2025年9月25日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
国立大学法人東北大学
国立大学法人京都大学
スピン三重項超伝導の概念図。中央の矢印は磁場の方向と強さを表す。磁場中で超伝導はその状態を柔軟に変え、より強い磁場に適応した新しい状態へ自ら移行する
超伝導はある温度以下で物質の電気抵抗がゼロになる現象です。この時、超伝導体(物質)では2つの電子が1組の電子対となり、自ら持つスピン(磁力の最小単位)を打ち消しあっています。このため、磁場は超伝導と相性が悪く、超伝導を抑制する外的要因としてのみ取り扱われてきました。応用上においても、磁場に強い超伝導状態をどのように作り出すかは、重要な課題となっています。一方、近年ウラン化合物で発見された「スピン三重項超伝導」は、従来の超伝導状態とは電子スピンの状態が異なるため、本質的に磁場に強く、高い磁場の中でも超伝導状態を保つことが知られていました。
今回、原子力機構が開発したスピン三重項超伝導体UTe2(ウランテルル化物)の超純良単結晶を用いて、この新しい超伝導がどのように磁場と共存し、強い磁場中でも安定して存在し続けられるのかを調べました。
その結果、スピン三重項超伝導は磁場の中でそのスピンの状態を柔軟に変化させることができ、より強い磁場に適応した新しい状態へと自ら移行することを発見しました。それによって、超伝導状態が壊れる限界である「臨界磁場」が、従来の理論予測の約2倍、12テスラにまで達することも明らかになりました。これは、通常のネオジム磁石が0.5テスラ、医療用MRIでは3テスラの磁場であることを踏まえると、非常に大きい値です。
この成果は、高磁場に耐えうる超伝導体開発に指針を与えるものであり、MRIや次世代加速器に必要な超伝導電磁石に使用する材料開発につながると期待されます。
本研究は、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 小口正範、以下「原子力機構」)原子力科学研究所 先端基礎研究センター 強相関アクチノイド科学研究グループ 常盤欣文研究主幹、徳永陽グループリーダー、国立大学法人東北大学(総長 冨永悌二、以下「東北大学」)金属材料研究所 淡路智教授、佐々木孝彦教授、青木大教授、国立大学法人京都大学(総長 湊長博、以下「京都大学」)大学院理学研究科 栁瀬陽一教授らによるものです。
本研究成果は、2025年9月24日(現地時間)に米国物理学会誌「Physical Review Letters」にオンライン掲載されました。
超伝導は電気抵抗ゼロによる高いエネルギー効率から、持続可能な社会を支える基盤技術として期待されています。送電・蓄電やMRI、リニアモーターカーなどに利用する超伝導電磁石には、自らが発生する強い磁場に耐えられる材料が不可欠です。しかし、従来の超伝導状態は、電子がスピンを打ち消しあうように電子対を作ることで生じるため、磁場に弱く、超伝導状態が急速に壊れてしまうという課題があります。そのため、磁場に強い超伝導を実現するための指針や手法を示す研究が強く求められてきました。
より磁場に強い超伝導体として2019年、ウランテルル化物(化学式 UTe2)が発見されました。超伝導状態の電子対の様子を調べると、互いのスピンを打ち消しあわず、同じ方向を向いています。「スピン三重項超伝導」状態では、電子対を組む2個の電子でスピンの向きが同じという特徴を持ちます。
原子力機構では2022年、スピン三重項超伝導体であるUTe₂の単結晶合成法を独自開発し、超純良単結晶の作製に成功しました。これにより、超伝導性能を向上させた上で、磁場と超伝導の関係について研究を進めています。
今回は、UTe₂の超純良単結晶を用いて、この新しい超伝導がどのように磁場と共存し、どの程度まで超伝導状態が維持されるのかを調べました。
通常、一般的な超伝導体では1種類の状態しか取れず、その性質を自ら変えることはできません(図左)。
観測の結果、UTe₂のスピン三重項超伝導では、磁場の変化に合わせて自らその性質を変化させることが分かりました(図右)。低磁場では超伝導電子対のスピンが磁場の方向と揃っていませんでした。磁場を味方につけることができていない超伝導の状態です。ところが、ある値を超えた高磁場になると、スピンの向きが磁場方向に揃い、磁場を味方にできる状態に変化しました。こうした磁場の強さに応じてスピンの向きを変える性質は、従来の超伝導では見られないスピン三重項超伝導特有の柔軟性を示すものです。この変化により、超伝導が完全に抑制される臨界磁場は、従来の理論で予測される値の約2倍となる12テスラまで強化されることを発見しました。これは、通常のネオジム磁石が0.5テスラ、医療用MRIでは3テスラの磁場であることを踏まえると、非常に大きい値です。
本研究により、スピン三重項超伝導状態が磁場を味方とすること、能動的な制御パラメータとして利用できる全く新しいタイプの超伝導体であることが明らかになりました。これは、超伝導の制御に新たな方向性を示す成果であり、将来の応用研究につながる重要な知見です。特に本成果は、超伝導を磁場に強くするための具体的な指針を与えるものであり、今後は高磁場に耐える超伝導磁石用の線材開発や、磁場制御型の新たな超伝導量子デバイスの開発へつながると期待されます。
雑誌名: Physical Review Letters
タイトル: Self-reconstruction of order parameter in spin-triplet superconductor UTe2
(スピン三重項超伝導体UTe2の秩序パラメータの自己再構築)
著者: Y. Tokiwa, P. Opletal, H. Sakai, K. Kubo, S. Kambe, E. Yamamoto, M. Kimata, S. Awaji, T. Sasaki, D. Aoki, Y. Yanase, Y. Tokunaga, Y. Haga
DOI: 10.1103/z8yx-yzdh
(1)“Metamagnetic Transition in Heavy Fermion Superconductor UTe2”, A. Miyake, Y. Shimizu, Y. J. Sato, D. Li, A. Nakamura, Y. Homma, F. Honda, J. Flouquet, M. Tokunaga, D. Aoki, J. Phys. Soc. Jpn. 88, 063706 (2019)
本研究はJSPS科研費JP16KK0106, JP17K05522, JP17K05529, JP20K03852, JP24K00590, JP24KK0062, JP23H04871, JP23H01132, JP23K03332, 23K25829の助成を受けたものです。また東北大学金属材料研究所附属強磁場超伝導材料研究センターにおける共同利用は、国際共同課題(課題番号202012-HMKPB-0012, 202112-HMKPB-0010, 202112-RDKGE-0036, 202012-RDKGE-0084)として実施したものです。また、一部は原子力機構の黎明研究制度の助成を受けて実施しました。
各研究者の役割は以下のとおり
・常盤(原子力機構):研究発案
・酒井宏典、芳賀芳範(原子力機構)、青木(東北大学):結晶合成
・常盤、P. Opletal、酒井、山本悦嗣、芳賀(原子力機構)、木俣基、淡路、佐々木(東北大学):測定
・常盤、久保勝規(原子力機構):データ解析
・常盤、酒井、久保、神戸振作、徳永、芳賀(原子力機構)、栁瀬(京都大学):論文執筆
通常の超伝導状態は、ある物質が特定の温度以下になった時、2個の電子が互いの電子スピンを打ち消し合うように「電子対」を作って起きます(一重項超伝導)。スピン三重項超伝導体とは、電子スピンを打ち消し合わずに「電子対」ができる超伝導体です。候補物質は数少ないですが、ウラン化合物超伝導体が多く含まれ、最有力候補として研究されています。
原子力機構は2022年、UTe2単結晶の新たな合成法を開発し、超純良単結晶の作製に成功しました。従来の合成法では結晶格子中にわずかなウラン元素の欠損が生じ、超伝導性能の向上を阻んでいました。超純良単結晶には元素欠損がないことを確認しています。詳しくは、2022年7月29日プレスリリース 「身近な塩で超純良ウラン超伝導物質の育成に成功!—次世代量子コンピュータへの応用に期待—」を参照ください。
https://www.jaea.go.jp/02/press2022/p22072902/
超伝導は「電気抵抗がゼロになる」という特別な性質を持っています。この性質を利用すると、電気を損失なく流す/止めることができ、いわば「理想の電気の蛇口(スイッチ)」のように使えます。