令和8年4月30日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
神栄テクノロジー株式会社

世界初! 海塩粒子をリアルタイムで自動測定!
―市販の花粉センサーを応用した新モニタリング技術―

【発表のポイント】

図1 花粉センサーを用いた飛来海塩粒子のリアルタイムモニタリングの概要

【概要】

本研究では、屋外用花粉センサー(神栄テクノロジー製)を応用することで、飛来海塩粒子※1をリアルタイムかつ自動的にモニタリングする手法を確立しました。

沿岸域の橋梁や建築物などのインフラは、飛来海塩粒子の影響で腐食が進行するため、腐食速度の予測に飛来海塩量は重要な指標です。従来広く用いられる観測法「ドライガーゼ法」※2では手作業による設置・回収・化学分析を要し、測定値は1週間から1か月程度単位に限られています。このため、気温や湿度などの気象観測項目は分単位で取得可能であるのに対し、海塩データだけが細かな時間変化を捉えられないという課題があります。

市販の屋外用花粉センサーは、粒子にレーザー光を当てて散乱光強度※3偏光度※4を測定し、粒子の特徴を捉えて判別を行います。われわれはこの粒子計測技術に着目し、鉱物性塵埃※5や花粉などが混在する大気中から、花粉センサーで海塩粒子を検出できるかを検討しました。室内実験と沿岸域での1年間の実環境観測の結果、海塩粒子の球形に近い特性と偏光度を基にすれば高精度で抽出できることが判明しました。特に、偏光度の高い微小粒子を抽出した条件では、花粉センサーで得た粒子カウント数※6とドライガーゼ法による飛来海塩量との間に強い正の相関(相関係数※7 0.939)を確認しました。これは、花粉センサーによる粒子カウント数が、空間中の飛来海塩粒子濃度の指標として有効であることを示しています。

本手法で、最短でも週単位でしか把握できなかった飛来海塩の動態を、時間単位で連続的に把握することが可能になります。これにより、大気腐食予測の高度化や、沿岸インフラの維持管理の効率化に資する基盤技術となることが期待されます。また、既存のセンサーを活用できることから、早期の社会実装が可能な点も大きな特長です。今後、観測ネットワークの拡充とデータ解析の高度化を通じて、全国規模での塩分環境の可視化とその社会的活用を目指します。

本研究は、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 小口正範)原子力科学研究所基礎工学研究センター防食材料技術開発グループ(現 軽水炉工学研究センター燃料・材料研究グループ)の大谷恭平研究副主幹、五十嵐誉廣マネージャー、神栄テクノロジー株式会社(代表取締役 小山文也)事業本部 開発技術部の河上由行、林真由美、平尾和也、天野宏信によるものです。

本成果は、2026年4月17日に腐食防食学会の学術誌「材料と環境」オンライン版で公開されました。

【研究開発の背景】

沿岸域に位置する橋梁や建築物などのインフラ構造物は、海から飛来する海塩粒子の影響を受け、大気中で腐食が進行します。大気腐食※8速度の予測モデルでは、気温、湿度、二酸化硫黄濃度などと並び、飛来海塩量が重要なパラメータとして位置づけられています。そのため、飛来海塩量の適切な把握は、インフラの健全性評価や長寿命化の観点から極めて重要です。

現在、日本において広く用いられている飛来海塩量の測定法はJIS規格に基づく「ドライガーゼ法」であり、腐食分野で標準的な手法として確立されています。一定期間大気中にガーゼを曝露し、付着した塩分量を化学分析で定量するため、設置・回収・抽出・分析といった工程で人手に依存し、時間分解能※9はJISに準拠すると1か月です。

一方、腐食予測に用いる気象データは、地域気象観測システムなどにより分単位から時間単位で連続的に取得されています。そのため、飛来海塩量のみが粗い時間スケールでしか把握できないことが、腐食現象の詳細な解析や短時間変動の評価において課題となっていました。

また、飛来海塩粒子は波飛沫の破裂で生成される球形粒子を主成分とし、粒径分布にも一定の特徴を有します。ただし、大気中には鉱物性塵埃や花粉など、形状や粒径の異なる多様な粒子が混在しており、これらを識別しながら海塩粒子のみを抽出する測定には、これらを識別しながら海塩粒子のみを抽出する必要があります。

以上の背景から、飛来海塩粒子を高時間分解能※10かつ自動的に測定できる新たな手法の確立が求められていました。本研究では、粒子の散乱光強度および偏光度をリアルタイムで取得できる花粉センサーに着目し、光学特性に基づく粒子識別によって、海塩粒子の連続モニタリングを検討しました。

【今回の成果】

本研究では、飛来海塩粒子を識別・定量する手法を構築するため、国内で既に多く使われている屋外用花粉センサー(神栄テクノロジー製)を用いて①人工海塩粒子を用いた室内基礎実験、②実環境下での長期観測、③従来法との比較検証―を段階的に実施しました。

①人工海塩粒子を用いた室内基礎実験(花粉センサーの原理と識別条件の検討)

使用した花粉センサーは、粒子にレーザー光(波長785 nm)を照射し、散乱光強度 I (粒径に対応)および偏光度 P (粒子形状の球形度合いに対応)を同時に測定する装置です。一般に、海塩粒子は球形に近い形状を示すため偏光度が高く、鉱物粒子などの非球形粒子は偏光度が低い傾向を示します。この特性を利用して、I と P の二次元分布に基づく層別条件を設定し、粒子種の識別を行いました。

人工海水から発生させた人工海塩粒子と粘土鉱物粒子を屋内測定した結果、海塩粒子は主に高偏光度領域(P =0.6~0.8付近)に分布し、球形粒子が多く、鉱物粒子はPが0付近から負の値に分布して非球形粒子が多いことを確認しました。これにより、海塩粒子の偏光度に基づく数値的識別が可能であることを実験室レベルで実証しました。(図2)

図2 人工海塩粒子と鉱物粒子を測定した際のヒストグラム

②実環境下での長期観測

茨城県東海村の沿岸域において、2024年4月から2025年3月までの1年間、花粉センサーとドライガーゼ法による同時観測(33回)を実施しました。花粉センサーとドライガーゼは百葉箱内に上下に並べて設置しました。(図3)1回の測定時間は7日間とし、花粉センサーは7日間連続測定の後に粒子データを週単位で整理しました。

図3 百葉箱内に設置された花粉センサーとドライガーゼ

粒子データは複数の層別条件で解析し、特に「0.6< P <0.9 かつ I <2.0」という最も球形に近い微小粒子を抽出する条件を設定しました。この条件により、従来法であるドライガーゼ法と値の増減の傾向が良く一致していることと、花粉や鉱物性塵埃などの粗大・非球形粒子を効果的に除去できることを確認しました。(図4)

図4 従来法と花粉センサーによる測定結果

時間変動解析では、海風卓越時には球形粒子の割合が増加し、陸風卓越時には非球形粒子が増加するなど、気象条件に応じた粒子性状の変化を時間単位で把握できることを示しました。

③従来法との比較検証

花粉センサーで得られた粒子カウント数と、ドライガーゼ法により得られた週ごとの飛来海塩量との関係を統計的に評価しました。全粒子カウント数と飛来海塩量との相関係数は0.627でしたが、球形粒子のみを抽出した条件では相関が向上し、最も厳しい層別条件(0.6< P <0.9、 I <2.0)では相関係数0.939という強い正の相関が得られました。この結果は統計的にも有意であり、球形粒子カウント数が飛来海塩粒子濃度の指標として有効であることを示しています。(図5)

図5 粒子カウント数と飛来海塩量の比較

さらに、湿度条件による影響を高湿度週・低湿度週に分けて解析したところ、いずれの条件でも相関係数は0.9以上を示しました。ただし、乾燥条件下ではドライガーゼ法による付着量が相対的に小さくなる傾向も確認され、測定値の解釈には湿度条件を考慮する必要があることを明らかにしました。

【成果の応用】

本研究で確立した飛来海塩粒子のリアルタイム・自動測定手法は、月単位の測定では把握できなかった短時間変動を自動で捉えることが可能です。主に次の分野での応用が期待されます。

  1. 社会インフラ・産業設備の維持管理高度化
    沿岸域の橋梁や港湾施設、空港設備、送電・再生可能エネルギー設備(沿岸風力・太陽光発電など)は、大気腐食の影響を受けやすい環境にあります。本手法により飛来海塩量を時間単位で把握することで、設備寿命予測の高度化やインフラの劣化環境評価の高精度化、メンテナンス時期の合理化、塗装・材料性能評価の精緻化が可能となります。
    さらに、自動連続測定によって現場での設置・回収・分析にかかる人的負担を大幅に低減できるため、人手不足が進む中でも持続可能な維持管理体制の構築に寄与します。また、文化財や歴史的建造物、海岸都市の建築物などに対しても、塩害リスクの継続的監視に活用できます。
  2. 気象・環境・農業分野における塩分動態の把握
    飛来海塩粒子は、海風や台風、季節風などの気象条件と強く関係します。本手法は、これらのイベントに伴う塩分飛来の短時間変動を連続的に記録できるため、台風・強風時の塩分輸送解析や気候変動に伴う塩分飛来特性の長期評価、海塩エアロゾル※11の動態研究、沿岸農地における塩害環境の把握などに応用可能です。
  3. 広域環境モニタリング・データ基盤構築
    自動測定機能と遠隔監視ネットワークを組み合わせることで、沿岸域における飛来海塩監視ネットワークや長期データベースの構築といった展開ができます。これにより、地域ごとの塩分環境特性の可視化や、リスクマップ作成への応用も期待されます。

【今後の展開】

本研究で、花粉センサーを応用した飛来海塩粒子のリアルタイム・自動測定手法の有効性を示しました。また、既存センサーを活用することから、早期の社会実装が可能な点も大きな特長です。今後は、この技術の実用化と社会実装を見据えた展開を進めます。

まず、測定精度と運用安定性の向上を図ります。湿度などの気象条件を考慮した補正手法やデータ処理アルゴリズムを整備し、長期連続運用に適した標準的な評価手法を確立します。あわせて、設置条件や保守方法を整理し、現場で扱いやすい運用体系を構築します。

次に、全国規模での観測連携を視野に入れます。沿岸部中心に複数地点で同一仕様の観測と取得データの統合管理を行い、地域間比較が可能な飛来海塩データ基盤の構築を目指します。限定地点の平均値に依存していた塩分環境評価を、より実態に即したものへと発展させます。

さらに、蓄積された高時間分解能データを活用し、飛来海塩マップの高精度化を進めます。季節別や風向別、強風イベント時の影響などを反映した分布図を作成することで、より詳細な塩分環境の可視化が可能となります。将来的には、遠隔監視やネットワーク網と組み合わせ、リアルタイムで塩分環境を把握できる体制の構築を目指します。

本技術は飛来海塩環境を連続的に把握する基盤となるものです。観測ネットワーク拡充とデータ解析の高度化を通じて、全国規模での塩分環境の可視化とその社会的活用を推進していきます。

【論文情報】

雑誌名:材料と環境

タイトル:「花粉センサーを応用した飛来海塩粒子のリアルタイムモニタリングおよび評価手法の確立」

著者名:大谷恭平、五十嵐誉廣、河上由行、林真由美、平尾和也、天野宏信

著者所属:1日本原子力研究開発機構、2神栄テクノロジー株式会社

DOI:https://doi.org/10.3323/jcorr.75.63

【各機関の役割】

<原子力機構>
大谷:計画、実験、解析、執筆
五十嵐:計画、全体の助言

<神栄テクノロジー>
河上・林・平尾:花粉センサーに関する検証・議論
天野:全体の助言

【用語解説】

※1 飛来海塩粒子

海水が波の作用などにより飛沫となって大気中に放出され、乾燥して微粒子となった塩分粒子。沿岸域を中心に大気中に存在し、インフラや建築物の腐食に影響を与える。また、農作物への塩害や気象・気候システムへの影響など、環境分野においても重要な役割を持つ。

※2 ドライガーゼ法(JIS Z 2382)

大気中に一定期間設置したガーゼに付着した塩分を回収し、化学分析によって飛来海塩量を定量する方法。日本工業規格(JIS)に規定された標準的手法であるが、設置・回収・抽出・分析などに人手を要し、時間分解能は週~月単位となる。

※3 散乱光強度 I

粒子にレーザー光を照射した際に生じる散乱光の強さ。粒径と関連する情報を持つ。

※4 偏光度 P

散乱光の偏光の程度を示す指標。粒子の形状に依存し、球形に近い粒子ほど偏光度が1に近くなる傾向を示す。

※5 鉱物性塵埃

土壌や岩石の風化物が風によって巻き上げられた大気中の微粒子。主に砂塵や黄砂などが含まれ、粒子形状は不規則で非球形のものが多い。本研究では、鉱物性塵埃は海塩粒子とは異なる光学特性を示すため、偏光度の違いを利用して識別・除外している。

※6 粒子カウント数

一定時間内に検出された粒子の個数。本研究では、特定条件で抽出した粒子カウント数を飛来海塩粒子濃度の指標として用いた。

※7 相関係数

2つのデータの関係の強さを示す統計指標。1に近いほど強い正の相関を示す。本研究では最大0.939の相関が得られた。

※8 大気腐食

金属材料が大気中の水分や塩分、汚染物質などの影響を受けて劣化・腐食する現象。沿岸域では飛来海塩粒子が主要な腐食因子となる。

※9 時間分解能

どの程度の時間間隔でデータを取得・評価できるかを示す指標。本研究では、従来の週・月単位から時間単位へと分解能を向上させた。

※10 高時間分解能モニタリング

短い時間間隔(本研究では時間単位)で連続的にデータを取得する観測手法。短時間の変動や突発的なイベントの把握が可能となる。

※11 海塩エアロゾル

大気中に浮遊する海塩由来の微粒子。気象や気候、環境評価などの分野で重要な観測対象である。

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