2023年6月1日
国立大学法人東京大学
国立大学法人東北大学
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構

ウラン化合物におけるカイラリティを持つ超伝導状態を解明

【発表のポイント】

図: UTe2におけるカイラル超伝導状態のイメージ図

発表概要

東京大学大学院新領域創成科学研究科の石原滉大助教、水上雄太助教(研究当時、現在東北大学大学院理学研究科准教授)、橋本顕一郎准教授、芝内孝禎教授、日本原子力研究開発機構の酒井宏典研究主幹、芳賀芳範研究主幹らの研究グループは、ウランを含む超伝導体であるウランテルル化物(UTe2)においてカイラリティ(掌性、注1)を持つ超伝導状態が実現していることを実験的に明らかにしました。

UTe2は2019年に超伝導状態を示すことが報告された比較的新しいウラン系超伝導体であり、これまでに異常な超伝導特性が多く報告されているものの、その超伝導状態は未解明でした。そこで研究グループは、磁場を様々な方向に印加したときの違いを調べるという新しい手法によりUTe2における超伝導状態の解明を試みました。その結果、UTe2では電子対が「右回り」または「左回り」といったカイラリティを有するカイラル超伝導状態を実現していることがわかりました(図1)。このカイラル超伝導状態では、超伝導状態を特徴づける電子対の対称性が、通常の実数(AB)の形ではなく、複素数(A+iB)の形で表現される特殊な状態となっており、A+iBA-iBの状態がそれぞれ右回り、左回りに対応しカイラリティを持ちます。

図1: UTe2におけるカイラル超伝導状態のイメージ図

カイラル超伝導状態は従来基礎物理学的な観点から研究されてきましたが、近年ではトポロジカル量子計算(注2)への応用も期待されています。今回の成果は、多くの異常な超伝導特性を示すUTe2の超伝導状態を明らかにしただけではなく、量子計算技術への応用的な研究も促進することが期待されます。

本研究成果は2023年5月23日付け(現地時間)で、英国科学誌『Nature Communications』にオンライン掲載されました。

発表内容

<研究の背景と経緯>

ウラン系超伝導体UTe2は2019年に超伝導状態の報告がされて以来、多くの異常な超伝導特性が報告されています。例えば、UTe2では60 T(テスラ)もの強い磁場を印加しても超伝導状態を保持していることや、等方的な圧力と磁場を印加することにより複数の異なる超伝導状態を示すことが知られています。これらの異常な超伝導特性を理解するためには、ゼロ磁場・常圧下での超伝導状態を解明することが必要不可欠ですが、これまで超伝導状態についてのコンセンサスは得られていませんでした。

UTe2は電子対が「右回り」または「左回り」といったカイラリティを有するカイラル超伝導状態の有力な候補物質として考えられています。カイラル超伝導状態では、電子対の対称性が実数(AB)ではなく複素数(A+iB)となる特殊な状態であり、この時A+iBA-iBがそれぞれ右回り・左回りに対応します。このカイラル超伝導状態は、これまで基礎物理学的な観点から注目を集めていましたが、近年では量子計算技術への応用も期待されており、カイラル超伝導研究の重要性はより一層高まっています。しかしながら、カイラル超伝導体の候補物質は非常に数が限られており、カイラル超伝導状態の理解はまだまだ不十分であると言えます。

超伝導状態におけるカイラリティの検証は、これまで超伝導状態における非常に微弱な磁化や磁場の検出によって行われてきました。しかし、極低温下で微小な磁化や磁場の検出ができる実験手法は限られており、多角的な検証は行われてきませんでした。

<研究の内容>

本研究では、磁場を3つの方向にかけたときの応答の違いを見るという新しい手法を用いてカイラル超伝導状態の検証を行いました。具体的には、磁場方向を結晶軸のa軸、b軸、c軸にそれぞれ合わせた状態で磁場侵入長(注3)の温度依存性を測定しました(図2a)。この手法により、各結晶軸方向に流れる超伝導電流に対応する各軸方向への磁場侵入長を計算することができます。この各軸方向への磁場侵入長の温度依存性は電子対の対称性を大きく反映しており、カイラル状態でない場合には一つの方向でのみ温度の二乗に従うのに対し、カイラル状態では全ての方向で温度の二乗に従います(図2c)。磁場侵入長の温度依存性を正確に評価するため、本研究ではおよそ50 mK(ミリケルビン)(およそマイナス273.1℃)までの極低温環境下で磁場侵入長測定を行いました。

実際にUTe2における各軸方向への磁場侵入長の温度依存性を測定した結果が図2(b)です。図の縦軸は規格化された磁場侵入長の変化量を表しており、横軸は超伝導転移温度で規格化された温度の二乗を示しています。また、赤、青、黄色のデータはそれぞれ結晶軸のa軸、b軸、c軸方向に流れる超伝導電流に対応した磁場侵入長の値を示しています。この図で全てのデータが直線的なグラフになっていることから、磁場侵入長は方向に関わらず温度の二乗に従うことがわかります。前述のように、方向に関わらず温度の二乗に従う振る舞いはカイラル超伝導状態で期待されるものであることから、本研究の測定結果はUTe2の超伝導状態がカイラル状態であることを示しています。

図2:UTe2における磁場侵入長測定結果

(a)磁場を各軸方向にかけた時の超伝導電流とその電流方向に対応する磁場侵入長の関係。(b)a軸(赤)、b軸(青)、c軸(黄)方向の超伝導電流に対応する規格化された磁場侵入長変化量を超伝導転移温度で規格化された温度の二乗に対してプロットしたもの。黒の破線は直線を示している。(c)カイラルでない場合とカイラルの場合に期待される磁場侵入長の温度依存性の例。

<今後の展望>

本研究は、ウラン化合物UTe2で電子対が「右回り」または「左回り」といったカイラリティを持つカイラル超伝導状態が実現していることを示す重要な結果です。今後はこの物質を舞台としてカイラル超伝導状態の基礎的な理解が深められていくとともに、量子計算技術への応用的な研究を促進するものであると期待されます。

発表者

東京大学大学院新領域創成科学研究科
石原 滉大(助教)
橋本 顕一郎(准教授)
芝内 孝禎(教授)

東北大学大学院理学研究科
水上 雄太(准教授)<研究当時: 東京大学大学院新領域創成科学研究科 助教>

日本原子力研究開発機構先端基礎研究センター
酒井 宏典(研究主幹)
芳賀 芳範(研究主幹)

論文情報

〈雑誌〉Nature Communications(2023年5月23日付)

〈題名〉Chiral superconductivity in UTe2 probed by anisotropic low-energy excitations

〈著者〉Kota Ishihara*, Masaki Roppongi, Masayuki Kobayashi, Kumpei Imamura, Yuta Mizukami, Hironori Sakai, Petr Opletal, Yoshifumi Tokiwa, Yoshinori Haga, Kenichiro Hashimoto, and Takasada Shibauchi**連絡著者)

〈DOI〉10.1038/s41467-023-38688-y

〈URL〉https://www.nature.com/articles/s41467-023-38688-y

研究助成

本研究は科学研究費新学術領域研究(研究領域提案型)「量子液晶の物性科学」(領域代表:芝内孝禎教授)[JP19H05824]、学術変革領域研究(A)「高密度共役の科学」(領域代表者:関修平教授)[JP20H05869]等の助成を受けて行われました。

共同研究グループ

本研究は、東京大学と東北大学、日本原子力研究開発機構の共同研究による成果です。東京大学と東北大学は、極低温における磁場侵入長や比熱の測定・解析及び物理的解釈を行い、日本原子力研究開発機構は本研究のテーマであるウラン化合物超伝導体UTe2の超高純度単結晶の育成及びその基礎物性評価を行いました。

用語解説

(注1)カイラリティ(掌性)

ある状態を鏡に映すと元の状態とは異なる状態になるとき、その状態はカイラリティを有している、と言います。例えば、右手を鏡に映すと左手のようになり、右回りの回転をしている物体を鏡に映すと左回りの回転をしているように見えるため、これらの状態はカイラリティを有します。超伝導状態の場合には、電子対状態が右回りまたは左回りといった回転の方向性を持つ場合に、カイラル超伝導状態と呼ばれます。

(注2)トポロジカル量子計算

物質中のトポロジカルな性質を利用して行う量子計算のこと。トポロジカルに保護された量子状態は一般に不純物などの外因的なノイズに対して頑強であるため、トポロジカル物質を利用することで環境ノイズに強い量子計算が可能になると期待されています。

(注3)磁場侵入長

超伝導体に磁場を印加すると、その磁場を打ち消すように超伝導体のエッジ部分に超伝導遮蔽電流が流れ、超伝導体内部の正味の磁束密度がゼロになります。この状態では、超伝導体内部では完全に磁場が排除されているものの、超伝導体表面から数十~数千ナノメートルのごく限られた領域では磁場がわずかに侵入しており、この長さスケールを磁場侵入長と呼びます。

参考部門・拠点:先端基礎研究センター
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