2026年3月23日
京都大学大学院理学研究科 成木 恵 教授、同博士課程学生 中須賀 さとみ、高エネルギー加速器研究機構(KEK)素粒子原子核研究所の小沢 恭一郎 准教授、理化学研究所 仁科加速器科学研究センターの四日市 悟 専任研究員、日本原子力研究開発機構 原子力科学研究所 先端基礎研究センター 佐甲 博之 研究主幹らの国際共同研究グループ「J-PARC E16コラボレーション」は、J-PARCの高運動量ビームラインを用い、これまで国内では未踏であった30 GeVというエネルギー領域において、陽子・原子核衝突によって生成されるφ中間子を電子・陽電子対崩壊から捉えることに初めて成功しました。
本研究成果は、2026年3月9日に日本の国際学術誌「Progress of Theoretical and Experimental Physics」にオンライン掲載されました。
原子核標的中で陽子ビームによりφ中間子を生成。電子・陽電子対でφ中間子の生成を捉える。
©️成木恵 Gemini 3 Flash Image
私たちの身の回りにある物質の質量の多くは、素粒子(クォーク)そのものの重さではなく、素粒子間の強い相互作用によって生じていると考えられています。この「質量の起源」を説明する理論によれば、原子核のような高密度な物質中では、真空中に比べて中間子の質量が減少するなどの変化が起こると予測されています。この現象を実験的に捉えるためには、原子核の「壁」を素通りして情報を持ち出せる、電子と陽電子への崩壊(電子ペア崩壊)を捉えることが理想的ですが、この崩壊は数千回に1回という稀な現象であるため、観測には大強度のビームと精密な測定器が必要でした。
本研究グループは、2020年に運用を開始したJ-PARCハドロン実験施設の「高運動量ビームライン」において、世界最高クラスの強度を持つ陽子ビームを使用しました。測定には、秒間1,000万回の衝突から生まれる膨大な粒子を捉える「E16スペクトロメータ」を用い、炭素と銅の原子核標的から放出される電子・陽電子ペアを精密に測定しました。 その結果、30 GeVのエネルギー領域では世界で初めて、電子ペアを用いたφ中間子の再構成に成功しました。さらに、原子核の質量数(大きさ)に対するφ中間子の生成率の変化を解析したところ、生成量は原子核の質量数にほぼ比例して増えることを突き止めました。これは、中間子が原子核内で異常に吸収されることなく生成されていることを示しており、物理学上重要な知見です。
今回の成果は、J-PARCにおける「中間子の質量変化」を探索するための本格的な研究の幕開けを告げるものです。今回得られた生成断面積のデータは、今後より高い統計量(100倍以上)で実施される精密実験において、環境(原子核の密度)による変化を正しく識別するための重要な「物差し(ベースライン)」となります。将来的には、物質がどのようにして重さを獲得したのかという、宇宙開闢以来の謎の解明に大きく寄与することが期待されます。
本研究は、J-PARC E16コラボレーション(京都大学、KEK、東京大学、理化学研究所、日本原子力研究開発機構、大阪大学RCNP、広島大学WPI-SKCM2、Academia Sinica(台湾)、GSI(ドイツ)など)による国際共同研究として実施されました。
ストレンジクォークとその反クォークからなる粒子。原子核内での質量変化が明瞭に現れると予測されており、研究の標的として重要です。
茨城県東海村にある世界最高クラスの陽子ビーム強度を誇る実験施設。
中間子が電子と陽電子に分かれて消滅する過程。強い相互作用の影響を受けにくいため、原子核内部の情報をそのまま外部へ伝えることができます。
「新しいビームラインと測定器を立ち上げ、30 GeVという未知の領域でようやく信号を捉えることができました。これは長年の装置開発の賜物です。今回の成功はあくまで第一歩であり、今後は膨大なデータから『質量の変化』という物理の核心に迫れることを確信しています。」(成木恵)
タイトル:First measurement ofφmeson production in 30 GeV proton-nucleus reactions via di-electron decay at J-PARC(和訳:J-PARCにおける30 GeV陽子・原子核反応による電子ペア崩壊を通じたφ中間子生成の初測定)
著者:Satomi Nakasuga et al. (J-PARC E16 Collaboration)
掲載誌:Progress of Theoretical and Experimental Physics
DOI:10.1093/ptep/ptag042