令和8年2月12日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
図1 従来の非圧縮性モデルと新しい弱圧縮性モデルを利用した気液二相流解析の比較
原子炉の冷却や化学プラントなどでは、液体と気体が混在して流れる「気液二相流(※1)」が多く見られます。これらの流れを解析するため、これまで数値計算では「流体は全く縮まない」と仮定する非圧縮性モデル(※2)が広く用いられてきました。この仮定は、実際の流れが比較的ゆっくりしている場合には妥当であり、流れの結果を十分な精度で再現できます。しかし、気液二相流の圧力計算の処理時間は気体と液体の密度比に依存して増大し、密度比が3桁に達する水と水蒸気の場合には、圧力計算が重くなり、計算時間が長くなるという課題がありました。
本研究では、従来の仮定を根本から見直し、流体が「ごくわずかに縮む」ことを許す「弱圧縮性モデル(※3)」という新しい計算手法を開発しました。この工夫により、流れの物理的な振る舞いは従来とほぼ同じまま保たれますが、圧力を求める計算が安定し、効率よく進むようになります。その結果、圧力計算に必要な繰り返し回数が大幅に減り、従来手法と比べて圧力計算を3倍以上高速化することができ、解析時間を半分以下に短縮できました。重要な点は、計算結果の信頼性を損なうことなく、計算効率だけを改善できたことです。
本手法により、これまで計算時間の大きさが課題となっていた大規模な二相流解析をより短時間で実施できるようになります。今後、沸騰や凝縮などを含むような複雑な二相流現象に適用範囲を広げていく予定です。この成果は、原子炉の冷却挙動解析をはじめ、化学プラントや冷却機器など、さまざまな気液二相流解析の高速化に貢献できます。
本研究は国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長:小口正範)システム計算科学センターHPC・DX基盤技術開発室の杉原健太研究員、小野寺直幸研究員、井戸村泰宏副センター長、Yos Panagaman Sitompul研究員、および原子力科学研究所原子力基礎工学研究センター 炉物理・熱流動研究グループの山下晋研究主幹によるものです。
本研究成果は、国際学術誌「Journal of Computational Physics」に、2025年12月23日(日本時間)にオンライン公開され、2026年2月15日発行号に掲載されます。
原子炉の冷却系や化学プラント、冷却装置など、多くの産業設備では、液体と気体が混在して流れる「気液二相流」が生じています。こうした流れは、設備の安全性や性能に直接関わるため、その挙動を正確に把握することが重要です。このため、数値シミュレーションによる流体解析は、設計や安全評価において欠かせない技術となっています。
従来の流体解析では、「流体は全く縮まない」と仮定する非圧縮性モデルが広く使われてきました(図2)。原子炉内の冷却水のように、流れの速度が音速に比べて十分に小さい場合、この仮定は物理的に妥当であり、流れの様子を精度よく再現できます。
図2 既存の流体モデル 流体はまったく縮まない(非圧縮性モデル)
しかし、気体と液体の密度比が大きくなると、圧力計算の安定性が悪化し、解に収束するまで圧力を解き直す繰り返し計算が増大し、大半の計算時間を占めるようになります(図3)。この結果、計算時間が長くなり、大規模な解析を行う際の制約となっていました。
図3 気液二相流の計算時間に占める圧力計算の割合 大半は「圧力の計算」に使われる
本研究では、この計算上の課題に着目し、流体モデルの定式化そのものを見直しました。従来のように流体を「まったく縮まない」と扱うのではなく、実際の流れに存在する「ごくわずかな縮み」をあえて残す「弱圧縮性モデル」と呼ばれる新しい計算手法を導入しています(図4)。この変更により、圧力計算の安定性が大きく向上しました。
図4 本研究の新しい考え方
ごくわずかに縮む流体を考えることで圧力の修正が比較的近い領域に限定されるようになり、計算領域全体を何度も調整する必要が減りました。その結果、圧力計算に必要な繰り返し回数が大幅に削減され、図5(上段)に示すダム崩壊計算では、従来の非圧縮性手法では251分かかっていた圧力計算を75分に短縮することができました。シミュレーションの大部分を占めていた圧力計算が高速化されたことにより、解析時間は291分から113分に短縮されました。重要な点は、得られる流れの結果が従来手法とほぼ同じであることです。つまり、解析結果の信頼性を維持したまま、計算効率だけを大きく改善できたことが、本研究の大きな成果です。他にも、多数の気泡のシミュレーションなどでも計算効率を大幅に改善できることが分かっています。
図5 従来手法と開発手法の計算結果や計算時間の比較
本手法を導入すると、これまで計算時間が課題だった大規模な気液二相流解析をより短時間で実施できます。これにより、解析の精度を高めたり、条件を変えた多数の計算でパラメータの最適化や結果の不確実性を評価したりすることが可能になります。今後は、原子炉の解析をはじめ、化学プラント、冷却機器、エネルギー関連設備など、さまざまな産業分野への応用が期待されます。また、最先端スーパーコンピュータへの適用に向けた最適化も図ります。
雑誌名:Journal of Computational Physics (計算物理学の最先端手法と応用を掲載する専門誌)
タイトル:“A semi-implicit weakly compressible solver for gas-liquid two-phase flows”(気液二相流のための弱圧縮性半陰解法)
著者:Kenta Sugihara, Naoyuki Onodera, Yasuhiro Idomura, Yos Panagaman Sitompul, Susumu Yamashita
doi:https://doi.org/10.1016/j.jcp.2025.114534
本研究の成果の一部は、科学研究費補助金の基盤研究(C)(課題番号:JP24K14973)、学際大規模情報基盤共同利用・共同研究拠点(JHPCN) (課題番号: jh240071) の支援によって得られたものです。
空気(気体)と水(液体)が混ざり合って一緒に流れる現象のことです。泡の流れや沸騰のような身近な現象も、気液二相流の一種です。
液体のように流れていても、移動前と移動後で体積がほとんど変わらないとみなして計算を簡略化する方法です。
流れ(流速)が音の速さより十分に遅い場合に、わずかな体積変化を考慮して、計算の安定性を高めるとともに高速化する近似手法です。