriques en situation post-accidentelle」、4 décembre 2010
[8] Institut de radioprotection et de sûreté nucléaire:「Guide de bonnes pratiques des laboratoires de mesure de radioactivité en situation post-accidentelle 」、Rapport IRSN DEI/STEME n°2011-02、 janvier 2011
[9] Marie-Noëlle Levelut:「L’agrément des laboratoires de mesures de la radioactivité de l’environnement」、ASN Contorole No.188, 「La surveillance de la radioactivite de l’enviroment」、juin 2010)
[10] 「重大な危機の対策のための政府組織に関する2012 年1 月2 日の首相通達第5567/SG号」(Circulaire du Premier ministre n° 5567/SG du 2 janvier 2012, relative à l’organisation gouvernementale pour la gestion des crises majeures)
[11] フランス国防安全保障事務局(SGDSN):「“大規模な原子力または放射線事故”に係る国家対応計画(Plan national de réponse "Accident nucléaire ou radiologique majeur")」、2014年2月3日公表


(平成26年7月「“大規模な原子力または放射線事故”に係る国家対応計画」を反映)
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