令和8年7月30日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構

空気中の微粒子を “その場で” サイズ別に直接計測
―3Dプリント製の使い捨てデバイス「µSPLIT」を開発―

【発表のポイント】

図1 使い捨て分級・計測デバイス「µSPLIT」

(左)吸引した気流を制御することでエアロゾルをサイズ別に分け、フィルターで捕集する。(右)本体は薄いフィルム越しに放射線検出器と直接接続できる

【概要】

空気中の微粒子を粒径別に分離しフィルターで捕集する、使い捨てタイプの分級・計測デバイス「µSPLIT(マイクロスプリット)」を開発しました。µSPLITは、数値流体力学(CFD)で最適化した流路によって風の流れをコントロールし、粒径を分けます。放射線測定器などの測定機器を直結でき、分級から計測まで、装置を開放せずに完結できます。光造形3Dプリンターで一体成型したことで、従来機器にはない、安価で、使い捨て可能を実現しました。

工場や鉱山、原子力施設など有害な微粒子が発生する現場では、作業員の健康を守るため、空気中に浮遊する粒子の大きさと量を把握することが極めて重要です。粒子の大きさ(空気動力学径※6、粒径)によって、呼吸器内でどの深さまで到達し、どれだけ健康に影響するかが決まるためです。とりわけ、放射性微粒子を吸い込んだ場合、0.1~10 µmの粒径範囲で体内の沈着部位が顕著に変わり、内部被ばく線量を左右するため、粒径別の評価が重要です。しかし従来の計測器は精密加工を伴う金属製のため1台あたり数百万~数千万円と高価で、測定するたびに内部を徹底的に洗浄しなければ次の計測はできません。この洗浄作業そのものが作業員の二次的な被ばくリスクとなり、装置を多点展開しての計測を困難にしてきました。

研究チームは「1回使い捨て」発想で装置設計を進め、光造形3Dプリンターで透明樹脂を一体成型(約12㎝×3㎝×3㎝)し、製造コストを大幅削減しました。計測で汚染した装置は廃棄できるため、従来必要だった除染作業に伴う二次汚染対策や作業員被ばくのリスクを大幅に低減できます。さらに、粒子の分離と捕集(HEPAフィルター※7)を一つのモジュール内で完結させて、試料の移し替えなどに伴う損失・汚染のリスクも取り除きました。慣性の違いを利用した流路で微粒子を3つのサイズ帯(10 µm超/1~10 µm/1 µm未満)へと分離します。放射性エアロゾル微粒子を用いた実証試験では、放射線測定器を直結したフィルター上に設計通りの粒径分離を達成し、α線の直接計測にも成功しました。

本技術は、東京電力福島第一原子力発電所の廃炉作業で今後、想定される作業空間中の放射性エアロゾル監視に加え、大気中に浮遊するPM2.5※8や粉じん、マイクロプラスチックなど、環境・労働衛生分野での計測管理への展開も期待されます。本成果による実証を基に、早期の社会実装実現に向け、国内外の多様な現場での実証試験や、民間企業へのライセンス展開、ならびに本技術をコアとしたスタートアップの設立などを進める方針です。

本開発は、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長:小口正範、以下「原子力機構」) 福島廃炉安全工学研究所 廃炉環境国際共同研究センター(CLADS)の坪田陽一研究主幹、ラフォレ・ユーゴ博士研究員、加藤友彰研究員、および核燃料サイクル工学研究所 放射線管理部の黒江彩萌チームリーダーによるものです。本成果は、2026年7月19日付(米国東部時間)に米国化学会の学術誌「ACS Omega」にオンライン掲載されました。

【研究開発の背景】

空気中を漂う微粒子(エアロゾル)の挙動や健康影響は、粒子サイズによって大きく異なります。直径10 µm以上の比較的大きな粒子は鼻やのどで捕らえられますが、1 µm未満の微小な粒子は肺の最深部(肺胞)まで到達し、長期間にわたって局所的な健康被害をもたらします。放射性粒子を吸い込んだ場合、同じ放射能でも小さな粒子ほど肺の深部に沈着しやすく、内部被ばくの影響が大きくなることも知られています。このため、作業現場の空気中に「どのサイズのどんな粒子が、どれだけあるか」を把握することは、作業員の安全を守るうえで欠かせません。

東京電力福島第一原子力発電所(1F)の廃炉作業においては、将来、燃料デブリ※9の切断・取り出しに伴い、放射性物質を含むエアロゾルの発生が想定されています。これらの作業は原子炉格納容器などの閉鎖空間内で遠隔で行われますが、安全な工程管理には同空間内の濃度監視が必要です。さらに、作業員の内部被ばくリスク評価に必要となることから、粒径別の放射能モニタリングを有人エリアに配備することは、エアロゾル漏出への備えとしても重要です。

一方、普及しているエアロゾル計測器は金属製です。1回の測定が終わるたび、装置を開けて捕集フィルターを取り出し、粒子量の測定や内部洗浄(除染)を行わなければなりません。しかし、放射性物質で内部汚染された装置を開封すること自体が二次汚染や作業員の被ばくを招くことから、導入の大きな障壁となっています。加えて、計測装置には遠隔ロボットなどに搭載できる小型・軽量さも求められますが、従来の金属製計測器は高価で重く、この点でも不利でした。

こうした「安価で、洗浄せず使い捨てでき、多数を手軽に展開したい」との要請は、原子力分野に限りません。事業所や工事現場の粉じん管理(作業環境測定)、鉱山の作業環境監視、マイクロプラスチックやPM2.5に代表される大気汚染の多点観測まで、粒径別の粒子計測を求める現場は幅広く存在します。

原子力機構は1F廃炉支援の一環として、安全かつ確実な廃炉に必要な技術開発を進めています。現状では限定的にしか導入できない粒径別エアロゾル計測ですが、将来的に必要となる廃炉現場のエアロゾル監視向け機器を開発することは、同時に、さまざまな環境で小型・低コスト・多数展開を実現できる技術となる可能性があります。

【今回の成果】

(1)CFD設計と3Dプリントの融合による装置開発
エアロゾル計測時は、測定する空間の空気や大気を吸引して捕捉します。放射性エアロゾルや有害微粒子の吸入ばく露によるリスクを正確に評価するためには、空気中に浮遊するエアロゾルの粒子の大きさ(空気動力学径)を把握することが極めて重要です。国際放射線防護委員会(ICRP)の呼吸気道モデル※10によると、人体に吸入された際の呼吸器系への到達深度(沈着部位)は粒径で異なり、内部被ばく線量などのリスク評価が大きく変わります。そこで本デバイスでは、吸入時の沈着挙動に基づき、①主に上気道(鼻や喉)に沈着する10 µm超(クラスA)②気管や気管支へ到達する1~10 µm(クラスB)③肺胞の最深部まで到達し深刻なばく露をもたらす1 µm未満(クラスC)―の3つのサイズ帯へ分離・捕集することを性能要件としました。
この要件を満たすべく、研究チームはオープンソースの流体解析ソフトOpenFOAMを用い、吸引で生じる空気の流れと一粒一粒の動きについてコンピュータ上で精密に追う解析を行い、「バーチャルインパクター※11」と呼ばれる内部流路を最適化しました。バーチャルインパクターは「空気の流れを急に曲げると大きく重い粒子は慣性でまっすぐ進み、小さく軽い粒子は流れに乗って曲がる」という慣性の法則を利用して粒子を振り分けます。例えば、車が急カーブを曲がる際に重いダンプカーは曲がり切れずに直進し、軽い軽自動車は曲がれるのと同じ原理です。

この振り分けの様子は、装置内部の気流と粒子の動きをコンピュータで再現することで確認できます(図2)。CFDシミュレーションにより、第1段でカットオフ径※12 9.0 µm、第2段で1.3 µmの粒径分離を達成しました(図3、図4)。本設計を基に、光造形3Dプリンターで透明樹脂を一体成型し、手のひらに収まるサイズ(約12㎝×3㎝×3㎝)の本体に、2段の慣性分級機構と3つの捕集フィルターを一体化しました。

図2 分岐部の流れと粒子の軌跡(CFDシミュレーション)

流速の違いにより、大きい粒子は慣性でまっすぐ、小さい粒子は流れに乗って曲がる

図3 µSPLITの設計概要

全体の3次元CADモデルと内部の流路形状

図4 CFDで予測した粒径分離性能

(左)設計値10μmに対するシミュレーションでのカットオフ径は9μm、
(右) 設計値 1μmに対するカットオフ径は1.3μmであった

(2)使い捨てを前提とした安価で安全な設計
従来のエアロゾル計測器は捕集部が金属製で、測定後に装置を開放して内部を除染しなければなりません。1F廃炉作業環境に導入した場合、放射性微粒子が内部付着した機器を開き、エアロゾルの秤量や洗浄作業を行うことで作業員へ被ばくリスクをもたらします。
これに対しµSPLITは計測後の使い捨てを前提に3Dプリンター用の汎用樹脂で製造しました。1台あたりの材料費が極めて低く、繰り返しの洗浄・除染にかかる手間やコストを考慮すれば1回の使用で廃棄する運用でも経済的に見合う水準です。フィルターを取り出して分析し、洗浄後に繰り返し使用することも可能です。透明樹脂を採用したことで、内部の状態を目視で確認できる利点もあります。

(3)一体構造による「分けて・その場で測る」直接計測
µSPLITは粒子の分離からフィルターでの捕集までを単一のモジュール内で完結し、放射線検出器をはじめとする測定器を結合できるようにしました。放射性微粒子の計測時には、α線が入射した位置を画素ごとに捉える位置敏感型α線検出器※13をフィルター直上の薄いフィルム越しに配置できます(図1右)。試料を移し替える手間や、機器開放による汚染拡大のリスクをなくしました。
エアロゾル計測の実証試験では、線香の煙(サブミクロン粒子)を用いて装置全体が正しく機能することを確認しました。次に、ラドン(²²²Rn)の子孫核種※14をNaCl(塩化ナトリウム)粒子に付着させた放射性エアロゾル(平均的な大きさ約1.7 µm)を作製、試験を行いました。
その結果、最も高いα線計数は、中サイズ帯(クラスB:1~10 µm)のフィルター上で観測され、粒径に応じた分離・計測が機能していることを実証しました(図5)。

図5 α線検出器で得た計数の分布

1~10 µm(クラスB)のフィルター位置で計数が最も多く、粒径分離が機能していることを示す

【応用先と今後の展開】

粒径によって体内での振る舞いが異なる以上、「どのサイズの粒子がどれだけあるか」をその場で把握することは健康・リスク評価の出発点です。µSPLITが実現する「安価・使い捨て・装置を開放せずその場で直接計測」という特長は、洗浄や装置開放に伴う二次汚染・被ばくを避けつつ、高価で扱いにくいとされてきた粒径別エアロゾル計測の常識を変える可能性を持ち、主に次の分野での活用が期待されます。

  1. 1F廃炉と原子力施設の安全 人が長く留まれない高汚染環境の測定では、計測による二次汚染を招くことなく、エアロゾル粒径別の放射線測定装置を多点展開し、的確な監視が実現できます。
  2. 産業・労働衛生の高度化 工場や工事現場の粉じん管理(作業環境測定)、鉱山の作業環境監視など、手軽に多点・連続のモニタリングを可能にします。
  3. 環境モニタリングへの展開 PM2.5など大気汚染の広域観測、マイクロプラスチック、自動車走行時の粉塵など、粒径別の計測が求められる現場で多点展開ができます。

今回、プロトタイプによる基本実証を終えたことで、今後は早期の社会実装を目指します。CFDによる流路構造の改良や標準的な性能評価に加え、さまざまな現場での実証を段階的に行う予定です。

研究チームは今回の実証と並行してセンサーとの統合・最適化も進めています。放射性微粒子計測では、多チャンネルの放射線ピクセルセンサーと機械学習に基づく解析機能で、粒径ごとのα線・β線・γ線をリアルタイムに識別する計測システム構築に取り組みます。さらに、レーザーや光学・固体センサーを統合し、放射能だけでなく元素や質量のリアルタイム計測も目指します。原子力分野にとどまらず、粒径別の微粒子モニタリングを必要とするあらゆる現場へ、安価で扱いやすい計測技術として展開していきます。

【論文情報】

雑誌名:ACS Omega(米国化学会)

論文タイトル:“Development of a 3D-Printed Two-Stage Virtual Impactor for Radioactive Aerosol Size Classification and Direct Analysis”
(放射性エアロゾルの粒径分離と直接分析を実現する3Dプリント2段バーチャルインパクターの開発)

著者:Hugo Laffolley¹, Youichi Tsubota¹,*, Ayame Kuroe², Tomoaki Kato¹

所属:¹日本原子力研究開発機構 廃炉環境国際共同研究センター(CLADS)、²日本原子力研究開発機構 核燃料サイクル工学研究所 放射線管理部  *責任著者

DOI:https://doi.org/10.1021/acsomega.6c04521

本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(JSPS科研費 課題番号 24K08314)の支援を受けて実施されました。

【各研究者の役割】

ラフォレ ユーゴ:詳細設計、流体力学計算、構造最適化、性能実証試験、データ解析、論文執筆

坪田 陽一:計画立案、概念設計、性能実証試験、データ解析、論文執筆、プロジェクト監督

黒江 彩萌:性能実証試験、データ解析

加藤 友彰:顕微鏡観察、構造最適化

【特許情報】

本研究の成果に関して、以下の通り特許を出願しています。

【用語の説明】

※1 エアロゾル:

空気中に浮遊する微小な液体または固体の粒子。粉じん、煙、ミスト、放射性微粒子などを含む。粒子の大きさによって体内での沈着部位や健康影響が異なる。

※2 光造形3Dプリンター:

液体の樹脂に光(紫外線)を当てて少しずつ硬化させ、立体物を造形する機器。微細で複雑な内部流路を一体成型できる。

※3 数値流体力学(CFD、Computational Fluid Dynamics):

流体の流れをコンピュータ上で数値的に解析する手法。装置内部の気流や粒子の動きを試作前に予測・最適化できる。

※4 α線:

放射線の一種で、ヘリウムの原子核。透過力は弱いが、体内に取り込まれると人体への影響が大きい(内部被ばく)。

※5 マイクロプラスチック:

直径5 mm以下のプラスチック微粒子の総称。製品由来の一次的なものと、大型プラスチックが紫外線や摩擦などで砕けた二次的なものがある。大気中にも浮遊し、人体の肺から検出された事例もある。

※6 空気動力学径:

粒子の動きやすさを同じ動きをする密度1 g/cm³の球の直径で表した「大きさ」の指標。粒子が呼吸器のどの部位に沈着しやすいかにも関係し、慣性分級ではこの径で粒子を振り分ける。

※7 HEPAフィルター:

微小な粒子を高効率で捕集する高性能フィルター。µSPLITでは粒径を分離した各サイズ帯の粒子を捕集するために用いる。

※8 PM2.5:

大気中に浮遊する粒径2.5 µm以下の微小粒子状物質。粒子が小さいため肺の奥深くまで到達しやすく、呼吸器・循環器疾患との関連が指摘されている。環境基準が定められており、広域でのモニタリングが求められている。

※9 燃料デブリ:

福島第一原発事故で、核燃料や金属・コンクリートなどが高温で溶融・反応した後に冷え固まったもの。取り出しには切断作業が想定され、放射性エアロゾルの発生源となりうる。

※10 国際放射線防護委員会(ICRP)の呼吸気道モデル:

ICRPは放射線防護に関する勧告を行う国際学術組織で、本モデルでは吸入した放射性粒子による被ばく線量を検討するため、呼吸器内での沈着・移行・代謝が評価できる。内部被ばくの防護基準や作業環境の管理で活用されている。

※11 バーチャルインパクター:

インパクターは粒子を捕集板などの固体表面に直接衝突させて分離・捕集する装置のこと。バーチャルインパクターは気流の曲げを利用し、慣性の大きい(大きく重い)粒子と小さい粒子を、空気の流れごと二つに分ける粒径分離手法。可動部がなく、過酷な環境にも向く。

※12 カットオフ径:

粒子を振り分ける際の境目となる粒径。この径の粒子が50%の割合で分けられる。

※13 位置敏感型α線検出器:

α線が当たった位置を画素(ピクセル)ごとに識別できる検出器。本研究では64チャンネル(8×8)の検出器をフィルター直上に配置した。

※14 ²²²Rn(ラドン222)の子孫核種:

天然に存在する放射性ガス・ラドンが壊変してできる放射性の微粒子。本研究では、これをNaCl(塩化ナトリウム)粒子に付着させて模擬の放射性エアロゾルを作製した。

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