令和8年3月12日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構

隣り合えない元素はどこまで混ざるのか?限界濃度を予測
―結晶幾何学から導く新理論で合金設計を加速―

【発表のポイント】

本研究の概念図 添加元素が「隣り合う/離れている」状態となるボーダーライン(飽和濃度)を理論予測することで、合金材料の強靭化に貢献できる

【概要】

添加元素の並び方は、合金の強さや耐食性などの性質を決める重要な要因です。添加元素同士に反発力が働く場合、その並び方は、均一に分布しつつも互いに隣接しないという複雑なパターンになります。そして、添加元素同士が隣接するまで添加濃度を高めると、例えば強度(硬さ)や靭性(粘り強さ)などの機械的な特性が大きく変化することがあります。そのため、反発する添加元素の濃度上限(飽和濃度)は合金の材料組成を決定する上で重要ですが、原子1個単位の並び方を実験で調べるのは難しく、飽和濃度を理論的に予測する方法が求められていました。

そこで、本研究では、「互いに隣り合わないように添加元素を追加していくと、どの程度まで濃度を高めることができるのか?」を、数値シミュレーションと数理モデリングにより計算する新たな理論を確立しました。この理論は、複雑な原子配置の問題を「結晶の幾何学」という普遍的な性質だけで記述できることを示しており、物質によらず成り立つ一般理論として機能します。ランダムに配置される原子がどこまで隣接を回避できるかを、厳密かつシンプルな理論式で表せたことは学術的にも画期的な成果です。

確立した新理論では、取り扱う材料の種類を問わないので、さまざまな合金材料の設計に利用できます。例えば、原子力材料として研究が進められている鉄-クロム-アルミニウム合金や、ハイエントロピー合金など多元系材料における元素の組成比を決める上での理論的な指針として活用できます。

本研究は、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 小口正範)原子力科学研究所原子力基礎工学研究センター照射材料工学研究グループの久保淳研究員、阿部陽介マネージャーによるものです。

本研究成果は2026年3月12日(現地時間)、Springer Nature社の学術誌 Scientific Reportsに掲載されました。

【これまでの背景・経緯】

合金材料の性質は成分元素の比率によって変化するため、所望の性質を発現するように成分元素の比率を調整して材料を設計します。また、金属以外の半導体など、さまざまな材料でも同様に、添加元素を調整することで材料特性の最適化が行われます。

合金材料の母材と添加元素の組み合わせによって、添加元素同士の間に引力や斥力が働きます。その結果、添加元素同士の配置に一定の傾向(原子配置の短距離秩序*1)が生じます(図1)。短距離秩序は合金の性質に強い影響を及ぼすパラメータであり、短距離秩序の制御は合金材料開発における重要課題の一つです。特に、添加元素間に反発力が働く場合は添加元素同士が隣接を避けようとするため、ランダム性と反発性が組み合わさった複雑な配置になります。このような「添加元素がほぼランダムに材料中に散らばっているが、添加元素同士は互いに隣り合わない」という配置パターンを、ここでは「非隣接ランダム配置」と呼ぶことにします。例えば、原子力材料として開発が進められている鉄-クロム-アルミニウム(Fe-Cr-Al)合金ではAl原子同士に反発力が作用しており、「非隣接ランダム配置」に近い配置となることが確認されています。

図1 添加元素の相互作用と短距離秩序の関係
(上表)添加元素同士の相互作用の種類に応じて、分布が変わる
(下図)添加元素同士が反発しあう場合、両者を隣接させると不安定になる(左)。隣接しなければ安定となる(右)。つまり、添加元素の上下左右4点には別の添加元素を置くことができない

添加元素の量が少ないときは、添加元素同士に反発力が働いても互いに隣り合わないように置くことができます。一方で、添加元素の濃度を徐々に増加させていくと、ある濃度に達した段階で添加元素同士が隣り合うことが避けられなくなります。このことから、非隣接ランダム配置を満たすことができる上限となる濃度、すなわち「飽和濃度」が存在すると推察されます。

この飽和濃度は材料の性質に大きな影響を及ぼす場合があります。例えば、Fe-Cr-Al合金ではAl原子同士が隣接するまで(飽和濃度以上まで)Al添加量を増やすと、脆くなりにくくなり、材料の機械的信頼性が改善されることが知られています。他の材料においても同様に、材料中の特定の原子のペア(結合)が材料特性の改善に寄与すると分かった場合、そのような原子配置を計画的に発生させるように組成比のコントロールが必要になります。

このように飽和濃度は材料特性に強い影響を及ぼすことから、合金材料の組成比を決定する際に重要な意味を持ちます。一方で、従来式の実験や材料シミュレーションで飽和濃度を正確に評価するのは非常に困難な上に、各材料に対して個別に検討しなければなりません。そのため、飽和濃度についての包括的な研究はこれまで行われず、「飽和濃度が何によって決まるのか?」という問いは未解決でした。

飽和濃度を決定する本質的な要因を理論的に明らかにできれば、原子の短距離秩序をあらかじめ予測できるようになり、材料開発における新たな設計指針として活用できると期待されます。本研究では、原子同士の「つながり方」や「形状」といった結晶格子の持つ数理的な特徴に着目し、「結晶の幾何学」をもとに飽和濃度を推定するための理論構築を行いました。

【今回の成果】

1. 結晶格子での非隣接ランダム配置シミュレーション

添加元素同士が隣接しないという条件の下でランダムに添加元素を配置する確率シミュレーションの方法論を構築し、さまざまな結晶構造に対してシミュレーションを実施しました(図2)。

図2 非隣接ランダム配置を取る添加元素での飽和濃度シミュレーションの概念図
左図の状態から配置を進めると「飽和状態」(右)となり、さらに添加元素(赤)を追加すると、どこに置いても他の添加元素と隣り合ってしまう。ここでは、上下左右の4点(第一近接点)を「隣」と見なしたが、さらに斜めの4点(第二近接点)を「隣」として扱うこともでき、さまざまなバリエーションを考えることができる

各結晶構造での体心立方構造、面心立方構造、ダイヤモンド構造などの典型的な結晶構造に加え、一次元格子や高次元超立方格子のような仮想的な結晶構造も対象とし、飽和濃度を数値的に評価しました。この結果、結晶構造の配位数*2と飽和濃度には相関関係があり、特に、配位数が大きいほど飽和濃度が小さくなるという逆相関の関係があることが分かりました(図3)。

図3 さまざまな結晶構造に対して飽和濃度を計算したシミュレーション結果

2. グラフモデルを用いた飽和濃度理論の構築

シミュレーションで得た飽和濃度と配位数の逆相関関係の本質を理解し、汎用的な理論として確立するため、グラフ*3モデルを用いた数理的な検討を行いました。まず、結晶格子をランダム正則グラフ*4に置き換えて微分方程式として定式化し、この微分方程式を解いて飽和濃度の厳密な理論解を導出しました(図4)。その結果、グラフモデルでの飽和濃度と配位数の相関関係を数式として取得することに成功しました。

図4 グラフモデル導入の概念図

次に、グラフモデル上の非隣接ランダム配置シミュレーションを行い、得られた飽和濃度の理論解が正しいことを数値的に検証しました。得られた理論解を各結晶構造の飽和濃度のシミュレーション結果と比較したところ、理論解によって飽和濃度と配位数の逆相関関係を非常によく説明できました(図5)。ただし、ランダム正則グラフに対する理論解と、結晶格子モデルに対するシミュレーションから得た飽和濃度にはズレが生じました。ここから、結晶格子に3員環*5を含むと理論式に対して飽和濃度が下振れし、4員環を含む(かつ3員環を含まない)格子の場合は上振れすることが分かりました。以上の解析により、結晶格子の飽和濃度が格子の配位数と環のサイズという2種類の結晶幾何学的なパラメータによって支配されることが明らかになりました。

図5 理論解析とシミュレーション結果の比較

これらのシミュレーション・理論解析の実用的な応用例として、Fe-Cr-Al合金にどの程度のAl原子を添加すれば脆くなるのを防ぐ(強靭化する)ことができるのかを推定しました(図6)。先行研究によると、Al原子が飽和状態に達すると脆い相(Cr析出相)が生じにくくなり、最低限必要なAl量は6~15 at.%程度であることが確かめられています。本理論を用いてAl原子の飽和濃度を実際に計算すると約13 at.%との値が得られ、本理論解析と実験結果(6~15 at.%)が良く整合することが分かります。このように、本理論を用いることで、合金材料の最適な組成を理論的に予測することが可能になり、材料開発プロセスの加速化・効率化に貢献できます。

図6 Fe-Cr-Al合金への応用例
Fe-Cr-Al合金では、Al添加量を増やすとAl原子同士が隣り合う(飽和する)ようになり、結果として脆い相(Cr析出相)ができにくくなる。脆いCr析出相が消えるAl添加量の実測値(実験)と本研究で計算した飽和濃度(理論)を比較すると、両者は良く整合した

【今後の展望】

本研究により、合金中で互いに反発する添加元素の飽和濃度についての理論的な理解が得られ、添加元素の短距離秩序を決定づける要因の一部が明らかになりました。これらの知見は、合金材料の開発の新たな指針として活用できると期待されます。例えば、材料特性の改善に寄与する原子のペア(結合)を計画的に誘発することが可能となります。特に、ハイエントロピー合金のように、組成の組み合わせが膨大で総当たり的な実験が困難な場合、組成の絞り込み(スクリーニング)などに利用できます。また、水素吸蔵合金のように、格子間に侵入した原子配置を記述する理論モデルとしても応用できると考えられます。本理論は特定の材料に限定したものではないため、さまざまな合金材料の設計に幅広く利用することができます。

【論文情報】

雑誌名:Scientific Reports

タイトル:“Graph-Theoretic Analyses of Saturation Fraction of Repulsive Dopants in Solid Solutions”

著者:Atsushi KUBO; Yosuke ABE

DOI:10.1038/s41598-025-30829-1

【助成金の情報】

本研究は日本学術振興会(JSPS)科学研究費【基盤研究B(22H02013)、基盤研究C(23K03587)】の助成を受けました。

【用語の説明】

1)短距離秩序

原子間の相互配置に存在する特定の傾向のことを指し、ランダムな配置と比較した場合の統計的なズレとして定量的に評価される。主に固溶体中の添加元素の配置やガラス中の原子配置などを議論する際に用いられる概念。合金添加元素の短距離秩序を具体的に表す指標として、Warren-Cowleyパラメータなどが広く用いられている。

2)配位数

物質中のある原子に着目したとき、その原子と隣接(または結合)している原子の個数。例えば、水分子(H2O)中の酸素原子Oと水素原子HはH-O-Hという形で結合しているので、水素Hの配位数は1、酸素Oの配位数は2となる。

3)グラフ

多数の「頂点」とそれらを結ぶ「辺」からなる数学的対象のこと。頂点の位置や辺の長さなどは考慮に入れず、「どの頂点とどの頂点がつながっているのか?」が議論の対象となる。鉄道路線図やインターネット、電子回路など、さまざまなネットワークを模式化する数学的なモデルとして利用される。結晶格子の構造も、原子を「頂点」、原子間結合を「辺」とみなすことで、グラフの一種と考えることができる(図A)。グラフの性質についての数学的な理論体系をグラフ理論という。

図A グラフの例

4)正則グラフ

各頂点に接続している辺の個数が一定であるグラフのこと。標準的な結晶格子はどの格子点でも配位数が同じなので、正則グラフの一種であるとみなせる。「ランダム正則グラフ」は、頂点同士のつながり方がランダムな正則グラフのことを指す。

図B 正則グラフの例
正方格子(左)は各頂点(格子点)が4本の辺に規則的に接続。ランダム正則グラフ(右)でも各頂点は4本の辺に接続しているが、つながり方は不規則になっている

5)3員環、4員環

原子の結合でできている環状構造のこと。3個の原子で構成される環を3員環、4個の原子で構成されているものは4員環と呼ぶ。例えば、黒鉛(グラファイト)は炭素原子がハチの巣型(正六角形)に並ぶので、「6員環により形成されている」と表現する。金属の結晶では、面心立方格子は正四面体で構成されるので3員環を持つが、体心立方格子は3員環を持たない。

図C 結晶格子に含まれる環状構造の模式図
(a)面心立方格子 (b)体心立方格子 (c)グラフェン構造(単層グラファイト)

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