2026年3月24日
京都大学大学院理学研究科の松村拓輝博士課程学生、高橋侑希同修士課程学生(研究当時)、松林陸同修士課程学生、金城克樹同博士課程学生(現:東北大学多元物質科学研究所助教)、北川俊作同准教授、石田憲二同教授の研究グループ(理学研究科物理学・宇宙物理学専攻物理学第一教室)は、日本原子力研究開発機構原子力科学研究所先端基礎研究センターの徳永陽研究主席のグループ、東北大学金属材料研究所附属量子エネルギー材料科学国際研究センターの青木大教授のグループ、東北大学金属材料研究所の佐々木孝彦教授のグループとの共同研究から、スピン三重項超伝導体特有の性質を明らかにしました。
超伝導*1状態は、2つの電子がペアを組むクーパー対と呼ばれる状態の量子力学的な波動状態として理解されます。電子にはスピン*2の自由度があるのでクーパー対もスピンの自由度を持つことが可能ですが、今まで発見されたほとんどの超伝導体はスピンの自由度をもたないスピン一重項超伝導とよばれる状態です。一方で、スピンの自由度をもつ状態はスピン三重項超伝導体とよばれ、様々な角度から研究がなされてきましたが、現在に至るまで候補となる超伝導体の観測例は非常に少なく、また超伝導転移温度の低さや極限環境下で見られるなどの理由で、スピン三重項超伝導体の理解は進んできませんでした。
研究グループは、スピン三重項超伝導体UTe2の純良単結晶において、超伝導のスピンの状態を東北大学金属材料研究所が開発した世界最高峰の無冷媒超伝導磁石を使って24テスラまで精密に測定し、超伝導状態のスピン磁化率*3が常伝導*4状態の値と同じになると、超伝導が強固になる性質を発見しました。通常のスピン一重項超伝導体では、スピン磁化率が常伝導状態の値になると、超伝導は壊れます。 したがって、今回明らかになった振舞いは、スピン三重項超伝導体がもつスピン一重項超伝導にはない性質であり、UTe2がスピン三重項超伝導体であることを決定づける結果と言えます。
本研究成果は、2026年3月10日に、国際学術誌「Phys. Rev. B」のオンライン版に掲載され、Editors’ Suggestionに選出されました。
図1:磁場をc軸に印可した時の超伝導臨界磁場Hc2 [ ● ] の温度依存性。背景の色はc軸方向のナイトシフトの振舞いを示す。低磁場ではナイトシフトが超伝導状態で減少している。5テスラ以上ではナイトシフトの減少はほとんど見られなくなっているが、この磁場からHc2の傾きが変わっていることがわかる。この結果はスピン磁化率が常伝導とほぼ同じになると、超伝導状態がより強固になることを表す。図中のイラストは超伝導対のスピンの振舞いを示す。
超伝導は、今から110年以上前に発見された物理現象ですが、現在でも新たな基礎特性の発見が続いている魅力的な研究分野です。また超伝導の基礎特性は、量子コンピューターにも応用され、次世代の量子技術の礎となる物理現象です。今までに発見されたほぼすべての超伝導体では、2つの電子で作られる対状態においては、スピンは反平行で打ち消し合い、スピンの自由度は消えていました(S = 0)。しかし、理論上では対のスピンが平行状態をとり、スピンの自由度を持った( S = 1 ) 超伝導体が実現する可能性は知られていましたが、長らくその存在を実験的に確証することは出来ていませんでした。
2000年以降に発見されたウラン化合物の強磁性超伝導体*5はスピン三重項超伝導体の有力候補として、また近年ではトポロジカル超伝導体*6として注目されていますが、転移温度が非常に低いことや強磁性と超伝導が共存している理由から、基礎物性解明のための精密測定が出来ていませんでした。
このような状況のもと2018年にウラン化合物のUTe2の超伝導は発見されました。このUTe2では強磁性転移を示さず、超伝導転移温度は強磁性超伝導体と比較して4倍ほど高い値を持ちます。さらに超純単結晶の育成が可能です。これらの点からUTe2はスピン三重項超伝導体の研究を進める理想的な物質と考えられています。
驚くべきことにUTe2は15テスラ以上の高磁場で異なる超伝導状態が誘起されることが報告されました(図2)。この振舞いは「超伝導多重相」と呼ばれ、スピン三重項超伝導の特徴と考えられます。今回の研究では、超伝導のスピン状態を核磁気共鳴*7実験より調べ、その結果と超伝導相図の様子を比較し、超伝導のスピン状態と超伝導特性の関係を詳細に調べました。
図2:磁場を結晶b軸に印可した時の超伝導相図。低磁場(LFSC)、中間磁場(IFSC)、高磁場(HFSC)超伝導
図3:磁場をb軸に印可した時のナイトシフトの振舞い。低磁場超伝導ではナイトシフトの減少が見られるが、16テスラ以上では減少は見られない。これはスピンが磁場方向に向いていることを示す。
本研究グループは、UTe2のテルル核(Te)を核磁気共鳴可能な同位体125Te核*8に置換した超純良単結晶試料を用意し、各相の超伝導のスピン状態が磁場を強くするにつれ、どのように変化するかを詳細に調べました(図3)。測定は東北大学金属材料研究所附属強磁場超伝導材料研究センターの無冷媒超伝導磁石を用い、24テスラの強磁場下までの、125Te核のNMR測定を行いました。 またその際、試料を磁場中で回転させ磁場を正確に結晶のb軸とc軸に平行に印可して実験しました。その結果、どちらの軸方向に対しても低磁場超伝導ではナイトシフト*9の顕著な減少が見られましたが、高磁場超伝導ではナイトシフトの減少は見られず、超伝導スピンが磁場方向に向くことを確認しました。興味深いことは、b軸方向に磁場を印可した場合、超伝導スピンが磁場方向に向くと、超伝導転移温度に上昇がみられることです。これは、磁場中で超伝導状態がより強固になっていることを明確に示しています。通常金属で見られるスピン一重項超伝導体では、超伝導スピンが磁場方向に向くと超伝導は壊れてしまいます。したがって、超伝導が強固となる振舞いはスピン一重項超伝導では起こらない振舞であり、UTe2がスピン三重項超伝導体であることを決定づける結果と言えます。
これまでスピン三重項超伝導体の基礎的理解は、候補物質の少なさや極限環境下でしか実現しないことから、大きくは進んでいませんでした。一方、超伝導と類似した量子凝縮現象である 3He の超流動は、長年の研究によりその詳細な性質まで明らかにされています。UTe2 の超伝導は、3He超流動と同様に「多重相」をもつという重要な共通点を有しています。この類似性と相違点を体系的に比較することで、スピン三重項超伝導の本質的理解が大きく進展すると期待されます。さらに、スピン自由度を保ったまま安定化する超伝導状態の解明は、次世代量子コンピューター開発のカギを握るトポロジカル超伝導の理解にも直結します。UTe₂は、スピン三重項特有の量子現象を詳細に検証できる理想的な研究舞台を提供しており、今後、スピン自由度をもつ量子凝縮状態の飛躍的理解と、それに基づく新たな量子現象の創出へとつながることが強く期待されます。
本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(課題番号:KAKENHI Grants No. JP20KK0061, No. JP20H00130, No. JP21K18600, No. JP22H04933 (基盤S「ウランも含む強相関トポロジカルスピン三重項超伝導の物理(代表:青木大)」), No. JP22H01168, No. JP23H01124, No. JP23K19022, No. JP23K22439. No. JP23K25829, No. JP23K25821, No. JP24K00590, No. JP25KJ1567 and No. JP25H00609)の支援を受けました。
また、東北大学金属材料研究所附属強磁場超伝導材料研究センターにおける共同利用は、国際共同課題(課題番号 No. 202212-HMKPB-0007, No. 202212-HMKPB-0008, No. 202212-IRKAC-0041, No. 202312-HMKPB-0019, No. 202312-HMKPB-0022, and No. 202312-IRKAC-0007)として実施したものです。
著者の松村はJST SPRING(JPMJSP2110)、松村、金城は湯川記念財団望月基金の援助を受け、実験寒剤(液体ヘリウム 液体窒素)の使用に関して、京都大学環境安全保健機構低温物質管理部門の支援を受けて実施されました。
電気抵抗がゼロとなり、完全反磁性を示す状態のこと。
電子の微視的な自由度の一つで、小さな磁石の性質を持つ。一つの電子はs = 1/2の大きさのスピンを持つ。
物質を磁場中に置いたとき、どれだけ磁石の性質を有したかを示す指標。
超伝導転移を起こす前の金属状態。
強磁性と超伝導が共存する超伝導体群のこと。強磁性とは磁石のこと。
数学的操作で真空と区分される特異な基底状態を持つ超伝導体群のこと。その表面にはマヨラナ粒子と呼ばれる特殊な準粒子がいることが期待されている。
原子核の性質を使って、物質の電子の状態を調べる微視的測定方法。電気抵抗や磁化率測定と異なり、磁気的な性質や電気的性質のわずかな変化も敏感に測定できる。医療で用いられるMRIはその応用例の一つ。
テルル元素の中で、質量数125を持つもののこと。
電子スピンが起源となるNMR共鳴線のシフト。超伝導状態のスピン磁化率を測定する手法として用いられる。
「24テスラの高磁場まで系統的に測定を行い、超伝導状態においてスピンが磁場に向くことで、通常とは逆に超伝導が増強されることを見いだしました。卒業研究以来取り組んできたスピン三重項超伝導の研究で、その特有の振舞いを捉えられたことに非常に興奮しました。今後も、スピン自由度を持つスピン三重項超伝導に固有の新奇現象を探索していきます。」(松村 拓輝)
タイトル:Intimate relationship between spin configuration in the triplet pair and superconductivity in UTe2
(UTe2における三重項超伝導対のスピン配置と超伝導との密接な相関)
著者:H. Matsumura, Y.Takahashi, R. Matsubayashi, K. Kinjo, S. Kitagawa, K. Ishida, Y. Tokunaga, H. Sakai, S. Kambe, M. Kimata, A. Nakamura, Y. Shimizu, Y. Homma, D. Li, F. Honda, A. Miyake, D. Aoki, T. Furukawa and T. Sasaki
掲載誌:Physical Review B
DOI:10.1103/xr3p-cxbt