令和8年1月26日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
国立大学法人福井大学
国立大学法人東京科学大学
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構
高温環境での実験をリアルタイムに分析できる装置の概念図
原子力発電では、原子炉の中で核燃料が非常に大きな熱を生み出しています。通常は、冷却することで安定した状態が保たれていますが、もし冷却が止まると燃料の温度が急上昇し、周囲の材料を溶かしてしまう恐れがあります。こうした事故を防ぐためには、高温に強く、安全性の高い燃料が欠かせません。その開発には、ウラン燃料が超高温になると、どのように姿を変え、周囲の材料とどんな化学反応を起こすのかを詳しく知ることが必要です。しかし、燃料と周囲の材料が溶けて反応するような超高温での反応を観察することは困難で、これまでは理論的に推測するしかありませんでした。
研究チームは大型放射光施設SPring-8(注1)において、3000℃を超える超高温下で起こる物質の変化をリアルタイムで観察できる新しい分析技術を開発しました。試料を超高温に保ちながらX線を照射し、リアルタイム分析により反応の瞬間を捉えて、物質が「溶ける瞬間」を直接確認します。今回、模擬核燃料を用いた実験を行い、周囲の材料が高温で溶け、冷え固まるまでのプロセスについて、直接かつ原子レベルで明らかにすることに成功しています。この成果は、より安全な核燃料の開発に貢献できるとともに、航空宇宙分野などで求められる超高温に耐える新規材料の開発への応用も期待されています。
本開発は、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長:小口正範、以下「原子力機構」)原子力科学研究所 物質科学研究センター 放射光科学研究グループの谷田肇技術主幹、小林徹研究副主幹、小畠雅明技術副主幹、福田竜生研究副主幹、国立大学法人福井大学(学長:内木宏延)附属国際原子力工学研究所の有田裕二教授、国立大学法人東京科学大学(理事長:大竹尚登、以下「Science Tokyo」)ゼロカーボンエネルギー研究所の伊藤あゆみ特任准教授、国立大学法人東北大学(総長:冨永悌二)金属材料研究所の小無健司特任研究員、国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長:小安重夫、以下「QST」)放射光科学研究センターの矢板毅研究員によるものです。
本開発成果は、令和7年10月に日本化学会欧文誌「Bulletin of the Chemical Society of Japan」にて発表されています。
原子炉の中では、核燃料が大量の熱を生み出しています。通常は水などの冷却材がその熱を取り除くことで、原子炉や燃料は安定した状態を保っています。しかし、何らかの原因で冷却がうまくいかなくなると、燃料の温度は急激に上昇し、燃料そのものやそれを包む被覆管が溶けたり、化学反応を起こしたりする恐れがあります。そのため、燃料の安全性を評価するには、「燃料が溶けるような超高温下で燃料や被覆管がどのように変化するのか」を詳しく理解することが欠かせません。従来の研究では、加熱した試料を室温まで冷却した後に分析を行い、どのような変化が起こったのかを推測しています。しかし、この方法では、「どの温度で、どのくらいの時間で」変化が進んだのかを正確に知ることは難しく、現象の本質に迫ることはできませんでした。
超高温下での変化をより深く理解するためには、物質や材料が実際に変化している瞬間に、原子レベルの微細な構造変化や酸化・還元といった化学状態の変化をリアルタイムに観察することが重要です。大型放射光施設SPring-8で作る放射光X線を利用すれば、X線回折(XRD)法(注2)で物質の構造変化を、X線吸収分光(XAFS)法(注3)で物質の化学状態の変化を観察することが可能です。XRD法やXAFS法は、これまでも高温実験に用いられてきましたが、3000℃に近い超高温領域では温度を安定して保つことが難しく、十分な観測結果を得ることは容易ではありませんでした。
そこで私たちの研究チームは、温度を安定して制御できる新しい薄型電極を備えた電気炉を開発しました(図1)。この装置では試料をしっかり保持したまま超高温での観察が可能となり、試料の変化をリアルタイムで観測することに成功していました(1)。
図1 大型放射光施設SPring-8に設置された電気炉
研究チームは、SPring-8の原子力機構専用ビームラインBL22XUにおいて、超高温状態でXRD法とXAFS法を同時に利用できる新しい分析システムを開発しました。
このビームラインでは、アンジュレータ(注4)という非常に強力なX線を作り出せる光源を利用できます。アンジュレータから、さまざまなエネルギーを含む白色X線をまず取り出して、X線分光器(注5)に照射します。このとき、X線分光器を動かして白色X線に対する角度を変えることで、特定のエネルギーのX線のみを取り出します。このX線分光器を高速に動かす技術を構築することで、数十秒毎の化学状態をXAFS法により連続写真のように測定しつつ、同時にXRD法による測定も行うことができる革新的なシステムを実現しています(図2)。
図2 試料に照射する単色X線を作るしくみ
さらに、試料を安定して超高温に保つことができる、厚さ0.5mmの薄型電極を備えた小型電気炉を組み合わせることで、試料が「溶け始める瞬間」から「反応が進む過程」までをリアルタイムで観察することに成功しました。試料サイズを最小限に抑えることで、密閉されたグローブボックス内に設置できるほど装置をコンパクト化しており、安全な環境下での実験を可能にしています。
開発したシステムを用いて、原子炉燃料である二酸化ウランを模した酸化セリウムに、被覆管材料であるジルコニウムと酸化ジルコニウムを加えた混合試料による試験を行いました。加熱しながら測定を行ったところ、約1500℃付近で、XAFS法によってジルコニウムと酸素の結合状態の変化が確認され、それとともに、XRD法によって酸化ジルコニウムの結晶構造の変化を確認することができました(図3)。
図3 (左)XAFS法によるジルコニウム原子(Zr)まわりの原子構造の変化、(中)XRD法による回折パターン、(右)室温および 1494℃ における酸化ジルコニウム(ZrO₂)の結晶構造
XAFS法測定(左)から、1494℃では室温と比べ酸素原子との結合(Zr–O)は弱まり、Zr同士の結合(Zr–Zr)が強まることが分かる。また、ZrO₂自身の結晶構造が変化していることもXRD法(中)で確認した。幅広い温度領域で短時間に詳細なデータを取得できたことで、構造変化の過程をより精密に議論できるようになった
この結果は、高温加熱過程において酸化ジルコニウムが構造変化を起こすとともに、酸化セリウムが酸化ジルコニウムへ固溶していく過程を、その場観察によって初めて明瞭に捉えた成果です。被覆管を構成するジルコニウムの高温領域における変性過程を見いだした点で、燃料と被覆管の反応メカニズムの理解に新たな手掛かりを与えています。また、本システムを用いて、金属ジルコニウムが酸化して酸化ジルコニウムとなり周りの酸化物と反応する様子を、2200℃を超える高温領域まで観測することにも成功しており、今後の原子力材料研究への幅広い応用が期待されます(2)。
SPring-8の原子力機構専用ビームラインでは、これまでウランを含む試料を数多く観察してきました。この経験を活かし、今後は実際に燃料に配合される二酸化ウランなどに対しても、溶けてから冷え固まるまでの一連の過程をリアルタイムで観察し、その生成のしくみや性質を理解して、燃料の安全性を高めていくことを目指します。さらに、本研究で開発した「超高温下リアルタイム観測技術」は、原子力分野にとどまらず、航空宇宙、鉄鋼などの極限環境に耐える新規材料開発にも応用可能です。私たちは、この技術を通じて、安全で持続可能な社会の実現に貢献していきます。
雑誌名:日本化学会欧文誌「Bulletin of the Chemical Society of Japan」
論文タイトル:Combined in situ quick X-ray absorption fine structure and X-ray diffraction systems for ultra-high temperature metal oxides
著者名:Hajime Tanida, Tohru Kobayashi, Tsuyoshi Yaita, Masaaki Kobata, Tatsuo Fukuda, Ayumi Itoh, Kenji Konashi, Yuji Arita
DOI:10.1093/bulcsj/uoaf088
(1)K. Niino, Y. Arita, K. Konashi, H. Watanabe, T. Yaita, H. Tanida, T. Kobayashi, K. Morimoto, M. Watanabe, Y. Miura, J. Nucl. Sci. Technol., 2024, 61, 733.
(2)A. Itoh, S. Matsuo, K. Yoshida, K. Konashi, R. Ikuta, K. Niino, Y. Arita, M. Kobata, T. Fukuda, T. Kobayashi, H. Tanida, T. Yaita, J. Synchrotron Rad., 2024, 31, 810.
<原子力機構>
谷田肇技術主幹:システム開発
小林徹研究副主幹、小畠雅明技術副主幹、福田竜生研究副主幹:実験、考察
<福井大学>
有田裕二教授:電気炉開発
<Science Tokyo>
伊藤あゆみ特任准教授:解析、考察
<東北大学>
小無健司特任研究員:考察
<QST>
矢板毅研究員:考察
本研究の一部は、原子力システム研究開発事業「人工知能(AI)技術を取り入れた核燃料開発研究の加速」(令和2年度~令和3年度、研究代表者:小無健司)および「核燃料の超高温その場観察技術の開発」(令和5年度~令和7年度、研究代表者:有田裕二)によって行われました。
発明の名称:試料加熱ホルダーとその使用方法
特許出願公開番号:特開2024-30202
出願人:東北大学、福井大学、原子力機構、国立研究開発法人産業技術総合研究所
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す施設で、国立研究開発法人理化学研究所が運営しています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来します。放射光とは、電子を光に近い速度まで加速し、磁場によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波のことです。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジーから産業応用まで幅広い研究が行われています。
結晶性の物質にX線を照射した際、周期的に配列した原子により散乱されたX線が特定の方向で干渉し強め合う回折現象を観測し、結晶構造を調べる実験手法です。
物質にX線を照射した際に吸収される量のエネルギー依存性を観測する実験手法です。特に元素ごとの吸収量変化を調べたものはX線吸収微細構造(X-ray Absorption Fine Structure)と呼ばれ、酸化状態などの化学的情報や元素の周囲の局所構造が得られます。
SPring-8の装置の一つで、電子の通り道にある周期的に並んだ磁石列のことです。磁石列の中を電子が蛇行して進むことで、強力なX線が発生します。
さまざまなエネルギーを持ったX線の中から、特定のエネルギーのX線だけを抜き出す装置です。シリコンなどの結晶による反射を利用しています。