令和8年5月22日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構

高レベル放射性廃液から発生する水素を実測
―水素発生量の温度依存性データを整備―

【発表のポイント】

【概要】

再処理施設[1]で生じる高レベル放射性廃液[2]からの水素発生量を、実際の廃液を用いて温度別に測定する実験を行いました。その結果、沸騰時の水素発生量は室温で撹拌した場合と比べて減少することが確認されました。このことから、温度上昇は水素発生量を増加させる要因とならないことが分かりました。

高レベル放射性廃液は多量の放射性核種を含み、放射線の水分解で水素が継続的に生成され、廃液から放出されています。したがって、停電などで換気が停止した場合、廃液保管場所に水素が滞留する可能性があります。また、停電時は廃液の冷却(除熱)も困難になると予想され、放射性核種の崩壊熱による温度上昇も同時並行する状況を想定しなければなりません。そのため、保管施設での安全確保策を検討するうえで、温度上昇時の水素発生量の推移を知ることは重要です。

そこで本研究では、原子力機構で保管中の廃液を使って、廃液から出る水素発生量を測定する試験を行いました。沸騰環境下では、「高温」であることに加え、液中に生じた気泡による「撹拌」の影響も受けます。そのため、溶液を撹拌した状態で、室温(30℃)から沸騰まで測定しましたが、室温と比べて水素発生量の増加は確認できませんでした。次に、撹拌の影響を調べると、廃液を静置した場合に撹拌時よりも水素発生量は減少しました。廃液中には金属元素などによる水素を消費する反応も存在するため、撹拌によって気相への放出が促されて消費が抑制されることが分かりました。これらの結果から、静置した廃液と比べた場合には、沸騰時の方が水素発生量は大きくなりますが、温度上昇の効果ではなく、撹拌によって水素が気相へ移行しやすくなることに起因することが明らかとなりました。

本成果は、再処理施設において、高レベル放射性廃液を取り扱う際の水素挙動を評価するための基礎的な知見を提供します。併せて、施設管理上の異常時の水素に関する安全性検討に資する材料となります。今後は、再処理工程で扱う各種プロセス溶液についても放射線分解挙動の基礎データ整備を進めます。

本研究は、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(原子力機構、理事長 小口正範)原子力基礎工学研究センター原子力化学研究グループの樋川智洋研究員、熊谷友多リーダーらと、日本原燃株式会社(代表取締役社長 増田尚宏)新基準設計部重大事故グループの阿部侑馬主任、小山幹一担当(所属は研究参画時)らとの共同研究チームによるものです。

本研究成果は、5月19日付(日本時間)の「Journal of Nuclear Science and Technology」にてオンライン公開されました。

【これまでの背景・経緯】

再処理施設で発生する高レベル放射性廃液は、α線・β線・γ線を放出する多様な放射性核種が多量に溶けています。高レベル放射性廃液から出る放射線の様子を図1に示します。この放射線によって廃液中の水は分解され、常に水素が生成されます。また、放射線のエネルギーを吸収し、廃液の温度は上昇します。

図1 高レベル放射性廃液に含まれるさまざまな放射性核種から出る放射線の様子

放射性核種による放射線と熱の影響を管理するため、保管エリアでは、廃液から出た水素が危険な濃度に達しないように換気を行い、温度が上がりすぎないように廃液を冷却します。しかし、停電や設備故障などの異常時には、換気と冷却が同時に失われる可能性があり、廃液温度の上昇とともに水素が蓄積する事態を想定しなければなりません。

加えて、実際の高レベル放射性廃液は、多数の金属元素や核分裂生成物[3]を含んだ非常に複雑な溶液です。放射線が水素を生成する一方で、金属元素などが水素を分解したり消費したりする反応も起きています。温度変化が廃液から気相への水素発生のメカニズムに与える影響を理論的に調べることは容易ではないため、本研究では実測データを取得することにしました。

【今回の成果】

本研究では、原子力機構燃料サイクル安全工学研究施設(NUCEF)のバックエンド研究施設(BECKY)に保管されていた高レベル放射性廃液を用いて、水素発生量について、室温(30℃)から沸騰温度までの温度条件で系統的な測定を行うことにしました。

高レベル放射性廃液という強い放射線を発する試料を取り扱うため、作業者を放射線から守るコンクリートセル[4]と呼ばれる設備において、マニピュレータ[5]操作のもとで行いました。本研究専用に開発した水素発生試験装置の構成と試験風景を図2に示します。このように、原子力機構が持つ設備と技術により、放射性物質を安全に取り扱うことができます。

図2 コンクリートセル内に設置した水素発生試験装置

廃液から発生する水素の量を、撹拌の有無や温度条件を変えて系統的に測定しました。図3に示したように、温度などの条件が異なっていても、廃液が吸収した放射線量の増加に伴い、水素の総発生量は直線的に増加しました。

図3 放射線量と廃液からの水素発生量の関係(青:室温で撹拌、オレンジ:沸騰条件)

室温(30℃)において「撹拌なし(静置)」と「撹拌あり」を比較しました。静置条件下では、水素の一部が溶液中で消費され、水素発生量が低く抑えられていることが確認されました。一方、溶液に空気を送り込んでかき混ぜる「撹拌」が加わると、溶液中に留まっていた水素が気相へ移行しやすくなるため、水素発生量の増加が確認されました。なお、水素消費は、廃液中のパラジウムなどによる水素分子の分解が関与していると考えられます。

これを踏まえて、廃液を加熱して沸騰条件に至らせた場合、撹拌がある条件の下では、水素発生量の明確な温度依存性は認められませんでした。この比較結果を図4に示します。これらの結果から、温度上昇の水素発生に与える影響は強くなく、少なくとも発生量を増加させることはないことが分かりました。沸騰時と室温で静置した場合の水素発生量を比較すると、沸騰時の結果の方が大きいですが、これは沸騰に伴う撹拌によって水素が気相へ移行しやすくなり、溶液中での水素消費が抑制されたためであることが確認できました。

図4廃液からの水素発生量(線量当たり)に対する撹拌の有無と温度の影響

まとめると、室温(30℃)から沸騰温度までの範囲における廃液から気相への水素発生挙動は、温度よりも、溶液中で消費する化学反応や気液間の移行挙動に強く支配されることが明らかになりました。本成果は、高レベル放射性廃液から発生する水素を評価する上で、温度効果と撹拌効果を切り分けて理解する重要性を示すものであり、再処理施設の安全評価の信頼性向上に貢献します。

【今後の展望】

本研究で得られた実廃液を用いた水素発生挙動の実測データは、再処理施設における異常時の水素蓄積に対する安全対策を実施する上で、重要な基礎情報となります。特に、温度上昇時においても水素発生量が増加しないことが示されたことで、安全評価における温度影響の扱いをより現実的に検討することが可能となります。

今後は、本研究で得られた知見を基に、再処理工程で扱う各種プロセス溶液についても水素発生挙動の基礎データ整備を進めます。これらのデータは、水素挙動の理解と安全評価の検討に資する基礎情報として活用していきます。

【論文情報】

雑誌名:Journal of Nuclear Science and Technology

論文タイトル:Effect of Temperature on Radiolytically Generated Hydrogen Yield from Actual Nuclear Fuel-Derived Solution

著者:樋川 智洋1、宝徳 忍1、熊谷 友多1、阿部 侑馬2、小山 幹一2、深谷 洋行1、津幡 靖宏1、伴 康俊1、木田 孝1、長谷川 聡2、中野 正直2、玉内 義一2、渡邉 雅之1
(1原子力機構、2日本原燃)

DOI:10.1080/00223131.2026.2637453

【各機関の役割】

本研究は日本原燃からの受託研究「水素発生G値の温度依存性に関する基盤データ整備」の一環として原子力機構が実施したものです。

原子力機構:本研究の計画立案、NUCEF・BECKY における試験実施、データ解析、成果の取りまとめ

日本原燃:研究計画および試験条件設定に関する共同検討、試験結果の考察・議論

【研究開発実施施設】

原子力機構 原子力科学研究所 燃料サイクル安全工学研究施設(NUCEF)

バックエンド研究施設(BECKY)

【用語の説明】

[1]再処理施設

使用済み核燃料から、ウランやプルトニウムなどを化学的に分離・回収する施設。工程中に放射性物質を含む廃液が発生する。

[2]高レベル放射性廃液

再処理工程で使用済み燃料を溶解した際に生じる、強い放射線と熱を発する廃液。多数の放射性核種を含み、放射線によって水が分解して水素が発生する。

[3]核分裂生成物

原子炉で燃料が核分裂した際に生成されるさまざまな元素の総称。放射性のものが多く、β線やγ線を出す核種が含まれる。

[4]コンクリートセル

放射能レベルの高い物質を厚いコンクリート壁で遮へいして安全に取り扱うための設備。内部には装置や器具を設置でき、マニピュレータを用いて遠隔操作で実験や試料操作を行う。

[5]マニピュレータ

遮へいされたセルの外側から、セル内部の装置や試料を手の代わりに操作するための遠隔操作機構。ハンドル操作に応じて内部側のアームが動く仕組みになっている。

戻る