令和7年3月18日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
本技術開発では、プルトニウム241※1のβ崩壊※2で生成するアメリシウム241※3を、簡便な化学的手法だけで分離回収する実用性に優れた技術を開発しました。
アメリシウム241は、長期(半減期432.2年)にわたってα線※4を放出し、そのα線のエネルギーが熱に変わり発熱し続ける「発熱性核種」と呼ばれています。このアメリシウム241を熱源とした数百年間メンテナンスフリーで使い続けられる電源(半永久電源)を開発すれば、原子力発電所、ITやIoTインフラ、病院などの重要装置や宇宙用機器などの機能維持に役立てることができます。原子力機構では、アメリシウム241のような利用価値が高い元素(有価元素)を、MOX燃料や使用済燃料などから分離回収して、社会で利用可能とする技術の開発を行っています。
プルトニウム238※5を熱源とする半永久電源は、これまでにアメリカ等が開発して、宇宙探査機などに搭載して利用しています。しかし、プルトニウム238は規制が厳しいため広く社会で利用するのは困難な物質です。そこで私たちは、アメリシウム241をMOX燃料や使用済燃料などから分離回収して、発熱体に加工して電源として利用することを考えました。
その際、アメリシウムだけを他元素との混在物の中から分離回収する必要があります。また、実用化のためには、経済性に優れ、工程が少ない分離回収技術を確立する必要があります。
原子力機構ではこれまでに、使用済燃料の溶解液や高レベル放射性廃液からアメリシウム、ウラン、希土類元素等を分離する溶媒抽出技術「SELECTプロセス」を既に開発しています。
そこで本技術開発ではSELECTプロセスの知見を活用して、長期保管されているプルトニウムの中から、特殊な試薬や装置を使うことなく、既に実用化されている溶媒抽出法※6や抽出クロマト法※7を用いて、化学的手法だけでアメリシウム241を分離回収する技術を開発しました。開発した技術によって、28グラムのプルトニウムからアメリシウム241を0.43グラム分離回収しました。この回収量は予想量である0.49グラムに近い量です。
今回開発した分離回収技術は、以下の点から実用性に優れています。
(1)通常、元素分離に使用した抽出剤は放射性の固体廃棄物となります。しかし、今回は気体に分解できる抽出剤を使用したことで、固体廃棄物を焼却して減量可能です。
(2)回収したアメリシウム241を常温で濃縮できる方法を開発し、実証しました。
この新技術は、ストロンチウムなど他の有価元素を分離回収する際にも応用できるため、汎用性にも優れています。
本技術開発は、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 小口正範)NXR開発センター 分離・利用技術開発特別チームの江森達也技術系職員によるものです。
本技術開発の内容はJAEA-Technology 2024-025で3月18日に公開しました。
電池は身の回りの電子機器だけでなく、原子力発電所、ITやIoTインフラ、病院などの重要施設にも宇宙空間の観測装置にも広く電源として使われており、様々な場所で私たちの生活を支えています。長時間安定して使える電源を目指して、様々な物質を使用した電池の開発が行われており、放射性物質の崩壊熱と熱電変換素子を組み合わせた電池(半永久電源)もその一つです。半永久電源の実装例として、太陽光パネルでの発電が十分にできない、木星よりも遠い深宇宙用探査機や火星ローバなどへの搭載があります。
これまで実装された半永久電源には、プルトニウム238を使用したものがあります。しかしプルトニウム238は日本では製造ができません。また、半減期が87.7年と短いため、超長期にわたって電力を必要とする環境での使用には適しません。そこで原子力機構は、半減期の長いアメリシウム241に着目しました。アメリシウム241は半減期が432.2年であるため、長期間にわたって安定した電力を供給できます。
アメリシウム241はMOX燃料や使用済燃料中に含まれるプルトニウム241のβ崩壊で生成します。プルトニウム241の半減期は14.4年であるため、長期間貯蔵しているMOX燃料や使用済燃料はアメリシウム241の供給源となります。
そこで私たちは、MOX燃料中のアメリシウム241を半永久電源の原料として活用するため、他元素、特にプルトニウムから分離回収するための実用性に優れた技術を開発することとしました。
本技術開発では短期間かつ安全にアメリシウム241の分離回収を達成するため、新たな機器開発を要しない汎用的な実験器具を用いて、既に化学分離の手法として確立している溶媒抽出法及び抽出クロマト法を適用しました。
溶媒抽出法による分離の能力を大きく左右するのは抽出剤です。新しい抽出剤の開発には長い時間が必要ですが、ここではSELECTプロセスを開発する中でいろいろな性質が既に分かっている抽出剤の一つを使用し、開発にかかる時間を短くしました。
使用した抽出剤はナイロンや絹などと同じように、燃やすと大部分が気体に分解する元素から作られています。このため、アメリシウム241を分離回収した後、不要になった抽出剤は可燃物として廃棄できます。焼却処分ができることから、固体廃棄物の発生量を減らせます。
図1に溶媒抽出法による分離の様子を示します。黒く見えている上の相に多くのプルトニウムが含まれています。一方、黄色く見える下の相にアメリシウム241が含まれています。
溶媒抽出法で分離したアメリシウム241には、まだ少量のプルトニウムが含まれているので、さらにプルトニウムを分離する精製の操作が必要になります。精製手法として抽出クロマト法を使用しました。抽出クロマト法は、溶媒抽出法と比べると大量の元素の分離には向いていませんが、精製のように少量の元素を精緻に分ける操作に適しています。
図2に精製の様子を示します。クロマトグラフィーのカラムには、プルトニウムと選択的に結合する樹脂を充填しました。図2ではカラムの上の方が緑色を呈しています。これはプルトニウムが樹脂と結合したことを示しています。アメリシウム241はこの樹脂には結合しにくいため、カラムの下部から排出されます。
分離したアメリシウム241を半永久電源で使用するには、アメリシウム241を固体として回収する必要があります。しかし、精製後の液体に含まれているアメリシウム241の濃度は低く、液量も多いため、固体回収を効率的に進められません。そこで、液中のアメリシウム241を濃縮する必要があります。工業的に実用化されている加熱濃縮法と同様に、アメリシウム241の溶液を加熱すれば濃縮できますが、加熱には火災等の危険が伴います。そこで、安全性向上の観点から常温で濃縮できる方法として、アメリシウムと選択的に結合する樹脂を用いた抽出クロマト法を使用しました。
このような分離、精製及び濃縮を行った溶液に沈殿剤を加え、アメリシウム241を固体として0.43g回収しました。(図3)
アメリシウム241は長期間保存されているMOX燃料や使用済燃料に含まれています。原子力機構は、今回開発した分離回収技術を応用して半永久電源へのアメリシウム241の供給を目指します。またMOX燃料からアメリシウムを取り除くことで、MOX燃料の品質を回復することも可能です。
さらに、高レベル放射性廃液にはアメリシウム241以外にも様々な元素が含まれており、その中には資源として価値を持つ元素もあります。こうした元素を分離回収し、放射性廃棄物の再資源化及び高レベル放射性廃棄物の減容を達成する分離プロセスの構築につなげていきます。
JAEA-Technology 2024-025
論文タイトル:高経年Pu試料中に含まれるAm-241の分離回収技術の開発
著者:江森 達也、北辻 章浩、伴 康俊
DOI:https://doi.org/10.11484/jaea-technology-2024-025
プルトニウムの同位元素のひとつ。半減期が14年でβ崩壊するため、1年間に約5%がアメリシウム241に変化する。
過剰な中性子が陽子に変化し、その過程で電子(β線)と反電子ニュートリノを放出する核反応。
アメリシウムの最も一般的な同位体であり、半減期が432.2年のα線放出核種である。プルトニウム238より半減期がおよそ5倍長く、エネルギー出力は1/4程度である。
放射線の1種。陽子2個と中性子2個からなるヘリウム原子核が高速で原子核から飛び出したもの。
プルトニウムの同位元素のひとつであり、半減期が87.7年のα線放出核種である。使用済燃料中のネプツニウム237を分離回収後、高出力試験研究炉の中でネプツニウム238に変化させたのちβ崩壊させて作る方法がアメリカなどで実施され、宇宙用電源として利用されている。
水と油のように互いに混ざりあわない2種類の液体を用いて、特定の物質を分離・精製するための分離法。特定の物質と選択的に反応する試薬を水又は油の相に溶かし、目的の物質を一方の液体からもう一方の液体に移すことで分離する。鉱石中からの金属の分離、廃水からの重金属の除去及び廃棄物中の金属リサイクルなど、工業分野で多く利用されている。
固定相(樹脂などの固体の相)と移動相(液体や気体の相)を用いて、固定相と移動相に含まれる物質との相互作用の強弱を利用して分離する方法。固定相との相互作用が弱い物質の移動速度は速く、固定相との相互作用が強い物質の移動速度は遅くなる。この速度の差を利用して移動相中の物質を分離する。食品に含まれる成分の分析や環境中の微量物質の検出など、精緻な分離が求められる分野で利用されている。