サイクル安全研究グループの吉田尚生研究員は、日本原子力学会英文論文誌 Most Popular Article Award 2021を受賞しました。
受賞概要
再処理施設で考慮されているシビアアクシデントの1つに、高レベル濃縮廃液HLLW)の蒸発乾固事故があります。この事故は貯槽の冷却機能が長期間に渡って喪失した際に、核分裂生成物の崩壊熱によってHLLWが蒸発・乾固に至り、硝酸蒸気や水蒸気と共に放射性物質が放出されるというものです。
HLLWに含まれるルテニウム(Ru)は、四酸化ルテニウム(RuO4)等の揮発性化合物を生成し他の元素よりも高い割合で放出される可能性があることから、気体状Ru化合物の分解挙動に関する情報は再処理施設の事故解析モデルを開発し事故時のソースターム評価を行う上で必須のものですが、実験データを含む基礎的な知見が不足していました。特に問題となっていたのは、RuO4は不安定な物質である一方で、硝酸蒸気の共存下では気体状Ruは安定に存在するという一見矛盾した実験的事実と、気相中でRuO4は硝酸や窒素酸化物と反応して他の化学形を取りうるという議論の2点に関するものでした。
本論文は、蒸発乾固事故を想定した気相条件における気体状RuO4の化学形変化の挙動を明らかにし、「事故時の気体状Ruの化学形は何か」、「気体状Ruが分解し気相から除かれる速度はどの程度か」を含む実験データを提供することで、上述の問題の解決を試みたものです。
著者らは、温度やRuO4/水蒸気/硝酸蒸気の混合比などの条件を制御しながら、気相中のUV-Visスペクトルの経時変化を観測可能な試験装置を設計・製作し、様々な気相条件におけるRuO4の化学形変化挙動を観測しました。また試験系に硝酸蒸気を含む場合、気相中に生成する二酸化窒素が測定の妨害物質となることに着目し、この影響を除去するスペクトル解析プログラムを開発して、妨害物質の存在下でもRuO4の挙動を定量的に評価できるよう工夫しました。
これらの結果、以下の知見を得ました。
- RuO4は乾燥空気中及び水蒸気中で分解し、分解速度が徐々に速くなる自己触媒的な分解挙動を示す。
- 試験した温度範囲では、高温の場合に分解速度が速い。
- 乾燥空気中よりも水蒸気中の方が分解速度は速い。
- 上述1.~3.とは異なり、硝酸蒸気を一定量以上含む気相中では、RuO4は分解せず、その化学形を保持する。
事故時に貯槽から放出されうるオフガスは広い温度範囲で硝酸を含むことから、本論文で得られた知見を考慮すると、蒸気凝縮によって硝酸が気相から除去されない限り、RuO4は化学形を変えることなく気相中に安定に存在しうることが示されました。
本論文の成果の1つは、硝酸蒸気共存下においてもRuO4がその化学形を保持することを示したことです。RuO4は不安定な物質であることが知られていましたが、著者らは以前の論文・報告書で、「硝酸蒸気の共存下では気体状Ruが安定に存在する」という内容の試験結果を報告しており、従来の知見と矛盾したものでした。硝酸蒸気共存下では別の化学形を取るのか、あるいは何らかの理由で硝酸がRuO4の化学構造を安定化するのかが不明瞭な状態にあり、蒸発乾固事故のソースターム評価や影響緩和策を議論する上で課題となっていました。硝酸の存在によりRuO4の化学形が保持されるという、本研究で得られた知見は、上述の課題を解決しうるものであり、学術的かつ実用上の意義が大きいものです。また、空気中・水蒸気中で、RuO4の分解速度が徐々に増加することは既に報告されていましたが、取得する実験データの時間分解能を従来研究の数千倍以上に向上させたことで、自己触媒的な分解現象などのRuO4の気相中の詳細な挙動も明らかにしました。このように本論文ではRuO4の化学的性質や挙動に関する従来の課題を解決に導く知見が得られており、原子力分野のみならず、Ru酸化物を取り扱う、材料科学や無機・有機・錯体化学等の他分野に対しても学術的な貢献があるものと期待されます。
