2025年1月15日
国立大学法人東北大学
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
国立研究開発法人理化学研究所
国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)

音波の新しい伝播現象を発見
─ 次世代の通信技術への展開に期待 ─

【発表のポイント】

【概要】

表面弾性波(SAW)は物質表面を伝わる音波であり、周波数フィルターやセンサーなど、現代の通信を支える基盤技術として広く利用されています。その性能向上や新たな性質の開拓は、次世代通信技術や情報処理デバイスの進化に直結する重要な課題です。

今回、東北大学金属材料研究所の新居陽一准教授と小野瀬佳文教授、日本原子力研究開発機構原子力科学研究所先端基礎研究センターの山本慧研究副主幹、理化学研究所創発物性科学研究センターの前川禎通客員主管研究員らからなる共同研究グループは、表面弾性波が磁性材料で作製した回折格子(注3)を通過する際に、非相反回折(注4)と呼ばれる特殊な回折現象を生じることを発見しました。これは通常の回折現象では見られない非対称な回折が生じるもので、これまで光学分野でしか観測されていませんでした。本成果を発展させると、磁場によって表面弾性波の曲がる方向を変えられるようになるため、例えば音響スイッチやこれを用いた高性能な表面弾性波フィルターなどへの応用が期待されます。

本研究成果は、2025年1月14日(米国東部時間)に米国物理学会のPhysical Review Letters誌に掲載されました。

【詳細な説明】

研究の背景

規則正しく並んだ物体に波が衝突すると、散乱された波が互いに干渉し、特定の方向に強い波が生じます。この現象は「回折」と呼ばれ、光、音、電子波など、さまざまな波動に共通する基本的な現象です。通常、回折された波の強度は対称的で、例えば上方と下方の回折波の強度は等しくなります(図1(a))。しかし、特定の条件下ではこの対称性が崩れ、非対称な回折が生じることが知られています(図1(b))。これは非相反回折と呼ばれ、光では知られていますが、他の波動で観測された例はありませんでした。例えば、物質表面を伝わる音波である表面弾性波においても、このような特異な回折現象が期待されますが、知られていませんでした。表面弾性波を使ったデバイスは、例えば携帯電話の周波数フィルターとして使われるなど現代の通信技術を支える重要な要素となっています。したがって、もし非相反回折のような新しい性質を見いだせば、次世代通信技術の進化やデバイス開発につながると期待できます。

今回の取り組み

今回、本研究グループは、磁性体で作製した回折格子を用いて、表面弾性波の非相反回折現象を初めて実証しました。一般に音波は縦波や横波のように特定の方向に原子振動していますが、表面弾性波では表面の原子が回転運動し、角運動量を持つという顕著な性質があります。この角運動量と磁性体が持つ角運動量の間の相互作用を考慮すると、回折波に非対称な振る舞いが生じ得ることが予想されました。これを確かめるため、半導体微細加工技術を駆使してナノスケールの磁性体を周期的に配置した格子を作製し、これを通過する表面弾性波を精密に測定しました(図2(a))。すると上方へ回折される表面弾性波と下方へ回折される表面弾性波の強度が明確に異なることが実験的に観測されました(図2(b))。さらに表面弾性波と磁性体の相互作用を取り込んだ理論モデルを立てて散乱強度を計算したところ、非相反回折をよく再現できることが分かりました。このことは、表面弾性波と磁性体の間の角運動量を介した相互作用が重要であることを示しています。

今後の展開

今回、これまで光でしか観測されてこなかった非相反回折が、初めて音波でも確認されました。この発見は、光や音波にとどまらず、他のさまざまな波動現象においても非相反回折が生じ得る可能性を示唆しています。また今回の発見によって、表面弾性波を活用したデバイス技術に新たな可能性がもたらされます。特に非相反回折では非対称な回折が生じ、その非対称性が磁場の向きに依存するため(図2(b))、この性質を応用すれば磁場を使って表面弾性波の伝搬経路を部分的に制御することが可能になります。これにより、従来の表面弾性波デバイスにはない、音響スイッチング機能が実現できると期待されます。さらに将来的には、今回の成果も取り込んだ表面弾性波の精密な制御によって、マイクロ波通信や量子技術の高度化にも貢献する可能性もあります。

図1. 回折格子による波の回折。
(a)通常の回折。回折強度は透過波に対して対称的な強度分布となる。(b)非相反回折。回折強度がn=+1とn=-1の回折波によって異なる非対称性が生じる。またこの非対称性は磁場の向きを反転すると反転する。

図2. (a) 表面弾性波の非相反回折実験の模式図。
LiNbO3圧電基板の中央に強磁性Niで回折格子を作製する。左にある櫛型の電極に高周波電圧を加えることで表面弾性波が励起される。伝搬してきた表面弾性波は回折格子を通過後に右側の電極で検出される。上方、下方への回折波はそれぞれTopとBottom電極で検出され、透過波はCenter電極で観測される。(b) 透過波および回折波の信号強度の磁場依存性。回折波の信号は磁場の符号を正から負へと反転すると、異なる値となっている。さらに、この磁場の符号反転に対する非対称な振る舞いは上方と下方の回折波で反転している。これが非相反性の証拠である。

【謝辞】

本研究は、JST創発的研究支援事業(課題番号:JPMJFR2133)、JST戦略的創造研究推進事業さきがけ(課題番号:JPMJPR19L6, JPMJPR20LB)およびJSPS科研費(課題番号: JP20K03828, JP21H01036, JP22H04461, JP21K13886, JP24K01283, JP24H00189, JP24H01638, JP24K00576, JP24K00576)からの支援を受けて実施されました。

【用語説明】

注1. 表面弾性波(Surface Acoustic Wave:SAW)

異なる媒体の界面に局在して伝搬する波のことを表面波といいます。なかでも物質の表面に沿って伝搬する音波を表面弾性波と呼びます。表面弾性波は、表面の原子が回転運動をしながら伝わるという顕著な性質を持っています。またこれを利用したデバイスに表面弾性波フィルターが知られており、一般の携帯電話には複数個実装されています。これは圧電体表面に微細な電極を作製したもので、特定の周波数の電気信号だけが効率よく音波に変換されます。これを利用することで不要な周波数の電気信号を除去する周波数フィルターとして働きます。

注2. 角運動量

物体が回転運動しているとき、その回転の度合いを表す物理量を角運動量といいます。古典的な波動である音波や光においても、変位や偏光の回転モードから角運動量が現れることがあります。また磁性体中では、スピン角運動量と呼ばれる角運動量があります。したがって磁性体などに音波や光が照射されると、音波や光の角運動量と磁性体のスピン角運動量が相互作用することでさまざまな現象が生じます。

注3. 回折格子

回折とは、光や音波などの波が障害物や狭い隙間を通過するときに、回り込んで広がる現象を指します。回折格子は、波の波長に近い間隔で作られた周期的な構造体で、そこで回折した波同士が干渉すると特定の方向に強い波が現れます。この性質を利用した回折格子は、波の波長やエネルギーを調べることができる光学素子として広く使われています。

注4. 非相反回折

非相反性とは、ある方向に伝搬する波と180度反対方向に伝搬する波が異なる性質を持つことをいい、一種のダイオード現象のことです。この回折版である非相反回折は、回折方向の正負で異なる性質を持つことを指します。より正確には、回折波と入射波の差である散乱ベクトルの符号によって性質の異なる振る舞いのことで、通常の回折現象では生じません。

【論文情報】

タイトル:Observation of Nonreciprocal Diffraction of Surface Acoustic Wave

著者:Yoichi Nii*, Kei Yamamoto, Masaki Kanno, Sadamichi Maekawa, Yoshinori Onose
*責任著者:東北大学金属材料研究所 准教授 新居陽一

掲載誌:Physical Review Letters

DOI:10.1103/PhysRevLett.134.027001

URL:https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.134.027001

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