令和8年7月28日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
国立大学法人東北大学

左右対称な物質に現れた「電子の利き手」
―ウラン化合物で新しい電子秩序を発見―

【発表のポイント】

ウラン化合物で見つかった新しい電子の秩序状態(イメージ)。ウラン原子周りの電子の広がりが方向性を持ち、その配列が全体として「カイラリティ」を持つ(カイラル反強四極子秩序)

【概要】

私たちの右手と左手のように、鏡に映した像が元の像と重ならない性質を「カイラリティ(掌性)」[1]と呼びます。右巻き・左巻きのネジやDNAのらせん構造にも見られるこの性質は、医薬品の薬効や香りの違いなど、身の回りのさまざまな現象に深く関わっています。これまで物質におけるカイラリティは、構造そのものが左右非対称であることによってのみ生じると考えられてきました。

一方、日本原子力研究開発機構の強相関アクチノイド科学研究グループは、原子[2]の配列が左右対称でカイラリティを持たなくても、原子に付随する電子の配列によってカイラリティが生じる可能性を理論的に提唱していました。今回、研究チームはウラン化合物[3]「URhSn」に着目し、核磁気共鳴(NMR)法[4]を用いてその詳細な電子状態を調べました。その結果、-219 ℃(54 K)以下の低温域において、ウラン原子周りの電子の分布に方向性が生じ、その並び方全体が「右手・左手」のカイラリティを持つことを世界で初めて明らかにしました。

本成果は、「カイラリティは原子配列によって生じる」という従来の常識を拡張する発見です。原子(核)よりはるかに軽い電子がつくるカイラリティを利用することで、光や電流、磁場による高速な機能制御が可能となり、次世代の光学機能材料やスピントロニクス材料への応用が期待されます。また本研究は、自然界で最大級の電子数を持つウランを含む化合物が、未知の量子現象を創発する「量子マテリアル」[5]として、極めて高いポテンシャルを持つことを改めて実証しました。

本研究は国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長:小口正範) 原子力科学研究所先端基礎研究センター 強相関アクチノイド科学研究グループの徳永陽グループリーダー、石飛尊之博士研究員(現、東北大学大学院理学研究科)、国立大学法人東北大学(総長:冨永悌二)金属材料研究所の清水悠晴助教(現、東京大学物性研究所)、青木大教授らによるものです。

本研究成果は、2026年7月20日(現地時間)に米国物理学会誌「Physical Review Letters」にオンライン掲載されました。また、編集部が選出する注目論文「Editors’ Suggestion」に選出されました。

【これまでの背景・経緯】

私たちの右手と左手のように、鏡に映した像が元の像と重ならない性質は「カイラリティ(掌性)」と呼ばれ、生命科学から物質科学に至るまで広く注目されています。これまで、物質におけるカイラリティは、構造そのものが左右非対称であることによって生じるというのが一般的な理解でした。しかし、このような構造由来のカイラリティ材料では、原子の配置を直接操作する必要があるため、「右手」と「左手」の性質を外部から高速に反転・制御することが難しいという課題がありました。

研究グループは、この課題を踏まえ、結晶構造は左右対称なままであっても、電子の配列だけが自発的に左右非対称化する「純電子的カイラリティ (purely electronic chirality)」[6]という新しい概念を理論的に提唱し、その候補物質の探索を進めてきました。

【今回の成果】

研究グループは、ウラン(U)、ロジウム(Rh)、錫(Sn)からなる化合物「URhSn」に着目し、単結晶試料を用いてその詳細な電子状態を核磁気共鳴(NMR)法によって調べました。

本物質の結晶構造自体には、左右非対称な「カイラリティ」は存在しません。しかし研究の結果、物質を冷却し、-219 ℃(54 K)以下の低温領域に達すると、ウラン原子周りの電子の広がり方に方向性が生じ、その並び方全体が「カイラリティ」を持つ新たな電子状態(カイラル反強四極子秩序[7])を形成していることがわかりました。

本成果は、結晶構造が左右非対称でなくとも、物質内の電子の秩序によって自発的に「カイラリティ」が出現することを示したものです。この発見は、カイラリティという性質に対する理解を根本から広げるものであり、同時に、自然界で最大級の電子数を持つウラン化合物が、未知の量子現象が創発する「量子マテリアル」として、極めて高いポテンシャルを有することを改めて実証したものとなります。

【今後の展望】

従来の構造由来のカイラリティは、左右を切り替えるために原子そのものを移動させる必要があり、高速な制御が困難でした。一方、今回発見した「電子由来のカイラリティ」は、電子のみが応答するため、より高速な機能制御が可能となります。今後は、光や電流、磁場を用いて電子の「利き手(カイラリティ)」を制御する手法の確立を目指すとともに、ウランを含まない物質での同様の性質の探索を進めます。将来的には、新しい光学機能材料やスピントロニクス材料など、次世代の量子機能材料への展開が期待されます。

【論文情報】

雑誌名: Physical Review Letters

タイトル: NMR Evidence for Spontaneous Electronic Chiral Order in URhSn
(URhSnにおける自発的電子カイラル秩序のNMRによる解明)

著者: Y. Tokunaga, T. Ishitobi, H. Sakai, S. Kambe, H. Harima, A. Nakamura, A. Maurya, D. Li, Y. Homma, F. Honda, D. Aoki, and Y. Shimizu

DOI: https://doi.org/10.1103/1vjx-4jfv

【助成金の情報】

本研究はJSPS科研費JP20H00130, JP20KK0061, JP20K20905, JP20K03851, JP22H04933, JP22K03516, JP23H01132 JP23K25829, JP23K20824, JP23H04870, JP23K03314, JP24K00587の助成を受けたものです。また、一部は原子力機構の黎明研究制度の助成を受けて実施しました。

<付記>各研究者の役割は以下のとおり

・研究発案:徳永陽(原子力機構)

・結晶合成:清水悠晴、A. Maurya(東北大学)

・測定:徳永、酒井宏典、神戸振作(原子力機構)、清水、仲村愛、Maurya、李徳新、本間佳哉、本多史憲、青木大(東北大学)

・データ解析:徳永、石飛尊之(原子力機構)、播磨尚朝 (神戸大学)

・論文執筆:徳永、石飛、酒井(原子力機構)、播磨 (神戸大学)、清水(東北大学)

【用語の説明】

[1]カイラリティ(カイラル、掌性)

右手と左手のように、鏡映しの関係にあるが決して重ならないペアをもち、「左右の区別」がある性質。分子・タンパク質・結晶などさまざまなものがカイラルになる。固体や生命、薬の働きに深く関わり、19世紀半ばから100年以上研究されてきた基本概念。化学・生物分野ではキラリティという。

[2]原子・電子

原子は物質を形づくる最小単位の一つ。1グラムほどの物質中には、1000億×1000億個(約10の22乗個)ほどの原子が含まれる。原子の中心には重い原子核があり、その周りを軽い電子が動き回っている。電子は原子核の1万倍以上軽く、外からの電気や磁場で動きを変えやすい。

[3]ウラン化合物

ウラン元素を含む化合物の総称。ウランに内在する5f電子の強い相互作用により、他の物質群には見られない多様な磁性や超伝導状態が現れる。特異な量子現象の発現機構を理解するための重要な研究対象であり、新奇な量子物性を探索する舞台としても注目されている。

[4]核磁気共鳴(NMR)法

原子核が磁場中で示す共鳴現象を利用した測定手法。物質内部の電子状態や磁性、原子周辺の局所環境を高感度に調べることができ、物性研究や化学分析など幅広い分野で用いられている。医療用MRI(磁気共鳴画像装置)もNMRの原理を応用した技術である。

[5]量子マテリアル

電子の量子力学的性質によって、超伝導やトポロジカル状態など従来にない機能を示す物質群。次世代エレクトロニクスや量子技術への応用が期待されている。

[6]純電子的カイラリティ(Purely Electronic Chirality, PEC)

原子の並びは左右対称のままなのに、電子の動きだけが右と左で異なる状態。左右の制御に原子を動かす必要がないため、高速に切り替えられる可能性がある。

[7]反強四極子秩序

電子の電荷分布の向きや歪み(四極子モーメント)が、隣り合うサイトで反対向き(反強的)に規則正しく配列した状態。通常の磁石のような磁気モーメントではなく、電子雲の異方的な形状が秩序化することで生じる。希土類・アクチノイド化合物などで現れ、特異な磁性や超伝導との関係から注目されている。

戻る