2026年1月7日
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近年、自発的な磁化を持たない反強磁性体は、耐磁場性などの利点から次世代デバイスへの応用が期待されています。現在の開発の主流は、磁化を持つ強磁性体と同様に時間反転対称性のみが破れた反強磁性体です。一方、空間反転対称性も同時に破れる特殊な反強磁性体では、強磁性体とは全く異なる電子状態となるため、新原理の電気伝導が予言されていましたが、実験的な証拠はこれまで得られていませんでした。
東北大学金属材料研究所の酒井英明教授(研究開始時:大阪大学大学院理学研究科)、宮本雄哉氏(研究当時:大阪大学大学院理学研究科)、日本原子力研究開発機構の木俣基研究副主幹(研究開始時:東北大学金属材料研究所)らは、時間・空間反転対称性のいずれも持たない反強磁性体SrMnBi2において、均一な電子の動きやすさ(電子状態)が電流により液晶のように特定の方向へ偏って歪むという新現象を、電気抵抗のダイオード的な成分として初めて検出することに成功しました。さらに、反強磁性パターンを電流と磁場で制御することでダイオード特性の極性反転にも成功しました。このスイッチング可能な現象は、革新的なメモリや整流素子としてエレクトロニクス応用が期待されます。
本成果は、2026年1月7日10:00(英国時間)に科学誌Nature Communicationsにオンライン掲載されました。
なお本成果は、東京大学大学院理学系研究科の渡邉光助教(当時、現:北海道大学工学研究院)、京都大学大学院理学研究科の栁瀬陽一教授、大阪大学大学院理学研究科の越智正之准教授、近藤雅起大学院生(当時、現:東京大学物性研究所)、村川寛助教、花咲徳亮教授との共同研究によるものです。
自発的な磁化を持たない反強磁性体は漏れ磁場の影響がなく、高速・低消費電力・高耐性を備えた磁気デバイス材料として注目されています。反強磁性体において強磁性体と同等の機能を発現させるには、電子状態にスピン分裂を生じさせる時間反転(T)対称性の破れが必要です。通常の反強磁性体では隣り合うスピンが交互に上下反対向きに揃うためT対称性は破れませんが、特殊な結晶構造を持つことでT対称性が破れる反強磁性体が近年発見され、現在盛んに研究されています。
これに対し、空間反転(P)対称性も同時に破れる反強磁性体は種類が限られ、物質探索も物性研究も発展途上でした。このようにPとTの両対称性が破れる反強磁性体では、PとTの積であるPT対称性が保存するため「PT対称反強磁性体」と呼ばれます。この系の電子状態は、従来の強磁性体とは全く異なり、スピン分裂が生じない一方で運動量空間において非対称となるため、様々な革新的な機能が予想されてきました。その一つが、電流印加によって電子状態が等方的な状態から異方的な電子液晶(ネマティック)状態へ歪む現象です(図1(a))。この現象は強誘電体におけるピエゾ効果の磁性金属版といえますが、これまでは微小な結晶サイズ変化としてしか観測されていませんでした。金属である利点を活かし、これを電気伝導として観測できれば、従来にない非線形エレクトロニクス機能が可能となるため、その実験的検証が急務でしたが、理想的な物質も測定手法も明確ではありませんでした。
図1. (a) PT対称磁性体の電子状態(フェルミ面)の概念図。電流印加によりフェルミ面がシフトし、系全体で面内方向に歪んだ電子ネマティック液晶状態が実現する。(b) SrMnBi2の結晶構造の模式図(左)。四面体に囲まれたMnサイトがPT対称反強磁性秩序を示す。二次元Bi層のディラック電子が形成する電子ポケットの概念図(右)。層間方向の電流により、面内で等方的な4回対称から異方的な2回対称(ネマティック状態)となる。
研究グループは、PT 対称反強磁性体層とディラック電子層が交互に積層した物質 SrMnBi₂ に着目しました(図1(b))。本物質の PT 対称反強磁性層(Mn–Bi 層)は絶縁体的ですが、高い金属伝導性を示すディラック電子を有する 二次元Bi層が上下から挟むことで、混成効果によりディラック電子状態が運動量空間で非対称となります。ディラック電子は固体中にもかかわらず相対論的運動方程式に従い、高い易動度を持つため、わずかな電子状態の歪みでも大きな電気抵抗変化を示します。この性質が、今回の電流による電子液晶化の検出に有利に働きました。
研究では、電流密度を高めるため純良単結晶を微細加工した素子を用いました(図2(a))。電流を層間方向に流すと、層内方向のディラック電子状態が歪むことが理論的に予想されます。電流を流さない場合、ディラック電子は図1(b)に示すように 4 つの等価な電子ポケット(注6)として表されますが、電流を流すとポケット A と B の大きさが逆方向に変化し、等方的状態から液晶のような異方的状態へと歪みます。研究グループは、磁場を層内方向で回転させながら電気抵抗(異方的磁気抵抗効果:AMR効果(注7))を測定することで(図2(b)参照)、この電子液晶状態の検出を試みました。
図2(c) は交流電気抵抗の磁場方向依存性を示しています。上パネルは基本波成分(線形成分)で、90度周期性を示し、電流がない状態で4つの電子ポケットが等価であることを反映しています。一方、下パネルは二倍波成分(非線形成分)で、電流がない状態では等価である0度と90度でシグナルがそれぞれ山と谷となり、180度周期へと変化していることがわかります。これは電流によりAとBの電子ポケットのサイズが非等価になっていることに対応します。この印加電流に比例する抵抗の非線形成分はダイオードと同じ特性を示すため、磁場方向に応じてダイオードの極性(山か谷か)が変化していることを意味します。このように電流による電子液晶化を AMR効果 のダイオード成分として初めて観測しました。
さらに、PT 対称反強磁性の秩序パターンを電流および磁場により変化させることで、ダイオード極性を反転させることにも成功しました(図3)。通常のダイオードは p/n接合で形成されるため、このような外部からの極性制御は原理的に不可能ですが、今回の現象は磁気秩序に起因しているため可能となり、従来にないデバイス応用が期待されます。
図2. (a) 測定に用いた単結晶を微細加工した素子。電流が流れる領域の幅は、髪の毛の太さの 1/20 以下である。(b) 異方的磁気抵抗効果(AMR効果)の測定法の概念図。(c) SrMnBi2において交流法で測定したAMR効果の実験データ。通常の電気抵抗に対応する線形成分は 4 回対称を示す(上パネル)。一方、非線形成分(ダイオード成分)は、電流による電子ネマティック化のため A と B の電子ポケットが非等価となったことを反映し、2 回対称を示す(下パネル)。グラフ上部の模式図は、磁場方向と各電子ポケットの関係を表す。
図3. AMR 効果におけるダイオード成分の極性スイッチを示すデータ。室温から、電流と磁場を印加した状態で試料を冷却することで、ダイオード成分の極性(山と谷の位置)が初期状態から反転する。これは、Mn の 反強磁性パターンを制御できることを示している(右の概念図)。
現在スピントロニクス応用を目指し、強磁性体と同等の機能を持ちながら、外乱に強く高速動作が可能なT対称性が破れた反強磁性体が精力的に研究されています。一方、PT 対称反強磁性体は強磁性体とは全く異なる電子状態を有し、磁場方向により極性が変化するダイオード効果(非線形伝導)を示し、そのスイッチングも可能であることが今回初めて実証されました。こうした新しい機能を利用することで、従来よりも高機能なメモリデバイスや磁気センサー、整流素子の設計が可能となると期待され、反強磁性スピントロニクスの新たな研究分野の確立につながる成果です。
本研究は、JSPS科研費(JP22H00109, JP22K18689, JP23H00268, JP23H04862, JP23H04014, JP23H04868, JP23KK0052, JP22H04933, JP23K22447, JP21H05470, JP24H01622)の支援を受けて実施しました。また、掲載論文は『東北大学 2025 年度オープンアクセ ス推進のための APC 支援事業』の支援を受け Open Access となっています。
空間反転対称性とは、上下・左右を反転させても結晶構造や磁気的性質が変わらない対称性のこと。時間反転対称性とは、時間の流れを反転させても磁気的性質が変わらない対称性のこと。磁化は渦電流が作る「磁場」とみなせるため、時間反転操作によりその向きが反転する。このため、自発磁化をもつ強磁性体では、時間反転対称性が破れる。
隣り合う磁性元素のスピンが互いに逆向きに秩序しており、自発磁化を持たない磁性体のこと。時間反転操作により個々のスピンの向きが反転しても、全体として打ち消し合う様子は変わらないため、通常は時間反転対称性が保存される。
特殊な結晶構造をもつ物質において、相対論的なディラック方程式により運動が記述される電子(伝導キャリア)のこと。このような電子は、通常の金属や半導体での伝導キャリアと比べて桁違いに高い易動度を示すなど、優れた電気伝導性を有する。
通常、オームの法則により電圧は電流に比例し、その比例係数である抵抗は電流の向きを変えても不変である。しかし、電流による状態変化が無視できない物質では、電圧が電流の一次だけでなく、二次に比例する非線形成分を持つようになる。この非線形成分に由来する抵抗は、電流の向きを変えると符号反転するため、ダイオードと同等の特性となる。
空間的な位置秩序は持たずに、一方向に配向秩序を持つ状態のこと。ネマティック液晶では、異方的な分子がランダムに分布しつつ、分子の方向がそろっている。今回のディラック電子は、位置秩序のない金属のまま、電流により一方向に電子ポケットが歪んでいる。
伝導に寄与する電子が集まる運動量空間の谷(バレーとも呼ばれる)。その形状やサイズにより、物質の電気伝導の性質が決定される。
磁場の向きに応じて電気抵抗が変わる現象。磁気センサーやハードディスクなどで広く応用されている効果。
タイトル:Transport evidence of current-induced nematic Dirac valleys in a parity-time-symmetric antiferromagnet
著者: H. Sakai*, Y. Miyamoto, M. Kimata, H. Watanabe, Y. Yanase, M. Ochi, M. Kondo, H. Murakawa, N. Hanasaki
*責任著者:東北大学金属材料研究所 教授 酒井英明
掲載誌:Nature Communications
DOI:10.1038/s41467-025-67229-y