結晶粒超微細化により、酸素に起因したチタンの低温脆性を克服
―悪者とされてきた不純物酸素の有効利用に期待―

概要

崇 巌(CHONG, Yan)・京都大学大学院工学研究科材料工学専攻特定助教、辻伸泰・工学研究科材料工学専攻教授は、都留智仁・日本原子力研究開発機構(理事長 小口正範)研究主幹と共同研究を行い、結晶粒超微細化によって酸素に起因したチタンの低温脆性を克服することに成功しました。チタンおよびチタン合金の結晶中に侵入型固溶原子として存在する酸素は、力学特性上の諸刃の剣と考えられてきました。酸素は強度を大きく向上する一方で延性(均一な伸び)を著しく低下させます。例えば、酸素格子間物質を0.30重量パーセント(wt.%) (~1.0原子パーセント(at.%))の濃度で添加するだけで、チタンは極低温の77ケルビン(K)で完全に脆くなってしまいます。その結果、チタンの工業生産においては酸素除去のためのコストが増加します。本研究では、チタンにおけるこのジレンマを克服する基本戦略として、結晶粒超微細化の有効性を明らかにしました。0.3 wt.%の酸素を含む超微細粒多結晶純チタン(平均粒径2マイクロメートル(μm))は、77Kで超高強度(~1250メガパスカル(MPa))と大きな均一伸び(~14%)を示すことを発見しました。先端的なナノスケール材料解析手法と理論計算により、高強度化と脆性抑制の理由が明らかとなりました。本成果は、チタンおよびチタン合金においてこれまで悪者とされてきた酸素の役割を転換し、酸素の有効利用と、チタン製造コストの低減の可能性を示すものです。

本研究成果は、2023年2月1日に国際学術誌「Nature Communications」にオンライン掲載されました。

概略図

背景

酸素(O)は六方細密(HCP)結晶構造を持つチタン(Ti)の強度を向上させるが、延性を著しく低下させます。例えば酸素含有量が0.3 wt.%を超えるだけで、チタンは77Kの極低温で極めて脆くなります。酸素含有量の増加に伴う脆化は、多結晶金属の結晶粒間の境界である結晶粒界(grain boundary)で生じる粒界破壊型の脆性破壊が起こりやすくなるためです。その結果、酸素によるチタンおよびチタン合金の強化効果は十分に用いることができず、チタンの製造において酸素含有量を低下させる必要が生じて製造時のコスト増大に繋がっています。チタン-酸素合金(Ti-O合金)の低温脆性破壊は、高強度軽量材料であるチタン・チタン合金を液体推進ロケットエンジンの構造材料や液体窒素/ヘリウム容器材料として使用する際の大きな妨げとなります。酸素に起因したチタンの脆化は、酸素含有チタンに固有の平面すべりや結晶すべり以外の塑性変形モードの一つである変形双晶(deformation twinning)のうち、チタン合金で生じる特殊な結晶面をせん断面とする変形双晶({11-24} 変形双晶)の活動に起因した局所的な塑性変形と、粒界の脆化によるものであると考えられてきました。

この問題に対して、置換型合金元素の添加を介して低温におけるチタンの酸素誘起脆性を緩和するという「組成戦略」を、今回の著者の一部は先行研究で提案しています。一方、本研究では、ミクロ組織を制御して結晶粒超微細化により酸素を無害化するという「構造戦略」を提案します。本研究の結果、例えばTi-0.3wt.%O (~1.0 at.%O) 合金の極低温における均一伸び(延性)を十倍向上させることに成功しました(図1b)。金属・合金の化学組成を変えることなく、より根本的な解決策を示す本手法は、侵入型不純物原子による固溶強化の一方で延性が低下してしまう他の金属・合金系にも適用できる可能性があります。

図1:粒径の異なる純Ti(a)とTi-0.3O合金(b)の、室温(赤線)および77K(青線)における応力-ひずみ曲線

研究手法・成果

結晶粒超微細化を実現するために、通常の粗大粒組織を有する出発材に高圧ねじり法(High Pressure Torsion: HPT)による巨大ひずみ加工を施し、その後焼鈍熱処理を行いました。酸素含有量の低い純TiとTi-0.3O合金の両方で、超微細粒材を含む種々の平均粒径(D=2.0μm〜164μm)の完全再結晶組織を有する多結晶試料を得ることに成功しました。純Tiの極低温(77K)変形では、金属材料において一般に見られる強度と延性のトレードオフ関係に従って、結晶粒微細化による強度の増大に伴って均一伸びが徐々に減少(63%から40%)しました(図1a)。一方、Ti-0.3O合金では、驚くべきことに全く逆の傾向が見られ、粒径の減少とともに均一伸びが1.5%から14.0%に大きく増加し(図1b)、同時に引張強さは1.0ギガパスカル(GPa)から1.25GPaに増加しました(図1b)。77Kにおける超微細結晶粒(UFG)Ti-0.3Oで見出された著しい引張延性の増加は、高強度Ti-O合金の低温での応用の可能性を高めるだけでなく、酸素含有量の増加に伴うTi-O合金の77Kにおける急激な脆化の根本メカニズムに光を当てるものだと考えられます。

粗大粒(CG)および超微細粒(UFG)組織を有するTi-0.3O試料の粒界における酸素原子の分布を、集束イオンビーム(FIB)法により作製した微小試料に対して3次元アトムプローブトモグラフィー(APT)法を適用して調べました(図2)。その結果、Ti-0.3O合金粗大粒 (CG) 材の結晶粒界には酸素原子が高濃度に集積(偏析 (segregation))し(平均酸素濃度1.0at% (=0.3wt%) の2倍に達する2.0 at.%の酸素の集中)が生じているが(図2a、c、e)、超微細粒 (UFG) 材の粒界には酸素の偏析がない(図2 b、d、f)ことが明確に示されました。また第一原理計算により、酸素が存在すると粒界における結合エネルギーが大きく低下することを示し、これによって結晶粒超微細化による酸素の偏析の低減が脆化を抑制していることが証明されました。これらの結果より、結晶粒超微細化に伴って単位体積あたりの粒界面積が34倍に増加し、その結果酸素の粒界偏析が希薄になって、粒界凝集エネルギーの低下が起こりにくくなるため、超微細粒 (UFG) Ti-0.3O 合金の粒界破壊が抑制されたものと結論づけることができました。

図2:CG材 (a、c、e) とUFG材 (b、d、f) Ti-0.3Oにおける酸素原子の粒界分布の3D-APT解析結果

次に、粗大粒(CG)および超微細粒(UFG)組織を有するTi-0.3O試料の各結晶粒内の変形組織(転位組織)を、走査透過型電子顕微鏡(STEM)および透過電子顕微鏡内での三次元トモグラフィー(3D-TEM)により詳細に解析しました(図3)。その結果、粗大粒(CG)Ti-0.3O合金の変形組織では、平面的なすべり帯が長距離にわたって発達していました(図3a、c)。これはすべり変形が局所化し易いことを示し、一般的に十分な均一伸びを得るためには好ましくない傾向でした。一方、超微細粒(UFG)Ti-0.3O合金では、転位が均一に分布しており(図3b、d)、また通常は活動しない転位(六方晶のa方向だけでなくc方向の変位成分を有する転位)の割合が数多く観察されました。これは、転位反応により転位が互いに絡みあって多数の転位が結晶内に蓄積し、大きな加工硬化をもたらして塑性不安定の発現を抑制して、その結果大きな均一伸びが得られたものであることが判明しました。

以上のように、本研究では結晶粒超微細化により局所的な塑性変形と粒界の脆化の抑制を実現することで、極低温で高強度と高延性を両立したTi-O合金が得られ、チタンおよびチタン合金においては有害な元素と従来考えられてきた酸素を無害化することに成功しました。そして最先端のナノスケール組織・構造解析法や原子スケールの計算材料科学を駆使することによって、結晶粒超微細化により酸素由来の粒界破壊が抑制された理由とともに、高強度と高延性両立の機序も明らかになりました。

図3:CG材 (a と c) と UFG材 (b と d) Ti-0.3O の典型的な転位組織の STEM と 3D-TEM像

波及効果、今後の予定

本研究は、結晶粒超微細化という新しい戦略によって、酸素を含有する純チタン多結晶体の低温脆性を克服し、超高強度と高延性の両立を実現したものです。先端的なナノ組織・構造解析手法と計算科学手法を用いることにより、結晶粒超微細化に伴う変形モードの変化と加工硬化の増大を通じた高強度・高延性化の機構と、粒界における不純物元素の偏析挙動の変化による脆性破壊抑制の機序を解明した点に学術的な重要性があります。実用的には、チタンにおいてこれまで悪者とされてきた不純物酸素の有効利用の可能性を示し、チタンおよびチタン合金の製造コスト低減といった波及効果が期待できます。今後はより高強度を示すチタン合金に研究を展開し、革新的構造材料の新たな設計指針の獲得を目指します。

研究プロジェクトについて

本研究は、JST・CREST「[ナノ力学]革新的力学機能材料の創出に向けたナノスケール動的挙動と力学特性機構の解明(JPMJCR1994)」(研究総括:伊藤耕三 東京大学教授)、JST・さきがけ「[ナノ力学]力学機能のナノエンジニアリング(JPMJPR1998)」(研究総括:北村隆行 京都大学理事・副学長)、文部科学省 構造材料元素戦略研究拠点(ESISM)(拠点長:田中 功 京都大学教授)の支援により実施されました。これらプロジェクトにおいて著者らは、物質・材料の内部や界面で生じる原子の運動、微視組織の変化などのナノスケール動的挙動を解析・評価する技術を発展させ、マクロスケールの力学特性を決定している支配因子を見出しその作用機構の解明を行うとともに、元素の役割の解明と有効利用によって、新たな力学特性を有する革新的構造材料の設計指針を創出することを目指しています。

<研究者のコメント>

本論文の出版を通して、チタン合金における酸素の役割を180度転換できる可能性を見出し、また高強度・高延性両立のために結晶粒超微細化(バルクナノメタル化)が有効であることを確認できたことを非常に嬉しく思っています。今回の基礎的研究成果をより深め、優れた特性と安全性を有する構造用金属材料の設計・開発につなげていきたいと考えています。

<論文タイトルと著者>

タイトル Grain refinement in titanium prevents low temperature oxygen embrittlement
(結晶粒超微細化がチタンの低温酸素脆性を抑制する)

著者 Yan Chong(崇 巌)*・京都大学 特定助教(CREST)、Reza Gholizadeh・京都大学 特定研究員、Tomohito Tsuru(都留智仁)*・日本原子力研究開発機構 研究主幹、Ruoping Zhang・ローレンス-バークレイ国立研究所博士研究員、Koji Inoue(井上耕治)・東北大学金属材料研究所 准教授、Wenqiang Gao・清華大学博士課程学生、Andy Godfrey・清華大学 教授、Masatoshi Mitsuhara(光原昌寿)・九州大学 准教授、J.W. Morris, Jr.・カリフォルニア大学バークレイ校 教授、Andrew M. Minor*・カリフォルニア大学バークレイ校 教授、Nobuhiro Tsuji(辻 伸泰)*・京都大学 教授

掲載誌 Nature Communications

DOI 10.1038/s41467-023-36030-0

参考部門・拠点:原子力基礎工学研究センター
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