令和8年5月28日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
国立大学法人京都大学
パランカラヤ大学
国立大学法人北海道大学

熱帯の泥炭地の炭素貯蔵庫が崩壊の危機
―人間の活動が放つ「過去3,000年分の炭素」が地球温暖化を加速させる―

【発表のポイント】

図1 熱帯泥炭地の撹乱により「古代の炭素」が連鎖的に排出されることを定量的に解明

(炭素排出量[kg-C/m2]は排水開始から18年間の総量を表す)

【概要】

熱帯の泥炭地※1は、地下水位が高い条件で植物遺体が完全に分解されずに堆積するため、泥炭林と共存して、何千年もの年月をかけて、膨大な量の炭素を土壌有機物として地下に貯蔵してきました。この炭素貯蔵は、地球の気候を安定化させてきた生命線ともいえる巨大な資源です。しかし、近年、農地転換のための泥炭林の伐採や排水、それに伴う泥炭火災といった人間活動による撹乱が加わり、これまで貯え続けてきた炭素を排出する危機に直面しています。泥炭地の撹乱が炭素貯留に与える影響を定量的に把握することは、喫緊の課題でした。

本研究では、インドネシアの中部カリマンタン州の熱帯泥炭地を対象に、放射性炭素年代測定法※2を用いて、長期的な炭素蓄積履歴を調べました。2014年に泥炭層を深さごとに採取、年代と炭素含有量を測定して、「過去から現在までに泥炭中にどれだけの炭素が蓄積・保存されてきたか」を年代軸上で定量化しました。採取地に①自然に近い泥炭林、②1996年から排水された泥炭林、③1996年からの排水後に繰り返し火災の影響を受けた元泥炭林―を選定することで、排水や火災による炭素の消失程度を炭素年代と関連づけて評価することに成功しました。

評価の結果、1996年から2014年までの18年間で、排水によって過去1,000年間に蓄積された泥炭の微生物分解が進行し、1平方メートルあたり5~11キログラムの炭素(200~500年分)が主に二酸化炭素(co2)の形で排出されていました。排水に続く火災では3,000年かけて蓄積した炭素が焼失し、1平方メートルあたり23~32キログラムの炭素がco2として排出されたことも明らかになりました。これらをインドネシアの撹乱された熱帯泥炭地全域に適用すると、同期間に8億~37億トンの炭素が、排水による泥炭分解と火災による焼失によって排出されたと推定できます。この排出量はインドネシアの泥炭が保存する総炭素量の最大6.4%に相当し、年平均の排出量(0.5~2.1億トン/年)は地球全体の森林による正味の年間炭素吸収量(14億トン/年)の最大14.7%を相殺する規模になります。

今回の研究結果は、熱帯泥炭地の保存する炭素が、人間の活動に対して極めて脆弱であり、容易に失われやすいことを示しました。温室効果ガスによる地球温暖化の加速を食い止めるためにも、熱帯泥炭地の保全と炭素排出抑制策の確立が急務です。今後、本研究の評価手法を用いて、熱帯泥炭地の見えにくい炭素排出リスクを見える化し、科学的根拠に立脚した気候変動対策に貢献していきます。

なお、本研究は、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長:小口正範、以下「原子力機構」という)原子力科学研究所原子力基礎工学研究センターの小嵐淳研究主席、安藤麻里子研究主幹、国立大学法人京都大学(総長:湊長博)生存圏研究所の伊藤雅之准教授、パランカラヤ大学熱帯泥炭地持続的管理国際協力センター(CIMTROP)のKitso Kusin講師、国立大学法人北海道大学(総長:寳金清博)大学院農学研究院の平野高司教授らの国際共同研究グループによるものです。

本成果は、2026年5月27日付(英国時間)で科学誌「Nature Communications」にオンライン掲載されました。

【これまでの背景・経緯】

熱帯の泥炭地は地球の陸地面積のわずか0.3%に過ぎませんが、その炭素貯蔵量は1,050億トンにも及びます。世界の土壌が持つ炭素貯蔵量(1兆7,000億トン)の6%以上を占め、また、大気中にco2として存在する炭素量(8,900億トン)の約12%に相当しており、極めて巨大な炭素の貯蔵庫といえます。この地域は水に覆われた低地で土壌中に酸素が少なく、枯れた植物の有機物分解が進まずに堆積した結果、泥炭が形成されました。そして何千年もの年月をかけて森林化も進み、泥炭林が広がりました。地表が大気にさらされにくく、泥炭となってからも地中で分解されずに炭素が固体のまま貯えられることから、地球の気候を安定化させる上で、不可欠な役割を果たしてきました。

しかし、1990年代以降、人口増加と農業用地・木材需要の高まりに伴い、東南アジアの泥炭地では壊滅的な森林伐採と開発が進行しました。湿潤な泥炭林では大規模な排水路の掘削によって乾燥化(地下水位の低下)が起こり、泥炭の微生物分解が促進されるとともに、泥炭火災が起きやすい環境へと転換されました。

こうした人間活動による人為的な撹乱は、熱帯の泥炭地がこれまで貯め込んできた炭素をco2として大気中に排出する危機を引き起こしています。しかし、泥炭地の炭素が「どのように」「どれだけ」排出されるのか、その全体像はこれまで十分に解明されていませんでした。なかでも、炭素貯留に対する人為的な排水や泥炭火災が及ぼす影響については、定量的な解明が地球環境の未来を予測し、守るため、喫緊の課題となっています。

【今回の成果】

本研究では、インドネシアの中部カリマンタン州の代表的な熱帯泥炭地を対象に、元々は同じ泥炭林で撹乱程度の異なる3つの環境(図2):①自然に近い泥炭林、②1996年から排水された泥炭林、③1996年からの排水後に火災を繰り返した元泥炭林―を選定し、放射性炭素年代測定法を用いて、長期的な炭素蓄積履歴を調べました。2014年に泥炭層を深さごとに採取し、年代と炭素含有量を測定することで、「過去から現在までに泥炭中にどれだけの炭素が蓄積・保存されてきたか」を年代軸上で定量化しました。これらを比較することで、一連の撹乱による炭素の損失(排水の影響は①と②の比較、火災の影響は②と③の比較)を、炭素の年代と関連づけて評価しました。この手法により、熱帯泥炭地の「見えにくい」炭素排出リスクを可視化することに成功しました。

図2 撹乱程度が異なる3つの環境で泥炭層を採取し、長期的な炭素蓄積・保存履歴を調査

その結果、排水された泥炭林②では、自然に近い泥炭林①と比べて、1,000年前までの泥炭が減少し、その炭素量は1平方メートルあたり5~11キログラム(約200~500年分の蓄積炭素に相当)であると推定しました(図3)。つまり、1996年から2014年の18年間に、排水によって泥炭の微生物分解が促進され、200~500年分の蓄積に相当する炭素が、①で自然発生する泥炭分解による炭素排出に上乗せして排出されたことが分かりました(図1)。

さらに、排水後にエルニーニョ現象による干ばつで火災を繰り返した元泥炭林③では、3,000年前までの泥炭が焼失し、その炭素量は②との比較から1平方メートルあたり23~32キログラムにのぼると推定しました(図3)。つまり、排水された泥炭林での火災が、過去3,000年分の蓄積に相当する大量の炭素をco2に変えて一気に放出させたことが明らかになりました(図1)。このような人為的撹乱に伴う炭素排出量は、①からの泥炭分解による排出量(1平方メートルあたり~13キログラム)の2倍以上と見積もられ、泥炭林が炭素の吸収源(18年間の正味の炭素吸収量:1平方メートルあたり0.4キログラム)として機能していた役割を覆し、大規模な排出源へと転じたと判断できる十分な量です。

図3 泥炭中の炭素の蓄積・保存量を年代軸に対応させて定量評価

①自然に近い泥炭林→②排水された泥炭林→③排水後に火災が繰り返された元泥炭林の順で、若い年代の炭素量が減少もしくは消失している。したがって、水色網掛け部が排水によって排出された炭素の量と年代を、オレンジ色網掛け部が火災によって排出された炭素の量と年代を表す

加えて重要なのは、火災が単なる乾燥した土壌表層の燃焼のみに留まらず、これまで分解から保護されてきた深層のさらに古い泥炭を大気にさらし、微生物分解が継続することです。さらなる撹乱によって、古代の炭素がさらに掘り起こされてしまうリスクが生まれます。熱帯泥炭地の人為的撹乱は、何千年もの年月をかけて形成された炭素貯蔵庫を崩壊させ、深刻な環境変化の引き金となることを示しています。

この知見をインドネシア全域の撹乱された泥炭地に適用すると、1996年から2014年の間に、排水と火災によって、8億~37億トンもの泥炭由来の炭素が主にco2として排出されたと推定されます。この排出量は、インドネシアの泥炭地が保持する総炭素量(574億トン)の1.4~6.4%に相当し、地球全体の森林による正味の年間炭素吸収量(14億トン/年)の3.2~14.7%を相殺する規模になります。

さらに、火災による一時的な排出に加えて、排水された泥炭地では現在もなお泥炭の微生物分解が促進されています。排水が引き起こす継続的な炭素排出量は年間0.3億~0.8億トンに及び、地球全体の森林による正味の年間炭素吸収量の最大5.9%に相当します。

【今後の展望】

今回の研究結果は、熱帯泥炭地に長きにわたり貯蔵されている炭素が、人間の活動に対して極めて脆弱で、容易に失われるという、重大な警笛を鳴らしました。本研究で確立した放射性炭素年代測定法を利用した手法は、熱帯泥炭地が抱える「見えにくい」炭素排出リスクを定量的に可視化する、極めて強力なツールです。今後は、この手法を活用した科学的根拠を基盤として、排水路の閉鎖や再湿潤化(水を元に戻すこと)、火災後の植生回復促進、泥炭林の保全・復元といった、炭素排出抑制技術の開発を加速させていきます。私たちは、持続可能な土地利用と気候変動緩和策の両立を目指し、今後も関係機関・研究者と連携して国際的な取り組みを継続していきます。

【論文情報】

雑誌名:Nature Communications

論文タイトル:Progressive release of long-stored carbon from tropical peatland disturbances

著者名(所属):Jun Koarashi(原子力機構), Masayuki Itoh(京都大学), Mariko Atarashi-Andoh(原子力機構), Yoko Saito-Kokubu(原子力機構), Makoto Matsueda(原子力機構), Kitso Kusin(パランカラヤ大学), Adi Jaya(パランカラヤ大学), Salampak Dohong(パランカラヤ大学), Takashi Hirano(北海道大学)

DOI:10.1038/s41467-026-72890-y

【各研究者の役割】

<原子力機構>
小嵐淳研究主席: 研究考案、データ取得、データ解析、手法構築、考察、執筆
安藤麻里子研究主幹: データ取得、データ解析、考察
國分陽子研究主幹、松枝誠研究副主幹: データ取得、考察

<京都大学>
伊藤雅之准教授: 研究考案、現地調査、データ取得、考察、執筆

<パランカラヤ大学>
Kitso Kusin講師、Adi Jaya講師、Salampak Dohong教授: 現地調査、考察

<北海道大学>
平野高司教授: 研究考案、現地調査、考察、執筆、全体の助言

【参考文献】

(1) Friedlingstein, P. et al. Earth Syst. Sci. Data 17, 965-1039 (2025).

(2) Hirano, T., Ohkubo, S., Itoh, M., Tsuzuki, H., Sakabe, A., Takahashi, H., Kusin, K., Osaki, M. Commun. Earth Environ. 5, 221 (2024).

(3) Itoh, M., Okimoto, Y., Hirano, T., Kusin, K. Sci. Total Environ. 609, 906-195 (2017).

(4) Moore, S., Evans, C. D., Page, S. E., Garnett, M. H., Jones, T. G., Freeman, C., Hooijer, A., Wiltshire, A. J., Limin, S. H., Gauci, V. Nature 493, 660-663 (2013).

(5) Page, S. E., Rieley J. O., Banks, C. J. Glob. Change Biol. 17, 798-818 (2011).

(6) Pan, Y. et al. Nature 631, 563-569 (2024).

【助成金の情報】

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(科研費)「基盤研究(S)(課題番号:JP19H05666)」研究代表者:平野高司」の助成を受けて実施されました。

【用語の説明】

※1 泥炭地

地下水位が高く嫌気的な場所(湿地、土壌中の酸素が欠乏した場所)で、分解が抑制された植物遺体(枯れた植物)が数千年にわたって堆積することで形成された有機質土壌の土地。

※2 放射性炭素年代測定法

放射性炭素年代測定法は、有機物の炭素中に含まれる放射性炭素同位体(14C)の割合から、対象物が大気から炭素を取り込んだ年代を推定する方法。

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