2026年4月27日

ガラスの「新たな非平衡状態」をレーザー照射により創出
―高圧処理とは異なる特異な原子構造と発光特性の解明に成功―

概要

シリカガラス※1は,光ファイバやレンズなど現代社会を支える基幹材料ですが,その原子配置は不規則(アモルファス)であり,構造と性質(屈折率など)の関係には多くの謎が残されています。これまで,ガラスの性質を変えるには「熱」や「外部からの圧力」を加えるのが一般的でした。しかし,これらは材料全体に影響を与えてしまうため,特定の場所だけを狙って性質を書き換えることは困難でした。

今回,京都大学大学院工学研究科 下間靖彦 准教授,関西学院大学理学部 河野義生 教授,日本原子力研究開発機構システム計算科学センター 小林恵太 研究副主幹らの研究グループは,フェムト秒レーザー※2を用いた「光加圧」により,従来の物理的な高圧処理(平衡状態)では到達できない,シリカガラスの「新たな非平衡物質相」を創出することに成功しました 。放射光X線回折※3機械学習分子動力学シミュレーション※4により,レーザー照射部では原子ネットワークの「切断」を伴う,高い仮想温度※5(1000~1400 ℃)状態が凍結されていることを解明しました 。構造解析の結果,レーザー照射部では,高圧処理とは異なる欠陥構造を導入できることを突き止め,ガラスの光学的性質(屈折率・発光)を自在にチューニングする道を拓きました。

本研究成果は,半永久的なデータ記録が可能な「5次元光メモリ」や,マルチコア光ファイバや光電融合デバイスなどの次世代情報通信デバイスの新しい製造方法に道を拓くものと期待されます。

本成果は,2026年4月27日午前1時(英国時間)に国際学術誌「NPG Asia Materials」にオンライン掲載されます。

X線構造解析により求めたシリカガラスの中距離構造のサイズ(コヒーレンス長)や秩序

(周期的ゆらぎ)の変化。光加圧により,未処理のガラス構造は高圧処理後の構造に近づくが,高圧処理後に光加圧すると,構造が元に戻るように変化する。(作成:下間靖彦)

1.背景

シリカガラスは,光ファイバやレンズなど現代社会を支える基幹材料ですが,その原子配置は不規則(アモルファス)であり,構造と性質(屈折率など)の関係には多くの謎が残されています。例えば,物質は通常,温度が上がると膨張しますが,シリカガラスは特定の温度域で「温度が上がると密度が増す(仮想温度異常)」という特異な性質を持ちます。これまで,ガラスの性質を変えるには「熱」や「外部からの圧力」を加えるのが一般的でした。しかし,これらは材料全体に影響を与えてしまうため,特定の場所だけの性質を精密に制御することは困難でした。本研究グループは,極めて短い時間だけ光を出す「フェムト秒レーザー」をガラス内部に集光し,局所的に数万気圧に匹敵する圧力を発生させる「光加圧」という手法に着目してきました。しかし,この「光による加圧」が,物理的な「外部からの加圧」と原子レベルでどう違うのかは,これまで未解明のままでした。

2.研究手法・成果

本研究グループは,大型放射光施設SPring-8での高輝度X線回折実験と,最新の機械学習分子動力学シミュレーションを駆使し,高圧処理とレーザー照射によるガラスの構造変化を徹底的に比較しました。その結果,以下の決定的な違いを世界で初めて明らかにしました:

1.光加圧による局所加圧

レーザー照射によって,シリカガラス内部の局所領域に2〜4 GPa(ギガパスカル)の応力を発生でき,レーザー条件で制御可能であること,レーザー照射により,高仮想温度(1000~1400℃)のガラス構造が凍結されていることが明らかになりました(図1)。

図1.(左)光加圧により局所的に発生する圧力変化。(右)ラマンスペクトル変化から求めた高圧処理と光加圧によるシリカガラスの仮想温度。

2.「押しつぶす」高圧処理 vs 「組み替える」レーザー照射

通常の高圧処理では,原子のネットワーク(SiO4四面体)が隙間を埋めるように「立体的な配置換え」を起こして緻密化します。一方,レーザー照射では,光のエネルギーにより原子の結合が一度「切断」され,より小さなリング状の構造(3員環や4員環構造など)へと「組み替え」られることで,異なる緻密化状態(新たな非平衡相)が形成されることを突き止めました(図2)。

図2.高圧処理と光加圧によるシリカガラスのラマンスペクトル変化。

どちらもガラスの構造は緻密化されるが,SiO4四面体のつながりに違いが見られる。

3.特異な発光特性の発見

構造解析の結果,高圧処理とは異なり,レーザー照射部では,「非架橋酸素(NBO)」欠陥※6が高密度に生成し,特定の波長(赤色)で強く光る性質を持つことが分かりました(図3)。

図3.(上)励起波長325 nmと532 nmにおける発光スペクトルの比較。赤色発光(650 nm)は光加圧のみで観察される。(下)高圧処理と光加圧による非架橋酸素欠陥からの発光の違い。

3.波及効果,今後の予定

本研究成果は,ガラスという古くからある材料に「光によって新たな機能を書き込む」ための理論的基盤を確立したものです。今後の研究の進展により,半永久的なデータ記録が可能な「5次元光メモリ」や,マルチコア光ファイバや光電融合デバイスなどの次世代情報通信デバイスの新しい製造方法に道を拓くものと期待されます。今後は,様々な組成のガラスやレーザー条件の最適化により,光学的性質(屈折率・発光)の精密制御を目指したいと考えています。

4.研究プロジェクトについて

本研究は,主に天田財団重点研究開発助成,天野工業技術研究所研究助成,光科学技術研究財団研究助成の支援を受けて行われました。放射光実験は,SPring-8のBL05XUおよびBL04B2において,日本放射光科学研究機構(JASRI)の承認(提案番号2024A1114および2024B1145)を得て実施されました。機械学習分子動力学シミュレーションは,科研費・基盤研究(C)「機械学習分子動力学による珪酸カルシウム水和物細孔中の水・イオンの輸送現象の解明」(代表者:小林恵太,JP24K08574),科研費・基盤研究(B)「酸素空孔に焦点をあてた革新的不揮発メモリ機能と電子状態・局所構造の新奇相関の解明」(代表者:久保田正人,JP25K01658)の支援を受けて行われ,日本原子力研究開発機構のスーパーコンピュータシステムHPE SGI8600を利用しました。

<用語解説>

※1 シリカガラス:

二酸化ケイ素(SiO2)を主成分とするガラス。現代の通信インフラを支える基幹材料。

※2 フェムト秒レーザー:

1フェムト秒(1000兆分の1秒)という極めて短いパルス幅を持つレーザー。熱の影響を抑えつつ,光のエネルギーを一点に集中させて物質を加工できる。

※3 放射光X線回折:

強力なX線を用いて,物質の原子レベルの配置を精密に調べる手法。

※4 機械学習分子動力学シミュレーション:

原子や分子の動きを時間発展として計算する「分子動力学法」に機械学習を組み合わせたシミュレーション手法。量子力学計算の結果を学習した原子間相互作用モデルを用いることで、量子力学計算に匹敵する精度を維持しつつ、大規模な構造解析が可能となる。

※5 仮想温度:

ガラスの原子配列がどの温度で凍結されたかを示す指標で,シリカガラスでは仮想温度が高いほど体積が小さくなり,密度が高くなることが知られている。

※6 非架橋酸素(NBO)欠陥:

シリカガラスの構造において,本来つながっているはずの酸素とケイ素の結合が切れた状態。ガラスの光学特性を大きく変える要因となる。

<参考文献>

[1] Y. Shimotsuma, S. Kubota, A. Murata, T. Kurita, M. Sakakura, K. Miura, M. Lancry, B. Poumellec, J. Am. Ceram. Soc., 100, 3912 (2017).

[2] Y. Shimotsuma, M. Sakakura, P. G. Kazansky, M. Beresna, J. Qiu, K. Miura, K. Hirao, Adv. Mater. 22, 4039 (2010).

[3] Y. Shimotsuma, P.G. Kazansky, J. Qiu, K. Hirao, Phys. Rev. Lett., 91, 247405 (2003).

<研究者のコメント>

これまでシリカガラスの構造と性質の関係には未解明な点が多く,局所的な制御も困難でしたが,レーザーによる「光加圧」によって,未知の非平衡物質相の創出が実現できました。これにより,局所的な光学的性質(屈折率・発光)の制御を可能にしました。今後,次世代の光メモリや,通信デバイスの新たな製造技術への応用に向けて研究を進めたいと思います。(下間靖彦)

<論文タイトルと著者>

タイトル:Tuning optical properties of densified silica glass via high pressure and ultrafast laser excitation(高圧および超短パルスレーザー励起による高密度シリカガラスの光学的特性制御)

著者:Misora Tsubone, Yasuhiko Shimotsuma, Yoshio Kono, Sho Kakizawa, Hiroki Yamada, Keita Kobayashi, Masahiro Shimizu, Kiyotaka Miura

掲載誌:NPG Asia Materials DOI:10.1038/s41427-026-00649-4

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