プレスリリース

湧水対策が困難な地質構造を地上から把握する方法を開発

平成29年10月13日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
バックエンド研究開発部門
幌延深地層研究センター

湧水対策が困難な地質構造を地上から把握する方法を開発
-火山灰層起源の粘土質せん断帯の検出・追跡に世界で初めて成功-

【発表のポイント】
・火山灰層起源の粘土質 せん断帯 *1は、通常の破砕・変質起源の粘土質せん断帯と比べ、高い膨潤性や変化しやすい粘性を持つ スメクタイト *2を潜在的に多量に含むため、地下坑道等の掘削の際には、同スメクタイトが坑道内へ地下水とともに流出してくる可能性があることから、その分布の事前把握が重要。
・しかし、従来の分析方法では粘土質せん断帯が火山灰層起源であるかを断定することは難しかったため、湧水対策を困難にしていた。
・幌延深地層研究センターでは、坑道掘削において粘土質せん断帯から流出した粘土物質に、マグマが噴火時に急冷してガラスとなった物質( メルトインクルージョン(MI) *3)が多く含まれていることを発見。このことから、同せん断帯は泥岩中に挟在する火山灰層が変質・変形したものであることが分かった。
・火山灰層起源の粘土質せん断帯をMIに基づいて検出し、さらに地下施設周辺のボーリングコアの分析結果に基づいてその拡がりを数キロにわたって追跡することに、世界で初めて成功した。
・今回適用した分析手法は、火山灰層起源の粘土質せん断帯の存在や分布を地上からのボーリング調査などから把握する際に役立つと期待。
・本研究の成果は国際学術誌「Engineering Geology」に10月13日付で掲載。

【研究開発の背景】
 火山灰層起源の粘土質せん断帯は通常の破砕・変質起源の粘土質せん断帯と比べ、潜在的に非常に高いスメクタイト含有量と広い連続性を持ちます。スメクタイトは独特の物理化学特性を持っており、身近な産業等に広く利用されていますが、天然に存在するスメクタイトはその高い膨潤性や変化しやすい粘性が不利に働き、流動現象などが起こる可能性があります。したがって、地下深くに大規模な坑道等を建設する上で、火山灰層起源の粘土質せん断帯は施工上、より注意すべき地質構造となり、事前に地上からのボーリング調査などによりその存在や分布を十分に把握しておくことが肝要となります。
 国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 児玉敏雄)幌延深地層研究センター(以下、センター)では、高レベル放射性廃棄物の地層処分技術に関する研究開発の一環として、実際に泥岩中の地下深くに坑道を掘削し地下施設を建設しています。湧水が予想される地質構造に対しては事前に湧水対策(ボーリング孔を用いたセメント注入)を行った上で坑道を掘削していますが、2013年2月、深度350mで粘土物質を多量に含むせん断帯(粘土部の厚さは約10cm;図1(A), (B))を掘削した際、同せん断帯から粘土物質が流出し始め(図1(C))、新たな湧水が一時的に発生しました(図1(D))。この湧水の抑制にその後1か月以上を要しましたが、同せん断帯の他の出現位置は事前に予測できていたため、その後の掘削作業計画の見直しを迅速に行うことができました。
 センターでは、この新たな湧水の発生をきっかけにこのような粘土質せん断帯の重要性を改めて認識し、まずは同せん断帯に含まれる多量の粘土物質の起源を調べるため、同粘土物質の詳細な分析を行いました。

図1(A)地下施設で遭遇した粘土質せん断帯(S1断層)の写真。(B)同せん断帯の割れ目スケッチ。(C)同せん断帯と側面の吹付コンクリートの境界部から坑道内へ流出する泥を含んだ地下水の写真(同写真は左肩側面を撮影しているため、正面から撮影した(A)とは異なり、同せん断帯が掘削面正面から手前方向に落ちる方向に傾斜)。(D)コンクリート吹付後、同湧水箇所からコンクリートを突き破る形で坑道内へ流出する泥を含んだ地下水。

【研究の成果】
 分析の結果、同粘土物質にはMI(写真1)が多く含まれていることが分かり、それらの化学組成を分析すると、全てのMIが同一の組成を持つことが分かりました。
 さらに、センター周辺のボーリングコアに認められる粘土質せん断帯を調べた結果、これと同一の組成を示すMIが他にも複数箇所で検出され、これらの粘土質せん断帯(S1断層と命名)はセンター周辺に分布する既知の火山灰層面とほぼ一定の比高を保ちながら(同火山灰層の350m下方)、周辺の数キロメートルの範囲にわたって分布することが分かりました(図2)。
 これらのことから、このMIを含む粘土物質は火山ガラスが変質したものであり、この粘土物質を多量に含むせん断帯(粘土質せん断帯)は泥岩が破砕・変質して形成されたのではなく、泥岩中に挟在する火山灰層が変質・変形して形成されたものであることが分かりました。

写真1 メルトインクルージョンの顕微鏡写真

図2 (A)地質図(B)地質断面図

  粘土質せん断帯が岩石の破砕・変質によって形成されることは一般によく知られていますが、地層中に挟在する火山灰層が埋没・変質・変形を経て粘土質せん断帯へと変化するケースも概念的には知られています。しかし後者のケースは、変質・変形によって初生的な火山灰層の情報が大きく失われるため、残された粘土鉱物の含有量や組成がある程度の手がかりとはなるものの、それがそもそも火山灰層起源であるかどうかを断定することは難しくなります。一方で、変質した火山灰層でもMIが十分に保存され得ることは従来から知られており、そのMIの組成に基づいてその変質した火山灰層を広域的に対比した例も知られます。しかし、こういったMIの知見を変形構造で活用した例はありませんでした。今回のケースは、同一の組成を示すMIが粘土質せん断帯に多く含まれていたため、火山灰層起源の粘土質せん断帯を識別することができました。火山灰層起源の粘土質せん断帯をMIのような直接的な証拠に基づいて検出し、さらにその拡がりを数キロにわたって追跡したのは今回が世界で初めての事例となります。

【今後の期待】
 本研究の結果、火山灰層起源の粘土質せん断帯は通常の破砕・変質起源の粘土質せん断帯と見た目がほとんど変わらないことが分かり、改めて火山灰層起源の粘土質せん断帯を識別することの難しさが分かりました。しかし、本研究で適用した手法を用いることにより、ボーリングコアなどを用いた火山灰層起源の粘土質せん断帯の検出や分布推定が容易に行える可能性が増え、地下坑道等の建設がより効率的になることが今後期待できます。また、本研究で適用した手法は、火山灰層起源の粘土質せん断帯の同時間面としての利用や、過去の噴火を記録した地質構造としての利用にも役立てることができます。さらに、本研究によって火山灰層起源の粘土質せん断帯が身近に存在し得ることを実証できたことは、地震・断層活動や地すべりなど、スメクタイトに富むせん断構造が重要視されるこれら研究分野にも影響を与え得るものであり、本研究の成果は、地球科学・地球工学の幅広い分野の発展に貢献することが期待できます。

【論文掲載情報】
雑誌名:Engineering Geology, 228, 158-166 (2017)
論文タイトル:Detection and correlation of tephra-derived smectite-rich shear zones by analyzing glass melt inclusions in mineral grains
著者:石井英一、古澤 明

【用語解説】

*1 せん断帯
せん断変形が集中する帯状の地質構造。断層はその代表例。粘土質せん断帯は、破砕・変質起源のものに加えて、火山灰層起源のものもある。

*2 スメクタイト
膨潤性の粘土鉱物の総称。高吸着性、低透水性、膨潤性、粘性変化性、低摩擦強度など独特の物理化学特性を持っており、身近な産業や生活に広く利用されている一方、天然に存在するスメクタイトは必ずしも良い面ばかりではなく、例えばスメクタイトを多量に含む地質構造をトンネル掘削する際には、その高い膨潤性や変化しやすい粘性が不利に働き、湧水が発生するような場ではトンネル内にスメクタイトが地下水とともにとめどなく流出する等の現象が起こる可能性がある。 火山灰層起源の粘土質せん断帯は通常の破砕・変質起源の粘土質せん断帯と比べ、潜在的に非常に高いスメクタイト含有量と広い連続性を持つ。

*3 メルトインクルージョン(MI)
ガラス状の物質。結晶中に取り込まれたマグマが噴火時に急冷してガラスとなったもの。

以上

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