令和7年7月18日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
本研究では、東京電力ホールディングス福島第一原子力発電所(以下、福島第一原子力発電所)の燃料デブリへの適用が期待される新たな非破壊核物質測定法を開発し、原理実証実験に成功しました。
福島第一原子力発電所の廃止措置において、原子炉格納容器から取り出された回収物に含まれる核物質の量の把握は取り出し後の管理や保管方法に大きく関与します。核燃料が多く残る燃料デブリから、燃料の溶融物が付着した原子炉構造材のように少量しか含まないものまで、広く分布していると考えられます。これらの回収物を核物質量に応じて分類できれば、燃料デブリの取り出しから保管までの各工程における作業の合理化が期待できます。
こうした回収物に含まれる核物質の非破壊測定には、試料に中性子を照射して核分裂反応を引き起こし、発生した核分裂中性子1)量から核物質量を求めるアクティブ中性子法2)が有効です。しかし、燃料デブリには原子炉制御棒に由来する中性子吸収材3)が含まれるため、アクティブ中性子法の適用が難しく、最も測定が困難な核物質の一つであると考えられています。
本研究では、中性子吸収材によってほとんど吸収されずに核物質とは反応を起こす、高速中性子4)に着目しました。非常に高速に動作する中性子検出器を複数台配置し、高速中性子によって核分裂中性子が複数個同時に放出される特性を利用することで、核分裂中性子成分を計測する手法を考案しました。実証実験でも核分裂中性子成分だけを取り出すことに成功し、従来のアクティブ中性子法では測定不可能な中性子吸収材を含む核物質の非破壊測定を実現しました。この手法は、高速中性子を用いて核分裂反応を起こし、同時に中性子を計数することから、「高速核分裂中性子同時計数法(Fast Fission neutron Coincidence Counting: FFCC)」と名付けました。
今後は福島第一原子力発電所における燃料デブリの非破壊測定への適用に向けて、現場での運用を想定した試験・検討を実施し、早期の実用化を目指します。
なお、本研究は、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 小口 正範)原子力科学研究所原子力基礎工学研究センター原子力センシング研究グループの前田亮研究副主幹、米田政夫研究主幹、藤暢輔グループリーダーによるものです。
本研究成果は、2025年7月18日(現地時間)に米国原子力学会発刊の学術誌「Nuclear Science and Engineering」に掲載されました。
福島第一原子力発電所の廃止措置の際に原子炉格納容器から取り出される回収物の性状把握は、その後の移送・保管、処理・処分などを安全に実施するために重要です。なかでも、回収物に含まれる核物質の量は、取り出し後の管理・保管方法に大きく関わる要素の一つです。核燃料そのものが溶けて冷え固まった溶融デブリのように核物質を大量に含むものから、溶融物が原子炉構造材などに付着しただけでほとんど核物質を含まないものまで、多岐にわたると想定されます。こうした回収物を核物質量に応じて分類し、管理・保管方法を最適化することができれば、燃料デブリの取り出しから保管に至るまでの各工程の作業の合理化が期待できます。
回収物に含まれる核物質の非破壊測定には、アクティブ中性子法が有効です。この方法では、中性子を測定試料に照射して生じる核分裂中性子の個数から核物質量を求めます。しかし、燃料デブリには原子炉の出力調整用の制御棒に由来する中性子吸収材が含まれており、照射した中性子が吸収されてしまうため、核物質が核分裂反応を起こさなくなってしまいます。そのため、アクティブ中性子法を適用することは困難で、燃料デブリは最も測定が困難な核物質の一つであると考えられています。
そこで研究グループは、燃料デブリに適用できる非破壊測定技術を開発しました。燃料デブリへのアクティブ中性子法適用の最大の障壁は、中性子吸収材による照射中性子の吸収です。そこで、中性子吸収材の影響をほとんど受けずに、核物質の核分裂反応を引き起こすことができる、高速中性子に着目しました。
高速中性子を用いたアクティブ中性子法を実現できれば、中性子吸収材を含む核物質も非破壊測定できるはずです。しかし、課題がありました。試料に照射する粒子と測定対象となる粒子はいずれも中性子です。中性子検出器はどちらも同じように検出してしまうため、照射中性子と核分裂中性子を何らかの方法で区別する必要があります。従来のアクティブ中性子法(従来法)は低いエネルギー(低速)の中性子による核分裂を利用するため、照射中性子のエネルギーが低下するまでに時間が掛かり、核分裂中性子の発生が遅れます。この時間差を利用して、照射中性子と核分裂中性子を区別していました。一方、高速中性子を用いる場合、核分裂中性子の発生までに遅れが生じず、照射中性子のエネルギーも高いままです。そのため、両者は同じ高いエネルギーを持ち、区別ができません。さらに、照射中性子は核分裂中性子に比べて圧倒的に数が多いため、核分裂中性子は照射中性子に埋もれてしまい、測定することができません。
こうした点を踏まえ、核分裂中性子が複数個同時に放出される特性に着目し、非常に高速に動作する中性子検出器を複数台用いて、同時に中性子が検知された場合のみカウントすることで、核分裂中性子成分だけを取り出す手法を考案しました。この技術は高速中性子を用いて核分裂反応を起こし、同時に中性子を計数することから、「高速核分裂中性子同時計数法(Fast Fission neutron Coincidence Counting: FFCC)」と名付けました。
FFCC法の原理実証実験に先立ち、従来法が中性子吸収材の影響をどの程度受けるかを確認しました。実験には核物質としてウラン試料84g(U-235を3.4wt%含む)と、中性子吸収材として炭化ホウ素125gを使用しました(図1)。
従来法による20分間の測定で、中性子吸収材が無い場合(図2a)はウランの有無による違いがはっきりと出ており、ウランが有る場合にのみ、核分裂反応由来の核分裂中性子が観測できています。これは、従来法によってウランの測定が可能であることを示しています。
一方、中性子吸収材が有る場合(図2b)、ウランの有無による違いが観測されません。この結果から、中性子吸収材が有る場合は従来法によるウラン測定が困難であることが分かります。
次に、FFCC法の原理実証実験を原子力機構の原子力科学研究所バックエンド研究施設(BECKY)5)において行いました。FFCC法では「1個ずつバラバラに放出された照射中性子」と「複数個同時に放出された核分裂中性子」を識別するため、高速動作が可能な中性子検出器が必要です。そこで原理実証では、従来法で一般的に用いられている He-3検出器6)よりも遥かに高速な動作が可能な液体シンチレーション検出器7)を2台使用しました。従来法との比較のため、測定する試料および測定時間(20分間)は同じにしました。(図3)
中性子吸収材が無い場合(図4a)は、ウランが有る場合のみ0ナノ秒付近に核分裂中性子が観測され、従来法と同様にウランを問題なく測定可能であることが分かります。中性子吸収材が有る場合(図4b)も、中性子吸収材が無い場合と同じように明確に核分裂中性子が観測できました。これらの結果から、従来法では測定不可能だった中性子吸収材を含むウラン試料であっても、FFCC法で測定可能であることが実証されました。
さらに、FFCC法の測定で得られる核物質の量の正確性を調べるため、ウラン量を0g、28g、56gおよび84gとした4つの試料を用いて試験を行いました。結果、観測された核分裂中性子の数とウラン量の関係が綺麗な比例関係にあり、核物質の量を正確に求めることが可能であることも分かりました(図5)。
今回開発したFFCC法は、中性子吸収材が含まれた試料でも正確に核物質の量を求められるため、福島第一原子力発電所における燃料デブリ中の核物質の非破壊計測に有効であると考えられます。さらに、核セキュリティ対策として手荷物などに隠匿された核物質検知などへの応用も期待されます。
現在、早期の実用化を目指し研究開発を進めています。なお、燃料デブリへの適用可能性に関しては、経済産業省/令和 5年度開始「廃炉・汚染水・処理水対策事業費補助金(燃料デブリの性状把握のための分析・推定技術の開発(仕分けに必要な燃料デブリ等の非破壊計測技術の開発))」の下で検討を進めてきました。今後も、実際の運用を想定した試験や評価を通じて現場への導入につなげていきます。
雑誌名:NUCLEAR SCIENCE AND ENGINEERING
論文タイトル:Nondestructive Measurement Method of Nuclear Materials for Sorting Nuclear Fuel Debris
著者:Makoto Maeda, Masao Komeda, and Yosuke Toh
DOI:10.1080/00295639.2025.2480516
核物質が核分裂反応を起こすことで放出される中性子を核分裂中性子と呼んでいます。核分裂中性子は、一度の核分裂反応で2~4個程度が同時に放出されます。
中性子を測定試料に照射し、その中性子によって核物質が核分裂反応を起こすことで放出される核分裂中性子を測定します。核物質の量が多いほど核分裂中性子が多くなることを利用して、核物質の量を求めることができます。ドラム缶に封入された物の中に核物質が含まれているかどうかを調べる場合、非常に高い感度と正確性があります。試料に照射する粒子と測定対象となる粒子がいずれも中性子であるため、両者を区別する必要があります。従来のアクティブ中性子法では、照射中性子がエネルギーの低い中性子に変わるまで待ってから測定を行うことで、核分裂中性子だけを取り出していました。しかし、福島第一原子力発電所における燃料デブリのように中性子吸収材を含む試料を測定した場合、中性子吸収材によって照射する中性子が吸収されてしまい核物質が核分裂反応を起こさず、測定することが困難となります。
エネルギーの低い中性子とよく反応する物質で、ホウ素、カドミウム、ガドリニウムなどが該当します。中性子を吸収するため、原子炉の制御や中性子遮蔽材などに用いられます。
高速中性子は、高いエネルギーを持った中性子です。中性子は原子核を構成する電荷を持たない粒子(中性の粒子)で、物質を透過しやすいという性質があります。また、核物質と衝突すると核物質の核分裂反応を引き起こします。エネルギーの低い中性子は中性子吸収材と呼ばれるホウ素やガドリニウムなどに吸収されやすい一方で、高速中性子はほとんど吸収されません。
原子力発電所で使用された核燃料の再処理や放射性廃棄物の処分など、核燃料サイクルのバックエンドに関する研究を行うために建設されました。福島復興に向け、福島第一原子力発電所事故で発生した破損燃料について破損状態の推定、含まれる核物質の評価及び処理技術の確立のための技術開発を実施するとともに、セシウムやストロンチウムの環境中での化学的挙動やセシウム等を含む廃液の処理に関する技術開発などに貢献しています。
ヘリウムの同位体であるヘリウム-3(He-3)を使用した中性子検出器の一つであり、主にエネルギーの低い低速中性子の測定に用いられます。中性子がHe-3と衝突すると核反応を引き起こし、通常はプロトン(陽子)とトリチウム(三重水素)を生成します。この反応によって発生する荷電粒子(主にプロトン)が電子倍増管などで検出されることで中性子の存在が確認できます。
中性子が液体シンチレータと呼ばれる特殊な液体内で核反応を引き起こすと、生成される荷電粒子(通常は陽子)が周囲の分子と相互作用し、その結果としてシンチレーション光が発生します。この光の発生量は中性子のエネルギーに比例し、光を検出することで中性子の存在やエネルギーを測定することが可能です。He-3検出器に比べて応答速度が速く、高いエネルギーを持った高速中性子を測定できるという特長があります。