令和7年12月18日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
国立大学法人横浜国立大学
国立大学法人大阪大学

原子力技術で実現!白金族元素を「イオンのペア」で抽出・分離
―都市鉱山からの効率的な白金族元素リサイクルに活路―

【発表のポイント】

図1 開発したPd・Ru・Rhの「イオン対抽出」による分離法

【概要】

白金族元素[1]のパラジウム(Pd)、ルテニウム(Ru)、ロジウム(Rh)はハイテク製品や環境対策に欠かせない元素ですが、資源量が少なく産出国も偏在しているためリサイクルがますます重要になっています。ところが、これらの金属をきれいに分けて回収するためには複数の技術を組み合わせた複雑な処理が必要でした。

そこで研究チームでは、溶媒抽出法のみで完結するシンプルな分離方法を新たに開発しました(図1)。放射性物質の分離のため開発していた抽出剤[2]を応用し、白金族元素を「イオンのペア」にして取り出す「イオン対(つい)抽出」という仕組みを使うことで、白金族元素を効率よく1種類ずつ分離することができます。

特に、これまで選択的な抽出・分離が難しかったルテニウムについて、従来の10倍もの効率を達成したことは本研究の大きな成果です。この技術は、都市鉱山と呼ばれる使用済み製品からの資源回収にも役立ち、持続可能な社会づくりに貢献することが期待されます。

本研究は、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 小口正範、以下「原子力機構」)原子力科学研究所原子力基礎工学研究センター 原子力化学研究グループの佐々木祐二博士、熊谷友多グループリーダー、国立大学法人横浜国立大学(学長 梅原出)大学院環境情報研究院の松宮正彦教授、国立大学法人大阪大学(総長 熊ノ郷淳)大学院理学研究科の金子政志講師の共同研究によるものです。

本成果は、湿式精錬に関する国際科学誌「Journal of Molecular Liquids」のオンライン公開版(2025年12月6日)に掲載されました。

【これまでの背景・経緯】

原子力発電で利用した使用済み燃料は、再処理でウランとプルトニウムを回収し、もう一度発電燃料に利用することが我が国の核燃料サイクルの基本的なコンセプトです。この核燃料サイクルに関する研究開発を原子力機構は続けてきました。使用済み燃料には核分裂反応で生じたさまざまな元素(核分裂生成元素)が含まれ、これらは再処理工程で発生する高レベル放射性廃液の中に残ります。核分裂生成元素の中には、長期間にわたって放射線を出す核種や放射能が高くて多くの熱を発する核種、有効活用の可能性のある核種もあります。こうした核種の特徴に応じて分別、合理的な放射性廃棄物の処分や有用元素の回収を目的とした研究が進められています。今回研究の対象とした3種類の白金族元素も核分裂生成元素で、高レベル廃液に含まれます。

本研究では放射性核種の分離のために原子力機構が開発した「TDGA」、「MIDOA」、「NTAアミド」という抽出剤を使って、Pd、Ru、Rhを抽出・分離する方法を研究しました。硝酸溶液として存在する高レベル廃液から白金族元素を分離する技術開発と比べ、本研究では産業利用を見据えて白金族元素を溶解する際に一般的に使われる塩酸の溶液を対象とすることが技術的に大きく異なる点であり、高い分離性能の達成に重要な役割を持ちます。

【今回の成果】

白金族元素の中でもRuとRhは、産業界でも溶媒抽出技術[3]では十分に高い効率が得られていない状況で、より高性能な分離法の開発が望まれています。本研究では、酸性の条件で陽イオンとなる抽出剤を用いることで、白金族元素と塩酸とで形成される陰イオンとペアになって抽出される反応「イオン対抽出」を起こすことを確認し、優れた性能を発揮することを見いだしました。図2にイオン対抽出の概念図を示します。これにより、白金族元素の分離・抽出のめどが立ちました。

図2 陰イオン(Ru)と陽イオン(NTAアミド)が対となって抽出される「イオン対抽出」の概念図

イオン対抽出の利用はRhに対しては提案されていましたが(1)、本研究ではPdとRuでも同様の反応が利用できることを明らかにしました。白金族元素の溶媒抽出は反応が進むのに時間がかかることも課題の一つでしたが(2)、このイオン対抽出反応は白金族以外の元素と同等程度の速度で進み、応用面でも十分に利用が期待できます。イオン対抽出を効率よく起こすため、溶液を予め一度加熱して白金族元素と塩酸を反応させる簡便な方法で、陰イオン化の促進を試みました。白金族元素と塩化物イオンとの結合の状態を分析しつつ、溶媒抽出の実験を行った結果、大幅に抽出効率[4]が上昇することを世界で初めて見いだしました。特にRuの抽出効率は事前加熱処理とイオン対抽出の相乗効果で、従来法の10倍程度の抽出効率を実現しました(図3)。

図3 抽出反応によりRuの発色が移動する様子(左)と抽出効率の既往研究との比較(右)

Ru抽出剤の種類 本法:MIDOA,1:マロンアミド(3),2:Alamine 336(4),3:Aliquat 336(4),4:Cyanex 921 (4),5:Alamine 300(4),6:TOA+DHS(5)

※ 実験条件が厳密には揃っていないデータの比較のため、詳細は参考文献を参照してください

溶媒抽出を使って白金族元素3種類をそれぞれ別々に水溶液に取り出す方法も考案し、実験で確かめました。3種類の白金族元素のうち、Pdは硫黄を含む抽出剤「TDGA」によって最初に分離することができました。次に、RuとRhですが、Ruの方に強く反応する抽出剤として「MIDOA」を選定することができました。これを利用してそれぞれ別々に分離が可能となります。残るRhについても「NTAアミド」による抽出が有効でした。これらの抽出剤はいずれも、核燃料サイクル研究を通じて原子力機構が開発した抽出剤です。

抽出した白金族元素を水溶液に戻すための条件についても明らかにしました。白金族元素を逆抽出[5]して水溶液に戻しておけば、抽出剤は何度も再利用することができます。また、水溶液にした白金族元素は、その後の用途に応じて金属や酸化物に加工することが容易となります。Pdの逆抽出は従来法で可能でしたが、RuとRhの逆抽出は簡単ではありません。本研究の方法で抽出剤を含む油相に抽出したRuとRhは、エチレンジアミンという試薬を使うことで逆抽出ができることを確認しました(図4)。本研究の結果を総合して、3種類の白金族元素を別々に抽出し、水溶液に戻すまでのプロセスを提案しました。

図4 逆抽出によりRuの発色が移動する様子(左)と逆抽出効率の既往研究との比較(右)

逆抽出の水溶液 本法:エチレンジアミン,1:炭酸ナトリウム(6),2:クエン酸(6),3:チオシアン酸ナトリウム(6),4:アスコルビン酸+塩酸(7),5:塩酸(4),6:塩化ナトリウム(4)

※ 実験条件が厳密には揃っていないデータの比較のため、詳細は参考文献を参照してください

【今後の展望】

本成果は一般産業界での利用が十分期待できます。PdとRhは自動車の排ガス触媒として、Ruはパソコンのメモリーなどで利用されており、廃棄物からの回収と再資源化が強く推奨され、法整備も進められている状況にあります。産業界で提案される方法はRuを酸化物として回収し、他の分離法と併用しなければならないなど手順が複雑で(8)、回収後の取り扱いも容易ではありません。一方、本成果は溶媒抽出技術を使って各元素を水溶液として取り出すシンプルな方法で、分離した白金族元素も加工が容易です。都市鉱山からの白金族資源リサイクルへの貢献へ向けて、スケールアップや実試料への適用試験を進め、応用面での課題を一つずつ洗い出して取り組んでいきます。

【論文情報】

雑誌名:Journal of Molecular Liquids

論文名:Mutual separation of Ru, Rh, and Pd via reflux-assisted extraction and reverse-extraction using ion-pair and solvation with S- and amino-N-donor reagents

著者名:Yuji Sasaki1, Masashi Kaneko2, Masahiko Matsumiya3, Yuta Kumagai1

所属:1日本原子力研究開発機構原子力科学研究所原子力基礎工学研究センター、2大阪大学大学院理学研究科化学専攻、3横浜国立大学大学院環境情報研究院人工環境と情報部門

https://doi.org/10.1016/j.molliq.2025.129013

【各機関の役割】

  1. 日本原子力研究開発機構:
    計画・実験・執筆(佐々木)溶媒抽出反応の議論(佐々木・熊谷)
  2. 大阪大学大学院理学研究科:
    溶媒抽出反応の議論・白金族元素の塩化物錯体形成の議論(金子)
  3. 横浜国立大学大学院環境情報研究院:
    白金族元素の塩化物錯体形成の議論・白金族元素の回収の議論(松宮)

【研究開発実施施設】

日本原子力研究開発機構 原子力科学研究所 第4研究棟

【参考文献】

(1)H. Narita et al., Solvent Extr. Ion Exch., 33, 407–417 (2015).
https://doi.org/10.1080/07366299.2015.1012883

(2)鈴木他、日本金属学会誌, 85 (8) 305-315 (2021).
https://doi.org/10.2320/jinstmet.JA202104

(3)P. Malik & A. P. Paiva, Solvent Extr. Ion Exch., 29, 176–189 (2011).
https://doi.org/10.1080/07366299.2011.539463

(4)S. Kedari et al., Sep. Sci. Technol., 40, 1927-1946 (2005).
https://doi.org/10.1081/SS-200064551

(5)T. Suzuki et al., Solvent Extr. Res. Dev. Jpn., 27, 57-62 (2020).
https://doi.org/10.15261/serdj.27.57

(6)S. Panigrahi et al., Sep. Sci. Technol., 49, 545-552 (2014).
https://doi.org/10.1080/01496395.2013.850509

(7)E. Goralska et al., Solvent Extr. Ion Exch., 25, 65–77 (2007).
https://doi.org/10.1080/07366290601067820

(8)芝田他、資源と素材, 118, 1-8 (2002).
https://www.jstage.jst.go.jp/article/shigentosozai/118/1/118_1_1/_pdf

【助成金の情報】

本研究による成果は、科学研究費助成事業(Grant No: 23H02002、白金族金属の高効率回収に向けた新規イオン液体系抽出-電解技術の開発)から一部助成を受けました。

【用語の説明】

[1]白金族元素

ルテニウム(Ru)、ロジウム(Rh)、パラジウム(Pd)、オスミウム(Os)、イリジウム(Ir)、白金(Pt)の総称で、これらは互いに似た性質を持ち、化学的に安定で触媒として有用な貴金属です。使用済み燃料に含まれる白金族は主にRuとRh、Pdです。

[2]抽出剤

溶媒抽出で目的の金属を油相に溶けやすくするために使う試薬。本研究ではPd用の抽出剤としてチオジグリコールアミド(TDGA)、逆抽出にはチオ尿素を、Ru用の抽出剤としてメチルイミノジオクチルアセトアミド(MIDOA)、逆抽出にはエチレンジアミンを、Rh用の抽出剤としてニトリロトリアセトアミド(NTAアミド)を、逆抽出にはエチレンジアミンを使って実験を行いました。

[3]溶媒抽出技術

水と油のように混ざり合わない2種類の液体を使って、金属元素などの回収したい成分を分離する方法のこと。この方法では、成分がどちらの液体に溶けやすいか(分配)を利用します。化学実験から工業的な金属の精製まで、幅広い分野で利用されています。

[4]抽出効率

本稿では、抽出の効率として溶媒抽出操作を行った後に、水溶液に残った金属イオンの濃度を分母に、油相に移った金属イオンの濃度を分子にした比を使っています。溶媒抽出の技術分野では「分配比」と呼ばれる数値です。また油相から水溶液に戻す逆抽出の効率については、比を逆転させて、油相に残った金属イオンの濃度を分母に、水溶液に移った金属イオンの濃度を分子にした比を効率として使っています。

[5]逆抽出

溶媒抽出の操作の中で、一度油相に取り出した成分を、水溶液を使って取り出すことを逆抽出と呼びます。本研究では、白金族元素を水溶液に戻す操作で、この方法で必要な成分だけをきれいに集めることができます。

戻る