令和5年11月30日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
国立大学法人東北大学
国立大学法人京都大学
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構 (理事長:小口正範、以下「原子力機構」という。)先端基礎研究センター強相関アクチノイド科学研究グループの徳永陽グループリーダーらは、国立大学法人東北大学(総長:大野英男、以下「東北大学」という。)金属材料研究所の青木大教授、国立大学法人京都大学(総長:湊長博、以下「京都大学」という。)理学研究科の石田憲二教授らと共同で、スピン三重項超伝導(1)の候補物質であるウラン系超伝導体において強磁場(2)中での核磁気共鳴(NMR)実験(3)を行い、高い臨界磁場(4)を示す超伝導のメカニズムを解明しました。
ウランテルル化物(UTe2)は、2019年に米国の研究グループによって初めて超伝導が報告され、以来、新しいスピン三重項超伝導体の候補物質として国際的な注目を集めています。通常の超伝導体では、強い磁場がかかると超伝導が壊されるのですが、UTe2は15テスラ(5)以上の強い磁場で逆に超伝導が安定化し、高磁場超伝導と呼ばれる新しい超伝導が出現します。その結果、臨界磁場は従来の理論値よりも10倍も高い35テスラにも達します。
今回、徳永グループリーダーらの研究チームは、磁場によって超伝導が安定化し、高い臨界磁場が実現するメカニズムを解明すべく、物質内部の電子状態をミクロな視点で探ることができる核磁気共鳴(NMR)法による測定を行いました。その結果、磁場をかけることによって物質内の磁気的な揺らぎが、ちょうど超伝導が安定化し始める15テスラ付近から急激に増大することを発見しました。このことは磁気的な揺らぎの増大によって超伝導を形成する電子対の引力(6)が増加し、それによって超伝導が安定化していることを示しています。
今回の研究は、物質の持つ磁性と超伝導の密接な関係を明らかしたものです。その原理の応用によって、今後、ウラン系以外の化合物でもより高い臨界磁場を持つ超伝導体が開発できると期待されます。高い臨界磁場を持つ超伝導体の開発は、高性能の超伝導線材や超伝導を使った量子デバイスの開発にとって重要であり、超伝導技術の応用分野を拡げることに繋がります。
この研究成果は、2023年11月29日に米国物理学会誌「Physical Review Letters」のオンライン版にEditors' Suggestion(注目論文)として掲載されました。
超伝導は、電気抵抗がゼロとなる現象です。超伝導を利用することでエネルギーの損失を伴わない送電や蓄電が可能となり、エネルギー問題の解決に繋がります。また最近は、次世代の量子コンピュータ素子としても注目されています。通常、超伝導は磁場に弱く、磁場をかけるに伴い超伝導の転移温度(Tc)は減少し、やがてゼロとなります。この超伝導を維持できる磁場の上限値を臨界磁場と呼びます(図1,2参照)。
近年、固体物理学の分野でウラン化合物の超伝導が注目を集めています。特に2019年に米国国立標準技術研究所(NIST)とメリーランド大学の研究グループによって初めて超伝導が発見された[1]ウランテルル化物(UTe2)は新しいスピン三重項超伝導体の候補物質として国際的に激しい研究競争が繰り広げられています。図3にUTe2の温度-磁場相図を示します。磁場をかけると低磁場では磁場とともにTcが下がります。これは通常の超伝導体で見られる振る舞いです(低磁場超伝導)。ところが15テスラ以上の高い磁場をかけると逆にTcが上昇し始めます(高磁場超伝導)。この上昇は臨界磁場となる35テスラ付近まで続きます。さらに最近、低磁場超伝導と高磁場超伝導とが入り混じった新しい超伝導状態(7)が15テスラ付近に現れることが超純良単結晶(8)を用いて行った我々の研究で明らかになっています。
このような振る舞いは従来の超伝導体とは大きく異なっており、35テスラという臨界磁場の値は、約2ケルビンというTcから計算される理論値(約3.5テスラ)を10倍も上回っています。そのことはUTe2では磁場中で超伝導を安定化させる何らかの新しいメカニズムが存在することを示唆しています。
今回、徳永グループリーダーらの研究チームは、磁場中で超伝導を安定化させるメカニズムの背景に、物質の持つ磁気的性質(磁性)の変化が関係あるのではと考え、物質内部の電子状態をミクロな視点で探ることができる核磁気共鳴(NMR)法による測定を行いました。その結果、磁場をかけることによって物質内部の磁気的な揺らぎが35テスラに向かって急激に増大していることを発見しました。さらにその増大が高磁場超伝導の出現するちょうど15テスラ付近から始まっていることが確認されました。
今回の実験結果は、磁場をかけることによって物質内部の磁気的揺らぎが増大し、その結果、超伝導を形成する電子対の引力が増加し、超伝導が安定化していることを示しています(図4)。磁気揺らぎの増大が高い臨界磁場をもたらす可能性は理論的には提案されていましたが、実験的な検証はされていませんでした。今回36テスラまでの強力な磁場を作り出すことができるフランス国立強磁場研究所においてNMR実験を行うことで、そのような現象が実際にUTe2で起こっていることが明らかになったのです。
この研究によって、物質の持つ磁性と超伝導が非常に密接な関係を持つことが明らかになりました。このことはUTe2と類似の磁気的性質を持つ物質を探索することで、今後、ウラン系以外の化合物においても、より高い臨界磁場を持つ超伝導を発見できる可能性が高いことを示しています。高い臨界磁場を持つ超伝導体の開発は、強力な磁石を作るための超伝導線材の開発や、磁場中でも動作する超伝導量子デバイスの開発等において重要であり、超伝導の応用分野をさらに拡げることに繋がります。
雑誌名:Physical Review Letters (2023).
タイトル:“Longitudinal spin fluctuations driving field-reinforced superconductivity in UTe2”
(UTe2の磁場強化型超伝導を生み出す縦スピン揺らぎ)
著者名:Y. Tokunaga1, H. Sakai1, S. Kambe1, P. Opletal1, Y. Tokiwa1, Y. Haga1, S. Kitagawa2, K. Ishida2, D. Aoki3, G. Knebel4, G. Lapertot4, S. Krämer5, and M. Horvatić5
所属:1日本原子力研究開発機構先端基礎研究センター, 2京都大学理学研究科, 3東北大学金属材料研究所, 4CEAグルノーブル研究所, 5フランス国立強磁場研究所
原子力機構:研究立案、NMR実験、データ解析、考察、論文執筆
京都大学:NMR実験、データ解析、論文執筆
東北大学:結晶育成、試料評価、論文執筆
CEAグルノーブル研究所:結晶育成、物性測定、論文執筆
フランス国立強磁場研究所:強磁場実験、データ解析、論文執筆
[1] “Nearly ferromagnetic spin-triplet superconductivity”, S. Ran, C. Eckberg, Q.-P. Ding, Y. Furukawa, T. Metz, S. R. Saha, I.-L. Liu, M. Zic, H. Kim, J. Paglione, and N. P. Butch, Science 365, 684 (2019).
[2] “Extreme magnetic field-boosted superconductivity”, S. Ran, I.-L. Liu, Y. S. Eo, D. J. Campbell, P. M. Neves, W. T. Fuhrman, S. R. Saha, C. Eckberg, H. Kim, D. Graf, F. Balakirev, J. Singleton, J. Paglione, and N. P. Butch, Nature Physics 15, 1250 (2019).
[3] " Field-Reentrant Superconductivity Close to a Metamagnetic Transition in the Heavy-Fermion Superconductor UTe2", G. Knebel, W. Knafo, A. Pourret, Q. Niu, M. Vališka, D. Braithwaite, G. Lapertot, M. Nardone, A. Zitouni, S. Mishra, I. Sheikin, G. Seyfarth, J.-P. Brison, D. Aoki, and J. Flouquet, J. Phys. Soc. Jpn. 88, 063707 (2019).
本研究の一部は、日本学術振興会科研費JP16KK0106, JP20H00130, JP20KK0061, JP20K20905, JP22H04933, JP23H011323, JP23H01124, JP23H04871, JP23K03332の助成を受けたものです。また、一部は原子力機構の黎明研究制度の助成を受けて実施しました。
通常の超伝導は、電子スピンを打ち消し合うように「電子対」を作って起きます(一重項超伝導)。スピン三重項超伝導体とは、電子スピンを打ち消し合わずに「電子対」を起こす超伝導体です。その候補物質は数少ないのですが、ウラン化合物超伝導体が多く含まれ、最有力候補として研究されています。
通常の実験室にある超伝導マグネットでは、15テスラ程度の磁場しか発生できず、UTe2の超伝導特性を調べるには不十分です。本研究では36テスラまでの強磁場を発生できるフランス国立強磁場研究所の強力な電磁石マグネットを用いて実験を行いました。
原子核の磁気的な性質(原子核スピン)を利用して、原子核位置にはたらく電子に起因する磁性を測定することにより電子状態をミクロな視点から評価する実験手法です。医療で使う核磁気共鳴画像法(MRI)はこのNMRの原理を応用したものです。
超伝導状態を破壊してしまう磁場の値のこと。外部からの磁場が臨界磁場を超えると超伝導状態は壊されてしまいます。通常、臨界磁場は超伝導の転移温度が高い超伝導体ほど高くなることが理論的に見出されています。超伝導線材として一般的なニオブチタン(NbTi)合金では、超伝導転移温度10Kに対し、臨界磁場は約15テスラで、理論値とほぼ同じ値となっています。
磁場の強さを表す単位。 理科の実験などで使う棒磁石(アルニコ磁石)の強さは約0.25テスラとなっています。
超伝導状態においては、電子二つが対を組んでいますが、対を作るには2つの電子を結びつける引力が必要となります。通常の超伝導体では、物質中の格子の揺らぎ(格子振動)によって引力が生じていますが、磁気的な揺らぎを媒介とした引力も可能であることが理論的に示されています。
2023年5月13日プレスリリース 「新・超伝導状態: ウラン系超伝導体の超純良単結晶で発見―磁場によって性格を変える超伝導―」を参照ください。
2022年7月29日プレスリリース 「身近な塩で超純良ウラン超伝導物質の育成に成功!—次世代量子コンピュータへの応用に期待—」を参照ください。