令和7年3月28日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
概要を表す図
深宇宙探査や月面探査等の宇宙開発の領域を広げるためには、放射性同位元素による発熱体と熱電変換デバイス※1を組み合わせた、長期間メンテナンス不要な半永久電源の開発が必要です。国内で調達できる資源と国内技術による半永久電源の開発を目指し、原子力機構と産総研は、共同研究により基礎検討と課題解決、要素技術の実証を進めてきました。
発熱源となる放射性同位元素として、アメリシウム-241(Am-241)※2を選択しました。これまで米国で使用実績のあるプルトニウム-238(Pu-238)※3の製造利用に比べると、国内で調達可能、技術的に容易、低コスト、さらに取扱や輸送時の規制対応の面でも優れていることが理由です。
原子力機構はこれまでに、Pu中に蓄積したAmを化学的に分離する技術を開発しました。また、分離したAmに安定化のための添加材を加えた酸化物ペレットの焼結も実証しました。さらに共同研究グループは、既存のAm-241密封線源(20グラム、熱出力2ワット)に熱電変換デバイスを装着してLEDを発光させることに成功しました。
半永久電源の実用化を目指した本格的な技術開発に取り組むため、JAXAが公募した宇宙戦略基金事業の技術開発テーマの一つである「半永久電源システム係る要素技術」に提案した技術開発課題「Am発熱体と熱電変換デバイスからなる半永久電源システムの開発」(代表機関:原子力機構、連携先機関:産総研)が採択され、本年3月26日に委託元のJAXAと契約が締結されました。事業全体の実施期間は令和11年2月までの4年間を予定しています。
開発の主な内容は、
①Amを遠隔操作でペレット化して金属製のピンに密封すること
②爆発事故時の耐衝撃性など様々な要件を満たす発熱体ユニットのプロトタイプ機の設計完了と構成部品を製作して組み立てること
③輸送時の想定事故シナリオ策定と確率論的リスク評価手法の確立
④Am発熱体に適した熱電変換デバイス選定と放射線耐久性の確認及び対応策検討、発電性能データ取得
⑤実用化に向けたAm分離装置・設備・施設の概念検討
です。
半永久電源の利用を宇宙分野に限定せず、人が容易に近づけない極地や深海、深地層処分場などでのモニタリング機器用電源あるいは保温用熱源を想定し、ニーズの開拓を進めます。
Amは放射能が高く発熱性の放射性廃棄物に分類される元素です。この性質を、電源や熱源として宇宙開発分野などで有効利用できるようにすることを目指します。これにより、原子力機構の掲げる “Nuclear x Renewable”のビジョンを実現して参ります。
本件は、原子力機構・NXR開発センターの高野公秀研究主席と産総研・ゼロエミッション国際共同研究センターの太田道広研究チーム長が連携して実施する技術開発です。
宇宙開発の領域を広げるためには、太陽光発電以外の手段によって長期間(数十年から百年以上)メンテナンスフリーで稼働する「半永久電源」が必要です。その1つとして、発熱性の放射性同位元素を金属容器に密封して発熱体とし、これに熱電変換デバイスを組み合わせて電源とする方法があります。米国では半世紀以上前のアポロ計画の時代から、Pu-238(半減期87.7年のアルファ崩壊※4核種)を発熱体とした電源を実用化し、月面探査や深宇宙探査機に搭載してきた実績があります。各国の宇宙開発競争が活発な現在、日本においても国内入手可能な資源と国内技術による半永久電源の開発需要があります。
一方、日本国内で核燃料物質であるPu-238を製造し、これをロケットに搭載して打ち上げるのは、設備、技術、コスト、規制対応等の様々な理由で非常に困難です。そこで、代わりとなる発熱性の放射性同位元素としてAm-241を選択しました。Am-241は半減期432年のアルファ崩壊核種であり、保管中のPuに含まれるPu-241※5のベータ崩壊※6(半減期14.4年)により生成・蓄積していきます。年数の経過したPuを硝酸溶解し、その中のAm-241を化学的に分離することにより、Amの酸化物粉末を得ることができます。10グラムあたりのAm-241の熱出力は約1ワットで、Pu-238に比べると1/5程度ですが、Pu-238の製造利用に比べて技術的に容易、低コストという利点があります。また、原子力機構が保有しているPu(ウラン-プルトニウム混合酸化物燃料の原料粉末として保管)だけで、将来半永久電源を実用化して製造する際に必要となるAmの量を十分賄うことが可能です。欧州においても同様の理由から、欧州宇宙機関(ESA)が主導してAm発熱体による半永久電源の開発を日本に先行して進めています。
Amを発熱体に用いるもう1つの理由に、規制対応に関して有利な点があります。Pu-238は核燃料物質として「原子炉等規制法」の規制を受けますが、Puから分離した高純度なAmは、「放射性同位元素等の規制に関する法律」(RI規制法)の規制を受ける、いわゆるRIとして管理することが可能になり、Am分離後の取扱や輸送の際に、核燃料物質よりも規制対応の負担を減らすことができます。
原子力機構と産総研はこれまで共同研究を行い、Am発熱体による半永久電源の基礎検討と原理実証等の課題解決を進めてきました。その具体的内容は、次の項目【これまでに課題解決・実証したこと】をご参照ください。これらの成果により、半永久電源の実用化を目指した本格的な技術開発に進む段階へ到達したと判断しました。そこで、令和6年度にJAXAが公募した宇宙戦略基金事業の技術開発テーマの一つである「半永久電源システムに係る要素技術」に原子力機構と産総研が連携して、「Am発熱体と熱電変換デバイスからなる半永久電源システムの開発」の技術開発課題を提案し、採択された次第です。提案課題の開発実施期間は最大4年間で、令和11年2月までを予定しています。主な開発内容については、7ページ目の【宇宙戦略基金事業での主な開発内容】の項目をご参照ください。
金属ピンに封入するAmは、ロケット打上げ時の万一の爆発事故や指令破壊を想定して、爆発の衝撃や高温に耐える安定なセラミックペレットにする必要があります。Am化合物の候補として酸化物と窒化物の2種類が考えられますが、Amを封入している金属ピンが事故で破損して大気に触れた際の化学的・物理的安定性(微粉末化しにくいこと)を重視し、酸化物を選択しました。Amの酸化物は、温度や雰囲気中の酸素濃度に応じて二酸化物(AmO2)と三二酸化物(Am2O3)の間で連続的に変化し、その際に結晶構造も変化します。さらに、三二酸化物は温度によっても結晶構造が変化するという複雑な挙動を示します。そのため、純粋なAmの酸化物だけで安定なセラミックペレットを焼結するのは困難です。そこで、温度や雰囲気中の酸素濃度によらず、立方晶という等方的な結晶構造になるべく低い添加濃度で安定化できる添加材が必要になります。
この課題解決のため、Am酸化物に化学的性質の似た希土類元素の酸化物に、遷移金属元素の酸化物を添加して立方晶に安定化できる添加材を模索し、適切な添加材とその最小濃度を明らかにしました。先行開発している欧州では、Am酸化物にUやPuの酸化物を添加して立方晶に安定化していますが、その場合作製したAmペレットは核燃料物質としての扱いになってしまいます。我々は、非放射性の添加材を用いることでRIとしての扱いを保持していることが大きな相違点であり、工夫した点です。
適切な添加材と濃度を定めた上で、実際にPu酸化物粉末を溶解して化学分離したAm酸化物※7粉末を用いて、ペレット作製の実証試験を行いました。図1の写真(a)は、乳鉢内でAm酸化物(黒い粉末)に結晶構造安定化のための添加材(白い粉末)を少量加えたところです。これを写真(b)に示す磁力式の自動乳鉢で十分に粉砕混合した後に混合粉末を回収し、円柱ペレット形状になるよう型枠に入れて加圧成型します。これを電気炉により1400℃の高温で加熱保持して焼結し、得られたのが写真(c)に示すAm酸化物のセラミックペレットです。この実証試験で作製したペレットは、実際の発熱体に用いるペレット(直径7ミリメートル程度を想定)より小型で、重さ約0.3グラム、直径約3.8ミリメートルです。X線回折という手法で作製したペレットの結晶構造を調べたところ、目論見通り安定な面心立方晶という結晶構造を有していることを確認しました。
なお、この実証試験では取り扱うAmの量がそれほど多くないため、放射線遮へいパネル付きのグローブボックスで扱いましたが、発熱体に用いるペレットを作製する際には、全工程をセルという放射線遮へい設備でマニピュレータによる遠隔操作によって行います。
本項目の試験は、原子力機構・NXR開発センターの音部治幹研究副主幹が主担当者として実施したものです。
図1 Am酸化物ペレット作製実証時の外観写真
熱電変換デバイスは、高温部と低温部の温度差で起電力を生じる半導体素子を組み込んだ装置です。産総研が作製した熱電変換デバイスを搭載の試験装置を使用し、Amのアルファ崩壊の熱で発電可能なことを実証する試験を行いました。使用した既存の密封線源は、図2に示す20グラムのAm-241が封入された金属ピン(Am封入ピン)で、約2ワットの熱出力があります。ピンが大気中に露出した状態では、表面から熱が逃げるので、表面温度は周囲より2〜3℃高いだけです。
図2 使用した既存のAm封入ピンの外観写真と温度分布像
次に、この試験用に作製した装置の外観と概略図を図3に示します。Am封入ピンの発熱を効率よく熱電変換デバイスに伝えるため、熱伝導の良い銅製の棒にピンの直径に合わせた穴を設け、この穴にAm封入ピンを挿入します。銅製の棒の周囲は、熱を逃がさないよう厚い断熱材で囲みます。銅製の棒の下端(高温部)に熱電変換デバイスを装着し、さらにその下側は銅製のヒートシンクで熱を逃す(低温部)ようにします。
図3 発電実証試験装置の外観写真と概略図
Am封入ピンはガンマ線量が高いため、実証試験は遮へいセル設備の中で、マニピュレータによる遠隔操作で行いました。図4の写真(a)は、Am封入ピンを装置の銅製棒に挿入しているところです。すると、熱電変換デバイスの両面に約10℃の温度差ができて一定の起電力が生じ、写真(b)に示すように小型のLEDを発光させることに成功しました。
本項目の試験は、産総研・ゼロエミッション国際共同研究センターの山本淳副センター長と太田道広研究チーム長及び原子力機構・NXR開発センターの江口悠太技術副主幹が研究基盤技術部の協力のもと、共同研究として実施したものです。
図4 発電実証試験時の様子
令和7年3月から開始した「Am発熱体と熱電変換デバイスからなる半永久電源システムの開発」の開発課題において、事業期間内の主な開発内容と目標成果は以下のとおりです。
①遠隔操作によるAmペレット作製とピン封入
原子力機構は、1.25テラ・ベクレル(TBq、10グラム弱)のAm-241を安定な酸化物ペレットに焼結し、金属ピン1本に溶接で封入して密封線源とします。操作はすべてセル内で遠隔操作により行う必要があります。したがって、補助治具類の工夫と操作の習熟が必要となります。
②発熱体ユニットの設計・試作
想定される爆発事故時の耐衝撃性、耐熱、放射線遮へい、熱の取出し効率、A型輸送容器※8としての要件を満たすことなど、多くの要求項目を満たす発熱体ユニットのプロトタイプ機の設計を完了し、構成部品を製作します。上記は、原子力プラントの知見と実績を有する東芝エネルギーシステムズ株式会社に外注で行います。発熱体ユニット試作品について、産総研・安全科学研究部門が火薬類による爆発威力を用いた耐衝撃性試験を行い、設計に反映します。原子力機構は、製作したプロトタイプ機部品にAm封入ピン1本を挿入して仮組み立てし、熱電変換デバイスを装着して発電実証試験を試みます。
③輸送時のリスク評価
将来、半永久電源を宇宙探査機に搭載してロケットで打ち上げることになった際に、想定される事故シナリオを策定して、米国の安全基準を参考にして確率論的リスク評価を行います。上記は、ロケットの飛行安全含め、宇宙機システムの安全に関して豊富な知見を有する有人宇宙システム株式会社に外注で行います。原子力機構は、ロケット打上げの途中で万一Amが漏洩した際の、地上での被ばく線量を世界版緊急時環境線量情報予測システム「WSPEEDI」を用いて評価します。
④熱電変換デバイスの開発
Am発熱体ユニットの使用温度領域に適した素子の選定、電気ヒーターを組み込んだ模擬ユニットにデバイスを装着して発電性能データの取得、放射線(特に中性子)による性能劣化データの取得と対応策の検討を、産総研・ゼロエミッション国際共同研究センターが行います。
⑤大規模化に向けた装置・設備・施設の概念検討
半永久電源を実用化し、定常的に発熱体ユニットを製作するためには、特にPuからのAm分離に関して原子力機構内の現有施設では物量的に対応が難しいことから、新規の設備・施設が必要となります。年間に分離回収するAm量を設定し、それに必要な装置、設備、施設の概念検討と概算コスト評価を行います。
上記①〜⑤の技術開発と並行して、規制への対応と、宇宙用途以外のニーズ開拓の活動も進めていきます。
固体半導体素子を用いて、熱を直接電気に変える発電技術。熱電変換材料の両端に温度差を与えることで、ゼーベック効果により、材料内部の電子・正孔が移動して電気を生み出す。
アメリシウムの同位体のひとつで、半減期432年のアルファ崩壊核種。Pu-241のベータ崩壊により、保管中のPu内に次第に生成・蓄積していくので、これを化学的に分離・回収することが可能。
プルトニウムの同位体のひとつで、半減期87.7年のアルファ崩壊核種。アメリカなどでは宇宙用電源の発熱源として古くから利用されている。軽水炉ウラン燃料中に生成するプルトニウムにはわずかしか含まれないので、ネプツニウム-237(Np-237)という放射性同位元素を使用済燃料から分離し、これをさらに原子炉で照射して製造する。
原子核から、陽子2個と中性子2個からなるヘリウム原子核が放出される放射性崩壊。PuやAmのアルファ崩壊1回あたり、約5 MeV(メガ・エレクトロンボルト)のエネルギーが放出され、これが固体内で次々と他の原子に衝突を繰り返すことで熱エネルギーに変わる。質量数が4減り、原子番号が2小さくなるので、Am-241がアルファ崩壊するとネプツニウム-237(Np-237、半減期214万年のアルファ崩壊核種)になる。
プルトニウムの同位体のひとつで、半減期14.4年のベータ崩壊核種。ベータ崩壊によりAm-241となる。軽水炉の使用済燃料中に生成する全プルトニウム同位体のうち、10%近くを占める。
原子核の中性子が陽子に変化して電子が放出される放射性崩壊。質量数が変わらず原子番号がひとつ増えるので、Pu-241はAm-241になる。
令和7年3月18日原子力機構プレスリリース、「実用的な新技術で半永久電源用アメリシウムの分離回収に成功!-使用済燃料に含まれる有価元素活用の実用化へ大きく前進-」を参照。
放射性物質を事業所外で運搬する際の輸送物の各区分に対応した容器のひとつ。放射能量の多いものから順にB型、A型、L型等の輸送物区分があり、A型輸送物を運搬可能な容器をA型輸送容器という。区分ごとに定められた基準をクリアする必要がある。