令和8年7月23日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構

原子炉内で生じる”溶けた物質の流れ”を3Dで見える化
―溶融金属の実験を支えるシミュレーション技術の活用に道―

【発表のポイント】

原子炉内部のシミュレーション対象領域と溶融物移行挙動

【概要】

原子炉の過酷事故時に炉心内で発生し得る「溶けた金属(溶融物)」の流れ方を、三次元の数値シミュレーションで現実に近く再現することに世界で初めて成功しました。

原子力機構では、過酷事故で生じる複雑な流体の動きを詳細に解析するシミュレーションコード「JUPITER(ジュピター)」を2018年に発表、開発を続けています。炉内の構造物や熱の影響を精緻に計算し、高精度かつ実態に即したシミュレーションとなる点が特徴です。しかし、過酷事故時に原子炉内の溶融物の流れをどの程度再現できるかは、十分に確認できていませんでした。

本研究では、米国の研究機関によるBWR(沸騰水型原子炉)模擬燃料集合体を用いた溶融物の流動観察実験と同じ条件を設定し、JUPITERで数値シミュレーションを行いました。それぞれの結果を比較したところ、溶融物の流動経路や滞留物の量(体積)などが整合することを確認しました。また、開始から終了まで、溶融物が上部から下部へ複雑に流れ落ちる様子を3Dで可視化できました。

本研究成果は、JUPITERは観測が難しい大規模溶融実験を補完する数値シミュレーションツールとして有効であることを示しました。過酷事故を模擬する実験を現実環境で行っても、実験中の経過すべてを視認するのは困難です。数値シミュレーションによる仮想環境において溶融状況を見える化することによって、事故進展評価の高度化に貢献することが期待できます。今後、次世代革新炉の安全性向上への貢献に向けた開発と定常運転時の炉内熱流動現象への適用性検証も進めていきます。

なお、本研究は国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長:小口正範、以下「原子力機構」という)原子力科学研究所 軽水炉工学研究センター 核工学・炉工学グループの山下晋研究主幹、吉田啓之センター付主席によるものです。

本研究成果は、国際学術誌「Journal of Nuclear Science and Technology」に、2026年4月28日(日本時間)にオンライン公開されました。

【これまでの背景・経緯】

原子力発電所の過酷事故(1)では、燃料を包む金属や制御棒(2)などの部材が高温で溶け、その下に位置する構造物を通って原子炉圧力容器(3)の下部へ移行・堆積する可能性があります。このとき、溶融物がどこに集まるか、途中で流れ道が詰まるかは、デブリ(4)の形成や原子炉圧力容器の健全性に影響する事項です。このため、溶融物の移行・堆積挙動の把握を目的に、原子炉内構造物の溶融挙動を調べる大規模な実験が行われてきました。その際、高温の溶融物と複雑な形状を有する試験体を扱うので、挙動すべてを観測するのは難しいという課題があります。

一方、過酷事故のシミュレーションに広く用いられてきた過酷事故解析ソフト(5)は、計算資源を節約するため原子炉の内部構造を簡略化して扱うものが多くを占めます。他方で、内部構造をなるべく簡略化せずに原子炉での現象を忠実に再現できるCFD(数値流体力学)シミュレーションが、実験結果の解釈や現象の理解を深める手法として産業界において関心を集めています。

研究チームは、東京電力福島第一原子力発電所事故の解明への支援を目的として、多相多成分詳細熱流動解析コード「JUPITER」を開発、2018年に公表しました。実際の炉内構造物をできる限り正確に模擬し、溶けた核燃料や構造物、周囲の気体の流動を、そのメカニズムに基づき忠実に数値シミュレーションできるのが特徴です。現実的なシミュレーションを行うため、過酷事故で想定できる物質同士の化学反応の取り込みを行うなど、改良を進めてきました。

【今回の成果】

現象を忠実に再現できるシミュレーションコードで原子炉内構造物の大規模な溶融挙動をシミュレーションすることは、難易度が高い上に膨大な計算資源を要するため前例は無く、実現性は不明でした。

本研究では、原子炉内構造物の溶融挙動に対して高速なシミュレーションが可能なJUPITERが適用できるかを確かめるため、米国サンディア国立研究所のBWR(6)模擬燃料集合体(7)内部における溶融物の移行挙動観察実験XR2‑1(実施:1995年)を対象にシミュレーションを行いました。

XR2-1はBWRの炉心下部を模擬した構造物(図1)に上から溶けた金属を落とし、どこを通って下へ移動し、滞留するかを調べました。今回のJUPITERでのシミュレーションは、実験条件に基づき、制御棒材料(SS/B₄C)(8)被覆管(9)などの材料(ジルカロイ)の溶融物を注入し、過酷事故時で重要な現象である異種金属の接触で融点が下がる共晶反応(10)も取り込んだうえで、溶融物の流動挙動を調べました。次に示す2項目についてJUPTERの適用可能性を検証しました。

図1 XR2-1実験シミュレーション体系(左)とその原子炉内部における対象領域

1.燃料集合体内部における溶融物移行経路の再現

図2は溶融物の燃料集合体内部の溶融物の分布状態(中央および右図のグレースケール領域)を三次元的に可視化したものです。図2中央の横方向可視化結果より、溶融物が燃料集合体内部を複雑に移行する様子が確認できます。このように流体現象のメカニズムに基づくシミュレーション手法を用いて燃料集合体内部の溶融物移行挙動をシミュレーションしたことは世界初の成果です。

また、XR2-1実験の結果では図2左に示すように、3つの主要な移行経路

A) 制御棒のないチャンネルボックス(13)の間を通り、炉心支持板へ至る経路
B) 燃料棒領域から燃料支持金具(14)内部を通り、冷却材流入口から外部に出る経路
C) 制御棒があるチャンネルボックスの間を通り、制御棒速度リミッタ(15)へ至る経路

が確認されています。鉛直方向の各位置(①~⑥)の水平断面(右図)を見ると、③では、炉心支持板上および燃料支持金具内部に溶融物が、①、②では制御棒近傍に溶融物が、それぞれ確認されました。これらから、JUPITERでの移行経路A~Cが再現されていることが確認できました。

図2 燃料集合体内部の溶融物分布。集合体内部の移行経路A~C(左)、横方向から見た溶融物分布(中央)、水平断面①~⑥での溶融物分布(右)

2.燃料集合体内部における溶融物体積分布の実験結果との比較

見た目による比較よりも客観的にシミュレーションの再現性を評価するため、燃料集合体を図3(左)に示す[Ⅰ]~[Ⅵ]の領域に区分し、各領域に残存した溶融物体積を実験結果との比較結果を図3(右)にまとめました。炉心支持板(11)より下部の領域[Ⅰ]では、シミュレーション結果は実験結果よりも体積が少なく算出されていることが分かります。シミュレーションでは計算時間短縮のため速度リミッタ領域を実際よりも狭く設定しており、その結果、算出される体積が少なくなったと考えられます。一方、炉心支持板よりも上部の領域では、シミュレーションと実験の結果がよく一致しました。

以上の比較から、シミュレーションは実験の傾向を再現できていることが確認されました。

図3 燃料集合体内部の溶融物体積を定量比較するための領域分割(左)と各領域の溶融物体積(右)

【今後の展望】

JUPITERを用いることで、実際には観測が困難な大規模溶融実験の結果を補完することが可能となります。これにより、過酷事故解析用ソフトウェアの信頼性を、実験のみに依存することなく効率的に評価できることが期待されます。

今後は、次世代革新炉の安全設計への貢献を目的として、定常運転時の原子炉内流動現象に対し、これまでにない高精度シミュレーションを実現するための手法開発および適用性の検証を進めていきます。また、JUPITERは構造物の簡略化を行わないシミュレーションコードなので、BWR、PWR(16)高速炉(17)など原子炉の種類に依存せず適用可能です。この特長により、過酷事故解析のみならず設計解析コードの信頼性向上に貢献できるなど、原子力分野において幅広い貢献が期待できます。

【論文情報】

雑誌名:Journal of Nuclear Science and Technology

論文題名:“CFD simulation of the XR2-1 experiment with the JUPITER code“

著者名:Susumu Yamashita、 Hiroyuki Yoshida

所属:日本原子力研究開発機構

DOI:10.1080/00223131.2026.2664459

【用語の説明】

(1)過酷事故

原子力発電所で発生し得る事故のうち、通常の安全設備(冷却機能や電源など)が十分に働かず、炉心の一部または全部が溶けるほど大きな損傷が起こる深刻な事故。

(2)制御棒

原子炉内で行われている核分裂反応の強さ(反応度)を調整するための棒状の装置。

(3)原子炉圧力容器

原子力発電所の中心となる炉心(燃料集合体や制御棒など)が収められている、厚い鋼鉄製の巨大な容器。

(4)デブリ

原子炉の過酷事故では、燃料や周囲の部材が高温で溶けた後、冷え固まった塊の総称。

(5)過酷事故解析ソフト

原子炉で過酷事故が発生した際に、炉心損傷や溶融、水素発生、格納容器内の圧力変化などの事故進展を計算で評価するためのソフトウェア。JUPITERは他のソフトでは解析不可能な規模である施設全体を対象とするため、計算体系や物理モデルを簡略化し、現実的な計算時間で事故の全体像を把握できる特徴がある。

(6)BWR(Boiling Water Reactor:沸騰水型原子炉)

原子炉の中で水を沸騰させ、できた蒸気でタービンを回して発電する方式の原子力発電炉。

(7)燃料集合体

核燃料が入った燃料棒を一定の配置で束ね、一つのユニット(集合体)化したもの。

(8)SS/B4C

原子炉の制御棒に用いられる材料で、SS(Stainless Steel:ステンレス鋼)、B₄C(Boron Carbide:炭化ホウ素)から成る複合材料。

(9)被覆管

燃料棒本体の金属製の細長い管の部分。耐食性の高いジルカロイ(ジルコニウム合金)製で、燃料ペレットを覆い、核分裂生成物の漏洩を防ぐ機能を持つ。

(10)共晶反応

異なる二つ以上の金属や化合物が接触することで、互いの成分が混ざり合い、単体よりも低い温度で溶けてしまう現象。

(11)炉心支持板

原子炉の炉心下部に設置された厚い金属製の支持構造で、燃料集合体を下側からしっかり支える台座、冷却水や溶融物が通る流路を形成する構造部材として重要な役割を果たす。

(12)ノーズピース

原子炉の燃料集合体の最下部に取り付ける接続部品で、重要な構造部分。燃料集合体を所定の位置に安定して固定する、下部構造(燃料支持金具や冷却材流入口)と結合する、冷却水が燃料集合体へ流れ込む入口として機能する―といった役割を持つ。

(13)チャンネルボックス

沸騰水型原子炉(BWR)の燃料集合体全体を外側から囲う四角い筒状(角筒)のケース。

(14)燃料支持金具

炉心下部の金属製構造部品で、燃料集合体を下から正しい位置に確実に支える。

(15)制御棒速度リミッタ

沸騰水型原子炉(BWR)の制御棒が落下(挿入)する際に速度を制御し、安全かつ確実に反応度を下げられるようにするための機構。

(16)PWR (Pressurized Water Reactor:加圧水型原子炉)

原子炉内の水を高圧に保って沸騰させず、その熱で別の水を蒸気にして発電する原子炉。

(17)高速炉

減速させていない速い中性子(高速中性子)をそのまま利用して核分裂を起こす原子炉。

参考拠点:原子力科学研究所
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