第8章 「ふげん」における運転・保守技術の高度化

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8.3 水化学管理技術の確立
8.3.1 総 論
 「ふげん」が運転を開始した1970年代後半は、我が国の原子力発電所が、運転を始めて間もない頃であり、その経験も浅く、沸騰水型発電所(BWR)におけるステンレス鋼材の応力腐食割れ、加圧水型炉における蒸気発生器伝熱管の損傷等の水化学に関連するトラブルが多発していた時期であった。また、定期検査作業に伴う作業員の被ばくが、1定期検査当たり10人・Svを超えることも稀ではない状況であった。
 このような状況において、ステンレス鋼材の応力腐食割れ発生防止対策として「材料」「応力」「水化学環境」の3要素が上げられ、当時、国内のBWRでは、材料取替えや溶接部の残留応力改善等が、積極的に採用されていた。しかし、「ふげん」は、多数の小口径のステンレス鋼材の配管群からなる原子炉冷却系を持つため、「材料」と「応力」の改善だけでは対応できず、「水化学環境」の改善による水素注入法を先進的に導入する必要があった。
 一方、原子炉浄化系流量の給水流量に対する比は7%であり、通常2%程度のBWRに比べて大きいため、作業に伴う被ばくの主要因となる配管内面の60Co等の放射性物質の付着密度は、比較的小さく、50〜150kBq/cm2程度の範囲にある。しかし、原子炉冷却系の配管群が、小口径であるため、配管の厚みが軽水炉に比べて薄いことや、配管の表面積が大きくなることから、作業員の被ばくは、我が国の商用の軽水炉(電気出力30万〜100万kW級)とほぼ同等の値で推移していた。
 これらのことから、「ふげん」は、我が国の原子力発電所の中でも早い段階から、最新の水化学技術に取り組む必要があり、国内のBWRと共通の課題を有していたため、国内外の機関と学会等を通じて情報交換する多くの機会に恵まれ、「ふげん」の水化学技術は、新型転換炉に止まらず軽水炉全般の技術として認知されることとなった1),2)
 ステンレス鋼材の応力腐食割れ対策として導入した水素注入法は、世界的にも試験段階にあった技術を積極的に取り入れたものであり、また、応力腐食割れ発生防止の指標となる腐食電位の測定は、当時の我が国最先端の電極3種を、「ふげん」のインプラント試験装置で試験するなど、「ふげん」における応力腐食割れに関する対策等は、我が国の技術レベルの向上に大きく寄与した。また、水素注入に伴う水質の変化、「ふげん」の経験に基づく60Co濃度上昇の
解明等は、後続で水素注入を採用するプラントにとって、貴重なデータとなった3)。原子力学会から、これらの一連の成果について、高い評価を得た4)
 被ばく低減対策としての系統化学除染については、先行の重水減速沸騰軽水冷却型圧力管型炉である英国のSGHWRが、1960年代から運転を終了した1990年まで、ほぼ毎年、系統化学除染を行っていたこともあり、「ふげん」の運転開始前から新型転換炉のための除染方法の研究開発が進められ、平成元(1989)年に、我が国で初めての系統化学除染が、「ふげん」で実施された5)
 また、系統化学除染のあとには、除染によって酸化皮膜が除去されて60Coを吸収しやすくなるため、先行炉と同様、1年程度の短い期間で、60Coの付着密度が除染前のレベル程度まで回復してしまう再汚染効果が、「ふげん」においても確認された。このため、1980年代後半から、除染後の再汚染の防止に効果があるとされる亜鉛注入法の導入の検討を開始した。再汚染は、除染直後の数か月の再汚染率が大きいため、除染実施直後に、亜鉛注入を開始することが、被ばく低減の観点から重要である。このため、平成10(1998)年、3度目の系統化学除染の直前に、試験的な亜鉛注入を開始し、系統化学除染後に、万全を期した亜鉛注入を実施して、再汚染を大幅に低減することに成功した6)
 これらの水化学管理技術の確立により、原子炉冷却系の応力腐食割れの発生を確実に防止するとともに、図8.3.1に示すように、第17回定期検査(2001年)に伴う作業者の被ばく線量は、「ふげん」の運転期間を通じて最小となり、第1回定期検査よりも低い1.31人・Svに抑制することができた。
 水化学管理技術の確立には、極めて専門的な情報収集や周到な予備試験が必要であるとともに、安定した効果を期待するためには、運転操作や補修技術も含めたプラントの全機能の活用が重要であった。
 「ふげん」の水化学管理技術について、以下に詳述する。

8.3.2 水素注入技術の確立
(1)はじめに
 「ふげん」においては、原子炉冷却系を構成するSUS304ステンレス鋼配管等の応力腐食割れ(SCC:Stress Corrosion Cracking)の発生を防止するため、SCC発生感受性の低いSUS316L材への材料取替え、高周波加熱による溶接熱影響部の応力改善


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