令和8年8月31日
J-PARCセンター
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
国立大学法人 東京大学
国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学
国立研究開発法人理化学研究所

ミュオン加速、実証から実装へ
〜新実験エリアで冷却ミュオンの0.3 MeV加速に成功〜

図1 正ミュオンビームの冷却と加速の概念図。

向きや速さがそろっていない正ミュオンを冷却することにより、効率よく高周波加速が可能となりました。

大強度陽子加速器施設J-PARC (※1) 物質・生命科学実験施設(MLF)に新たに整備したミュオン加速専用の実験エリア(ミュオンH2エリア※2)において、ミュオンを運動エネルギー4 MeVから25 meV(約1億6000万分の1)まで冷却後、0.3 MeV(光速の約8%)まで加速することに成功しました。2024年の世界初のミュオン加速の実証と比べ、3倍のエネルギーと200倍の強度(約10ミュオン/秒)を達成しました。世界で唯一のミュオン加速器の稼働に向けた重要な一歩となります。

概要

ミュオン(分野によってはミューオン;一定の表記はない)は電子に似た素粒子です。加速器で人工的につくられるミュオンは、物質科学や素粒子物理学の研究のほか、大型構造物の透視など、さまざまな分野で活用されています。しかし、加速器施設でつくられる通常のミュオンビームは向きや速さがそろっておらず、そのままでは加速することができません。

J-PARCセンター、KEK、日本原子力研究開発機構、岡山大学、名古屋大学、九州大学、茨城大学、新潟大学の研究グループは、ミュオンをいったんほぼ停止状態まで冷却したのちに高周波加速空洞で加速する方法により、世界で初めてミュオンの冷却(※3)・加速の実証に成功しました(2024年5月17日プレスリリース「世界初、素粒子ミュオンの冷却・加速に成功」)。この成果は米国物理学会誌Physical Review Lettersの表紙を飾り、同誌の2025年注目論文集に選出されるなど、国際的にも高い評価を受けています。

今回、J-PARCセンター、KEK、日本原子力研究開発機構、東京大学、名古屋大学、理化学研究所の研究グループは、ミュオンg-2/EDM実験(※4※5)や透過型ミュオン顕微鏡、人工・可搬ミュオンビームのコア技術開発等を行うためにMLFに新たに整備された専用ミュオンビームライン(Hライン)の実験エリア(H2エリア)において、ミュオンの冷却と高周波加速の実験を2026年6月に実施しました。その結果、ミュオンを運動エネルギー0.3 MeV (光速の約8%)まで加速することに成功しました。2024年の実証実験(0.1 MeV、毎秒0.05個)と比べて、3倍のエネルギーと200倍の強度(毎秒約10個)を、本来の実験を行う実験エリアで達成したことになります。

本来の実験を行う実験エリアで得られた成果であり、ミュオン加速の「実証」の段階から、実験に使うビームをつくる「実装」の段階へと研究が大きく前進しました。世界で唯一のミュオン加速器の稼働に向けた重要な一歩といえます。今後、2027〜28年頃に4 MeV(光速の約30%)までの加速を目指し、将来の人工・可搬ミュオンビームの実現に向けた基幹技術を確立するとともに、最終的にはさらに高いエネルギー(200 MeV以上、光速の約90%以上)まで加速し、ミュオンg-2やEDMの超精密測定による素粒子標準理論の高精度検証や透過型ミュオン顕微鏡による物質科学・工学応用研究を行う計画です。

研究グループ

J-PARCセンター 素粒子原子核ディビジョン

J-PARCセンター 物質・生命科学ディビジョン

J-PARCセンター 加速器ディビジョン

KEK 素粒子原子核研究所 ミューオン・中性子グループ

KEK 物質構造科学研究所 ミュオン科学研究系

KEK 加速器研究施設

東京大学 大学院理学系研究科 物理学専攻

日本原子力研究開発機構 J-PARCセンター

名古屋大学 素粒子宇宙起源研究所

名古屋大学 大学院理学研究科 理学専攻 高エネルギー素粒子物理学研究室

理化学研究所 光量子工学研究センター

これまでの経緯:実証から実装へ

2024年の世界初のミュオン冷却・加速の実証実験は、MLFミュオン実験施設の汎用実験エリア(S2エリア)で行われました。一方、ミュオンg-2/EDM実験の本番の実験は、世界最高強度のパルスミュオンビームを供給する専用ビームライン(Hライン)の実験エリア(H2エリア)で行います。H2エリアは2024年度に完成し、2025年度から稼働を開始しました。

研究グループは、ミュオンを冷却する装置(冷却ミュオン源)をS2エリアからH2エリアに移設するとともに、新たに構築した、効率よく電子をはぎ取る紫外レーザーシステムや、冷却したミュオンを加速する高周波加速装置の整備・調整を進めてきました。今回の実験は、これらの装置を組み合わせ、本番の実験エリアで初めてミュオンの冷却から加速までを一貫して行ったものです。

何がわかったのですか

H2エリアに供給される正ミュオンビーム(光速の約30%、運動エネルギー4 MeV)をシリカエアロゲル標的に打ち込んでミュオニウム(正ミュオンと電子からなる中性原子)を生成し、これに特殊な紫外レーザー(図2)を照射して電子をはぎ取ることにより、ほぼ停止状態(光速の0.002%、運動エネルギー25 meV)まで冷却された正ミュオンを得ました。これを高周波加速装置に入射し、運動エネルギー0.3 MeV(光速の約8%)まで加速することに成功しました(図3)。

得られたデータによると、加速されたミュオンの強度は毎秒約10個であり、2024年の実証実験(毎秒0.05個)の200倍に達したことを確認しました(図4)。世界初の加速ミュオン施設の実現に向けて、ビームの品質と強度の両面で大きな前進となります。

図2 新たに構築した、効率よく電子をはぎ取ることのできるレーザーシステム

図3  H2エリアに設置した装置群(奥からミュオン冷却装置・加速装置・診断装置)

図4 加速装置出口で測定した、0.3 MeVまで加速されたミュオンの信号

それで世界はどう変わりますか

世界には多数の加速器施設がありますが、ミュオンの加速器はまだ存在しません。今回の成果により、世界で初めてのミュオン加速器の実現に向けた建設・調整が、専用の実験エリアで始動しました。今後は、加速空洞を順次接続し、今回達成した0.3MeVからさらに加速して、2027〜28年頃には4MeV(光速の約30%)まで再加速することを目指し、人工・可搬なミュオン生成に必要な基盤技術を確立します。最終的には200 MeV以上のエネルギーに加速した指向性の極めて高いミュオンビームを用いて、素粒子標準理論のほころびの超精密検証(ミュオンg-2/EDM実験)を行うことを目指しています。加速ミュオンビームは、ナノメートルの分解能で物質を観察する透過型ミュオン顕微鏡や、大型構造物の透視イメージングなど、幅広い応用が期待されています。

用語解説

※1.大強度陽子加速器施設(J-PARC)

高エネルギー加速器研究機構(KEK)と日本原子力研究開発機構が茨城県東海村で共同運営している大型研究施設で、素粒子物理学、原子核物理学、物性物理学、化学、材料科学、生物学などの学術的な研究から産業分野への応用研究まで、広範囲の分野での世界最先端の研究が行われています。J-PARC内の物質・生命科学実験施設(MLF)では、世界最高強度のミュオン及び中性子ビームを用いた研究が行われており、世界中の研究者に利用されています。

※2.Hライン・H2エリア

MLFミュオン実験施設に新たに整備された、世界最高強度のパルスミュオンビームを供給する専用ビームライン(Hライン)とその実験エリアの一つ(H2エリア)です。ミュオン冷却装置と直線加速器が設置されています。

※3.ミュオンの冷却

ミュオン冷却とはミュオンの向きや速さをそろえることです。ミュオンビームをシリカエアロゲルに打ち込んでミュオニウム(正ミュオンと電子で構成される中性原子)を生成させ、ほとんど静止した状態にした後、紫外レーザーを使って電子をはぎ取り、正ミュオンだけの状態にします。

※4.異常磁気能率(g-2)

磁気能率は素粒子の持つ固有の性質の一つで、ボーア磁子と呼ばれる物理量とg因子と呼ばれる量の積で表されます。量子力学的な効果がg因子の2からの差分として現れます。これを「異常磁気能率」(g-2)と呼びます。標準理論で極めて高精度に計算することができます。

※5.電気双極子能率(EDM)

電気双極子能率(EDM)は、大きさが等しい正負の電荷が空間的に離れて存在することによって生じる電荷分布の偏りを表す物理量です。EDMは空間反転及び時間反転対称性を破ります。素粒子のEDMは標準理論で極めて小さい値が予想されており、現在までに有限の値は測定されていません。

謝辞

本研究はJ-PARC MLFの実験課題 2011MS06, 2025MS06 として実施されました。また、本研究はJST経済安全保障重要技術育成プログラムJPMJKP24J4、JSPS科研費(20H05625, 22K21350, 24H00023, 24K03211, 25K24694, 26K21728 )の助成を受けたものです。

参考拠点:J-PARCセンター
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