令和7年10月17日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
高レベル放射性廃液から約0.3グラムのマイナーアクチノイド※1を焼却処分可能な抽出剤を用いて分離し、開発したプロセスの有効性を実証しました。マイナーアクチノイドの分離に関する研究は諸外国でも行われていますが、これほどの量を分離した例はほとんどありません。
原子力エネルギーの持続的利用において、使用済み燃料の再処理に伴って発生する高レベル放射性廃液の処理は極めて重要な課題です。高レベル放射性廃液にはさまざまな元素が含まれており、特にアメリシウムとキュリウムは長い半減期※2と高い発熱性を持つことから、処理を行う上で問題となる元素です。
日本原子力研究開発機構は長い半減期を持つ元素を選択的に分離し、短い半減期または安定な核種へと変換する「分離変換技術」の実用化を目指しており、溶媒抽出法※3を適用した分離プロセスである「SELECTプロセス(Solvent Extraction from Liquid-waste using Extractants of CHON-type for Transmutation)」の開発を進めています。
今回得られた成果は、SELECTプロセスの枢要技術である高レベル放射性廃液からのマイナーアクチノイドの分離を実証するものであり、高レベル放射性廃棄物の減容・有害度低減を達成する上で重要な知見です。使用した抽出剤は、焼却処分可能な炭素、水素、酸素および窒素のみで構成されているため、二次廃棄物の発生量低減も期待できます。
高レベル放射性廃液には、レアメタルや医療用RIといった付加価値の高い元素も含まれています。今後は、マイナーアクチノイドだけでなく有価元素の分離も視野に入れて、放射性廃棄物の再資源化の中核技術としてSELECTプロセスの開発を進めていきます。
本研究成果は、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 小口正範、以下、「原子力機構」)原子力科学研究所原子力基礎工学研究センター原子力基盤技術開発グループの伴康俊研究主幹(現:原子力機構NXR開発センター)、鈴木英哉氏(現:エマルションフローテクノロジーズ)、宝徳忍技術副主幹、津幡靖宏マネージャーによるものです。
本成果は、2025年9月30日に『Progress in Nuclear Science and Technology』で公開されました。
原子力の持続的な利用と放射性廃棄物の処分にかかる負担の軽減には、使用済み燃料の再処理に伴って発生する高レベル放射性廃棄物の減容・有害度低減が必要です。特に、高レベル放射性廃液に含まれているマイナーアクチノイド(アメリシウムやキュリウムなど)は、数百年レベルの長い半減期や高い発熱性を持つことから、原子力機構ではマイナーアクチノイドを分離し、放射能を持たない核種や半減期の短い核種に変換する分離変換技術の開発に取り組んでいます。さらに、高レベル放射性廃液にはレアメタル、白金族元素や医療用RIなどの有価元素も含まれており、これらを分離して資源化するための技術開発も行っています。
高レベル放射性廃棄物の減容・有害度低減と資源化を達成するには、分離技術の確立が不可欠です。原子力機構では溶媒抽出法を用いた実用性の高い分離技術として「SELECTプロセス」の開発を進めています。使用済み燃料にはさまざまな元素が存在しているため、一つのステップで目的の元素を分離するのは困難です。そこで、SELECTプロセスは着実な分離を達成するためにいくつかのステップを設けています(図1)。
図1 現行のSELECTプロセスの概略図
このうち、ステップ1および2については、過去に実施した核燃料物質と高レベル廃液を用いた実験で技術的成立性を示す結果を得ています。そこで今回の研究では、SELECTプロセスの枢要技術であるマイナーアクチノイドと希土類元素(イットリウム、ランタン、ネオジム、ユウロピウム)を分離するステップ3の成立性を実証するため、高レベル放射性廃液を用いた連続抽出試験を行いました。
マイナーアクチノイドの分離プロセスを開発するために多様な試薬が合成されていますが、その中にはリンやイオウを含むものがあります。こうした試薬は焼却処分が難しく、新たな廃棄物が増える原因になります。一方、SELECTプロセスでは炭素、水素、酸素および窒素原子だけで構成されている抽出剤を使用しています。これらの抽出剤は使用後に焼却処分が可能であり、新たな廃棄物の発生量が抑えられます。さらに、商用再処理工場で使われている希釈剤に溶けるので、既存の分離装置が使える見込みがあります。
溶媒抽出法による分離プロセスの能力は使用する抽出剤に大きく依存します。特に放射性物質が共存する条件では、抽出剤が放射線でダメージを受けると本来の機能が損なわれてしまい、分離プロセスの能力が低下します。今回の試験では、実プロセスと同様に抽出剤を繰り返し使用する条件で分離能力を評価しました。
試験は原子力機構のバックエンド研究施設(BECKY)に設置されているコンクリートセル※4で実施しました。このコンクリートセルには小規模の使用済み燃料溶解装置や抽出分離装置などが備わっており、高レベル放射性廃液を用いた分離プロセスの研究開発を行える数少ない施設の一つです。図2(左)の中央が試験で使用したミキサセトラ型抽出器※5と呼ばれる分離装置です。コンクリートセルでは高い放射能を持つ溶液を使用するため、マニプレータを介した遠隔操作で分離装置を運転します。1回の分離操作だけではマイナーアクチノイドの高い回収率は得られず、分離操作を何回も連続的に繰り返し行う必要があります。今回の試験では2台のミキサセトラ型抽出器を使用して合計40回の分離操作を行いました。このミキサセトラ型抽出器に高レベル放射性廃液とヘキサオクチルニトリロトリアセトアミド(HONTA)と呼ばれる抽出剤(図2右)を供給しました。
図2(左)試験で使用したミキサセトラ型抽出器と遠隔操作用のマニプレータ
(右)ヘキサオクチルニトリロトリアセトアミド(HONTA)抽出剤
HONTA抽出剤は希土類元素よりもマイナーアクチノイドに高い選択性を示すため、高レベル放射性廃液中のマイナーアクチノイドを分離できます。試験で発生する廃液の量をなるべく少なくするとともに、限られた時間の中で有意量のマイナーアクチノイドの回収を達成するため、PARCと呼ばれる計算コードを用いて試験条件を検討。HONTA抽出剤を繰り返し使う43.5時間の試験を実施しました。
図3にミキサセトラ抽出器から排出されるマイナーアクチノイド回収液中のアメリシウムとキュリウムの濃度の時間変化を示します。抽出剤の放射線による劣化や抽出器内での析出物などが発生すると、アメリシウムとキュリウムの分離が想定通りに進まず、マイナーアクチノイドの濃度が低下します。今回の試験では、アメリシウムとキュリウムの濃度に減少傾向は見られず、これらの元素が試験終了時まで安定的な分離が継続したことを示しています。
図3 ミキサセトラ型抽出器から排出されるアメリシウム(左)とキュリウム(右)の濃度の変化
マイナーアクチノイド回収液へのアメリシウム、キュリウム、希土類元素の移行率を図4に示します。アメリシウムとキュリウムはマイナーアクチノイド回収液に高い割合で移行しました。一方、希土類元素の移行率は低い値にとどまり、マイナーアクチノイドと希土類元素が分離できたことを示しています。より高度な分離を達成するための条件最適化の余地はありますが、おおむね想定通りの結果が得られました。
図4 マイナーアクチノイド回収液へのアメリシウム、キュリウム、希土類元素の移行率
今回は、HONTA抽出剤の使用量を減らすため、全量をリサイクル利用した43.5時間の試験で0.17グラムのマイナーアクチノイドを分離しました。これとは別に、HONTA抽出剤の一部をリサイクル利用した40時間の試験では0.12グラムのマイナーアクチノイドの分離も行っており、再現性のある両試験を合わせて約0.3グラムのマイナーアクチノイドの分離を達成しました。
マイナーアクチノイドの分離プロセス開発は海外でも行われていますが、焼却処分可能な抽出剤を用いて、実際の高レベル放射性廃液からこれほどの量のマイナーアクチノイドを分離した例は限られています。これらの結果から、HONTA抽出剤が高い有効性を持つことを実証しました。
分離プロセスを改良し、マイナーアクチノイド回収液への希土類元素の移行率の低減に取り組みます。高レベル放射性廃液に含まれる元素の中には、工業分野や医療分野での使用が見込まれる白金族元素(ルテニウム、ロジウム、パラジウム)や放射性同位元素(ストロンチウム90)もあります。こうした元素を分離する機能をSELECTプロセスに加え、高レベル放射性廃棄物の減容・有害度低減だけでなく、放射性廃棄物の再資源化も達成する分離プロセスの実用化に挑戦します。
Progress in Nuclear Science and Technology
論文タイトル:Recovery of minor actinides from high-level liquid waste by N,N,N’,N’,N’’,N’’-hexaoctyl nitrilotriacetamide (HONTA) using mixer-settler extractors
著者:伴 康俊、鈴木 英哉、宝徳 忍、津幡 靖宏
マイナーアクチノイドとは、使用済み燃料に含まれる元素のうち、アメリシウムやキュリウムなど、ウランやプルトニウムを除いたアクチノイド元素を指す。
放射性物質の量が自然に減少し、元の半分になるまでにかかる時間のことである。放射性物質の種類によって数秒から数万年までさまざまな値を取る。
水と油のように互いに混ざりあわない2種類の液体を用いて、特定の物質を分離・精製するための分離法。特定の物質と選択的に反応する試薬を水又は油の相に溶かし、目的の物質を一方の液体からもう一方の液体に移すことで分離する。鉱石中からの金属の分離、廃水からの重金属の除去や廃棄物中の金属リサイクルなど、工業分野で多く利用されている。
放射能レベルの高い物質を遮へいして取り扱うための厚いコンクリートで囲われた設備である。遠隔操作により内部に設置した装置や器具を用いた実験を行う。
水と油のように互いに溶けない2種類の液体を混ぜて、目的の元素を水の相から油の相又は油の相から水の相に移す装置である。装置内部は液体を撹拌混合する場所(ミキサ部)と静置して分離する場所(セトラ部)が多数並んでおり、撹拌混合と静置分離を連続的に繰り返し行うことで、目的の元素を選択的に分離する。