令和7年4月18日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構
明昌機工株式会社

α線がん治療薬の“有効性“を迅速に見える化
―α線放出核種の化学形・放射能同時分析システムを販売開始―

【発表のポイント】

【概要】

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長:小口正範、以下「原子力機構」)と国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長:小安重夫、以下「QST」)は、α線がん治療薬に含まれるα線放出核種の化学形と放射能の迅速・同時分析システムを開発しました。明昌機工株式会社(代表取締役社長:赤田昌史、以下「明昌機工」)より製品名「NuS-Alpha(ニュースアルファ)」として販売を開始します。

α線内用療法は、α線1)が体内で数細胞分程度しか進まない特性を活かし、がん細胞をピンポイントで治療・死滅させて、周辺の正常組織への影響を最小限に抑えることが可能です。この治療では、211At(アスタチン)2)225Ac(アクチニウム)3)といったα線放出核種を含む薬剤4)を人体に投与する前に、その化学形 や放射能5)を測定し、治療効果などを厳密に評価する必要があります。ところが、211Atは半減期6)が7時間程度と短く、急速に消滅してしまうため、化学形と放射能を迅速かつ正確に評価する分析手法が必要です。しかし、従来技術には以下の問題がありました。(1)X線などの妨害を受け、一部の化学形が分析できない(2)分析そのものに時間を要する(3)化学形と放射能を別々に分析する必要があり、作業工程が多く効率が悪い(4)複数の装置を使用するため、広い作業スペースを要し、人や物の移動が多くなり、作業者の被ばくリスクが増加する――です。

この問題を一挙に解決するため、原子力機構とQSTは、薄層クロマトグラフィー(TLC)7)、α線シンチレーター8)、高感度CCD/CMOSカメラ9)を一体化させた「α線内用療法薬分析システム」を開発しました。このシステムは、TLCを用いて薬剤中の211Atを化学的性質ごとに分離し、α線のみをシンチレーターで可視光に変換することで化学形と放射能を同時に分析します。これにより、X線などの妨害を受けることなく、従来技術では分析が難しかった化学形を識別し、薬剤の有効性を「見える化」します。加えて、約200倍の感度向上を実現し、分析時間を従来の1/40にまで大幅に短縮しました。さらに、1台で化学形と放射能を同時にリアルタイムで解析10)できるようになり、作業工程を大幅に簡略化しました。また、省スペース化により、空間が限られた医療現場や研究室でも容易に導入できるようになりました。このような分析の迅速化・簡略化・省スペース化は、貴重な薬剤の不要な損失を防ぐとともに、作業者の被ばくリスクの低減という意義があります。

原子力機構とQSTが明昌機工と協力して製品化したα線内用療法薬分析システム(製品名「NuS-Alpha」)は、2025年4月に明昌機工より販売を開始します。NuS-Alphaは、211At等を用いたα線内用療法の実用化を加速するだけでなく、他の放射線治療法や環境モニタリングなどの他分野への応用にも繋がる製品です。

【これまでの背景】

α線内用療法は、がん治療の新たな可能性を切り開く新療法として注目されています。α線1)は体内で細胞数個分程度の距離しか進まないため、α線を薬として用いると、がん細胞をピンポイントで死滅させた上で、がん周辺の正常組織への影響を最小限に抑えることができます。このような特性により、次世代放射線治療法として高い期待が寄せられています。

この治療には、α線を放出する211At(アスタチン)2)225Ac(アクチニウム)3)などのα線放出核種の利用が検討されています。これらはいずれも人工的に製造され、がんに集積する化学物質と組み合わせて薬剤化4)した後、人に投与します(図1)。

図1: α線内用療法の概念図

α線放出核種を薬として用いるには、生成、薬剤化、投薬という全ての過程でがんの治療効果に直結するこれらの化学形と放射能5)を調べておかなければなりません。なぜなら、化学形はがん細胞への集積のしやすさを、放射能はがん細胞を死滅させる能力を決定するためです。一方で、211Atなどの半減期6)は約7時間と短いため、両者を迅速かつ正確に評価する分析手法が不可欠です。しかし、イメージングプレート(IPs)と呼ばれる機器などを使用した従来技術には、次の問題があり実用的ではありませんでした。

  1. 分析できない化学形がある、分析に時間がかかる
  2. 化学形と放射能が別々に分析する必要があり、作業工程(手間)が多い
    ⇨1, 2から貴重な薬剤の損失につながる
  3. 複数の装置を必要とするため、広い作業スペースが必要になる
    ⇨人や物の移動が多くなり、作業者の被ばくリスクが増大する

α線内用療法の実用化や関連する研究を促進するためには、これらの問題を解決した新しい分析手法および装置の開発が急務となっていました。

【今回の成果】

本研究では、薄層クロマトグラフィー(TLC)7)とα線シンチレーター8)、高感度CCD/CMOSカメラ9)を組み合わせた新型分析装置「α線内用療法薬分析システム」を開発しました(図2)。本分析システムでは、TLCを用いて薬剤中の211Atを化学形ごとに分離し、試料(TLC試料)として使用します。TLC試料から放出されたα線はシンチレーターによって可視光に変換され、その光をカメラでリアルタイムに記録10)します。このプロセスにより、α線を視覚的に捉えることができ、化学形と放射能を同時に解析することが可能となります。本分析システムはTLC試料をセットするだけで、迅速かつ同時に化学形と放射能を測定できる利便性を備えています。適用範囲を拡張する改良を重ねて、ベータ線核種にも対応しました。また、吸排気システムを導入することで、カメラの急激な温度変化を抑え、画像の劣化を防ぐ機能を整備して安全性を向上させました。3Dプリンターを活用して筐体の金属溶接を削減し、製造コストを抑えました。さらに、高感度CCDカメラとコストを抑えたCMOSカメラの2種類をオプションとして選択可能とすることで、用途に応じた柔軟な対応を可能にしました。

図2: 開発した分析システムの全体構造と薄層クロマトグラフィーにより化学分離したTLC試料

問題の解決:1.迅速な化学形分析

図3は、従来技術IPsと本分析システムにおいて、分析される211Atの化学形を比較したものです。従来技術IPsでは、ガンマ(γ)線やX線などの不純物由来の放射線が検出されるため、その妨害で分析できない211Atの化学形がありました。これに対し、本分析システムでは、α線のみ可視化するシンチレーターを採用していることから、不純物由来のγ線やX線の影響を受けず、211Atのみをカメラで記録することが可能です。その結果、従来技術では困難であった211Atの化学形も識別できるようになり、測定対象とする211Atの全化学形ごとの放射能を分析可能にしました。これにより、本分析システムでは薬剤に含まれる211Atが適切な化学形であるかどうかを迅速に分析し、治療薬としての有効性を「見える化」することができます。

図3: 従来技術IPsと本分析システムで分析できる化学形を比較(化学形の一例を記載)

さらに、原子力機構タンデム加速器施設を利用し生成した医療水準の211Atを利用して、従来技術IPsと本分析システムで得られる画像の明るさ(輝度値)を比較しました(図4)。この結果、本分析システムは従来技術と比較して約200倍の感度を有しており(CCDカメラ使用の場合)、分析の全工程に必要な時間を考慮しても分析時間を1/40以下に短縮できることが分かりました。

図4: 従来技術IPsと本分析システムの感度比較

問題の解決:2.分析システムを用いた放射能測定

本分析システムを用いて211Atの放射能の測定精度を評価しました。カメラで取得した画像(図5(左)、図中の黄文字は放射能[ベクレルBq]を示します)を解析したところ、放射能と画像の明るさには厳密な比例関係があり(図5(右))、画像データから放射能を正確に算出できることを実証しました。

図5: 211Atの可視化画像(左、黄文字は放射能を示す)と放射能と画像の明るさの関係(右)

問題の解決:3.省スペース

複数の装置を必要とした従来技術では、 約1.5畳程度(2m2)のスペースが必要であったのに対し、1台で分析が完結する本分析システムはA4サイズ程度(0.07m2 )の省スペースを実現しました(図6)。この結果、分析に際して人や物の移動が不要となり、作業者の被ばくリスクを低減するとともに、医療現場などスペースが限られた場所でも容易に導入できるようになりました。

図6: 本分析システムと従来技術の必要スペースなどを比較

これらの成果を基に、原子力機構とQSTは論文を発表するとともに特許を取得しました。さらに、明昌機工と実施許諾契約を締結して製品化しました。

【今後の展望】

今回完成した製品は、211Atを用いた新しい放射線治療薬の実用化を加速するだけでなく、他の放射線を使った治療や環境モニタリングなどにも適用できるため、臨床現場、放射線産業および環境分野などにも貢献できる装置として2025年4月に販売を開始します(製品名「NuS-Alpha」)。

【関係機関の役割】

  1. 日本原子力研究開発機構(原子力機構)
    • 研究の総括
    • 分析手法の開発
    • 分析システムの設計・開発・評価
  2. 量子科学技術研究開発機構(QST)
    • α線放出核種の生成・試料作製
    • 生成した試料の放射能評価
  3. 明昌機工株式会社
    • 製品化に向けた装置設計、製作

【特許情報】

【助成金情報】

本研究の一部は以下の助成を受けたものです。

【論文情報】

【用語の説明】

1)α線

放射線の一種で、ヘリウム原子核(2個の陽子と2個の中性子)から構成されます。物質中を進む距離が非常に短く、人体では細胞数個分程度しか到達しません。そのため、がん細胞をピンポイントで攻撃し、周囲の正常な細胞を傷つけにくい特性があります。

2)211At(アスタチン-211)

自然界にごくわずかしか存在しない希少な放射性元素で、人工的に合成されます。放射線治療薬として注目されており、α線を放出してがん細胞を選択的に攻撃する特性を持っています。しかし、半減期が約7時間と短いため、迅速な分析が必要です。

3)225Ac(アクチニウム-225)

放射性元素の一種で、放射線治療薬として注目されています。225Acはα線を放出し、がん細胞を選択的に破壊する特性を持つため、次世代の内用放射線治療(α線内用療法)において重要な役割を果たします。半減期が約10日と比較的長く、生成から患者への投与までの時間的余裕がある点が特徴です。

4)α線放出核種を含んだ薬剤

がん細胞を破壊するために放射線を利用する医薬品です。α線を放出する211Atなどの放射性核種が使用され、がん細胞を選択的に攻撃する効果があります。

5)放射能

物質が放射線を放出する能力を指します。211Atの放射能を測定することで、その生成量を評価することが可能です。

6)半減期

放射性物質が放射線を放出し、その量が元の半分になるまでの時間を指します。211Atの半減期は約7時間で、短い時間内に分析を行う必要があります。

7)薄層クロマトグラフィー(TLC)

化学物質を分離するための分析手法です。試料を薄い層(プレート)に塗布し、特定の溶媒を使って試料中の成分を分離します。本技術では、211Atの化学形ごとに分離するために使用されています。

8)シンチレーター

放射線を可視光に変換する物質や装置です。本技術では、α線を可視化するために使用され、リアルタイムでの分析を可能にします。

9)CCD/CMOSカメラ

光を電気信号に変換するセンサーを搭載した高感度カメラです。本装置では、シンチレーターが変換した可視光を検出し、α線をリアルタイムで記録します。

10)リアルタイム解析

分析データを即座に取得する技術です。本装置では、211Atが放出するα線をその場で可視化し、迅速な結果を得ることができます。

戻る