令和7年7月11日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構

土壌中の放射性セシウムを「塩」×「真空」でスピード除去
― 新発見の「高速イオン交換」現象 ―

【発表のポイント】

【概要】

東京電力福島第一原子力発電所事故で発生した放射性物質のうち、放射性セシウムは主な核種として知られています。環境中に放出された放射性セシウムが土壌中に入ると、粘土鉱物に強く固定されるため、除去は簡単ではありません。このためさまざまな除染法の開発が進められています。

今回、塩化ナトリウムを汚染土壌に混ぜて真空中で加熱すると、粘土鉱物に固定されていた放射性セシウムを効率よく取り出せることを見いだしました。これは真空中で生じる「高速イオン交換」現象によるもので、水溶液中でのイオン交換とは全く異なるメカニズムです。土壌除染を目的とした従来の熱処理は土壌を融解するため1000~1300℃の高温が必要でしたが、新しく見いだした現象により、処理温度を800℃以下に下げることに成功しました。

本研究成果は福島に保管中の除去土壌処理において、新たな技術的選択肢を与えることが期待されます。今後はさまざまな添加剤についても高速イオン交換の効果の有無などを調べる予定です。

本研究は国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 小口正範)原子力科学研究所先端基礎研究センター耐環境性機能材料科学研究グループの下山巖研究主幹、馬場祐治研究嘱託によるものです。

本研究成果は2025年6月19日(英国時間)に国際学術誌「Journal of Environmental Management」オンライン版に掲載されました。

【これまでの背景・経緯】

環境中に放出された放射性セシウムは、降雨などで土壌中に取り込まれると移動しなくなることが知られています。これは主に土壌中に含まれる粘土鉱物が関係しています。粘土鉱物は層状構造を持つアルミノケイ酸塩[4]の一種で、層間に水やイオンを取り込む性質を持っています。水中でイオンになるセシウムはこの層間に入りやすく、いったん入ると簡単には除去できません。粘土鉱物には幾つかの種類がありますが、福島の土壌中に豊富に含まれる粘土鉱物はセシウムを強く吸着する性質を持つため、除去が特に難しく、さまざまな手法が開発されてきました。

熱処理はそのうちの一つで、粘土鉱物を高温で融解し、セシウムを抱える結晶構造を壊して取り出すので、90%以上の高い除染率が見込めます。ただし、単に融解しただけではその後に形成されるケイ酸塩鉱物[5]中にセシウムが取り込まれ、あまり除染が進みません。

そこで、再取り込みを回避するため添加剤を利用します。食塩の主成分である塩化ナトリウムや道路の凍結防止に使う塩化カルシウムといった塩化物は代表的な添加剤で、その添加によって除染率は向上すると報告されています。しかし、添加剤を用いても従来の熱処理では1000~1300℃の高温が必要で、他の方法と比べて処理コストは高くなると想定されています。このため、処理温度を下げることが熱処理の課題の一つでした。

【今回の成果】

熱処理を真空中で行うと、処理温度を800℃以下まで下げることができることを見いだしました。この方法では汚染土壌に塩化ナトリウムを添加して真空中で加熱すると、600~700℃で除染率が急激に上昇し、800℃付近で約9割の放射性セシウムが除去されます(図1左)。大気中では除染率は上昇せず、真空中でも塩化ナトリウム無添加では除染率が上昇しない(図1右)ことから、塩化ナトリウム添加と真空の相乗効果が確認されました。

図1 汚染土壌(福島県内で採取)に2時間の熱処理を行った際の除染率の変化

相乗効果の要因の一つは、真空が塩化ナトリウムの気化を助けることです。塩化ナトリウムの沸点は約1413℃で大気中では900℃でもほとんど気化しません。しかし、真空中では固体から直接気化する昇華現象が700℃程度から生じることが実験で確かめられ、真空には添加剤を気化することで反応を速める効果があることが分かりました。さらに研究を進めると、塩化ナトリウムが真空中で昇華する温度よりも低温でセシウム除去が始まり、真空には昇華促進以外の効果があることが分かってきました。そこで、塩化ナトリウムを混ぜた粘土鉱物を真空中で700℃まで加熱し、粘土鉱物の層間距離の変化を調べてみると、層間距離は加熱とともに熱膨張で広がり、約500℃に達すると急激に収縮します(図2)。

図2 塩化ナトリウムを添加した真空熱処理での粘土鉱物の層間距離の変化

この収縮は、粘土鉱物の層間に固定されていたカリウムやセシウムといったサイズの大きいイオンがより小さいナトリウムイオンに交換されて生じたもので、反応が急激に進行しています。この速い反応(高速イオン交換)が起こる直前の層間距離を大気中と真空中で比較すると、真空中で層間距離はいったん大きく広がっていました(図3)。真空には粘土鉱物の層間距離を広げ、イオン交換を促進する効果があることが判明しました(図4)。

図3 700℃まで昇温した際の粘土鉱物の層間距離変化
図4 真空熱処理におけるイオン交換の模式図

粘土鉱物の層間距離は真空中で大きく拡張、層間のセシウムイオン(緑球)とナトリウムイオン(黄球)との交換が進行しやすくなる

従来の熱処理では、添加剤は主に土壌の融解温度を下げる効果とセシウム揮発を促進する効果を持つと考えられていましたが、それらとは全く異なる効果である「真空中での高速イオン交換」は本研究で初めて見いだされた現象です。水溶液中に溶けたイオンによる粘土鉱物のイオン交換は昔からよく知られ、土壌除染にも用いられてきました。福島の汚染土壌に対する水溶液中でのイオン交換は約5000分の撹拌後も除染率は3割未満だったのに対し、真空中で約800℃の熱処理をすると「高速イオン交換」により60分ほどで除染率は約9割に達しました(図5)。

図5 土壌除染法の除染率の比較検討結果
左図は塩化ナトリウム水溶液に汚染土壌を入れて攪拌、右図は真空中で800℃の熱処理

【今後の展望】

本研究は、熱処理を用いた土壌除染の処理温度を800℃付近まで下げられることを示しており、熱処理の課題であった処理コストの低減化が期待されます。また、添加剤は真空下では異なる効果を持つことが明らかになったため、今後は、さらなる処理温度の低下を目指し、さまざまな添加剤についても効果を調べる予定です。

【論文情報】

雑誌名:Journal of Environmental Management

タイトル:Efficient soil decontamination via rapid ion exchange in vacuum

著者名:I. Shimoyama and Y. Baba

所属:日本原子力研究開発機構

DOI:10.1016/j.jenvman.2025.126060

【助成金等の情報】

科研費基盤研究(A)福島汚染土壌の減容化と再利用に向けたセシウムフリー鉱化法の開発 研究課題番号16H02437

【用語の説明】

[1] 粘土鉱物

粘土の主成分となる粒子状の鉱物で、主に「層状ケイ酸塩鉱物」と呼ばれる薄い層が何枚も重なった構造を持っています。粒子は非常に細かく、数マイクロメートル以下のサイズが一般的です。薄層の間には水やイオン(プラスあるいはマイナスの電気を帯びた分子や原子)が出入りできるため、粘土鉱物は水分やイオンを吸着、交換する性質を持ちます。中にはセシウムなどの金属イオンを強く吸着するものもあり、環境中の放射性物質の動きや除染技術に深く関わっています。粘土鉱物にはカオリナイト、スメクタイト(モンモリロナイト)、イライト、黒雲母などさまざまな種類があり、土壌や岩石、火山灰中など自然界に広く分布しています。福島の土壌は風化した黒雲母を豊富に含み、セシウムイオンを強く吸着するため、除染が難しいことが知られています。

[2] 層間距離

粘土鉱物などの層状構造を持つ鉱物において、隣り合うシート(層)同士の間隔(距離)のことを指します。粘土鉱物はケイ酸塩の薄いシートが何枚も重なった構造で、シート同士の隙間に「層間水」や「イオン」などが入り込むことができます。層間距離は鉱物の種類で異なり、層間に存在する水分やイオンの種類・量によっても変化します。その変化をX線回折などで測定することで、どのようなイオンがどの程度吸着されているかを調べることができます。
例)層間距離=カオリナイト:約0.72 nm、イライト:約1.0 nm

[3] イオン交換

ある物質が自分の持っているイオンと、周囲の液体や固体に含まれる別のイオンを入れ替える現象を指します。例えば、水処理や土壌の除染ではイオン交換樹脂や粘土鉱物などの「イオン交換体」が使われます。これらの物質は、特定のイオン(例えば有害な金属イオン)を自分の中に取り込み、その代わりに自分が持っていた別のイオン(ナトリウムイオンや水素イオン)を外に出します。この現象はさまざまな分野で有害物質や不要な成分を取り除くことに用いられています。
例)・水道水の軟水化装置(カルシウムイオンやマグネシウムイオンをナトリウムイオンと交換)
・土壌の除染(粘土鉱物中のセシウムイオンをナトリウムイオンなどと交換)

[4] アルミノケイ酸塩

ケイ酸塩鉱物の一種で、ケイ酸塩(SiO2)中のケイ素原子(Si)の一部がアルミニウム原子(Al)に置き換わった構造を持つ化合物の総称です。この構造はケイ素(Si4+)がアルミニウム(Al3+)で置き換わることで生じるマイナス電荷とバランスをとるため、ナトリウムやカリウム、カルシウムなどの陽イオン(カチオン)が含まれています。アルミノケイ酸塩は地球の地殻を構成する主要な鉱物グループであり、長石、雲母、沸石、粘土鉱物など多くの天然鉱物がこれに該当します。その構造は鎖状、層状、三次元網目状など多様で、特に層状のものは粘土鉱物として土壌や環境分野で重要な役割を果たします。

[5] ケイ酸塩鉱物

ケイ酸塩鉱物はケイ素(Si)と酸素(O)からなる「ケイ酸イオン(SiO44-)」を基本単位とし、さまざまな金属イオンが結合した構造を持つ鉱物の総称です。ケイ酸イオンは四面体構造(SiO4)をとり、この四面体が単独もしくは互いに連結し、独立型・鎖状・層状・網目状など多様な構造を作ります。ケイ酸塩鉱物は地球上で最も多く存在する鉱物グループで、岩石や土壌の主成分です。
分類例)・独立型:かんらん石など/・鎖状:輝石、角閃石など/・層状:粘土鉱物など/・網目状:長石、石英など

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