2025年6月24日
国立大学法人東北大学
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
脱炭素社会の実現に向け、200℃以下の低温廃熱の有効活用が求められており、これを貯蔵し再利用する蓄熱材料の開発が課題となっています。層状二酸化マンガンは、これまで約130℃で大気中の水分子を層間に取り込む、高密度かつ高速に蓄放熱可能な材料として注目されてきました。
東北大学大学院工学研究科の吉迫大輝 大学院生、同大学金属材料研究所の岡本範彦 准教授と市坪哲 教授(日本原子力研究開発機構 原子力科学研究所 先端基礎研究センター 耐環境性機能材料科学研究グループリーダー兼任)らの研究グループと、日本原子力研究開発機構 原子力科学研究所 先端基礎研究センター耐環境性機能材料科学研究グループの田中万也 マネージャーは、層状二酸化マンガンを厚さ数nmのシート状に微細化することで表面積を大幅に増大させ、従来顕在化しなかった60℃以下での表面水分子吸着を顕在化させることに成功しました。その結果、吸着可能な水分子量は従来比約1.5倍、蓄熱エネルギー密度は約1.3倍に向上し、100℃以下という低温域での蓄熱動作が可能になりました。また、インターカレーション水と表面吸着水の収容サイト数をシート厚から予測するモデルを考案し、それぞれ固体的、液体的な状態で吸着されていることを解明しました。本成果は、低温域での蓄熱性能の設計指針を提供すると共に、昼間の太陽熱を利用した夜間暖房や、機械暖気、オフライン廃熱輸送、熱電変換との組み合わせによる場所・時間を選ばない発電など、多様な省エネルギー技術への応用が期待されます。
本成果は、2025年6月3日に、科学誌Communications Chemistryにオンラインで公開されました。
蓄熱材料は、余剰な熱エネルギーを一時的に蓄え、必要なタイミングで放出することで、熱エネルギーの有効利用を促進します。例えば、工場廃熱の回収、昼間の太陽熱を利用した夜間暖房、自動車エンジンなどの機器の暖気、熱電変換あるいは中温域で稼働する蓄電池を利用するための熱源など様々な用途への応用が期待されています。現在、相変化型蓄熱材料(注4)や化学吸着型蓄熱材料(注5)、物理吸着型蓄熱材料(注6)、化学反応型蓄熱材料(注7)など多様な蓄熱材料が提案されていますが、蓄熱エネルギー密度・応答速度・可逆性などの諸性能をバランスよく兼備する材料の開発に難航しています。
こうした中で注目されているのが、層状構造を有し層間にカリウム(K)と水分子(H2O)を含む二酸化マンガン(δ-K0.33MnO2・nH2O)です。本材料は、130℃付近でインターカレーション機構により、環境中の水分子を層間に繰り返し収容・放出することが可能です(参考文献1)。このとき、層間に収容された水分子が外部に放出される際には熱の吸収(吸熱反応)が、再び層間に取り込まれる際には熱の放出(発熱反応)が起こります(図1)。一連の反応は僅かな体積変化で進行するため、高密度かつ高速な蓄放熱が可能であり、130~200℃の低温熱向け蓄熱材料として有望視されています。加えて、層状二酸化マンガンは安価で毒性が低く、実用的観点でも利点の多い材料です。
しかしながら、太陽熱をはじめとして、環境に膨大に存在する「100℃以下の低温未利用熱」をより有効に活用していくためには、インターカレーション機構では依然として動作温度が130℃付近と高いのが現状であり、蓄熱反応そのものの低温化が不可欠です。また、現行の層状二酸化マンガンでは、インターカレーション機構による水分子の収容密度に制約があり、蓄熱エネルギー密度を実用化レベルまで向上させるためには、収容密度を飛躍的に増大させる新たな材料設計が求められています。
本研究では、層状二酸化マンガンを数百nm、数十nm、数nmの厚みに制御した3種類の試料を合成し、それぞれの水分子吸着挙動と蓄放熱特性を詳細に比較しました。バルク試料(数百nm厚)では、従来通り、130℃付近で水分子の層間インターカレーションによる蓄放熱が確認されました。一方、試料を数十nm厚以下にシート化すると、比表面積(注8)が大幅に増大し、60℃以下の低温域でも水分子がシート表面に吸着(表面吸着)して明確な熱応答を示すことが分かりました。このように、温度域の異なる二つの吸着様式-①高温側(130℃付近)の層間インターカレーションと、②低温側(60℃以下)の表面吸着-が段階的に機能する“二段階蓄熱”メカニズムにより、水分子の吸着(脱離)密度は、バルク状態でのMnO2 1モル当たり0.5モルに比べ1.5倍の0.75モルに増大し、結果的に蓄熱エネルギー密度がMnO2 1 kg当たり237 kJから298 kJ の約1.3倍に向上しました。これにより、インターカレーション機構のみでは困難だった100℃以下の低温域でも有効な蓄熱動作を実現しました。さらに、インターカレーション水と表面吸着水の収容サイト数と結晶子(シート厚み)の関係を、独自の幾何学モデルを用いて整理しました(図3)。解析の結果、インターカレーション水は固体的、表面吸着水は液体的な状態に近いことが示されました(図2)。
本成果は、結晶子厚みと吸着量の関係を示す幾何学モデルによって蓄熱性能の設計指針を提供し、インターカレーションと表面吸着の二段階蓄熱メカニズムの活用で100℃以下の低温熱を高密度に蓄熱することで、太陽熱を用いた夜間暖房や、オフライン廃熱輸送を含む可搬型の低温熱利用デバイスなど、低炭素型ヒートマネジメント技術の実現に貢献することが期待されます。
本研究成果である、インターカレーション水・表面吸着水の収容サイト数とシート積層厚みの関係(図2)と、吸着状態の相違に基づくインターカレーション・表面吸着それぞれの蓄熱エネルギー密度への寄与を解明したことは、インターカレーションと表面吸着の二段階蓄熱メカニズムを用いた蓄熱性能設計の基盤になることが期待されます。図3の幾何学モデルに基づく吸着量の観点からは、蓄熱エネルギー密度の更なる向上には、少なくとも10層(約7 nm厚)以下に薄シート化、究極的にはモノシート化することで表面吸着を積極的に活用することが有効だと考えられます。今後は、より薄いシート構造を持つ層状二酸化マンガンを作製し、吸着量が蓄放熱量へどの程度寄与するかをより詳細に解明していく必要があります。また現時点では、吸着水の状態は熱分析による推測に過ぎず、実際に物質内でどのように振舞っているかについては、エネルギー分光的な手法を用いたより詳細な検証が必要になります。
本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業先端的カーボンニュートラル技術開発(ALCA-Next)JPMJAN23A3および次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING) JPMJSP2114の支援を受けたものです。
単位体積あるいは単位重量あたりの蓄熱材料に貯蔵可能な熱量。
層状構造などの結晶がその結晶構造を保ったまま、イオンや分子を結晶構造中の空隙に収容する可逆的な化学反応。
イオンや分子が酸化物結晶などの表面に吸着する現象。
固体-固体間の変態(同素変態)や、液体-固体間の変態(融解と凝固)の潜熱を利用した蓄熱材料。
酸素、水蒸気、水素、塩素、二酸化炭素などの気体を吸収することによって発熱を起こし、気体分子の吸収によって物質の結晶構造が大きく変化する蓄熱材料。
化学吸着型蓄熱材料と同様に、気体分子を吸収することによって発熱を起こす蓄熱材料。化学吸着型とは異なり、気体分子の吸収による物質の結晶構造変化は発生しない。
酸素、水蒸気、水素、塩素、二酸化炭素などの気体分子と酸化物や金属(マグネシウム等)などが化学反応(酸化反応など)することによって発熱を起こす蓄熱材料。反応によって気体分子、ホスト材料ともに構造が大きく変化するのが特徴。
単位質量あたりの表面積(単位:m2 g-1)。一般に、材料の粒子サイズや結晶子サイズが小さいほど、比表面積は増大する傾向にある。
(1)Takuya Hatakeyama, Norihiko L. Okamoto, Satoshi Otake, Hiroaki Sato, Hongyi Li & Tetsu Ichitsubo, Excellently balanced water-intercalation-type heat-storage oxide. Nature Communications 13 (2022) 1452.
タイトル:Utilizing surface water adsorption on layered MnO2 nanosheets for enhancing heat storage performance
著者:Hiroki Yoshisako*, Norihiko L. Okamoto, Kazuya Tanaka* & Tetsu Ichitsubo
*責任著者:東北大学大学院工学研究科吉迫大輝 大学院生、日本原子力研究開発機構原子力科学研究所先端基礎研究センター耐環境性機能材料科学研究グループ マネージャー 田中万也
掲載誌:Communications Chemistry
DOI:10.1038/s42004-025-01567-2