令和6年10月30日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
株式会社千代田テクノル
図1 製品化した「高バックグラウンド対応甲状腺モニタ」
(右図のように測定部を取り外して小さなお子様にも使用できます)
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長:小口正範、以下「原子力機構」という。)と株式会社千代田テクノル(代表取締役社長:井上任、以下「千代田テクノル」という。)は、原子力機構が保有する特許技術を用いて原子力災害が発生したときの住民などの甲状腺モニタリング1に使用する「高バックグラウンド対応甲状腺モニタ」の開発・製品化に成功しました。
製品化した甲状腺モニタは、次の特長があるため、様々な放射性同位元素が混在する線量率が高い環境(高バックグラウンド環境)でも放射性ヨウ素2を精確に測定でき、机といすさえあればどこにでも設置して使用できます。
図2 高さ/角度調整機構があり、様々な体格の被検者に使用できます
図3 測定部を取り外して使用でき、小さなお子様にも使用できます
本製品は、2024年11月1日に販売開始します。
チョルノービリ原子力発電所4や福島第一原子力発電所5の事故では、大量の放射性ヨウ素が周辺の環境に放出されました。放射性ヨウ素が体内に取り込まれると、甲状腺に集積され、健康影響が懸念されます。チョルノービリ原子力発電所事故では、特に、小児の甲状腺がんの発生率が上がりました。この放射性ヨウ素(半減期8日間)は放射性壊変に伴い短期間で減衰してしまうため、速やかに住民の甲状腺被ばく線量の測定(甲状腺モニタリング)を始める必要があります。福島第一原子力発電所事故では十分な測定ができませんでしたが、この理由として、線量率が高い場所に持ち込んで使える可搬型の甲状腺モニタリング用の測定器がなかったことがあげられます。
原子力機構 原子力科学研究所 放射線管理部では、放射線防護に必要な放射線計測やモンテカルロシミュレーション計算6の高度な技術開発を行っておりました。また、放射線分野で唯一のJIS登録試験所7を運用して、国内の放射線測定器の試験・校正に必要な標準を供給してきました。これらの技術と設備を活用して、原子力災害直後の周辺の線量率が高く、また、放射性ヨウ素以外の放射性同位元素が混在した環境でも甲状腺に集積された放射性ヨウ素を分けて測ることができる、遮蔽が一体となり可搬性に優れる甲状腺モニタのプロトタイプを開発しました。また、関連する技術を特許化しました。なお、本開発は、原子力機構 安全研究・防災支援部門 安全研究センターとともに原子力規制庁の受託事業(平成29年度~平成31年度放射線安全規制研究戦略的推進事業)で実施しました。
原子力機構の特許技術を株式会社千代田テクノルに提供して、「高バックグラウンド対応甲状腺モニタ」(以下、「甲状腺モニタ」という。)として開発・製品化に成功しました。
原子力機構オリジナルの甲状腺モニタは、住民に加えて、発災場所直近の5μSv毎時を超える非常に高い線量率の現場の作業者も測定対象としています。そのため、遮蔽体を含めた測定部が16kgもあり、簡単に持ち運ぶことが困難でした。今回開発した甲状腺モニタは、使用が想定される場所の線量率を精査して遮蔽体を最適化することにより、小型・軽量化を図りました。これにより、測定部の重量を2/3の10kgまで軽量化して、可搬性が大きく向上しました。
放射線の検出器には、CdZnTe半導体検出器を採用しました。この検出器は、使用される場所の温度変化の影響を受けにくく、大型の冷却設備が不要で、放射性同位元素の種類ごとに放射能を測定する性能(エネルギー分解能)が非常に優れています。これにより、様々な放射性同位元素が混在する高バックグラウンド環境において、放射性ヨウ素を精度よく検出可能となり、どのような環境でも安定して精確に甲状腺被ばく線量を測定できるようになりました。
測定部の高さと角度を柔軟に調整できる機構を組み込むことにより、様々な体格の方でも無理な姿勢を強いることなく測定できるように改良しました。
これらの改良により、5μSv毎時という高い線量率の場所において、60秒という短時間で、測定精度の指標となる検出下限値が成人:10mSv※、小児:100mSv※未満の高い精度で甲状腺被ばく線量を測定できる甲状腺モニタが完成しました。(※ 4週間後に測定したときの甲状腺等価線量。実効線量8への寄与にすると成人:0.5mSv、小児:5mSv)
原子力災害対策指針9では、避難または一時移転を指示された地域住民で19歳未満の方を対象に、3週間以内にNaI(Tl)サーベイメータ10による簡易測定でスクリーニングを行い、4週間以内に対象者を詳細測定することが定められています。また、可搬型甲状腺モニタが製品化され普及が見込まれる段階で実施体制を改めて検討することとされています。
今回開発した「高バックグラウンド対応甲状腺モニタ」は、高い測定精度が求められる詳細測定に用いられることを目的としていますが、60秒という短時間で測定できることに加え、可搬性に優れるという特徴があります。簡易測定の実施が困難な高線量率の場所を含めてどのような環境においても使用可能であることから、甲状腺モニタリングの手法を刷新できる可能性があります。また、高バックグラウンド環境でも使用可能であることから、原子力発電所の緊急作業者、原子力災害に対応する自衛隊員、消防隊員、警察官などの作業者の甲状腺モニタリングにも利用できます。さらに、CdZnTe半導体検出器の優れたエネルギー分解能を活かして、原子力発電所などで汚染が発生したときに、放射性物質の種類と量を現場で測定する機能などを開発して付加することで、より多用途に活用できる可能性があります。
別分野への展望として、医療分野への展開を検討しています。甲状腺疾患の治療では、ヨウ素内用療法などの核医学治療が行われます。通常は、甲状腺に集積した放射性ヨウ素などの量を測るためにガンマカメラを用いた甲状腺シンチグラフィという画像検査が行われます。医療用ガンマカメラは高価、大型であるため、検査できる回数が限られます。今回開発した甲状腺モニタはこれよりも安価、コンパクトで、遮蔽により血液など他臓器の放射性ヨウ素などによる影響を受けずに、甲状腺への放射性ヨウ素の集積量を簡便かつ精確に測定できます。この特長を活かして、甲状腺への放射性ヨウ素の集積量を高頻度で測定し、甲状腺シンチグラフィによる検査を補うことで、治療の最適化に大きく貢献できる可能性があります。
原子力災害時に環境中に放出された放射性ヨウ素は、甲状腺に蓄積されやすく、内部被ばくを引き起こします。チョルノービリ原子力発電所事故では、特に小児で発がん率の上昇がみられたことから、原子力災害において甲状腺モニタリングを行うことにより、住民の皆様の甲状腺被ばく線量を測定・評価することが重要となります。原子力災害対策指針では、19歳未満の方、妊婦及び授乳婦を基本としてモニタリングすることになっています。吸入摂取からおおむね3週間内を基本として、NaI(Tl)サーベイメータを利用して簡易測定を行い、スクリーニングレベル(0.2μSv/hを目安。状況に応じて適切に見直す)を超える方を詳細測定の対象者として選定します。詳細測定は、吸入摂取からおおむね4週間内を基本として、原子力災害拠点病院などに設置されている甲状腺モニタで実施するとされています。また、今回製品化された可搬型の甲状腺モニタの普及が見込まれる段階で、新しい甲状腺モニタを用いた実施体制などについて改めて検討するとされています。
原子力発電所の運転中に、ウランの核分裂が起きた時に核燃料の中で生成される放射線物質で、放射能をもつヨウ素のことです。気体になりやすく、核燃料の容器の密閉性が破られるなどの大規模な原子力災害が起きたときに環境に放出される代表的な放射性同位元素のひとつです。体内に取り込むと、喉の下にある甲状腺という組織に蓄積しやすく、内部被ばくを引き起こします。様々な質量数の同位体がありますが、そのほとんどは半減期が短く(131I:8.0日、133I:21時間など)、放射性壊変により短時間で無くなってしまいます。甲状腺モニタリングでは比較的半減期が長い131Iを測定の対象としています。
CdZnTe化合物半導体を母材とする放射線検出器で、放射線(X線・γ線)のエネルギー(波長)を調べることができ、体内の放射能を測定するホールボディカウンタや様々な場所の放射線量を高感度で測るサーベイメータなどで用いられているどのシンチレーション検出器よりもこの性能(エネルギー分解能)が優れています。また、様々な試料に含まれる放射性物質の量を調べるために広く用いられているゲルマニウム半導体検出器は液体窒素などを用いた大型の冷却装置が必要ですが、CdZnTe半導体検出器は冷却が不要で小型化ができます。
1986年に、旧ソ連ウクライナ共和国の北部に位置するチョルノービリ原子力発電所で発生した原子力事故です。事故に伴う爆発とその後の火災により、大量の放射性物質が環境中に放出されました。放出された131Iなどの放射性ヨウ素による被ばく影響として、小児甲状腺がんの増加が報告されています。
東京電力の福島第一原子力発電所において、2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震とそれに伴う津波により発生した原子力事故です。事故後の3月14日から15日にかけて、放射線ヨウ素131を含む大量の放射性物質が環境中に放出されました。
乱数を用いたコンピュータシミュレーション計算の手法です。この手法を用いることで、物質中での様々な放射線挙動を、核反応モデルや核データを基に模擬することができます。本開発では、原子力機構が中心となって開発を進めているPHITSと呼ばれるモンテカルロ計算コードを用いて、測定部の構造設計や性能評価を行いました。
JIS規格に規定されている様々な製品の試験を行うために、産業標準化法(JIS法)に基づく試験事業者登録制度(JNLA)の審査を経て、登録された試験所です。放射線分野でただ一つJIS登録試験所として、原子力科学研究所に設置されている放射線標準施設棟(FRS)が登録されています。ここでは、さまざまな種類の放射線(X線、γ線、β線及び中性子)について、幅広い放射線エネルギー範囲で放射線測定器の4つのJIS(JIS Z 4345, JIS Z 4416, JIS Z 4333及びJIS Z 4341)について、エネルギーに対する感度試験(エネルギー特性試験)を高い信頼性をもって実施できます。
発がんや遺伝的影響といった放射線による確率的影響は、組織や臓器によって感受性が異なります。実効線量は、放射線による全身のリスク評価を目的として導入された線量概念であり、各組織・臓器の等価線量に、対応する組織加重係数(各組織・臓器がどれだけ放射線の影響を受けやすいかを示す指標)を掛け合わせ、すべての臓器について足し合わせた量として定義されます。甲状腺の組織加重係数は0.05(1990年勧告)であるため、甲状腺等価線量が10 mSvの場合、その実効線量への寄与は0.05 mSvとなります。
原子力災害対策特別措置法に基づいて、原子力災害への対策を円滑に実施するために原子力規制委員会が策定した指針です。甲状腺モニタリングについて、「放射性ヨウ素の吸入による甲状腺への集積の程度を定量的に把握し、被ばく線量を推定するために実施しなければならない」と定められています。
NaI(ヨウ化ナトリウム)シンチレーション検出器を用いたサーベイメータであり、X線・γ線を測定対象としています。原子力施設などの放射線管理において、空間線量の測定に広く利用されています。また、事故等緊急時に備えて、自治体などにおいても多くの台数が整備されています。原子力災害対策指針では、避難又は一時移転を指示された地域住民を対象としたスクリーニング測定に、NaI(Tl)サーベイメータを用いることとなっています。