2026年9月3日
東京大学
日本原子力研究開発機構
京都工芸繊維大学
大阪大学

スピンで表面反応を制御
――水素の電子スピンの向きで表面吸着・反応確率が変化することを発見――

【発表のポイント】

ニッケル表面におけるスピンの向きに依存した水素吸着

概要

東京大学 生産技術研究所 福谷 克之 教授、小澤 孝拓 助教、日本原子力研究開発機構 先端基礎研究センター 植田 寛和 研究副主幹、京都工芸繊維大学 電気電子工学系 三浦 良雄 教授、大阪大学 大学院工学研究科 Wilson Agerico Diño 准教授らの研究グループは、水素原子が持つ電子スピン(注1)の向きによって、金属表面での化学反応の起こりやすさが大きく変化することを明らかにしました。研究グループは、電子スピンの向きをそろえた水素原子ビームを用い、強磁性体であるニッケル(注2)表面に水素原子を照射しました。その結果、水素原子のスピンがニッケル表面の磁化に対して垂直に向いている場合、平行な場合に比べて水素の吸着が大幅に抑制されることを見いだしました。また、表面に吸着した水素原子と入射水素原子とが反応して水素分子を生成する引き抜き反応においても、同様のスピン依存性を確認しました。これまで表面化学反応では原子・分子の並進・振動・回転運動の影響が詳しく研究されてきましたが、本研究は電子スピンも反応性を左右する重要な自由度(注3)であることを示すものです。磁場を用いてスピンを制御することで、表面反応を制御する新たな手法につながることが期待されます。

発表者コメント:福谷 克之 教授の「もしかする未来」

水素は、基礎物理から化学反応、生体機能、さらに宇宙科学において主役を担う元素です。水素の関わる現象において、水素のスピンが重要と考えられていましたが、その実態は明らかではありませんでした。この研究では、研究室で独自に開発したスピン偏極水素ビームを利用して、表面吸着・反応がスピンの向きに依存して大きく変化することを発見しました。今後は、この現象の理解を深化させるとともに、スピンや外部磁場を活用した表面反応制御に取り組みたいと考えています。
福谷 克之 教授 研究者プロフィール
https://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/research/staff/katsuyuki-fukutani/

発表内容

物質表面で起こる原子や分子の吸着・反応は、触媒反応をはじめとするさまざまな化学過程の基礎となっています。これまで、気体分子が表面と反応する際には、入射分子の自由度―表面に衝突する速さに対応する並進運動や、分子内部の振動・回転運動―が反応性にどのような影響を与えるかが詳しく研究されてきました。一方、電子が持つ量子力学的な性質であるスピンが表面化学反応にどのような影響を及ぼすかについては、十分に理解されていませんでした。

研究グループは、最も単純な原子である水素原子と、強磁性体であるニッケルのNi(111)表面を対象として、電子スピンと表面反応との関係を調べました。独自に開発したスピン偏極水素原子ビームを用いることで、入射する水素原子の電子スピンの向きをそろえ、外部磁場の方向を変えることによって、ニッケル表面の磁化に対する水素原子のスピンの向きを制御しました。その結果、図1に示すように水素原子のスピンがニッケル表面の磁化と平行な場合には水素原子が効率よく吸着する一方、垂直な場合には吸着が大幅に抑制されることが分かりました。特に水素がほとんど吸着していない表面では、平行な場合と垂直な場合の吸着確率の比は7倍以上に達しました。一方、磁性を持たない銅表面では、このような磁場方向による吸着確率の違いは観測されませんでした。これらの結果は、ニッケルの磁性と水素原子の電子スピンとの相対的な向きが、水素原子の吸着反応を大きく左右していることを示しています。

さらに、あらかじめ水素を吸着させたニッケル表面に水素原子を入射し、水素原子が表面の水素原子を引き抜いて水素分子を生成する引き抜き反応について調べました。その結果、図2に示すようにこの反応でも、水素原子のスピンがニッケル表面の磁化と平行な場合に反応が起こりやすく、垂直な場合には抑制されることが分かりました。また、その違いは外部磁場を強くするほど顕著になりました。

本研究は、水素原子の電子スピンが金属表面での吸着だけでなく、その後の化学反応にも重要な役割を果たすことを実験的に示したものです。今回観測されたスピン依存性の微視的な機構については今後さらに理論的な解明が必要ですが、電子スピンというこれまで十分に活用されてこなかった自由度を利用することで、磁場によって表面化学反応を制御する新しい方法へと発展する可能性があります。将来的には、触媒反応などにおける反応速度や反応選択性をスピンによって制御する「スピン化学」の新たな展開につながることが期待されます。

図1:水素原子の電子スピンを制御してニッケル表面に入射した時の吸着確率の照射時間依存性。(赤)水素のスピンの向きがニッケル表面の磁化方向と平行な場合と垂直な場合の吸着確率の比、(黒)水素のスピンの向きが表面平行な場合とランダムな場合の吸着確率の比。

図2:水素が吸着したニッケル表面に水素原子の電子スピンを制御して水素原子を入射した時に、種々の外部磁場のもと水素分子が生成する引き抜き反応強度が照射時間とともに変化する様子を示す図。赤線は水素のスピンが表面平行、黒線は表面垂直(一番下はランダム)に対応する。

発表者・研究者等情報

東京大学 生産技術研究所 福谷 克之 教授 兼:国立研究開発法人日本原子力研究開発機構 客員研究員 小澤 孝拓 助教 国立研究開発法人日本原子力研究開発機構  原子力科学研究所 先端基礎研究センター   植田 寛和 研究副主幹 兼:東京大学生産技術研究所 協力研究員 京都工芸繊維大学 電気電子工学系 三浦 良雄 教授 大阪大学  大学院工学研究科 Wilson Agerico Diño 准教授

論文情報

雑誌名:Nature Communications

題名:Controlling Surface Reactions of Hydrogen Atoms by the Electron Spin

著者名:Hirokazu Ueta*, Hiroki Nakatsu, Yusei Ohashi, Fuka Watanabe, Zhen-Dong Sun, Takahiro Ozawa, Yoshio Miura, Wilson Diño, and Katsuyuki Fukutani*

DOI:10.1038/s41467-026-77076-0

URL:https://www.nature.com/articles/s41467-026-77076-0

研究助成

本研究は、科研費「JP18H05518」、「JP20K05337」、「JP21H04650」、「JP23K04593」、「JP25K24643」、JST-ASPIRE「JPMJAP2321」の支援により実施されました。

用語解説

(注1)スピン

電子や原子などの粒子が持つ、量子力学的な性質の一つ。角運動量の次元を持ち、しばしば粒子の自転になぞらえて理解される。粒子の磁気モーメントの起源であり、外部磁場に対する向きで粒子のエネルギーが異なる。

(注2)ニッケル

強磁性を示す金属材料の一つ。炭化水素への水素付加反応の触媒として用いられ、またニッケル・水素蓄電池などの二次電池正極材料や、水素を吸蔵する水素吸蔵合金の材料として利用される。

(注3)分子の自由度

分子の運動や状態を特徴づける性質。空間を移動する並進運動、分子内の原子間距離が変化する振動運動、分子の向きが変化する回転運動などがある。これらに加えて、電子や原子核のスピンも内部自由度の一つである。

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