原子核は通常、質量の異なる2つに分裂する非対称核分裂を起こしますが、励起エネルギーが増すと対称核分裂になることが知られています。
重い元素であるアインスタイニウム(254Es)から生成したメンデレビウム(258Md)の核分裂を調べた結果、励起エネルギーの増加により非対称核分裂が増加するという、従来の理論では説明できない新現象を発見しました。
これは超重元素や宇宙での元素合成の理解に重要な知見を与えるものです。
原子力機構は、独自の実験技術の開発により、ごく微量の試料でも可能となるユニークな物理・化学の研究手法を開発しました。 この成果がきっかけになり、2017年に米国のオークリッジ国立研究所(米国エネルギー省DOE管轄、ORNL)は、アインスタイニウム254を生成することを決定。 そのうち、100万分の1グラム程度の量が原子力機構に特別に供給されることになり、3回にわたって入手し実験を行いました。 アインスタイニウム254の半減期は276日と短く、半年のうちに37%が壊変することから、原子力機構では、そのたびに綿密な実験計画を立てて実験を遂行しました。
物質の最小単位である原子は、原子核と周りを回っている電子で成り立っています。原子核は、陽子と中性子で成り立っています。重い元素になるほど、陽子と中性子と電子の数はどんどん増えます。
この原子核が壊れる現象が、原子力発電のエネルギー源としても知られる「核分裂」です。自分で勝手に核分裂(自発核分裂)して壊れていくこともありますが、通常は原子核に余分な中性子が取り込まれた事をきっかけとして起こります。原子力発電でも、原子炉内でウラン235に中性子を取り込ませることによって核分裂が起こっています。
核分裂は、ウラン235の他にも大きく重いさまざまな元素の原子核で起こることがわかっています。しかし、分裂する形状ひとつとってもかなりの多様性があり複雑で、しかも容易に実験することができないため、詳細なメカニズムはほとんどわかっていません。
いくつかの実験のうち、ここで紹介する実験では、原子力機構のタンデム加速器(茨城県東海村)で加速したヘリウム原子核(He-4)を、アインスタイニウム254の原子核に吸収させることで100番元素フェルミウム(Fm)より重い元素メンデレビウム原子核Md258(原子番号101)の核分裂を初めて観測しました。
図(中)に示すように、フェルミウムより重い元素で中性子数の多い原子核は、ウランなどと比べて生成される核分裂片の分布が大きく変わることが知られていますが、アインスタイニウムを使わないと生成できないため、ほとんど解明されていません。
この結果、メンデレビウム258は、ウランとはまったく異なる核分裂を示しました。
さらに我々は、原子力機構のスーパーコンピューターを用いた世界最先端のシミュレーションを行い、現象を再現しました。
核分裂のメカニズムが解明されると、天体での元素合成を通じて物質の起源を理解するなど、広い分野へ波及することが期待されます。
アインスタイニウムについては、物性がほとんどわかっていません。原子力機構では、SPring-8(兵庫県佐用町)の放射光実験施設において、0.1マイクログラムの極微量試料であっても溶液中の分子の構造を高精度で調べる実験技術を開発してきました。
今回は、極微量のアインスタイニウムを水に溶かしてカプセルにいれた試料を、SPring-8の放射光を使って測定し、アインスタイニウム元素まわりにどれくらいの水分子がどの位置で配置されているかを世界で初めて観測する実験を行いました。
この結果、アインスタイニウムは、同じアクチノイド元素の中でも、顕著な違いがあることがわかりました。
これらの成果や極微量試料の測定技術の確立は、アクチノイド化学でのブレークスルーとなり、東京電力福島第一原子力発電所のデブリ処理、高レベル放射性廃棄物の処理処分や、核変換技術に必要となる群分離などにつながることが期待されています。
アインスタイニウムを用いた今回の実験は、原子力機構がタンデム加速器において開発した新しい測定技術、そしてオークリッジ国立研究所と進めてきた共同研究により実現しました。また、アインスタイニウム254は短寿命であるため、極微量でも高い放射線量を取り扱わなければなりません。原子力機構が有する、強い放射性試料を安全に取り扱う施設と長い間の経験、また長い年月、多くの研究者によって受け継がれてきた研究の知見が、これらの実験の礎となっています。
「新しい「核分裂」の発見!99番元素アインスタイニウムが導く元素の世界」
— 日本原子力研究開発機構(JAEA) (@JAEA_japan) May 15, 2025
超重元素の核分裂の理解には、質量数の大きな原子核を調べる必要があります。
人類が利用できる最も重い元素アインスタイニウムを用いて測定し、従来の核分裂とは違う新しい性質を明らかにしました。https://t.co/g7TPhKhaEg
自然界に存在しないので、人工的に合成します。具体的には、種となるキュリウム同位体(原子番号96)に中性子を吸収させて質量数の大きい同位体を作るとともにある核種がベータ崩壊(原子番号が一つ増える現象)を起こすことで原子番号が増えるプロセスを利用します。アインスタイニウム(Es254)に到達するには高い中性子場が必要で、米国オークリッジ国立研のハイフラックス炉で可能となっています。
(更新:2025年6月2日)
※このページは研究の進捗にあわせて更新してまいります。