令和3年12月6日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
核燃料・バックエンド研究開発部門
幌延深地層研究センター
地下深部の割れ目の水の流れやすさに関わる法則性を発見
-地層処分における地下調査の効率性の向上などに役立つ新知見-
図 地下深部の割れ目の水の流れやすさ(割れ目内の隙間の多さ)とそのメカニズムを表す概念図
【概要】
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 児玉敏雄、以下「原子力機構」という。)核燃料・バックエンド研究開発部門 幌延深地層研究センターの石井英一研究主幹は、地下深部の割れ目の水の流れやすさ(透水性)には法則性があり、岩石にかかる力と岩石の硬さ、そして割れ目のかみ合わせの程度の3つの要素の組み合わせによって普遍的に決まる透水性の上限が存在することを見出しました。
地下には多くの割れ目が存在しますが、割れ目の透水性は一様ではなく、より透水性の高い割れ目を地下水は流れます。これまでの様々な地域におけるボーリング調査により、地下水の主要な流れみちとして検出される割れ目(水みち割れ目)の透水性は、深度が深くなると、小さくなる傾向が知られていました。しかし、その傾向の程度や特徴は地層ごとに大きく異なり、その理由をより正しく理解することは、例えばデータの少ない調査の初期段階において、地下の割れ目の透水性の深度分布をより高い精度で予測・推定することを可能とし、結果的にボーリング調査の数量を減らすなどの効率化につながると考えられます。
原子力機構は上記の要因を探るべく、既往の研究事例を調べるとともに、割れ目の透水性のデータが豊富な北海道の幌延町、スイス、スウェーデン、フィンランド、英国の六つの地層のボーリングデータを詳しく調べました。その結果、主要な水みち割れ目の透水性と、岩石にかかる平均的な力をその岩石の引張強度(引っ張る力に対する最大強度)で割った値(岩石にかかる力の度合いを表す指標、DI(ductility index))の間に、一定の関係が全ての地層に認められることを発見しました。
この法則性に関わるメカニズムを理解するために、既往の室内実験結果に基づくシミュレーションを行いました。その結果、水みち割れ目の透水性は、(地殻変動などにより)割れ目の表面がずれることによって割れ目表面の凹凸のかみ合わせが悪くなり、それによって割れ目内の隙間が最も多く(大きく)なった時の割れ目の透水性を表していること、割れ目内の隙間のできやすさはDI(岩石にかかる平均的な力とその岩石の引張強度)に依存することが分かりました。さらに幌延の地下研究施設で地下の割れ目を人工的にずらす試験を実施した結果、この考えが妥当であることが確認できました。
今回明らかとなった地下の割れ目の透水性とDIの関係は、高レベル放射性廃棄物の地層処分場周辺の割れ目の水の流れやすさをより少ない数量のボーリング調査で把握することを可能にすることが期待できます。将来、地殻変動などにより割れ目にかかる力が変化した場合の割れ目の水の流れやすさの変化量の上限を推定する際にも、この透水性とDIの関係を適用できます。またCO2地中貯留において、貯留層の閉じ込め性能を評価する際にも応用できます。さらに地熱や石油・天然ガスの資源開発の分野において、生産性の向上の観点から割れ目の透水性を増加させるための対策を講じる際にも役立ちます。
本研究成果は、令和3年12月5日に国際学術誌「Engineering Geology」に掲載されました。
【これまでの背景・経緯】
地下には多くの割れ目が存在しますが、割れ目の透水性は一様ではなく、より透水性の高い割れ目を地下水は流れます。これまでの様々な地域におけるボーリング調査において、地下水の主要な水みち割れ目の透水性は、深度が深くなると、小さくなる傾向があることが知られていました。しかし、その傾向の程度や特徴は地層ごとに大きく異なり(図1左図)、その理由をより正しく理解することは、例えばデータの少ない調査の初期段階において、地下の割れ目の透水性の深度分布をより高い精度で予測・推定することを可能とし、結果的にボーリング調査の数量を減らすなどの効率化につながると考えられます。
図1 地下水の主要な水みち割れ目の透水性と深度(左図)あるいはDI(右図)との関係
図中の曲線はデータから得られる近似曲線を表しており、地層A~Fの曲線(黒曲線)は六つの地層全てのデータから得られる近似曲線を表しています。左図では透水性は地層ごとに異なることが分かります。右図では透水性とDIの関係は各地層でよく一致しています。
【今回の成果】
原子力機構は、上記の要因を探るべく、既往の研究事例を調べるとともに、割れ目の透水性のデータが豊富な国内外(幌延、スイス、スウェーデン、フィンランド、英国)の六つの地層のボーリングデータを詳細に調べました。図1に示す結果は、周囲の割れ目よりも透水性の高い割れ目として抽出された割れ目(水みち割れ目)のデータを集めた結果です。その結果、全ての調査地域において、DIと主要な水みち割れ目の透水性の間に一定の関係性が存在することが分かりました(図1右図)。この様な法則性から、地下の割れ目の透水性には上限が存在し、その値はDIに依存すると考えられました。その透水性の上限とDIの関係性は、六つの地層の全てのデータに基づくと、図2の近似曲線のように表されます。
原子力機構は図2の近似曲線に関わるメカニズムを理解するために、既往の室内実験結果に基づくシミュレーションを行いました。シミュレーションでは、まず図2の近似曲線に認められるDIの違いによる割れ目の透水性の違いが、図3に示すような凹凸のある割れ目内の隙間の開閉現象で説明できるかを調べました。その結果、図2の近似曲線の傾き(カーブの形)がこのシミュレーションにより、よく再現できることが分かりました(図2の水色線)。したがって、近似曲線に認められるDIの違いによる割れ目の透水性の違いは、凹凸のある割れ目内の隙間の開閉現象(図3)で説明できることが分かりました。
さらに、割れ目の透水性が図2の曲線の値であるために必要な条件をシミュレーション(計88パターン)した結果、0.05~2.00 mm程度の僅かな割れ目のずれにより割れ目のかみ合わせが悪くなることによって、割れ目内の隙間が増える(図4)必要があることが分かりました。一般に、数百μm~数mm程度までのずれは割れ目内に多くの隙間をもたらしますが、それ以上割れ目がずれてもかみ合わせの悪さは変わらず、割れ目内の隙間があまり増えなくなります(図4)。したがって、図2の曲線が示す透水性の値は、あるDI条件において、割れ目のかみ合わせが悪くなることにより増加し得る透水性の上限を表していると理解することができます。この時、割れ目内が鉱物の沈殿や粘土鉱物の膨潤によって閉塞されていないことも重要な条件となります。
上記のシミュレーションの結果に基づくと、DIに対する透水性が既に図2の近似曲線の値に達している割れ目は、割れ目がずれてもそれ以上、透水性が上昇しにくく(図4)、DIが変化する場合のみ、それに応じた透水性の変化(図3)が生じることが予想されます。このことを検証するために、原子力機構は、幌延の地下研究施設において、DIに対する透水性が既に近似曲線の値に達している割れ目に対して高圧注水を行い、割れ目を数cmずらす原位置試験を実施しました。その結果、注水によってDIが徐々に低下する中、図2の近似曲線に沿うような形で透水性が徐々に上昇していく様子を確認することができました(図5)。すなわち、DIに対する透水性が既に近似曲線の値に達した割れ目は、ずれてもDIの減少量に応じた分の透水性の上昇しか発生しないことが確認できました。
以上のことから、地下水の主要な水みち割れ目の透水性に認められる深度変化は、あるDI条件において割れ目のずれにより増加し得る透水性の上限(図3)とその上限とDIの関係(図4)の組み合わせによって支配されていることが分かりました。
図2 六つの地層のデータ(〇印)に基づく割れ目の透水性の上限(近似曲線)とDIの関係、および室内実験に基づくシミュレーション結果(水色曲線)
近似曲線のカーブの形がシミュレーションのカーブの形とよく一致していることが分かります。
図3 DI、割れ目内の隙間の開閉、および割れ目の透水性の関係性
図4 割れ目のずれ、かみ合わせ、および透水性の関係性
図5 幌延の地下研究施設で実施した割れ目を高圧注水によってずらす原位置試験の結果
【今後の展望】
今回明らかとなった割れ目の透水性の上限とDIの関係には、以下のような意義があります。
(a)地下の割れ目の透水性を一つ一つ調べるには多くの時間と労力がかかります。しかし、DIの分布は地質断面図や深度と関連付けて広範囲にわたって推定することが可能なため、それにより得られるDIの分布と図2の近似曲線を用いることにより、広い範囲にわたる割れ目の透水性の上限を限られた情報から予測することが可能となります。図6はその予測例を示しており、このような予測によって、例えば割れ目の透水性が小さい場所を予測することが可能となります。同様な予測方法として、岩石の引張強度の代わりに岩石の圧縮強度(押しつぶす力に対する最大強度)を使って、これと岩石にかかる力との関係から透水性を予測する方法も可能ですが、引張強度を使うDIの方がより精度の高い予測となることがこれまでの比較検討により分かっています。
(b)地震などの地殻変動を想定する場合、図2の近似曲線は、割れ目の透水性がどの程度、上昇し得るかを見積もる際に役立ちます。例えば、DIに対する透水性が既に図2の近似曲線の値に達している割れ目が多い場所は、大きな地震が起こっても、それ以上、透水性が有意に上昇する可能性は低いと判断することができます(DIの有意な変化を想定しない場合)。また、隆起・侵食が生じた場合、図2に示す近似曲線に沿って、隆起・侵食に伴うDIの変化量に応じた透水性の上昇が生じると推定することができます。これらの推定は、実際に図5に示す様に、割れ目を高圧注水によってずらす原位置試験を行うことにより検証することができます。
(c)DIに対する透水性が図2の近似曲線の値に達していない割れ目が多い場所では、地震などの地殻変動によって、透水性が有意に増加する可能性があります。しかし、近似曲線の値に達していない割れ目が多いということは、その場所の割れ目が鉱物の沈殿や粘土鉱物の膨潤によって閉塞しやすい性質を強く持っていることを表しています。したがって、図2の近似曲線は、割れ目の閉塞しやすさの性質を評価する際の比較値としても重要な意味を持ちます。
以上のことは、今回の成果が高レベル放射性廃棄物の地層処分場周辺の割れ目の透水性を効率的に調査・評価する際に役立つことを具体的に示しています。また今回の成果は、CO2地中貯留において貯留層の閉塞性を評価する際に役立つほか、地熱や石油・天然ガスの分野において、生産性の向上の観点から割れ目の透水性を増加させるための対策を講じる際にも役立つことが期待できます。
図6 DIの分布(上図)と割れ目の透水性の上限(下図)の予測例
【論文掲載情報】
雑誌名:Engineering Geology, 294, 106369 (2021), 10.1016/j.enggeo.2021.106369
論文タイトル:The highest potential transmissivities of fractures in fault zones: Reference values based on laboratory and in situ hydro-mechanical experimental data
著者:石井英一