2023年12月14日
神奈川大学
大阪大学
東京理科大学
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
J-PARCセンター

集まれ!分子
含水溶液中における疎水性物質の集合状態を観察

研究成果のポイント(ストーリー)

課題 水とテトラヒドロフラン(THF)の混合溶媒中で疎水性有機分子が集合体を形成することが広く知られています。このような溶液の水とTHFの比率を変化させると、溶液の性質が変化することがしばしば観測されています。しかしながら、集合状態がどのように変化し、性質の変化に影響を与えるのかについての詳細は明確ではありませんでした。
成果 今回、水-THF混合溶媒中における疎水性の発光分子について、含水率を変化させて様々な測定を行いました。その結果、溶媒中の水の体積分率が約50%では分子が「緩い集合体」を形成し、水の割合が増加するにしたがって「密な集合体」へと変化することを明らかにしました。また、このような集合状態変化と発光強度変化との対応も明らかにしました。
展望 今回得られた知見は、有機分子の集合体形成制御技術への応用が想定されます。具体的には、有機ELや有機レーザーなどの表示・照明デバイスの効率向上や、薬物輸送システムの効率化による薬効の改善など、広汎な応用が期待できます。

神奈川大学理学部 辻勇人教授らの研究グループは、大阪大学大学院理学研究科高分子科学専攻 中畑雅樹助教、東京理科大学理学部第一部化学科 菱田真史准教授、大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所 瀬戸秀紀教授、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構物質科学研究センター 元川竜平マネージャーとの共同研究により、水とテトラヒドロフラン(THF)の混合溶媒中に独自開発の疎水性発光分子が分散した系について様々な測定を行い、溶媒中の水の割合を変化させると発光分子を含む集合体のサイズと集合状態が変化し、それが発光強度の変化と相関することを示しました。

今回得られた知見に基づいて疎水性分子の集合状態を自在に制御できれば、有機ELや有機レーザー等の発光デバイスの効率向上や、薬物送達(ドラッグデリバリー)システムなどへの応用が期待できます。

本研究成果は、2023年12月7日(米国時間)に米国化学会の学術誌「The Journal of Physical Chemistry Letters」誌にてオンライン先行公開されました。
https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.jpclett.3c02882)。

本研究は、文部科学省科研費補助金 新学術領域研究 水圏機能材料:環境に調和・応答するマテリアル構築学の創成「水圏機能材料創製のための機能分子の精密合成」「水圏機能材料の先端構造・状態解析」「水圏機能材料の電子・イオン機能開拓」、国際共同研究加速基金(海外連携研究)などにより実施されました。

研究の背景

「水と油」と言われるように、油(脂)の性質が強い有機化合物は一般に水には溶けません。このような化合物は「疎水性」であると表現されます。一方で、水になじみやすい「親水性」の有機化合物も多く知られています。テトラヒドロフラン(THF)という常温で液体の有機化合物は、水と任意の割合で混じることが知られています。このTHFが水とどのように混じっているかについて、過去50年に亘って多くの科学者が研究しています。水とTHFを混ぜると、私たちの目には均一に混じっているように見えるのですが、これまでの研究の結果から、実はミクロスケールや、それよりも少し小さいスケール(メゾスコピックスケール)で見ると水とTHFが分離していたり、逆に、水分子とTHF分子が集合してクラスターと呼ばれる構造体を形成することなどがわかってきています。水とTHFの混合比によっても、分離の割合や構造体の形状・サイズなどは大きく変化します。

また、THFは他の有機化合物を溶かすための溶媒(溶剤)としても広く使われており、多くの種類の疎水性有機化合物がTHFに溶解することも知られています。それでは、水に全く溶けない疎水性の有機化合物(溶質)のTHF溶液に水を加えるとどうなるでしょうか?溶質の濃度が、溶媒に比べて重量比で1/1000(0.1%)ぐらいかそれ以下のごく希薄な条件では、見た目には均一な状態を保つものが意外に多く存在します。すなわち、THFは水と混ざるという特徴を持ちながら、それ自体は疎水性の化合物と混ざります。さらに、疎水性の有機化合物であってもTHFに溶かせば水と混ざる、というユニークな特徴をもっています。

そして、このような水―THF混合溶媒中では、水とTHFの混合比を変えると、溶質分子に由来する性質が変化する例も数多く報告されています。性質変化の中でも、発光性を持つ溶質を用いた際に見られる凝集起因消光(ACQ)や凝集誘起発光(AIE)と呼ばれる、分子集合状態に応じた発光特性の変化が注目されています。前者は、分子がギュッと集まった(凝集した)際に発光強度が減少する現象で、古くから知られています。後者は逆に、凝集によって発光強度が増加する現象です。2000年頃にAIEを示す分子の設計指針が提示されて以来、AIE分子の開発が世界的に行われています。水―THF中で疎水性の有機分子を凝集させるためには、水の含有量を増やせば良いことは経験上知られていますが、水含有量と有機分子の凝集状態の詳細については明確ではありませんでした。

研究内容と成果

そこで本研究グループは、辻教授らが以前に開発したCz-COPV2-BTz-COPV2-Cz(BTzと省略する)という発光分子を用いて、蛍光スペクトル測定と蛍光顕微鏡観察に加えて、動的光散乱(DLS)、中性子小角散乱(SANS)、広角X線散乱(WAXS)による測定を行い、水含有量と有機分子の凝集状態の詳細、さらには発光特性変化との相関について研究を行いました。BTz分子は、水には全く溶けませんがTHFには良く溶け、水―THF混合溶媒中でも比較的安定な分散状態を保ちます。また、ACQを示しますが、水―THFのあらゆる混合比において発光効率が十分に高いため、発光の観察が容易です。さらに、発光波長が分子周囲の環境(極性)に敏感であるため、環境変化を発光波長変化として観測しやすいという特長も有します。これらのことから、今回の研究に適した発光色素として選択しました。SANS測定は日本原子力研究開発機構(JAEA)の研究用原子炉(JRR-3)に設置されている装置(SANS-J)にて、WAXS測定は高エネルギー加速器研究機構(KEK)のフォトンファクトリーのビームライン(BL-10C)を用いてそれぞれ行いました。

図1に、水―THF混合溶媒中におけるBTzの蛍光顕微鏡観察像を示します。水の体積分率(fw)を0%から10%ずつ段階的に増加させると、fw = 30%でBTz分子を含む集合体が輝点として星空のように浮かび上がりました。この輝点は、fw = 60%までは観測できますが、fw = 70%から徐々にぼんやりしてきます。これは、水の体積分率を60%より増やしていくと輝点の粒径が減少することを示しています。

図1.(a) 発光分子Cz-COPV2-BTz-COPV2-Czの分子構造、(b) 水-THF中におけるCz-COPV2-BTz-COPV2-Czの蛍光顕微鏡像(露光時間0.25秒)。fwは水の体積比率(vol%)を示す。黄色い輝点はCz-COPV2-BTz-COPV2-Czを含む集合体。

輝点に相当する集合体の構造やサイズが水の体積分率によってどのように変化するかを詳細に知るために上記の各種測定を行いました。得られた結果を総合して推測した模式図を図2に示します。①の水0%(THF100%)から水の割合を増やすと、水をいやがる発光分子は②のように自分たちで集合し始めます。図1の輝点形成段階に相当します。水の分率が増加すると、③のように「背景」が水に入れ替わり、fw = 50%の時点では発光分子とTHFを主成分とする階層構造を形成していることがSANSとDLSから示唆されました。この際、発光分子同士の距離が若干離れている「緩い集合体」を形成していることが、WAXS測定と蛍光測定から明らかになっています。④fw = 60%以上の水が多い領域では、さらに水の割合を増やすと「集合体」のサイズが減少します。このサイズ減少は、水に混じりやすいTHF分子が集合体から水中に拡散することに起因すると考えられます。その結果、水に溶けない溶質分子が集合体内で濃縮され、発光分子間の距離が縮まった「密な集合体」へと変化することで凝集起因消光(ACQ)を示すに至るというメカニズムが明らかになりました。

図2.各種測定から推測した発光分子の集合状態の水体積比率依存性に関する模式図。

今回の研究からは、水―THF混合溶媒中における疎水性有機分子の集合体構造や含水率変化に伴う構造変化ならびに集合体の構造変化と物性変化の関連性を明確にしたという基礎科学的な知見が得られました。また、得られた知見は有機分子の集合体形成を自在に制御する技術への応用も想定されます。例えば、有機ELや有機レーザーなどの表示・照明デバイスの効率向上や、薬物輸送システムの効率化による薬効の改善など、広汎な応用が期待されます。

掲載論文

【題名】Water-fraction Dependence of the Aggregation Behavior of Hydrophobic Fluorescent Solutes in Water-tetrahydrofuran(水―THF中において疎水性の蛍光性溶質が示す凝集挙動の含水率依存性)

【著者名】Hayato Tsuji, Masaki Nakahata, Mafumi Hishida, Hideki Seto, Ryuhei Motokawa, Takeru Inoue, Yasunobu Egawa

【掲載誌】The Journal of Physical Chemistry Letters (DOI: 0.1021/acs.jpclett.3c02882)

【掲載URL】https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.jpclett.3c02882

参考部門・拠点:物質科学研究センター
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