ウクライナの原子力情勢について

皆様からいただいたご質問へのお答え等について、以下のとおりまとめました。

原子力関連施設への軍事侵攻の影響

ウクライナにおける原子力施設への軍事侵攻

  • ロシア軍侵攻があったが、ウクライナの原子力施設の警備はどうなっているの?

    ウクライナではNational Guard of Ukraine(国の軍の部隊)が原子力発電所を防護するとされています。

    なお、各国の原子力施設の警備に関しては、それぞれの国の法令により、軍隊や警察が実施するケース、銃を所持する警備員が対処するケース等、様々です。日本の原子力施設においては、現在、事業者(警備員※)により警備が行われています。事業者が不法行為を検知した際は、治安当局に迅速な通報を行い、銃を所持する治安当局が対処することとなっています。

    ※銃刀法により銃火器の所持が認められていません。

  • 今回のロシアによるウクライナ侵攻に伴い、万が一原子力関連施設の大事故などが発生した場合には、放射能を測定できるシステムはあるの?

    欧州委員会/共同研究センター(EC/JRC)では、欧州の多くの国からの放射線モニタリングデータを利用可能とするデータ交換プラットフォームであるEURDEP (European Radiological Data Exchange Platform)により、環境放射能のレベルに関する情報を一般市民等に提供しています。

    出典:JRC/EURDEP

    国際原子力機関(IAEA)においても、原子力または放射線緊急事態の際に大量の環境放射線モニタリングデータを報告および視覚化するためのメカニズムとしてIRMIS (International Radiation Monitoring Information System)を提供しています。

    出典:IAEA/IRMIS

    また、日本においては、原子力機構がCTBT(包括的核実験禁止条約、未発効)の下での国際監視制度施設としての放射性核種監視観測所を高崎と沖縄(恩納村)の2カ所で運用しており、測定できます。2018年より核実験検知能力強化を目的として、青森県むつ市と北海道幌延町に核爆発の検知に有効な放射性キセノンのバックグラウンド測定を行う移動型希ガス観測装置が期間限定で設置されています。

    放射性物質の漏えいが発生し、CTBT放射性核種監視観測所に放射性物質が到達した場合、放射性物質を検出できる可能性があり、観測データは漏えい量の大まかな推定に活用できます。ウクライナに比較的近い放射性核種監視観測所はロシアのドブナとキーロフにあり、粒子状放射性核種を観測しています。

ウクライナにおいて原子力事故が発生した場合の日本への影響

  • ウクライナにおける放射性物質の漏えいなどの被害について、予測・評価できるの?

    放射性物質の漏えい量は、環境モニタリングデータから大気拡散解析などにより逆推定することができます。それに基づく大気拡散解析と環境モニタリングデータの組合せにより影響の予測・評価を行うことが可能です。1986年のチョルノービリ原子力発電所事故、東京電力福島第一原子力発電所事故の際も同様の手法により予測・評価が行われました。

  • ウクライナで放射性物質の漏えいなどが発生した時、WSPEEDI(世界版緊急時環境線量情報予測システム)等による拡散シミュレーションはできるの?

    WSPEEDIによる拡散シミュレーションは、ウクライナでの放射性物質の漏えい地点の周辺地域を対象とした予測・評価や日本への飛来予測も可能です。

日本において原子力施設への軍事侵攻があった場合

  • 安全面や核セキュリティ上、原子力発電所等は戦争に巻き込まれることを想定した上で防護されているの?

    故意による大型航空機の衝突その他のテロ行為に対して、原子炉停止、注水、除熱等の機能を確保するために特定重大事故等対処施設の設置が求められています。他方、戦争による武力攻撃については施設設計において想定されておりません。

    また、IAEAなどが定める国際的なガイドラインによれば、一般的な核物質防護は、非国家主体(テロリスト)から、核物質や重要な設備を守るための措置であり、国家による軍事攻撃といった脅威は、安全面と同様、必ずしも想定されていないとされています。

ウクライナの原子力施設等について

  • ウクライナのエネルギー事情、原子力政策、原子力発電開発の状況は?

    日本原子力産業協会Webサイトにおいては、以下のとおり記載されています。

    世界原子力協会(WNA)Webサイトにはウクライナの原子力動向に関する詳細な情報が、経済協力開発機構原子力機関(OECD/NEA)Webサイトにはウクライナの原子力施設の現状が、それぞれ掲載されています。

    また、国際原子力機関(IAEA)では、ウクライナの原子力施設の状況を安全・核セキュリティの側面を中心に事務局長報告などで定期的にアップデートしています。

  • 1986年に事故を起こしたチョルノービリ原発の現状は?

    【ロシア侵攻以前】

    チョルノービリ原発で事故を起こした4号機は、事故後多数の作業員を投入して放射性物質を封じ込めるための「石棺」と呼ばれるコンクリートの建造物で覆われました。しかし、年月の経過とともに雨水による腐食や内部の放射性物質からの放射線による劣化が進んだことから、放射性物質を閉じ込め、石棺や4号機建屋の崩落を緩和するなどの目的で石棺を覆う鋼鉄製シェルター(新安全閉じ込め設備(New Safe Confinement))が世界45カ国の国際支援で2017年に設置されました。現在、原子炉の状況や放射性物質のモニタリングなどが行われている状況と承知しています。
    また、同発電所内の1~3号機については、2000年12月までに全ての運転を停止しています。

    【ロシア侵攻後】

    ロシア軍のウクライナ侵攻の一環として、チョルノービリ原子力発電所は2022/2/24にロシア軍により制圧されました。加えて3/9には同発電所への外部電源の供給が失われましたが、3/13に復旧しました。

    ロシア軍による占領により、同発電所とウクライナの規制当局との間の通信、IAEAとの通信機能が損なわれましたが、4/1にロシア軍が完全撤退したことを受け、これらの機能は段階的に回復しています。

    その後、ウクライナ国家原子力規制検査庁(SNRIU)が、ロシア軍の占領後ライセンスの有効性を停止していた同発電所に対し、放射性廃棄物管理についてのライセンスを再開(2022/8/17)、2022/8/21に廃棄物処理処分活動が再開されました。

  • 侵攻があったザポリッジャ原子力発電所はどのようなもの?
    また、現在の状態は?

    ザポリッジャ原子力発電所には6基の発電炉があり、全てがロシア型の軽水炉のVVER-1000(100万kW)です。

    出典:IAEA Power Reactor Information System(PRIS)

    ロシアによるウクライナ侵攻直後の2022/3/4、ロシア軍がザポリッジャ原子力発電所を制圧し、ロシアの管理下に置かれました。同発電所にはロシアの国営原子力企業ROSATOMが常駐し、実際に施設を運営するウクライナ人スタッフはその管理下に置かれています。2022/9/12には同発電所の6基全てが発電を停止し、現在も発電所内に蒸気を供給するために温帯停止状態とする1基を除き、全て冷温停止状態を維持しています。しかしながら、複数回に及ぶ外部電源の喪失など“原子力発電所の安全と核セキュリティに不可欠な7つの柱(*1)が損なわれている(IAEA事務局長によるサマリーレポート第2版、2022/9/6)”状態が現在も続いています。2023/6/6、同発電所の冷却水を取水していたカホフカ貯水池のダムが決壊しましたが、他の手段による冷却水の確保策が講じられていることから差し迫ったリスクはないとIAEAは説明しています。

    (*1)原子力の安全と核セキュリティに不可欠な7つの柱(2022年3月、IAEA理事会)

    1. ①原子力施設の物理的健全性の維持
    2. ②全ての安全・セキュリティに係るシステム及び装置が常時、全面的に機能していること
    3. ③運転スタッフは不当な圧力を受けることなく安全・セキュリティ上の義務を履行し、決定を行う能力を有すること
    4. ④全ての原子力サイトに対し、外部からの確実な電力供給が確保されること
    5. ⑤原子力サイトからの(への)サプライチェーン、輸送手段が中断されないこと
    6. ⑥効果的なサイト内、サイト外の放射線監視システム及び緊急事態への準備、対応措置が整備されていること
    7. ⑦規制機関その他との信頼性が高いコミュニケーションが確立されていること
  • IAEAはウクライナの原子力施設にどのような関与をしているの?

    IAEAは、ウクライナの原子力施設の安全、セキュリティに関する調査、情報発信を行うとともに、保障措置活動を行っています。

    2022/8/29よりザポリッジャ原子力発電所支援ミッション(ISAMZ)を派遣(9/1よりスタッフの常駐を開始)し、砲撃による損害の評価、安全・セキュリティシステムの機能確認、労働環境評価、保障措置活動を開始しました。その後、2023年1月末までに、ザポリッジャを含むウクライナの全ての原子力発電所及びチョルノービリサイトにおけるIAEAスタッフの常駐を開始し、活動を続けています。

    2023/5/30、グロッシー事務局長は、国連安全保障理事会の場で、ザポリッジャ原子力発電所の「原子力安全と核セキュリティを確保するための5つの原則(*2)」を提唱し、現在も、IAEAチームがZNPPのすべての部分をチェックしてこの5つの原則の完全な遵守を監視できることの重要性を繰り返し主張しています。

    IAEAの活動、調査の結果は、「ウクライナの原子力施設の原子力安全・核セキュリティ・保障措置に関する調査報告書(第1版)」(2022/4/28)、「同報告書(第2版)」(2022/9/6)、「同報告書 2022年2月~2023年2月」(2023/2/23)として取りまとめられ、発行されています。

    (*2)原子力安全と核セキュリティを確保するための5つの原則(2023/5/30、国連安全保障理事会)

    1. ①原子炉・使用済燃料貯蔵庫・その他重要インフラや人員を標的として、発電所からの、又は発電所へのいかなる種類の攻撃も行わない
    2. ②発電所からの攻撃に使用される可能性のある重火器(ロケットランチャー、砲撃用のシステムと弾薬、戦車)や軍人をZNPPに配備しない
    3. ③発電所の外部電源が常に利用可能で安全であることを保証するためあらゆる努力を払うべきである
    4. ④ZNPPの安全かつセキュアな運用に不可欠なすべての構造、システム及びコンポーネントを、攻撃や妨害行為から保護する
    5. ⑤上記の原則を損なうことになる行動はとってはならない
  • ウクライナの原発は一部の炉型で格納容器が無いなど安全上の問題が指摘されていると聞くのですが?

    ザポリッジャ原子力発電所の6基のVVER-1000には格納容器があります。格納容器がないのはVVER-440という炉型で、リーウネ原子力発電所に2基設置されています(いずれもロシア型のPWR)。しかし、この2基はVVER-440の第2世代「VVER440/V213」であり、第1世代「VVER440/V230」に比べ安全機能が追加されています。

    出典:ATOMICA 02-01-01-03 ロシア型加圧水型原子炉

  • ウクライナにある原子力発電所の運営主体は?

    ロシアの占領下にあるザポリッジャ原子力発電所を除いて、国営企業であるEnergoatom(エネルゴアトム)社が運営しています。

  • 侵攻があったハルキウ物理技術研究所はどのようなもの?

    国立科学センターハルキウ物理技術研究所は1928年に設立されたウクライナ物理技術研究所(UPTI)が前身であり、旧ソ連における原子力発電及び核兵器の開発に寄与しました。ソ連崩壊後は、ウクライナで最初の国立科学センターとしてのステータスを付与されました。

    ハルキウ物理技術研究所は、以下の研究所から構成され、核物理、固体物理、生物学、医療用アイソトープ生産及び核変換に関する基礎研究や応用研究を実施しています。なお、原子力機構との間で、協力事業は実施されていません。

    • 固体物理学・材料科学・技術研究所
    • 高エネルギー物理・核物理研究所(IHENP)
    • プラズマエレクトロニクス・新加速手法研究所
    • Akhiezer理論物理研究所
    • 放射線研究と環境保護研究室

    出典:National Science Center Kharkov Institute of Physics and Technology
    ※接続できない場合があります。

  • ハルキウ物理技術研究所にある加速器駆動未臨界炉とはなに?

    ウクライナと米国(アルゴンヌ国立研究所)の協力により建設された中性子を発生させる施設・装置であり、核物理、固体物理、生物学、医療用アイソトープ生産及び核変換に関する基礎研究や応用研究に用いられています。電子線加速器と金属のターゲットを組み合わせて中性子を発生させ、その中性子を未臨界炉の中で「増やし」、上記分野の研究開発に供します。未臨界炉とは、低濃縮ウランを燃料として用い、原子炉に似た構造を有しますが、臨界に達しない設計で受動安全性を持ちます。加速器の出力(Average Power)は約100 kWであり、未臨界炉部分の出力は約350 kWです。

    出典:
    A.Y.Zelinsky, et al.,"NSC KIPT NEUTRON SOURCE ON THE BASE OF SUBCRITICAL ASSEMBLY DRIVEN WITH ELECTRON LINEAR ACCELERATOR", Proc. of IPAC2013
    "Licensing of the Neutron Source in Ukraine: Challenges and Solutions"

  • ハルキウ物理技術研究所にある加速器とはどういうもの?

    ハルキウ物理技術研究所には、電子を加速する線形加速器があります。線形加速器の基本構造は、多数の導体の筒を一直線上に並べ、隣り合った筒の電気的極性が異なる(プラスの筒の隣はマイナスの筒になる)よう電圧を印加します。それぞれの筒の間には電場ができ、この電場によって荷電粒子(ハルキウ物理技術研究所の場合は電子)が加速されます。加速器では電場の印加方法を上手く調整することで、高いエネルギーまで荷電粒子を加速することができます。

    ハルキウ物理技術研究所にある電子の線形加速器は、エネルギーが100 MeV(1億電子ボルト)、出力パワーが100 kW(100キロワット)です。