令和6年11月1日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構 (理事長:小口正範、以下「原子力機構」という。)原子力基礎工学研究センター炉物理・熱流動研究グループの神谷朋宏研究員らは、炉心設計コードの妥当性確認のため、複数の物理現象の相互作用の取り扱いを可能とするマルチフィジックス・シミュレーション・プラットフォーム「JAMPAN」 (JAEA Advanced Multi-Physics Analysis platform for Nuclear systems)第1版を開発しました。「JAMPAN」を用いて詳細なマルチフィジックス・シミュレーションにより、実験で得られるデータに相当する詳細なデータが提供できるようになり、バーチャル・リアクター実現に向けた大きな一歩を踏み出しました。
カーボンニュートラルの達成や人類社会のさらなる発展のための宇宙開発などを目的として、小型モジュール炉(SMR)をはじめとする、従来とは大きく異なる原子炉の開発が世界各国で進められています。このような新しい原子炉を含めての原子炉設計に用いられる炉心設計コードの妥当性確認のためには、実験データとの比較が必要不可欠です。しかし、妥当性確認に利用できる実験データは限られており、その拡充が求められていました。特に、中性子輸送や熱流動などの複数の物理現象を同時に考慮した実験は、実施が難しいことからほとんど行われておらず、データの提供が世界的に求められています。
そこで本研究では、原子力機構が長年に渡って開発してきた二つの計算コード(中性子輸送計算コード「MVP」と熱流動計算コード「JUPITER」)を組み合わせた計算を可能とする、マルチフィジックス・シミュレーション・プラットフォーム「JAMPAN」を開発しました。「JAMPAN」を用いたマルチフィジックス・シミュレーションにより、実際の原子炉を計算機上に再現するバーチャル・リアクターの実現や、これまで行われてきた実験に近い詳細なシミュレーションが可能となります。そのため、「JAMPAN」を用いることで、実際の実験では得られなかったマルチフィジックスの実験に相当するデータを得ることが可能となります。「JAMPAN」の解析結果を活用することで、従来の実験の補間のみならず、今までの実験では取得できなかった新たなデータを、炉心設計コードの妥当性確認や炉心設計コードで用いられているモデルの改良に利用することが可能となりました。
今後、既存の軽水炉だけでなく、革新炉などの様々な体系・条件において、「JAMPAN」を用いた詳細なマルチフィジックス・シミュレーションを実施していく予定です。これにより、原子力機構やプラントメーカー等が開発している炉心設計コードの妥当性確認やモデルの改良へ貢献できます。これは炉心設計の信頼性向上や設計品質向上に繋がるものであり、本研究は安全性・経済性向上の両面で原子炉設計に貢献します。
本研究成果は、10月31日に原子力工学分野の国際会議ICONE31の国際会議論文で公開されました。
原子炉の設計に用いられる炉心設計コードの妥当性確認のためには、実験データとの比較が必要不可欠です。しかし、妥当性確認に利用できる実験データは限られており、さらなる実験データの拡充が求められていました。特に近年世界的に開発が進んでいる小型モジュール炉(SMR)などの革新炉のための実験データの拡充が強く求められています。
実験には、原子炉内の中性子の分布や蒸気の泡の分布など、個々の物理現象を取り扱うシングルフィジックスの実験と、複数の物理現象を組み合わせて同時に取り扱うマルチフィジックスの実験があります。この内、シングルフィジックスの実験については今までも多くの実験が行われており、炉心設計コードの妥当性確認に利用されていました。しかし、マルチフィジックスの実験は実施が難しく、また正確な実験データを取得することが非常に困難なこともあり、世界的に見てもほとんど行われておらず、炉心設計コードの妥当性確認に利用できるような高精度な実験データはありませんでした。そのため、世界的にも炉心設計コードの妥当性確認に利用可能なマルチフィジックスの実験が求められています。
原子力機構では、原子炉内の中性子の挙動を正確に計算するために、計算体系の幾何形状や中性子のエネルギー分布を厳密に取り扱う中性子輸送計算コードMVPや、実験相関式を極力排除した熱流動計算コードJUPITERなど、高精度なシングルフィジックス計算コードを多数開発してきました。これまでの研究成果により、これらの計算コードは原子炉のタイプや形状、サイズ、出力などに依存せず、高精度に解析できることが示されております。
そこで、これらのシングルフィジックス計算コードを結合させたマルチフィジックス・シミュレーションを行うことで、マルチフィジックスの実験をシミュレーションで置き換えることができると考えました。しかし、これらの計算コードでは、幾何形状の取り扱い方法や計算の時間ステップが異なるなど、計算コード同士を連成する上での課題があり、今まで実現していませんでした。
これらの課題を解決し、実験に相当するデータ(解析結果)が得られる詳細かつ高精度なマルチフィジックス・シミュレーションを実現するために、マルチフィジックス・シミュレーション・プラットフォーム「JAMPAN」第1版を開発しました。「JAMPAN」は、様々なシングルフィジックス計算を連成したマルチフィジックス・シミュレーションを実現するための共通プラットフォームです。ユーザーの要望に応じて計算コードを自由に入れ替えることが可能となっており、全炉心計算から燃料一体の計算まで、様々な体系を計算することが可能です。この「JAMPAN」を用いて、詳細なマルチフィジックス・シミュレーションを行うことで、実験相当の詳細な解析結果を得ることが期待できます。
JAMPAN第1版では、
(1)一体の燃料集合体を対象とし、流動状態を忠実に再現できるように領域を詳細に分割したマルチフィジックス・シミュレーション
(2)炉心全体を対象とし、燃料棒で囲まれた領域を平均化したマルチフィジックス・シミュレーション
の二通りのマルチフィジックス・シミュレーションを実現しました(表1)[1]。これらのマルチフィジックス・シミュレーションによって原子炉内の様々な事象を解析し、原子炉の炉心設計コードの妥当性確認のためのデータを提供します。
「JAMPAN」では、図2のように「JAMPAN」専用のJAMPANデータコンテナにデータを格納し、このJAMPANデータコンテナを介してデータのやり取りを行っています。このようにJAMPANデータコンテナを用意することで、計算コードの依存性が無くなり、容易に計算コードを入れ替えることが可能となっています。また、それぞれのシングルフィジックス計算コードで取り扱う幾何形状の違いなどもデータコンテナに格納する際に考慮しており、厳密な幾何形状から、非常に小さい立方体で構成されたブロック形状への変換など、それぞれの計算コードに合わせた幾何形状に変換できます。
本研究では、沸騰水型軽水炉(BWR)の燃料一体を対象に、「JAMPAN」を用いて、MVPとJUPITERを連成した大規模なマルチフィジックス・シミュレーションを行いました。図3にMVP/JUPITERの解析結果の一例として、燃料内の蒸気の泡分布を示します。図3に示しますように、燃料内の泡の発生やその発達を詳細に解析することに成功しました。
本研究で開発した「JAMPAN」を用いた詳細なマルチフィジックス・シミュレーションを活用することで、今までの実験では見ることができない細かさで泡分布の変化を見ることができるようになるなど、詳細な事象を計算機上に再現したバーチャル・リアクターが実現できます。今後、軽水炉の様々な燃料集合体・解析条件において、同様の詳細なマルチフィジックス・シミュレーションを実施し、得られた解析結果を広く公開することで、原子力機構だけでなく、プラントメーカー等で開発している軽水炉の炉心設計コードの妥当性確認や炉心設計コードで用いられているモデルの改良に貢献します。
また、実験データの少ないSMRなどの革新炉や、革新炉で用いられている燃料集合体の解析を行っていきます。JAMPANの解析結果を活用することで、革新炉の炉心設計コードの妥当性確認やモデルの改良に利用していきます。
炉心計算コードの妥当性確認やモデルの改良は、炉心設計の信頼性向上や性能向上に繋がるものであり、本研究は安全性・経済性向上の両面で炉心設計の改善に貢献します。
国際会議名:ICONE 31 (31st International Conference on Nuclear Engineering)
タイトル:Neutronics/Thermal-Hydraulics Coupling Simulation using JAMPAN in a Single BWR Fuel Assembly
著者名:Tomohiro Kamiya1, Taku Nagatake1, Ayako Ono1, Kenichi Tada1, Ryoichi Kondo1, Yasunobu Nagaya1, Hiroyuki Yoshida1
所属:1日本原子力研究開発機構 原子力基礎工学研究センター
[1] K. Tada, R. Kondo, T. Kamiya, et al., "Development of High-Fidelity Multi-Physics Plat form JAMPAN,” Proceedings of PHYSOR 2024 (2024).
相互に作用する複数の物理現象を連成してまとめて解析することを言います。例えば、本研究では、原子炉内の中性子束分布や出力分布を計算する中性子輸送計算と、原子炉内の水の温度分布や気泡の大きさや分布(ボイド率分布)を計算する熱流動計算を連成しています。
原子炉内の中性子束分布や出力を計算する中性子輸送計算コードの一つで、原子力機構が開発している連続エネルギーモンテカルロ計算コードです。MVPでは、幾何形状やエネルギー分布を近似なしに取り扱うことが出来るため、高精度な中性子輸送計算が可能となっています。
原子炉内の水の温度分布やボイド率分布の計算、燃料デブリの溶融挙動などを計算する熱流動計算コードの一つで、原子力機構が開発している多相多成分熱流動計算コードです。JUPITERでは、適用範囲に制限のある、経験的な実験相関式を極力排除しているため、適用範囲が広く、様々な熱流動事象を高精度に計算することが可能となっています。
一つの物理現象を解析することを言います。本研究では、中性子輸送計算と熱流動計算をシングルフィジックス計算と呼んでいます。
主に熱出力300MW以下の原子炉をSMRと呼んでいます。工場でモジュールを製造し、建設地で据え付け・組み立てを行うことで、品質の維持・工場、工期の短縮や建設コストの削減が期待できます。世界各国で開発が進められており、原子力機構でも高温ガス炉や高速炉の開発が行われています。
バーチャル・リアクターとは、コンピュータ上に構築された原子炉のデジタルモデルです。バーチャル・リアクターを用いることで、実際の原子炉の挙動を数値シミュレーションすることが可能となり、設計の高度化・最適化、安全解析、アクシデントマネージメントの検討・確認などに適用できます。