令和7年7月15日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構

機械学習を駆使した原子シミュレーションで核燃料の高温物性の解明に挑む
―酸化物核燃料が示す高温での特異な挙動の仕組みを原子レベルで究明―

【発表のポイント】

【概要】

核燃料物質中の複雑な原子の動きを高精度に予測できるシミュレーションを開発し、高温環境下における核燃料(※1)の挙動を原子の動きから説明することに成功しました。

原子力発電の安全性や効率性を高めるためには、核燃料の性質を詳細に把握することが不可欠です。特に、核燃料は運転中や事故時に非常に高温となるため、そのような高温環境下での性質をあらかじめ理解しておくことが重要です。核燃料は2,500度を超える超高温になると、比熱(物質が熱をため込む能力)(※2)が大きく増加することが知られています。しかし、こうした超高温環境での実験は非常に困難で、従来からシミュレーションの活用が期待されてきました。

本研究では、AI技術を活用した「機械学習分子動力学法(※3,4)」の導入で数千原子の大規模計算を実現、超高温環境での核燃料の性質を高速かつ高精度に再現して、実験を補完することが可能となりました。従来の手法と比べ、大幅に計算負荷を軽減しながら、多数の原子の挙動を正確に予測できるものであり、核燃料研究におけるDX(デジタル・トランスフォーメーション)を加速する手法として位置づけられます。

酸化物核燃料を対象にしたシミュレーションでは、超高温領域で急激に比熱が上昇する「比熱異常」現象を精度良く再現することに成功しました。このような高精度シミュレーションを用いて原子一つ一つの動きを調べることで、実験だけでは特定が難しい原因を突き止める道が開けます。

実際に、比熱異常発生時の原子構造を分類することで、この異常は酸素原子が部分的に液体のような状態になる「部分的液体化」によるものであることを定量的に明らかにし、そのような原子構造の変化が比熱の上昇の原因であることを示しました。この成果は、核燃料の安全性評価に資するだけでなく、より安全で高性能な次世代核燃料の開発や、イオン伝導体(※5)など固体中で一部の原子が活発に移動することで機能を発揮する機能性材料の解析にも広く応用可能であり、物質科学全体の進歩にも貢献することが期待されています。

本研究は国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長:小口正範、以下「原子力機構」)のシステム計算科学センター AI・DX基盤技術開発室の小林恵太研究副主幹、中村博樹研究主幹、奥村雅彦研究主幹、板倉充洋室長、町田昌彦再雇用職員によるものです。

本成果は、6月28日付(日本時間)の国際学術誌「The Journal of Chemical Physics」に掲載され、Editor’s pick に選出されました(Editor’s pick とは、編集者が特に注目すべきと評価した優れた論文を紹介するものです)。

【これまでの背景・経緯】

原子力研究開発において、核燃料の安全性を確保し、発生する熱エネルギーを効率的に利用するためには、核燃料物質の特性を精密かつ詳細に理解することが不可欠です。しかし、核燃料物質を対象とした実験は容易ではなく、特に、2,000度を超える高温域で熱伝導率(熱の伝わりやすさ)、比熱(物質が熱をため込む能力)、融点(溶融する温度)といった熱的性質を実験的に詳細に調べることは困難です。そのため、限られた実験データを補完できる高精度なシミュレーション技術が強く求められています。

核燃料物質の特性を解析するために用いられる代表的なシミュレーション手法としては、第一原理計算(※6)古典分子動力学法(※7)があります。しかし、どちらの手法にも長所と短所があり、現状では最適な手法とはいえません。第一原理計算は量子力学(※8)に基づくため信頼性の高い予測が可能ですが、計算に膨大な時間を要し、高温域における融解現象(※9)など大規模かつ長時間の解析が必要な問題は対応できません。一方、古典分子動力学法は計算に要する時間が相対的に短いため、大規模かつ長時間の解析が可能ですが、経験的なパラメータを用いるため精度や信頼性に課題があります。

本研究では、両手法の長所を融合し、それぞれの短所を克服した「機械学習分子動力学法」を用いて酸化物核燃料の原子シミュレーションを開発。酸化物核燃料の熱的性質の評価を行い、特に、高温域で比熱が急激に増加する比熱異常のメカニズムを原子レベルで詳細に解明することを目指しました。

【今回の成果】

開発した機械学習分子動力学計算を核燃料物質の一種である二酸化トリウム(※10)に適用し、その熱的性質を調べました。

機械学習分子動力学法は、人工知能(AI)の一種である「ニューラルネットワーク」を使って、原子同士がどのように力を及ぼし合うかを学習させる方法です。そのためには、あらかじめコンピュータ上でさまざまな原子配置の第一原理計算を行い、学習のためのデータを用意します。本研究では、二酸化トリウムについて1,000通りの原子配置に対して計算を行い、ニューラルネットワークに学ばせました。

こうして作成した機械学習分子動力学計算を使うと、実験では測定が難しい高温域で核燃料物質が融解するような状況も、精度よく再現することができます。例えば、物質が融けるときの様子を精確に調べるには数千原子を扱う必要があるため、従来の第一原理計算を用いた方法では膨大な時間がかかり非常に困難でした。機械学習分子動力学計算なら、こうした複雑な現象も短時間でシミュレーションできます(図1)。結果から、融点などの重要な熱的性質を高い精度で再現することができ、機械学習分子動力学計算の信頼性が確認されました。

また、手法の妥当性を検証するため、二酸化トリウムと類似した結晶構造を持つ酸化リチウムについても同様の計算を行いました。その結果、両物質において融点を含む重要な超高温での熱的性質が高精度で再現され、開発した機械学習分子動力学計算の高い信頼性と幅広い応用可能性が示されました。

図1 二酸化トリウムの融点を評価するために行った機械学習分子動力学シミュレーションの結果

融解・凝固現象を調べるため、固体と液体が共存する大きな系(5,184原子)を対象としてさまざまな温度で機械学習分子動力学シミュレーションを実行しました。融点以下では境界面で液体部分が凝固していき全体が固体化、逆に融点以上では固体部分が融解して液体化します。固体と液体は熱エネルギー(エンタルピー)で判別でき、その温度依存性を調べた結果、不連続な変化が現れる温度を「融点」として見積もることができます。本シミュレーションにより、二酸化トリウムの融点は3,610 Kと推定され、実験値である3,651 Kを高い精度で再現しました

次に、酸化物核燃料の比熱異常現象のしくみを詳しく解析しました。

シミュレーションによって得られた比熱の温度依存性(比熱曲線)は、実験データとよく一致しており(図2(a))、酸化物核燃料では高温になると比熱が急激に増加し、特定の温度でピークを示すことが確認されました。このようなピークは、物質内部の構造が大きく変化する現象が起きていることを示しており、特に、酸化物核燃料における超高温での変化は「ブリディク転移」と呼ばれます。二酸化トリウムの場合、このブリディク転移の温度は約3,200Kと予測されました。本研究で用いた機械学習分子動力学計算により、実験が難しい高温環境でも、比熱の変化を高い精度で再現・予測できることが示されました。

これまでの研究で、比熱異常とともに、酸素原子の動きは固体中での動きから液体的な挙動へ変化することが知られていました。しかし、実際に酸素原子の構造や動きを調べて液体か固体かを判別するのは困難なため、全体的にみて徐々に液体的になっていく、としか分かっていませんでした。そこで本研究では、酸素原子の「局所的な配置」に注目しました。酸素原子がどの程度規則正しく整列しているかを数値で表す指標「秩序変数」(※11)を導入し、温度による変化を詳しく調べました。その結果、温度が上がるにつれて、整っていた酸素原子の配置は徐々に乱れたものへと変化し、乱れた配置の中には“液体のような構造”が現れることが分かりました(図2(b))。

つまり、比熱が急上昇する過程では、物質がまだ固体のままであるにもかかわらず、一部の酸素原子が徐々に液体のように振る舞い始めていたのです。そして、ブリディク転移を境に、この液体的な構造が優勢になることが明らかになりました。また、秩序変数がどのように変化するかに注目して理論式から比熱を計算した結果、実験で観測されたピークを再現できることが分かりました。このように、酸化物核燃料の比熱異常は「固体内部で液体的な構造が生成され、その割合が増えていく現象」によるものであると、秩序変数を通じて定量的に理解できるようになりました。

図2 (a)二酸化トリウムの比熱の温度による変化 (b)酸素原子の秩序変数(Q)の分布の温度変化

(a)機械学習分子動力学による計算と実験データのいずれも、高温になると比熱が急上昇する「比熱異常」が確認できます (b)酸素原子の並び方(局所的な原子配置)の変化を「秩序変数Q」で示しました。Q値が1に近いほど原子が規則正しく並ぶ固体の特徴を表し、Qが0.75より低いと原子の並びは乱れ、特に0.5付近のピークは液体構造と対応します。計算により、温度が上がると液体的な配置が主要となっていくことが示されています。

【今後の展望】

今回、高い信頼性を有する高速な核燃料物質のシミュレーション技術が確立し、通常運転時のみならず、シビアアクシデント時のように実験が困難な高温域における核燃料の状態を詳細に推定し、評価することが可能となりました。

本開発手法は、二酸化トリウムだけでなく、二酸化ウランなどへの適用も可能であり、今後、それらの物質についても同様の研究開発を進める予定です。さらに今回開発した比熱異常の解析手法は、核燃料物質だけでなく、イオン伝導体など固体中で一部の原子が活発に移動することで機能を発揮する機能性材料の解析にも広く応用可能であり、原子力研究開発だけでなく物質科学全体の進歩にも貢献するものと期待されます。

【論文情報】

雑誌名:The Journal of Chemical Physics

タイトル:“Specific Heat Anomalies and Local Symmetry Breaking in (Anti-)Fluorite
Materials: A Machine Learning Molecular Dynamics Study”

著者:Keita Kobayashi, Hiroki Nakamura, Masahiko Okumura, Mitsuhiro Itakura, Masahiko Machida

doi: https://doi.org/10.1063/5.0262059

【参考文献】

実験データ[1-3]

[1] Banerjee, J. et al, J. Nucl. Mater. 427, 69–78 (2012).

[2] Ralph, J. J. Chem. Soc. Faraday Trans. 2 83, 1253 (1987).

[3] Ronchi, C. and Hiernaut, J. P., J. Alloys Compd. 240, 179–185 (1996).
本発表の図の一部はVESTA[4]を用いて作成されました。

[4] K. Momma and F. Izumi, "VESTA 3 for three-dimensional visualization of crystal, volumetric and morphology data," J. Appl. Crystallogr., 44, 1272-1276 (2011).

【助成金の情報】

本研究の成果の一部は、科学研究費補助金の基盤研究(C)(課題番号:24K08574, 23K04637)、学際大規模情報基盤共同利用・共同研究拠点(JHPCN) (課題番号: jh230069) の支援によって得られたものです。

【用語の説明】

(※1)核燃料

原子炉の中で核分裂を起こし、熱を生み出すための材料です。ウランやプルトニウム、トリウムなどの化合物が使われます。

(※2)比熱

物質の温度を1℃上げるのに必要な熱の量のことです。核燃料では、高温になると比熱が急に大きくなる「比熱異常」という現象が知られており、そのしくみの解明は安全性評価に重要です。

(※3)機械学習

あらかじめ用意した「教師データ」をもとに、コンピュータが自動的にルールやパターンを学ぶ仕組みです。人工知能(AI)の一種です。

(※4)機械学習分子動力学法

古典分子動力学に機械学習の技術を組み合わせた手法で、原子の間に働く力をAI(ニューラルネットワーク)によって学習し、再現します。第一原理計算の高い精度を保ちつつ、計算の速さは古典分子動力学と同程度であり、複雑な材料の解析にも対応できます。

(※5)イオン伝導体

特定の温度や条件下で、固体でありながら一部のイオン(たとえば酸素イオンなど)が液体のように自由に動き回る状態を示す物質です。このような物質は「イオン伝導体」と呼ばれます。固体にもかかわらず高いイオン移動性を持つため、電池材料などへの応用が期待されています。

(※6)第一原理計算

量子力学に基づいて、電子状態を評価することによって、物質の性質を評価する手法。信頼性は高いが、計算に時間が掛かります。

(※7)古典分子動力学

原子同士の間に働く力を、あらかじめ決められたルール(モデル)に基づいて計算し、原子の動きをシミュレーションする方法です。力のルールには経験に基づくパラメータを使うため、計算は非常に速い一方で、精度には限界があります。

(※8)量子力学

電子のように小さすぎて、普通の物理では説明できない世界があります。そうした極小の世界を扱う特別なルールが「量子力学」です。原子や電子の動きを正しく再現するには、この量子力学が欠かせません。

(※9)融解

固体が高温になると液体になる現象です。これが起きる温度を「融点」と呼びます。原子・分子レベルのシミュレーションでこの現象を調べるには、大規模な計算が必要です。

(※10)二酸化トリウム

トリウムの酸化物でウランよりも地球上に豊富に存在します。トリウム燃料(トリウムを主成分とする核燃料)は次世代型原子炉での利用が期待されています。

(※11)秩序変数

物質の中で原子がどの程度規則正しく並んでいるかを数値で表す指標です。たとえば、固体のように原子が整然と並んでいる場合は値が大きくなり、液体のように配置が乱れている場合は小さくなります。この指標を使うことで、物質内部の構造が整っているのか、それとも乱れているのかを判断することができます。本研究では、もともと水や液体シリカなどの構造分類に用いられてきた「局所秩序変数」と呼ばれる指標を、核燃料物質の解析に応用しました。この指標は、ある酸素原子のまわりにある酸素原子がどのように並んでいるかに注目し、その規則性を数値化するものです。これにより、物質内部で起こる構造の変化を原子レベルで詳しく捉えることが可能になりました。

戻る