令和7年3月21日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
国立大学法人筑波大学

原子炉内で溶けた燃料が大量の微小な液滴に分裂 その現象を3次元で可視化する
―燃料デブリが形成される過程の解明に向けて―

【発表のポイント】

図1 開発した可視化手法の概要

【概要】

本研究では、液体が大量の液滴に分裂する現象を3次元で可視化できる手法を開発し、燃料デブリが形成される過程の一部を理解することができました。

原子炉の過酷事故では、炉内の燃料が溶けて下部の冷却材プールに落下した際に、大量の細かな液滴に分裂して広がります。溶融燃料や分裂した液滴が冷え固まると燃料デブリになります。特にプールが浅い場合、溶融燃料が床に衝突しながら液滴に分裂するため、非常に複雑な状況で燃料デブリが形成されます。このように複雑な燃料デブリの形成過程を明らかにできれば、デブリ形成過程の解釈等で東京電力ホールディングス福島第一原子力発電所(1F)の廃炉に貢献できます。また、あらかじめ過酷事故対策することで原子炉の安全性をさらに向上させることができます。しかし、燃料デブリ形成過程の一端でもある大量の微小な液滴の発生現象は実験による可視化計測が非常に難しいため、燃料デブリ形成過程の詳細な理解は得られないままでした。

本研究では、浅いプールで溶融燃料が床面へ衝突しながら液滴に分裂する現象を観察し、その状況を把握するために、液体が大量の液滴に分裂する現象を3次元で可視化できる手法を開発しました。また、3次元可視化データを計算機で処理することで、一つ一つの液滴の大きさや速さを高精度に計測することができるようになりました。これらの可視化手法を使って、原子炉の過酷事故で溶融した燃料が浅い冷却材プールに落下する状況を模擬した実験を行いました。その結果、液滴は二つの液体の速度差や遠心力による「サーフィンパターン」、重力による「液膜破断パターン」で発生することが分かりました。以上により、大量の微小液滴が発生する現象を世界で初めて詳細に観察できるようになりました。さらに詳細な観察と高精度な計測によって燃料デブリが形成される過程の一部を理解できました。この成果は、1F廃炉に貢献し、原子炉の安全性向上に寄与します。

本研究は、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構 (理事長:小口正範、以下「原子力機構」という。)原子力基礎工学研究センター炉物理・熱流動研究グループの堀口直樹研究員、吉田啓之研究主席、国立大学法人筑波大学金子暁子教授、阿部豊名誉教授らの研究グループによるものです。

本研究成果は2025年3月10日(現地時間)に流体物理学の専門誌Physics of Fluidsに掲載されました。

【これまでの背景・経緯】

原子炉の過酷事故では、溶融した燃料が炉心の下部にある冷却材プールに落下し、溶融燃料の一部が大量の細かな液滴に分裂して広がります。この際、液滴の広がり方やその量、大きさは、燃料デブリ形成過程を理解し予測するために非常に重要な情報となります。しかし、このような状況では、溶融燃料が大量の微小液滴に分裂するため、目視やカメラ撮影だけの観察では現象の把握が困難です。この問題を解決するためには、実験によって溶融燃料の広がり方や液滴への分裂現象を多角的に観察し、液滴の量や一つ一つの大きさを計測できる可視化手法を開発することが不可欠です。

研究グループは、溶融燃料が液滴へ分裂する現象を研究対象とし、実験や詳細数値シミュレーション手法の開発を推進してきました。これまでに、溶融燃料と冷却材を模擬した二つの液体を使用し、大量の微小液滴が発生する現象を実験室で再現することが可能となりました。さらに、溶融燃料を模擬した液体に蛍光染料を加え、その断面形状を取得することができました。しかしこの断面の位置が固定されていたため、その断面の前後にも広がる液滴を観察することや、液滴の量や一つ一つの大きさを計測することまでは実現できていませんでした。

【今回の成果】

溶融燃料を模擬した液体の断面形状を取得できる技術では、薄い膜状のレーザー光(シートレーザー)を用い、このレーザー光が通過する断面を発光させることで、断面形状を取得することができるようにしていました(レーザー誘起蛍光(LIF)法)。その断面の前後にも広がる液滴も観察し、さらに液滴の量や一つ一つの大きさを計測するためには、発光させる断面の位置を高速かつ任意に変化させることが課題でした。今回、この発光させる断面位置を、ガルバノスキャナーという反射鏡を実験装置に組み込むことで高速かつ任意に変化させることに成功しました。これにより、液体が大量の液滴に分裂する現象を3次元で可視化できる手法(3D-LIF法)を開発しました[1,2]。得られた溶融燃料を模擬した液体の3次元形状データを計算機で処理することで、液滴一つ一つの大きさや速さを高精度に計測することが可能になりました[3]。また、原子力機構が開発した詳細二相流数値解析コードを用いることで、同様の現象を再現することが可能となりました。

開発した可視化手法を冷却材プールの水深が浅い場合の実験に適用しました(図2)。プールが浅いと、溶融燃料が床面に衝突した後、縦方向に落下するだけでなく、横方向や奥行方向にも広がり、目で見ただけでは何が起きているか理解できないほど複雑に広がります(図3)。このような状況下での燃料デブリ形成過程の解明は非常に困難になります。これまで開発した手法だけでなく新たに開発した手法も適用することで、液滴が発生する際の液体の形状、発生する液滴の大きさや速度を可視化計測し、これらを関連付けて現象を考察しました。その結果、液滴は異なる二つの液体の速度差や遠心力による「サーフィンパターン」、重力による「液膜破断パターン」で発生することが明らかになりました(図4)。

以上により、大量の微小液滴が発生する現象を世界で初めて詳細に観察できるようになりました。さらに詳細な観察と精緻な計測によって燃料デブリが形成される過程の一部を理解できました。

図2 3D-LIF法により3次元で可視化

図3 模擬溶融燃料が床に衝突しながら液滴に分裂する様子

図4 液滴に分裂する現象のパターン

【今後の展望】

溶融燃料の動きを詳細に解析しデブリの形成過程を明らかにした本成果は、1F廃炉や原子炉の安全性向上に貢献します。

また、これまで溶融燃料に関わる研究で開発した実験・数値シミュレーション手法を改良することで、原子炉内の複雑な二相流現象(液滴や気泡の分裂、合体など)への適用に挑戦していきます。原子力機構では、定常運転時の原子炉内二相流を代替可能な詳細数値シミュレーション手法の開発に取り組んでいます。この数値シミュレーション結果に本可視化手法を適用し、原子炉内の複雑な二相流現象の理解に向けて実験データを取得する予定です。これによって得られる知見やデータは、原子炉の炉心設計に用いられる炉心計算コードのモデル改良に役立ち、炉心設計の信頼性向上に繋がります。

さらに、大量の微小な液滴の発生現象はエンジン内燃料噴霧や粉末薬品製造などでも重要視される現象であり、本可視化手法が幅広い分野で適用されることも期待されます。

【論文情報】

掲載論文:Physics of Fluids

タイトル:Atomization Mechanisms in the Vortex-like Flow of a Wall-impinging Jet in a Shallow Pool

著者名:Naoki Horiguchi1, Hiroyuki Yoshida1, Akiko Kaneko2, Yutaka Abe3

所属:1日本原子力研究開発機構 原子力基礎工学研究センター, 2 筑波大学システム情報系, 3 筑波大学名誉教授

DOI:10.1063/5.0253743

【参考文献】

[1] F. Kimura, S. Yamamura, K. Fujiwara, H. Yoshida, S. Saito, A. Kaneko, and Y. Abe, “Time-resolved 3D Visualization of Liquid Jet Breakup and Impingement Behavior in a Shallow Liquid Pool,” Nucl. Eng. Des. 389, 111660 (2022).

[2] S. Yamamura, K. Fujiwara, K. Honda, H. Yoshida, N. Horiguchi, A. Kaneko, and Y. Abe, “Experimental study of liquid spreading and atomization due to jet impingement in liquid–liquid systems,” Phys. Fluids 34, 082110 (2022).

[3] N. Horiguchi, H. Yoshida, A. Kaneko and Y. Abe, “Atomization Mechanisms of a Wall–impinging Jet in a Shallow Pool,” Phys. Fluids, 35, 073309 (2023).

【用語の説明】

[1] 過酷事故

設計基準事象を大幅に超える事象であって、安全設計の評価上想定された手段では適切な炉心の冷却または反応度の制御ができない状態であり、その結果、炉心の重大な損傷に至る事象をいう。(https://atomica.jaea.go.jp/dic/detail/dic_detail_333.html

[2] 冷却材

原子炉では炉心でウラン、プルトニウム等の核分裂反応によって発生する熱を外に取りだし、核分裂反応を安定且つ定常的に継続させている。この熱を炉心から炉外に取り出すための媒体を冷却材(正しくは原子炉冷却材)という。発電用原子炉では、この取り出した熱が発電機のタービンをまわすエネルギー源である。(https://atomica.jaea.go.jp/dic/detail/dic_detail_731.html

[3] 冷却材プール

液体の冷却材が溜まった場所。過酷事故では液体の冷却材が原子炉の内や外に溜まる場合がある。特に比較的広い炉の外に冷却材が溜まると、そのプールの水深は浅くなりやすい。

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