研究内容
臨界安全研究とは?
核燃料物質(ウラン、プルトニウムなど)は、原子炉以外の場所では臨界状態とならないよう、取扱い手段や取扱い量を定めて適切に管理することが求められます。特に原子力発電利用にあたっては、濃縮・輸送・成形加工、使用済燃料の輸送・貯蔵、再処理、最終処分などその対象となる工程等は広範で、様々な核燃料物質の性状が該当します。
臨界安全評価では、これらの工程等で存在しうる核燃料物質の性状や臨界に関係する水分量などその他の条件を考慮し、計算解析によって臨界とならない十分に余裕を持った取扱量などを定め、機器設計や取扱い手順などに反映させています。
この評価に用いる計算解析手法(計算コードとJENDLなどの評価済み核データライブラリの組み合わせ)は、これまで世界中で行われてきた多数の臨界実験によりその妥当性、計算精度が検証されています。
新しい課題:燃料デブリの臨界安全
ところが、2011年に発生した東京電力福島第一原子力発電所の事故により、原子炉の燃料が溶けて生じた燃料デブリは、その組成・性状が不明であり、ばらつきも大きいと考えられることから、従来のような臨界管理が出来ません。
しかしながら、燃料デブリの取出しやその後の保管に際しては臨界管理が求められており、臨界管理方法が定まらないと、廃炉工程に支障をきたします。
そこで、燃料デブリの臨界管理に際しては、臨界事故に至る事象(臨界リスク)も廃炉リスクのひとつとして評価していくことが検討されています。
臨界リスクの評価を支援するため、当グループでは、計算解析を用いた多岐に渡る燃料デブリの組成・性状に対する臨界特性を評価したデータベースである「臨界マップ」、乱雑な組成を取扱える計算コード「Solomon」の開発、燃料デブリの組成を模擬した臨界実験によるこれらのデータベース・コードの妥当性検証を進めています。
臨界リスク評価のための燃料デブリの「臨界マップ」
臨界リスクを評価するためには、燃料デブリが臨界となる条件を整理し、その頻度や臨界事象による影響を評価しなければなりません。そこで、臨界となる条件を探索しやすくするために、「臨界マップ」を開発しています。
臨界マップは燃料デブリで想定されているいくつかの代表的な組成をベースとし、燃料デブリの質量や臨界特性を左右する周囲の水分量をパラメータに、燃料デブリの臨界特性を網羅的に計算で評価したものを収録するデータベースです。
利用者は、組成を入力することにより、様々な条件下で臨界になるかならないか、臨界になるとすればどのくらいの質量が必要なのか、などの情報を得ることが出来ます。
所望の条件が収録されていない場合には新たに計算解析を行うための支援機能も備えています。また、今後は乱雑な組成の取扱いが可能な「Solomon」による計算結果も順次収録していく予定です。
Solomon
臨界安全解析において要求される精度の観点からみると、福島第一原子力発電所の燃料デブリの素性は不明です。具体的には、材料組成に関して、空間平均の不確かさと空間分布の不確定性が大きく、臨界性の揺らぎを評価することが必須となっています。
一般論として、燃料デブリの生成過程は、「工学的制御の及ばない環境下で、溶融・混合・再固化の事象が進展した」と特徴づけられます。物理学的には、「無秩序の下での事象の進展」となります。
そこで、無秩序の下で生じる乱雑な状態を、パワースペクトルでモデル化する解析的手法を開発し、C++14標準のSolomonモンテカルロ法ソルバーに実装しました。
また、ボクセル利用を加えたハイブリッドなモデル化もSolomonに実装しました。これらの開発成果を、臨界性揺らぎの評価に活用しています。
画像解析
OpenCV
Python3
混ざり具合を色彩の変遷ととらえ、任意解像度の表現手法としてボクセルを利用
臨界評価解析の妥当性検証のための臨界実験
計算解析の妥当性を検証するための臨界実験は、臨界集合体を用いて実施します。臨界実験では、核燃料物質のほか、原子炉内で用いられる被覆管材料、集合体材料、制御棒材料などを組み込み、実際に臨界状態とすることで、その時の条件を入力した計算解析がどのくらいの精度で実験を再現できるかどうかを評価します。
臨界集合体は、出力が非常に小さく核燃料の燃焼に伴う核分裂性核種の生成が少ないため、運転後にすぐに人が近づいて次の実験準備が出来ること、原子炉構成の自由度が高いことなどが特長です。
当グループでは、TCAやSTACY、TRACYといった臨界集合体を用いた臨界実験を数多く実施し、その成果をOECD/NEAの臨界安全国際ベンチマーク評価プロジェクトICSBEPなどで公開しています。
臨界実験装置「STACY」
定常臨界実験装置「STACY」(更新炉)は、原子力科学研究所(東海地区)にあり、現在国内でも2つしかない臨界集合体のひとつであり、軽水炉の炉心条件を模擬できる国内唯一の実験施設です。燃料棒はPWRとほぼ同じものを用い、中性子反射体・減速材として寄与する軽水を給水することで臨界状態とします。
以前は溶液燃料を使用する装置でしたが、燃料デブリの臨界特性を臨界実験で明らかにするための施設として更新改造工事を行い、令和6年(2024年)8月から実験運転を再開しました。
STACYでは、燃料デブリを模擬した試料を調製・分析する設備と、それらの試料を実験炉心に組み込むための装置を有していることが特徴です。実験者は、燃料と水で構成された基本的な炉心構成をベースとして、臨界特性を調べたい燃料デブリ試料を追加するなどして実験炉心を構成し、燃料と水の割合、水の温度などを変えることによって、燃料デブリの置かれる様々な環境を再現した臨界実験を行い、計算解析との整合を評価します。
これまで実施した燃料デブリを模擬した臨界実験では、計算解析結果が大きくずれるような結果は得られていませんが、もし実験結果と計算解析が合わない場合にはその要因を調査し、その要因による臨界評価の不確かさを低減していくことで、よりよい計算精度が得られるよう研究を進める予定です。
また、新しいSTACYは、日本が有する貴重な臨界実験施設として、次世代育成のための教育機会を提供することも目指しています。STACYは極低出力の原子炉ながらも、大型商業炉で起こっているのと同じ物理現象を観察することができ、安全に運転を行うための様々な設備と運用方法を有しています。STACYを用いた原子炉実習により、我が国における安全な原子力平和利用を担う人的基盤整備に貢献できるよう尽力して参ります。
STACYを用いた臨界実験
STACYを用いた燃料デブリ模擬の臨界実験の一例を紹介します。
燃料デブリは、不安定な状況に置かれていると考えられ、取出しのための作業などにより、合体や分離することでその臨界特性が変わることが想定されます。STACY実験では、燃料配置を変更することで組成の不均一さによる臨界特性の変化や、複数の燃料デブリの集合(塊)同士の中性子の相互作用を検証するための実験を行っています。
燃料デブリを模擬するために、コンクリートや鉄の成分を混ぜてペレット形状に調製された測定試料は、燃料棒と同じ形状のジルコニウム管に詰めたり、専用の装荷装置を用いて炉心に装荷されます。また、燃料デブリを構成していると考えられる、コンクリートや鉄の含有を模擬するために、これらの構造材料の棒状試料を準備し、燃料棒と適宜組み合わせることで、燃料デブリに近しい組成に対する臨界量の評価を行っています。
国産燃焼計算コードSWAT-Xの開発
原子炉で利用された使用済燃料には、ウランやプルトニウムといった核分裂性核種に加え、核分裂生成核種やアクチノイド核種など、さまざまな核種が含まれています。これら使用済燃料に含まれる核種の量を正確に把握することは、臨界安全性、放射能、崩壊熱の評価など、使用済燃料を安全に取り扱うために不可欠です。
使用済燃料の核種組成の評価には、燃焼計算と呼ばれる数値シミュレーションが用いられます。JAEAではこれまでに、MVP-BURN や SWAT4 などの燃焼計算コードを開発してきました。これらのコードは国内で広く利用されている一方で、開発から長い時間が経過しており、利用可能な核データの制約など、さまざまな課題が顕在化してきています。
そこで、SWAT4 の後継として、新たな燃焼計算コード SWAT-X の開発を2023年度より開始しました。現在は、最新の国産核データであるJENDL-5を利用可能とすることを主眼に、第一版の公開に向けて開発を進めています。
臨界事故評価を含むマルチフィジックス解析手法の開発
臨界事故とは、核分裂性物質が臨界を意図しない場所・状況において臨界(=核分裂連鎖反応が継続する状態)となってしまう事故のことです。
臨界事故はこれまで世界中で数十件発生しており、それらの中には事故によって大量の放射線が生じた結果死傷者が出てしまったケースもあります。日本では1999年に発生したJCO臨界事故がよく知られています。
核分裂性物質を取り扱う限り、こういった事故のリスクを避けることはできません。よって、臨界事故を防ぐために万全を期すことはもちろん、万が一事故が発生してしまった場合を想定して予め被害をシミュレーションすることで効果的な対応策を事前に構築しておくことが重要です。
また、事故が発生してしまった場合に迅速に被害状況を把握するためのシミュレーションも必要とされます。
当グループでは以上のようなシミュレーションを目的とした臨界事故解析ツールが開発されてきました。臨界過渡実験や過去の臨界事故を対象としたベンチマーク解析を行い、事故を一定以上の精度でシミュレーションすることができるツールが整備されています。
ただし、こういった既存のツールには解析コスト低減のための単純化や、経験則に基づく近似などが含まれています。そのため、対象とする臨界事故の状況によってはその性能を十分発揮できない場合があり、柔軟性に向上の余地があります。
そこで近年の解析手法、コンピューター技術の高度化を十分に活かした、既存のツールと比較してより柔軟性・精度がよい臨界事故解析ツールの開発・研究を進めています。