令和5年8月15日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
J-PARCセンター
国立大学法人熊本大学

日本が開発した高強度マグネシウム合金はなぜ強いのか
―その場中性子回折実験で変形中の構成相それぞれのふるまいを解明―

【発表のポイント】

【概要】

日本原子力研究開発機構(理事長 小口正範、以下、原子力機構)J-PARCセンターのハルヨ・ステファヌス研究主幹、ゴン・ウー研究副主幹、相澤一也研究員、川崎卓郎研究副主幹、熊本大学(学長 小川 久雄、以下、熊本大学)の山崎倫昭教授の研究グループは、高強度マグネシウム合金(Mg97Zn1Y2合金。以下、LPSO-Mg合金)が高温押出加工により強度が大きく増加するメカニズムを解明しました。なお測定には、J-PARCの物質・生命科学実験施設(MLF)に設置している高性能工学材料回折装置TAKUMI(以下、TAKUMI)を用い、LPSO–Mg合金の試験片を引張変形させながら測定する「その場中性子回折実験」で解析しました。

熊本大学が開発した高強度なLPSO-Mg合金は、マグネシウムの母相(以下、Mg相)の中にLPSO相と呼ばれる相を含んでいます(図1(a))。高温で圧力をかける高温押出加工を行うと、LPSO-Mg合金の強度が大幅に増大します。そのため、航空機や自動車等の構造材料として期待されています。強度の向上は、高温押出加工によってキンク帯注1という構造がLPSO相へ導入されたことが理由の一つと推測されています。しかし、高温押出加工を行うことでLPSO-Mg合金のそれぞれの構成相がどうふるまうのかはこれまで不明でした。そこで、高温押出加工で強度が増大するメカニズムの解明のため、押出比を変えて高温押出加工したLPSO-Mg合金を用意し、それぞれ引張変形させながら「その場中性子回折実験」を実施し、それぞれの構成相が負担する応力を観測しました。中性子回折は、構成相別の原子配列を試料全体平均として観察するのに優れています。さらに、J−PARCの大強度中性子と実験装置を用いれば通常の変形試験と同じ条件下でのその場中性子回折実験を行うことができます。

解析の結果、以下のことが分かりました。

① 合金中で、Mg相は柔らかい相として、LPSO相は硬い相としてふるまいます。高温押出加工によりLPSO相のみでなくMg相も強度が高められました。そのうち、LPSO相の強度増大は高温押出によって導入されたキンク帯と集合組織注2の発達によるものです。

② 押出比が低い場合、Mg相の中に複数の組織形態が同時に存在する「マルチモーダル」(図1(b))と呼ばれる状態に変わることで、効率的にMg相の強度が高められました(図1(c))。これにより、Mg相の強度増大がLPSO相の強度増大を上回り、LPSO–Mg合金全体の強度を大きく増大させました。

この様に、高強度LPSO–Mg合金の高温押出加工による大きな強度増大のメカニズムを、定量的かつ詳細に解析できました。その理由は、中性子が高い透過能力を持ち、原子レベルでの解析が可能なため、中性子回折実験によりLPSO–Mg合金中のそれぞれの構成相のふるまいを詳細に測定することに成功したからです。これは、J-PARCの大強度中性子ビームだからこそ得られた成果です。さらにTAKUMIにおいて、試験片の変形試験の「その場中性子回折実験」を連続して実施できる手法や詳細なデータ解析手法を開発したことで、初めて実現できました。

今までの一般的な合金設計では、マクロな視点での機械的特性と合金の構成相の平均的なふるまいに重点が置かれていました。今回、高強度LPSO–Mg合金で解明した現象は、今までのやり方に加えて、合金中のMg相内の異なる組織形態の存在に対して組織形態別の応力にも着目すべきことを示唆しています。マグネシウム合金の開発においては、Mg相の組織形態を制御することで強度と延性を同時に向上させることが可能となり、今後の開発に大きな指針を与えるものと考えられます。

本成果は、2023年8月15日発行の英科学誌『Acta Materialia』に掲載されました。

図1

(a) 研究で用いたLPSO-Mg合金と高温押出加工の模式図

(b) 高温押出加工後の組織写真
押出比が低い(5.0)場合、押出方向に伸びた変形組織注3のMg相とサイズが小さい等軸な結晶粒からなる再結晶組織注4のMg相が形成され、Mg相がマルチモーダルとなりました。
押出比が高い(12.5)場合、変形組織のMg相が観察されなくなりました。

(c) 引張変形中のLPSO-Mg合金の構成相それぞれの強度への寄与
押出によってMg相・LPSO相とも強度が高められました。
押出比が低い(5.0)場合、変形組織のMg相と再結晶組織のMg相の強度寄与増加の合計は非常に大きく全体強度の半分以上を占めています。
押出比が高い(12.5)場合、Mg相の強度寄与は押出比が低い場合に比べて小さくなりました。その代わり、LPSO相の強度寄与が大きくなりました。

【これまでの背景・経緯】

マグネシウムは実用金属の中で最も軽い金属で、多方面で活用されています。しかし、マグネシウム合金は一般的に鋳造時に多くの欠陥を抱えており、変形させると早期に破断してしまう傾向があります。そのため、押出比の高い高温押出加工などの方法を使って、欠陥を減らして延性を向上させる取り組みが行われています。しかし、この方法では強度の増加は大きくは得られませんでした。

そこで、熊本大学は化学成分を調整することで、LPSO相を含むLPSO-Mg合金を開発しました。そのLPSO-Mg合金を高温押出加工することで、延性だけでなく強度も大幅に向上させることを発見しました。高温押出加工後のLPSO相内には、キンク帯が観察され、キンク帯の増加とともに強度が上がることが分かりました。一方、Mg相は軟質相でありながら、高い押出比の高温押出加工では再結晶が生じ、強度の向上が小さいと言われています。このため、高温押出条件とLPSO相内でのキンク帯の導入について詳しく研究が進められています。

研究の過程で、LPSO相の含有量が少ないLPSO-Mg合金において、押出比が低い高温押出加工を行うと試料の強度が大幅に増加することが分かりました。一方、押出比を高くすると試料の強度が低下し、Mg相で再結晶が生じることが分かりました。しかし、その詳細についてはあまり注目されていませんでした。

【今回の結果】

これまでのLPSO-Mg合金の研究では、マクロな機械的特性や顕微鏡観察による研究が主流であり、それぞれの構成相の変形に関する詳細なふるまいは予測の域を出ていませんでした。しかし、押出比が低い高温押出加工によってLPSO-Mg合金の強度がどのように増加するのかを解明するためには、それぞれの構成相のふるまいを明らかにすることが重要だと気づきました。そこで、押出比が異なる高温押出加工されたLPSO-Mg合金を用意し、それぞれを引張変形させながら「その場中性子回折実験」を実施しました。

今回の研究では、高温押出加工によってLPSO-Mg合金中のMg相とLPSO相の強度向上のメカニズムを詳しく調査しました。押出比が低い条件下では、Mg相の組織が「マルチモーダル」と呼ばれる、変形組織と再結晶組織の組み合わせとなることで、試料全体の強度を効率的に向上させる重要な要素であることが初めて定量的に観察されました。

変形組織のMg相では、強力な集合組織と高い欠陥密度が強度の向上に寄与しています。これは、結晶内の格子ひずみや欠陥の存在により、材料の強度が増加することを意味します。一方、再結晶組織のMg相では、細かい結晶粒の存在が強度の増加にも寄与しています。細かい結晶粒は境界面を増やすことにより、変形時の結晶欠陥のすべりや境界面の移動を制限することで強度を高めます。

つまり、Mg相の組織形態を制御することによって、LPSO相による強度増加だけでなく、さらなる強度向上が可能であることが分かりました。具体的には、押出加工条件や熱処理などを適切に調整することで、変形組織と再結晶組織の割合や結晶粒のサイズを調節し、材料の強度を最大限に引き出すことができます。この研究結果は、マグネシウム合金の設計や高温加工プロセスの最適化において、重要なガイドラインとなります。

【今後の展望】

高強度LPSO–Mg合金で起きている上記の現象は、今までの合金設計に新たな指針を与えると考えられます。今までは、マクロな機械的特性や構成相の平均相応力だけについて注目してきましたが、今回の成果により、それらに加えて特定の構成相内の組織形態の個別応力にも着目すべきことが分かりました。マグネシウム合金においては、マルチモーダル組織を形成する変形組織のMg相と再結晶組織のMg相の割合・形態を調整することで、強度と延性をさらに向上させることにつながります。これによって、LPSO相のような第二相に依存しない単相合金の今後の開発に大きな指針を与えるものと考えられます。

【論文情報】

Stefanus HARJO, Wu GONG, Kazuya AIZAWA, Takuro KAWASAKI, Michiaki YAMASAKI, “Strengthening of αMg and long-period stacking ordered phases in a Mg-Zn-Y alloy by hot-extrusion with low extrusion ratio”, Acta Materialia, Vol. 255 (2023), 119029.

DOI: 10.1016/j.actamat.2023.119029

【各機関の役割】

本研究において、ハルヨ氏1と相澤氏1は研究を立案し、ハルヨ氏、ゴン氏1と川崎氏1は中性子回折実験を行い、山崎氏2が試料作成及び組織観察を行ないました。データ解析及び論文執筆はハルヨ氏が行い、全員で内容に関する議論を行い、論文投稿を行いました。

1:原子力機構、2:熊本大学

【助成金の情報】

この研究は下記の助成を受けて実施したものです。

科研費:JP18H05479、JP18H05476

JST-CREST:JPMJCR2094

MEXT Program:JPMXP1122684766

【用語の説明】

注1 LPSO相内のキンク帯

キンク帯(キンクバンド)とは、地質学でよく用いられる用語で、結晶に見られる変形構造のひとつです。すべり面が局所的に曲がっている変形帯状領域、または岩石の劈開面の鋭い屈曲で示される帯状領域を指します。LPSO相においても圧縮のような変形を加えるとキンクが発生しキンク帯が残ります。

注2 集合組織

強い機械加工や熱処理、蒸着などにより、結晶粒の向きが一定方向に揃った状態のことをいいます。図1(b)の組織イメージでは結晶粒の向き毎に色をつけてあり、さまざまな色の結晶粒を形成することは集合組織が弱いことを意味します。したがって、押出比が5.0の場合、同じ色(青)の結晶粒からなる領域は集合組織が非常に強い領域です。

注3 変形組織

金属の加工では、金属の塑性変形を利用して、特定の結晶面を境にして原子のすべりが起こり、格子欠陥が導入され内部ひずみが蓄積されます。塑性変形が広い範囲で起こると、加工方向に対する特定方向に結晶粒の向きが揃うようになり、格子欠陥の密度が高い組織が形成されます。そして、結晶粒の向きが特定の方向に揃い、格子欠陥が多い変形組織は、強度が通常高いです。

注4 再結晶組織

塑性加工を施した金属を加熱して高温で保持すると、原子の拡散などが起こり、格子欠陥の移動などで格子欠陥密度が大幅に減少します。この現象を回復といいます。加熱・保持温度がさらに高くなると結晶粒界などから内部ひずみのほとんどない新しい結晶粒が生成し、もとの内部ひずみの蓄積した組織から全て新しい結晶粒に置き換わります。この現象を再結晶といいます。マグネシウム合金の高温押出加工では温度が高いこともあり、変形組織の一部において再結晶が起こります。さらに押出比が高い場合、加工のひずみ量が非常に大きくなることで、試料が発熱しています。そして、温度がさらに上がり、再結晶が起こりやすくなっています。再結晶組織は、結晶粒の向きがほぼランダムですが、結晶粒のサイズが細かいことから高い強度にも寄与しています。

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