2026年4月3日
東京大学
日本原子力研究開発機構
立教大学
理化学研究所
東京都立大学

超伝導技術が導く高エネルギー分解能X線吸収分光の新展開
――多面的な精密化学種解析: セシウムを例として――

発表のポイント

TESを用いた測定の概念図と1回の測定で得られる三次元データ

概要

日本原子力研究開発機構システム計算科学センターの山口瑛子研究副主幹(兼: 東京大学大学院理学系研究科 客員共同研究員)、奥村雅彦研究主幹、立教大学大学院理学研究科の山田真也准教授、理化学研究所仁科加速器科学研究センターの橋本直理研ECL研究チームリーダー(兼: 理研開拓研究所 理研ECL研究チームリーダー)、東京都立大学理学研究科の奥村拓馬准教授、東京大学大学院理学系研究科の高橋嘉夫教授(兼: 同大学アイソトープ総合センター センター長)らによる研究グループは、超伝導転移端検出器(以下、TES)(注1)を用いた蛍光X線の高エネルギー分解能測定による分析を行い、セシウム(以下、Cs)のX線吸収スペクトルの高エネルギー分解能化に成功しました。この方法により、より詳細なCsの化学状態の推定が可能であることを明らかにしました。

TESは幅広いエネルギー範囲のX線を高いエネルギー分解能で一度に検出することができるため、1回の測定で解像度の高い三次元データを得ることができます。このデータを色々な角度から解析し、X線吸収端近傍構造(以下、XANES)スペクトル(注2)共鳴非弾性X線散乱(以下、RIXS)マップ(注3)を得ることで、Csの化学状態を詳細に分析できることを示しました。TESを用いたこれらの測定はこれまで2 keV未満の軟X線領域に限られており、4–5 keVの領域に適応したのは世界で初めてです。この手法はCsに限らず様々な元素に適用できるため、これまで測定が難しかった微量元素などの詳細な化学種解明が可能になると期待されます。

発表内容

XANES法は着目元素の化学状態を調べられるため、材料化学、触媒化学、地球環境化学などをはじめとする様々な分野で広く用いられています。近年、非常に高いエネルギー分解能で蛍光X線を測定することで、従来のXANESよりも鋭いピークを持つ高エネルギー分解能蛍光検出XANES (以下、HERFD-XANES)(注4)スペクトルが得られ、これにより通常のXANESでは検知できない微細な化学状態の違いを見分けられることがわかってきました。一方、蛍光X線を高エネルギー分解能で検出するために通常利用される結晶分光法では、一度に検出できるエネルギー範囲が狭く、測定時間や測定前の調整に長い時間がかかるという課題がありました。そこで本研究では、今回の測定に必要な2 keV程度の幅広いエネルギー範囲を一度に検出できるTESに着目しました。測定したCsの蛍光X線は5 keV程度であり、このエネルギー帯でのTESを用いた高エネルギー分解能測定によるXANES測定は世界初です。測定は大型放射光施設SPring-8のビームラインBL37XUにて行いました。

Cs含有試料にX線を照射し、吸収端(注5)の前後で入射X線のエネルギーを少しずつ変化させながら、蛍光X線をTESで検出しました。これにより、入射X線エネルギー、発光X線エネルギー、そして発光X線の強度、の三次元のデータを1回の測定で得ることができました(図1a)。この三次元データを水平方向に切り取ることでHERFD-XANESスペクトルを得ることができ、一方、この三次元データを垂直方向に切り取ることでX線発光スペクトル(以下、XES)(注6)を得ることができます。

図1:(a) 硝酸セシウムの3次元データ、(b) 拡大図、および (c) 蛍光X線の表記法

HERFD-XANESスペクトルでは、Cs化合物に応じて異なる特徴が見られました(図2)。これらの違いはCs化合物の結合性の違いに由来すると考えられます。Cs化合物間の違いは、XESスペクトルでも確認されました。蛍光線Lβ1のXESスペクトルの強度をLα1の強度で規格化したところ、各化合物の求核性定数Enと強い相関が見られました(図3)。Enは共有結合性を定量化した指標であるため、今後、未知試料についても測定を行うことで共有結合性の定量ができると考えられます。こういった化合物間の違いは、RIXSマップ(図4)でも見られました。

図2:様々なCs化合物のHERFD-XANESスペクトル

図3:Lα1で規格化したLβ1のXESスペクトルと求核性定数の関係

図4: Cs Lβ1のRIXSマップ

化合物によって散乱X線の強度やその分布が異なる

これらの結果から、1回の測定で得られる三次元データを様々な切り口で解析していくことで、Csの化学状態をより精密に調べられることがわかりました。従来の手法では、図1aに示したエネルギー範囲のデータを得るには2週間程度の測定時間が必要ですが、今回の手法では、わずか1時間でデータを取得することができました。この手法はCsだけに留まらずあらゆる元素に適用することができます。特に、TESの高いエネルギー分解能は高い元素選択性に繋がるため、存在量が少なくこれまで測定が難しかった微量元素などの化学状態解明が進むことが期待されます。

発表者・研究者等情報

東京大学
大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻
高橋 嘉夫 教授
兼:東京大学 アイソトープ総合センター センター長
日本原子力研究開発機構
システム計算科学センター AI・DX基盤技術開発室
山口 瑛子 研究副主幹
兼:東京大学 大学院理学系研究科 客員共同研究員
奥村 雅彦 研究主幹
立教大学
大学院理学研究科 物理学専攻
山田 真也 准教授
理化学研究所
仁科加速器科学研究センター 中間子理研ECL研究チーム
橋本 直 理研ECL研究チームリーダー
兼:理化学研究所 開拓研究所 橋本中間子理研ECL研究チーム 理研ECL研究チームリーダー
東京都立大学
理学研究科 化学専攻
奥村 拓馬 准教授

論文情報

雑誌名:Journal of Synchrotron Radiation

題名:Simultaneous measurements of HERFD-XANES, RXES, and RIXS of Cesium Using a Transition-Edge Sensor

著者名:Akiko Yamaguchi*, Shinya Yamada, Tadashi Hashimoto, Takuma Okumura, Yasuo Takeichi, Masahiko Okumura, Yoshio Takahashi(*責任著者)

DOI:10.1107/S1600577526001682

URL:https://doi.org/10.1107/S1600577526001682

研究助成

本研究は、科研費「挑戦的研究(萌芽)(課題番号:JP19K21893)」、「挑戦的研究(萌芽)(課題番号:JP21K18917)」、「若手研究(課題番号:JP23K17034)」、「若手研究(課題番号:JP25K21378)」の支援により実施されました。

謝辞

本研究で行った解析は、理化学研究所が設置する大型放射光施設SPring-8のビームラインBL37XUにおいて、公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)の承認のもとで実施しました(課題番号:2019A1523, 2021B1790, 2022B1523, 2023A1455, 2023A1455, 2023B1492, 2024A1484, 2024A1446, 2024A1486, and 2024A1483)。また、第一原理計算は日本原子力研究開発機構のスーパーコンピュータシステムHPE SGI8600を用いて行いました。実験の実施にあたり、BL37XU担当者の関澤央輝氏、新田清文氏ならびに本実験に関わった多くの研究者の皆様に感謝いたします。

用語解説

(注1)超伝導転移端検出器(TES; transition-edge sensor)

超伝導の特徴を活かし、X線の吸収によって発生した熱が抵抗値を急激に変化させる様子を測定することで、吸収したX線のエネルギーを精密に推定する検出器

(注2)X線吸収端近傍構造(XANES; X-ray absorption near-edge structure)スペクトル

高強度でエネルギー可変のX線を試料に入射し、着目元素の励起によって吸収されたX線の量を測ることで得られるスペクトル

(注3)共鳴非弾性X線散乱(RIXS; Resonant inelastic X-ray scattering)

吸収端付近のエネルギーのX線を照射した際に散乱するX線のエネルギー損失を測る手法

(注4)高エネルギー分解能蛍光検出XANES(HERFD-XANES; high-energy resolution fluorescence-detected X-ray absorption near-edge structure)

吸収元素の寿命幅と同程度または寿命幅を超える高いエネルギー分解能で蛍光X線を検出することで得られるXANES

(注5)吸収端

内殻電子が励起するエネルギー位置

(注6)X線発光スペクトル(XES; X-ray emission spectroscopy)

吸収端より高いエネルギーのX線を照射した際に発光する蛍光X線を分光することで得られるスペクトル

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