令和7年2月4日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
カリフォルニア大学 バークレー校
ウィスコンシン大学 マディソン校
国立大学法人東京大学
図 幌延地域の地下水の流れの概念図とそこに存在する微生物
本研究では、地下深部の花崗岩や堆積岩環境において、未知微生物が非常に高い割合で存在し、両環境で微生物コミュニティが異なるにもかかわらず、代表的な代謝反応が共通していることを明らかにしました。また、調査対象とした堆積岩の地下環境では、検出された微生物ゲノムの約3分の1はほぼ同一のゲノムであることを明らかにし、微生物コミュニティから地下環境の安定性を把握できる可能性を提示しました。
地下深部には豊富な微生物が存在していますが、その多くはいまだ培養されたことのない未知微生物であり、地下での働きには未解明な部分が多く残されています。高レベル放射性廃棄物の地層処分などの地下空間の利活用においては、地下に生息する微生物が関わる現象について理解を深めることが重要です。
本研究では、花崗岩及び堆積岩の2種類の岩盤を研究対象として建設された原子力機構の地下研究施設(瑞浪、幌延)を活用しました。深度140~400 mの地下水中の微生物について、コミュニティ全体のゲノムを解析する「メタゲノム解析」という手法を用いて、最長4年間にわたってモニタリングすることで、微生物コミュニティや代謝反応を網羅的に解析しました。その結果、花崗岩と堆積岩の微生物コミュニティは著しく異なっていたにも関わらず、水素、二酸化炭素(CO2)、窒素、硫黄およびメタンの代謝反応が共通した代表的な代謝反応であることを解明しました。特に、幌延の堆積岩地下では、有機物、CO2や鉄が豊富であることに起因した代謝が活発であることが示されました。
幌延では、様々な深度に分布する地下水から、ほぼ同一の微生物ゲノムが全体の約3分の1の割合で検出されており、同一のゲノムを有する微生物が地下の異なる深度に分布していることを明らかにしました。このことは、幌延の地下深部に存在する微生物コミュニティの一部は、地下深部まで比較的地下水が流れやすかった最終氷期(約7万~1万年前)もしくはそれ以前の氷期の時代に地表から移動したものであり、その後の環境変化により地下水の流れが非常に遅くなった最終氷期終了時期(約1万年前)から現在まで、長期間地下深部にて移動が制限された可能性を示しています。
このような堆積岩地下における微生物コミュニティの特性は、地下水の流れが非常に遅い地下環境が地球化学的にも非常に安定していることを示しており、高レベル放射性廃棄物の地層処分だけでなく、水素やCO2の地下貯留等の地下空間利用技術にとっても重要な知見として活用されることが期待されます。
なお本研究は、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 小口正範)核燃料サイクル工学研究所 BE資源・処分システム開発部の天野由記副主任研究員らの研究チーム、カリフォルニア大学バークレー校のジリアン バンフィールド教授らのグループ、東京大学大学院理学系研究科の鈴木庸平准教授によるものです。
本研究成果は、2024年12月18日に国際学術雑誌「Environmental Microbiome」にオンライン掲載されました。
日本では、原子力発電により発生した使用済燃料を再処理した際に生じる高レベル放射性廃棄物を、地下300 mより深い地層に埋める地層処分が計画されています。地層処分した廃棄物は、数万年以上の長い年月の間、人間の生活環境から安全に隔離される必要があります。そのためには、地下空間の安定性が重要であり、地下環境の特性について理解を深めることが必要です。一方で、近年の研究により、酸素のない暗黒の地下深部にも豊富な生命が存在し、そこに生きているのはごく微小サイズの「微生物」であることがわかってきました。地層処分システムへの影響をより詳細に把握するためには、地下に豊富に存在する微生物の影響を評価する必要があります。なぜなら、地下に生息する微生物の働きが、廃棄物を地層処分する際に用いられる金属容器の腐食反応や地下水の水質に影響を与えることが考えられるからです。また、微生物が細胞内に放射性物質を取り込んだり、細胞表面に吸着させたりすることにより、放射性物質の移行に影響を及ぼすことも懸念されています。しかしながら、地下に存在する微生物の多くは、これまでに培養されたことのない未知微生物であり、地下環境中での働きは未解明な部分が多く残されています。
本研究では、深度140~400 mの地下環境から地下水を定期的に採取し、地下水中の微生物が持つ遺伝子情報をメタゲノム解析により網羅的に解析しました。地下水試料は、原子力機構の地下研究施設である、花崗岩を研究対象とした瑞浪超深地層研究所(岐阜県瑞浪市)及び堆積岩を研究対象とした幌延深地層研究センター(北海道幌延町)を活用して採取しました(図1)。
図1 花崗岩及び堆積岩を対象とした地下研究施設
地下研究施設内には、深度の異なる様々な領域を対象としてボーリング孔が掘削され、地下水採取及び水圧・水質モニタリングを行うための技術や、それらの技術を活用して品質の高い地下水試料を定期的に採取可能な技術が整備されています(図2)。微生物のメタゲノム解析には、多くのDNA量を必要としますが、本研究では両地下研究施設で開発された地下水調査技術を活用して、地上由来の物質による汚染のない非常に品質の高い地下水を大量に研究試料として用いたことで、深部地下の微生物のメタゲノム解析を成功させることができました。地下水中の微生物群集組成を、メタゲノム解析により数年間モニタリングした研究は、世界で初めてとなります。
図2 地下研究施設内で整備された採水技術と作業の様子
花崗岩及び堆積岩を対象とした地下水中の微生物のメタゲノム解析の結果、それぞれの環境下には細菌および古細菌の未培養系統群(CPR:細菌群、DPANN:古細菌群)が高い割合で存在していることが示されました(図3)。これらの微生物の大部分は、生存に必須なアミノ酸や脂質などの物質を合成するための遺伝子をほとんど持たないことから、他の微生物に共生していると考えられていますが、まだ実験室で培養できておらず、宿主も不明であるため、その生理機能や生態学的役割はほとんどわかっていません。今回研究対象とした花崗岩環境からは、CPR(細菌群)及びDPANN(古細菌群)が高い割合で存在し、深度が深くなるにつれて割合が減少する傾向が示されました。一方で、堆積岩環境では、CPRの検出割合は非常に低いものの、DPANNの中で例外的にアミノ酸や脂質などを合成するアルティアルカエウム目系統に属する菌が約90%の割合で存在する領域があり、花崗岩と堆積岩環境下で微生物群集組成が著しく異なる種で形成されていることが示されました。地下微生物の代謝機能について網羅的に解析した結果、それぞれの岩盤環境の微生物組成は異なる種で構成されているにもかかわらず、いずれの岩盤環境においても水素、CO2、硫黄、窒素、メタンの代謝反応により活動していることを明らかにしました。幌延の堆積岩地下では、鉄、有機物やCO2が豊富であることに起因して、鉄代謝、発酵やメタン代謝が活発な反応となっていました。このことは、地下環境下では微生物にとって有用なエネルギー源が限られており、水素やCO2などの地下環境に共通した主要な物質が主なエネルギー源として利用されていることを示しています。
図3 2種類の岩盤を対象とした地下研究施設とそこに存在する微生物種組成
また、地下水の流れが非常に遅い幌延の堆積岩地下環境では、地下空間の深度が異なっていても、全体の約3分の1の割合でほぼ同一のゲノムが検出されました(図4)。さらに、遠く海を隔てたアメリカ大陸の地下環境からも幌延と同一のゲノムが検出されました。このことは、大陸レベルで離れた空間であっても、微生物の分散速度が遺伝子の突然変異の発生速度に比べて十分に速く、最終氷期までの比較的地下水が流れやすかった時代に移動してきた微生物が、最終氷期終了時期(約1万年前)から現在までの地下水の流れが非常に遅い環境下で、長期にわたって移動を制限された可能性を示しています。氷期は、現在と比べて海水面が低かったことや地形の違いにより、地表水が地下深部まで浸入しやすく、地下水が流れやすかったと考えられており、この時期に一部の微生物は地表から地下、あるいは地下空間内を移動した可能性があります。その後、最終氷期終了時期から現在までの間に、地形の変化などにより地下水の流れが非常に遅くなったことで、地下深部に長期にわたって微生物が閉じ込められたものと推察されました。このような堆積岩地下における微生物コミュニティの特性は、地下水の流れが非常に遅い地下環境において物質の移動が制限されていることを示しており、本研究により、微生物コミュニティから地下環境の安定性を把握できる可能性を提示しました。
図4 堆積岩での各深度間における微生物種の共通性のパターン図
横軸は検出された微生物種、青色が共通する種を示しています。
青色線が縦に並んでいるほど、異なる深度で同じ微生物種が検出されていることを示します。
本研究から、岩石の種類の異なる地下環境における微生物の主な代謝機能を明らかにしました。また、微生物コミュニティの特性から、地下水の流れが非常に遅い環境においては、地下環境が長期にわたって安定していることが示されました。
今後は、高レベル放射性廃棄物を地層処分した際に、地下環境の微生物が放射性核種の移行に及ぼす影響をより詳細に把握することを目指して、細胞レベルで解明していきます。微生物は核種を細胞内に取り込んだり、細胞表面に吸着させたりすることにより、地層中での放射性核種の移行に影響することが考えられているためです。微生物が保有する遺伝子情報から微生物の影響を解明することにより、地層処分システムの安全性に対する信頼度をより一層高められることが期待されます。
これらの知見は、水素やCO2の地中貯留に関わる技術開発にも有用な情報となることが期待されます。また、地下微生物の代謝機能を活用することで、水素やメタンなどのエネルギー開発や、バイオレメディエーション(生物の代謝機能を用いた環境浄化)を活用した地下水汚染などの環境問題の解決に貢献できる可能性があります。地下微生物の多くはいまだ分離培養に成功していない未知微生物群であり、これまでに発見されていない新しい遺伝子情報を多く保有していることが推測されています。今後、地下微生物研究が、抗生物質や酵素などの新しい医薬品・食品の開発に役立つ可能性もあり、幅広い分野における発展や社会的に重要な問題の解決に貢献していくことが期待されます。
雑誌名:Environmental Microbiome
論文タイトル:Diverse microbiome functions, limited temporal variation and substantial genomic conservation within sedimentary and granite rock deep underground research laboratories
著者名(所属):Yuki Amano1,5, Rohan Sachdeva2, Daniel Gittins2, Karthik Anantharaman3, Shufei Lei4, Luis E. Valentin‑Alvarado2, Spencer Diamond2, Hikari Beppu1, Teruki Iwatsuki5, Akihito Mochizuki5, Kazuya Miyakawa5, Eiichi Ishii5, Hiroaki Murakami5, Alexander L. Jaffe6, Cindy Castelle2, Adi Lavy4, Yohey Suzuki7 and Jillian F. Banfield2,4
(1 Nuclear Fuel Cycle Engineering Laboratories, Japan Atomic Energy Agency
2 Innovative Genomics Institute, University of California, Berkeley
3 Department of Bacteriology, University of Wisconsin-Madison
4 Department of Earth and Planetary Science, University of California Berkeley,
5 Horonobe Underground Research Center, Japan Atomic Energy Agency
6 Department of Plant and Microbial Biology, University of California, Berkeley
7 Department of Earth and Planetary Science, The University of Tokyo)
DOI:https://doi.org/10.1186/s40793-024-00649-3
<原子力機構 核燃料サイクル工学研究所>
天野由記:研究計画立案、微生物・地球化学データ取得、解析、考察
別部光里:微生物データ取得
<原子力機構 幌延深地層研究センター>
岩月輝希、望月陽人、宮川和也、石井英一、村上裕晃:水理・地球化学データ取得と考察
<カリフォルニア大学バークレー校>
Jillian F. Banfield:研究計画立案、解析、考察、指導監修
Rohan Sachdeva、Daniel Gittins、Shufei Lei、Luis E. Valentin-Alvarado、Spencer Diamond、 Alexander L. Jaffe、Cindy Castelle、Adi Lavy:ゲノムデータ処理、ゲノムデータ解析
<ウイスコンシン大学マディソン校>
Karthik Anantharaman:代謝解析
<東京大学大学院理学系研究科>
鈴木庸平:データ取得、考察
本研究成果は、経済産業省資源エネルギー庁委託事業「高レベル放射性廃棄物等の地層処分に関する技術開発事業(ニアフィールドシステム評価確証技術開発)(平成30年度~令和4年度)」、「高レベル放射性廃棄物等の地層処分に関する技術開発事業【地層処分安全評価確証技術開発(核種移行総合評価技術開発)(令和5年度)】、科研費 基盤研究C「地下環境中のバイオマグネタイト生成機構の解明とそれらの重金属元素との相互作用研究」及び原子力機構 萌芽研究開発制度「水素エネルギーの地層貯蔵を視野に入れた地下微生物の水素代謝に関する研究」等の助成を受けたものです。
メタゲノムとは、ある生物の遺伝子全体を意味する「ゲノム」に、「超越」を意味する「メタ」を融合した造語であり、メタゲノム解析は、微生物群集のゲノムを培養に依存することなく網羅的に解析し、遺伝子配列からどのような微生物が存在し、どのような機能があるかを知ることができる手法です。
原子力機構では、高レベル放射性廃棄物の地層処分研究開発において、実際の地質環境における調査や評価技術の開発のため、幌延深地層研究センター(北海道幌延町)や東濃地科学センター瑞浪超深地層研究所(岐阜県瑞浪市)において地下坑道を整備し、坑道から岩盤中にボーリング孔を掘削して地下水を採水して分析する等の研究を実施しています。
幌延深地層研究センターでは、堆積岩を対象として深度500mまで坑道を整備中です。東濃地科学センター瑞浪超深地層研究所では、花崗岩(結晶質岩)を対象として深度500mまで坑道を整備しましたが、令和元年度に研究を終了し、令和4年1月に坑道の埋め戻し及び地上施設の撤去が完了しました。
地層処分の観点からは、地層を堆積岩と結晶質岩の2種類に大別しています。堆積岩は、海底や河床などに運ばれた泥や砂などの堆積物や火山噴出物などが固まってできた岩石です。結晶質岩は、鉱物の結晶からなる岩石で、マグマが冷えて固まってできた岩石(火成岩)および既存の岩石が熱や圧力によって変化してできた岩石(変成岩)を指します。花崗岩は、火成岩の一種です。
地球上の全ての生き物は、真核生物、細菌、古細菌の3種類に大別されます。近年、それぞれが持つ遺伝子の内容を分析した結果、古細菌の方が細菌よりヒトと共通する部分が多いことが分かったことから、全ての生物は最初に細菌と古細菌に分かれ、その後、古細菌から真核生物が誕生したというシナリオが考えられています。