令和7年12月22日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
図1 開発した237Np自動分析システムの概念図
廃炉作業や放射性廃棄物の処理・処分では、放射性核種の種類と量の正確な分析が必要不可欠です。とりわけ寿命が長く、微量でも健康・環境影響の大きいアクチノイド[1]の分析は重要です。アクチノイドの分析法として、分析対象の原子の質量を測定する「誘導結合プラズマ質量分析法(ICP-MS)」が普及しています。しかし、この分析法は煩雑な試料の前処理が必要で、信頼できる分析値を得るまでに数日を要しています。
そこで研究チームは、アクチノイドの中でも分析が難しいネプツニウム-237(237Np)[2]に焦点を当てて自動分析システムを開発しました。分析装置には標準的なICP-MSより高性能な「誘導結合プラズマ-タンデム四重極質量分析器(ICP-MS/MS)」を採用し、自動で試料の状態を調整する前処理部を独自に構築、連携させています(図1)。前処理部に試料を流しながら、その流路で237Npを他の元素との分離に適した状態へ変換(図1「電解」)した後、237Npを分離・濃縮(図1「粗分離」)してからICP-MS/MSに導入します。さらに、分析装置でも一酸化窒素などのガスとの反応性の違いを利用して選別することで(図1「精密分離」)、非常に高い選択性で237Npを検出することを可能にしました。(特許出願済み:特願2025-151958 アクチノイドの元素分析システム)
この自動分析システムの性能を確認するため、237Npの正確な分析を阻害することが知られているウラン-238(238U)を多量に含む試料で試験を行いました。例えば、使用済み燃料由来の汚染がある廃棄物では、237Npに対して238Uが多く含まれます。開発した分析システムを使うことで、237Npに対して238Uが27万倍含まれていても237Npの正確な定量が可能であることを確かめました。1試料あたり25分で測定し(従来法の4日に比べて約1/100に短縮)、1 mLの試料に含まれる0.1ピコグラム(塩粒1個分(0.1ミリグラム)の10億分の1)の237Npを検出できる性能を実現しました。システム全体は放射性物質を閉じ込める設計となっていて、コンピュータ制御による自動運転ができるので、分析作業員の被ばくや汚染リスクを低減することもできます。
私たちが開発したこの技術は、廃炉現場の迅速な確認や放射性廃液の工程管理を加速し、人手と時間、コストの大幅な削減に寄与します。
本研究は、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 小口正範)原子力科学研究所原子力基礎工学研究センター 原子力化学研究グループの柳澤華代研究員、岡壽崇研究主幹、北辻章浩研究主幹、福島廃炉安全工学研究所廃炉環境国際共同センター 廃炉マネジメントグループの松枝誠研究副主幹によるものです。
本成果は、放射化学に関する国際科学誌「Journal of Radioanalytical and Nuclear Chemistry」のオンライン公開版(2025年12月5日)に掲載されました。
放射性物質を含む廃棄物(燃料デブリ、使用済み燃料、高レベル放射性廃棄物など)を安全かつ効率的に処理・処分するためには、それらが含有する放射性核種の種類と存在量を正確に把握することが不可欠です。特に、アクチノイドは半減期が長く、人体や環境へ与える影響が大きいことから、優先的に分析すべき放射性核種です。東京電力福島第一原子力発電所の廃炉の進展に伴って、分析ニーズは一層高まっています。
アクチノイドの分析には質量分析法[3]が広く用いられ、なかでも誘導結合プラズマ質量分析法(ICP-MS)は他の質量分析法と比べて初期コストが比較的安く、操作が簡便で汎用性が高いため、多くの分析機関で採用されています。
ICP-MSとは、試料溶液中に含まれる元素を高温のプラズマによってイオン化した後、各イオンのm/z[4]に基づいて分離(質量分離)して測定する方法です。近年は、質量分離するための四重極を2つ以上備えた、より高性能なICP-MS/MSも普及しています。しかし、ICP-MSは分析対象イオンに近接したm/zを持つイオン(妨害イオン)を装置内で十分に識別できないため、測定前に妨害イオンを除去する必要があります。一方で、アクチノイドは酸化数[5]で示される化学的状態の幅が広く、煩雑で時間のかかる化学操作が必要となり、分析全体には数日を要します(1)。作業の多くは人の手によるもので、被ばくや汚染のリスクが伴うことから作業者には高度に熟練したスキルが求められます。他の産業分野も同様ですが、社会の高齢化が進展する中で、原子力分野の分析についても技術継承が課題として認識されています。
このように増大する分析ニーズに対し、分析の所要時間や煩雑さ、人材育成の困難さがボトルネックとなっていることから、分析技術の迅速化・簡便化・スキルフリー化が強く求められています。
分析工程の多くが手作業に依存する現状の解決策として、研究チームは「オンライン固相抽出/ICP-MS」(2)-(4)に着目しました。この手法は、カラムに詰めた固相抽出剤[6]を用い、送液ポンプやスイッチングバルブ、ICP-MSとつなぎ合わせることにより、固相抽出から測定までを連続的に処理します。各工程はコンピュータ制御により自動化され、作業者が手を動かさずとも、迅速・簡便かつ高い再現性で分析値を得ることができます。しかし、同一元素なのに多様な酸化数の状態で存在するアクチノイドに対して、さまざまな酸化数を一括して処理できる固相抽出剤はなく、分析開始前に酸化数を揃える必要があります。また、従来の還元試薬を混合する方法では自動化は困難で、オンライン固相抽出/ICP-MSをアクチノイド分析に適用するには、還元試薬を用いない酸化数の制御が求められていました。
これまでに研究チームでは、アクチノイドを固相抽出に適した酸化数へと簡便に制御する技術開発に取り組んできました(5)。この技術は、白金微粒子でめっきしたカーボン電極(白金修飾グラッシーカーボン作用電極(Pt/GC-WE))に一定の電気を流すことで、アクチノイドの酸化数を変化(電解還元[7])させることができます。還元試薬を用いる方法と比べ、電気処理なので環境負荷が少ないクリーンな反応という特長があります。この電解還元を連続処理可能な技術に改良すれば、オンライン固相抽出/ICP-MSと組み合わせることが可能になります。
こうした背景を踏まえ、研究チームはアクチノイド分析の迅速化・簡便化・スキルフリー化の実現を目指して、Pt/GC-WEによる電解還元とオンライン固相抽出/ICP-MSを統合し、アクチノイド分析に特化した自動分析システムの開発を開始しました。
本研究では、アクチノイドの中でも分析が困難とされるネプツニウム-237(237Np)に着目し、自動分析システムの開発を目指しました。237Np分析で注意すべき点はウラン-238(238U)の影響です。 238Uは使用済み燃料では237Npの数千倍、環境試料中では数百万倍も多く含まれることがあります(6)(7)。238Uが大量にあると、装置内で237Npの信号に238Uの信号が余分に計数され、正確な分析値を得ることができません。237Npを正しく測定するため、妨害物質である238Uをどのように除去するかが肝心です。
質量分析器で測定する前に、固相抽出剤を用いてNpだけを分離します。しかし、Npは3価から7価までの酸化数を持つので、固相抽出剤に吸着しやすい4価の状態に揃える必要があります。そこで、研究チームはPt/GC-WEによる電解還元を応用し、Npをオンラインで4価に変換する「フロー電解還元」技術を開発しました。試料溶液をフロー電解セルに通すだけで、余分な廃試薬を出さずにNpを4価に調整できます(図2)。
図2 フロー電解還元によるNpの酸化数制御の結果
Npは通常5価で存在し、フロー電解セル(左)に通すと4価に変換される。変換割合は最大99%だった
次に、フロー電解還元を組み込んだ自動分析システムを製作しました(図3)。このシステムでは、試料溶液は、フロー電解セルと固相抽出で前処理された後、誘導結合プラズマ-タンデム四重極質量分析装置(ICP-MS/MS)に入ります。4価のNpの吸着・溶出は、TEVAレジン[8]を詰めたカラムを用いて、スイッチングバルブを切り替えて制御します。UはTEVAレジンに吸着されずに排液されますが、Uがあまりに多い試料では、一部が除去しきれずにNpとともにICP-MS/MSへ入ってしまう可能性があります。
図3 自動分析システムの流路の外観(左)と概略図(右)
そこで、本システムは分析装置内でもUをさらに除去できるように、質量分離とガス反応を利用した「マスシフト法」による分離スキームを備えています(図4)。ICP-MS/MSの質量分離部は、ダイナミックリアクションセルと、それを挟みこむように2つの四重極が配置されています。1つ目の四重極はm/z 237のみ、2つ目の四重極はm/z 253のイオンのみが通過するように設定し、ダイナミックリアクションセルには一定量のガス(ここでは一酸化窒素(NO))を流しておきます。プラズマによってイオン化した237Np+(m/z 237)は、1つ目の四重極を通過した後、NOと反応して237Np16O+(m/z 253)になり、2つ目の四重極を通過して、検出されます。一方、238U+(m/z 238)は1つ目の四重極を通過できず、ごくわずかに通過したとしても238U16O2+(m/z 270)になり、2つ目の四重極を通過できず、除去されます。固相抽出とこの分離スキームを組み合わせることで、237Npの27万倍のUが存在したとしても分離が可能です。
図4 ICP-MS/MSで質量分離とガス反応を利用して237Npと238Uを分離検出する仕組み
実際の放射性廃液に237Npを添加した試料を分析した結果、正確に定量できることを確認しました(図5)。分析にかかる時間は1試料あたり約25分で、従来法(4日(1))と比較して約1/100まで削減できました。本手法の237Np検出限界は3.6 mBq/L(= 0.1 ng/L)と、極微量でも測定可能です。システムは準閉鎖系かつコンピュータ制御で動作するため、手作業を減らし、作業者の被ばくと汚染リスクの低減につながります。
図5 237Npを添加した放射性廃液試料の分析試験の結果
放射性廃液試料への237Np添加量を変えながら分析を行った。いずれでも期待値(黒)に対して分析値(赤)はよく一致し、237Npを正確に分析できたことを示す
開発したシステムはフロー電解還元とオンライン固相抽出、ICP-MS/MSを一体化して制御し、極微量のアクチノイドを分析できる点に新規性があることから、特許(特願2025-151958 アクチノイドの元素分析システム)を出願しました。
今回、本システムは237Np分析向けに最適化しましたが、Pt/GC-WEによるフロー電解還元はプルトニウムなどの価数調整にも有効であることから(5)、将来的には237Np以外の分析にも適用できると考えられます。本成果は、廃炉現場での迅速スクリーニングや放射性廃液の工程管理などへの展開が見込まれ、分析の人的・時間的負担の軽減と分析コストの削減にも貢献します。
また、本システムを構成するICP-MS/MSは元素周期表上のほとんどの元素について分析が可能で、普及している機器です。今後、原子力分野に限らず、医学・薬学、材料科学、食品、地球化学などの幅広い分野で、多検体の連続測定や迅速スクリーニング分析法としての活用が期待されます。
雑誌名:Journal of Radioanalytical and Nuclear Chemistry
論文名:Automated flow electrolysis coupled with solid-phase extraction and ICP-MS/MS for rapid determination of neptunium-237
著者名:Kayo Yanagisawa1, Makoto Matsueda1,2, Toshitaka Oka1, Yoshihiro Kitatsuji1
所属:1日本原子力研究開発機構 原子力科学研究所 原子力基礎工学研究センター、2日本原子力研究開発機構 福島廃炉安全工学研究所 廃炉環境国際共同センター
DOI:10.1007/s10967-025-10607-z
日本原子力研究開発機構 原子力科学研究所 第4研究棟
(1) 亀尾, 島田,石森, 原賀, 片山, 星, 中島, “研究施設等廃棄物に含まれる放射性核種の簡易・迅速分析法(分析指針)”, JAEA-Technology 2009-051
https://doi.org/10.11484/jaea-technology-2009-051
(2) Y. Takagai et al., Anal. Methods, 6, 355-362 (2014).
https://doi.org/10.1039/C3AY41067F
(3) M. Matsueda et al., ACS Omega, 6, 19281-19290 (2021).
https://doi.org/10.1021/acsomega.1c02756
(4) K. Yanagisawa et al., Talanta, 244, 123442 (2022).
https://doi.org/10.1016/j.talanta.2022.123442
(5) Y. Kitatsuji et al., Electrochim. Acta, 74, 215-221 (2012).
https://doi.org/10.1016/j.electacta.2012.04.055
(6) 安藤, 高野, “使用済軽水炉燃料の核種組成評価”, JAERI-Research 99-004
https://doi.org/10.11484/jaeri-research-99-004
(7) N. Qin et al., J. Environ. Radioact., 271, 107328
https://doi.org/10.1016/j.jenvrad.2023.107328
本研究の一部は、科学研究費助成事業(Grant No: 24K23110)の助成を受けたものです。
原子番号89のアクチニウムから原子番号103のローレンシウムまでの計15元素の総称で、全てが放射性核種。このうち、トリウム、プロトアクチニウム、ウランは自然界に存在し、ネプツニウムなど12元素は人工元素ともいわれる
原子炉でウラン-238が中性子を吸収後、ベータ線を放出して生成される。半減期が約214万年と長いため、使用済み燃料の再処理などで重要な分析対象核種となっている
試料中の原子や分子をイオン化し、そのm/zを測ることで、含まれる物質の同定や濃度測定を行う方法。誘導結合プラズマ質量分析(ICP-MS)では、原子・分子のイオン化にプラズマを用いる。誘導結合プラズマ-タンデム四重極質量分析(ICP-MS/MS)はイオン化した原子・分子を質量でふるい分ける分析計が2箇所あり、測定データの精度が高い
相対質量電価数比。イオンの質量を統一原子質量単位で割って得られる「相対質量」を、イオンの電荷数で割って得られる無次元量。質量分析法におけるイオンの重さに相当する
化合物やイオンを構成している原子が、電気的に中性な原子と比べて、電子を何個失ったのか、あるいは電子を何個余分に受け取ったのかを示す数値。原子によって酸化数を取りうる幅は異なる
固相抽出(法)は、化学修飾されたシリカゲルやポリマーなどの固体の機能性材料を利用し、水溶液中の目的物質と不純物を物理的または化学的な性質に基づいて分離・濃縮する操作。固相抽出剤はそのために用いられる固体材料を指す
水溶液の電気分解で起こる還元反応
Eichrom Technologies社(米国)の製品で、4価のアクチノイドなどの分離に用いる固相抽出剤