令和4年12月5日
大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 国立極地研究所
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
国立大学法人信州大学

二次宇宙線計測データの気温効果と積雪効果を補正する新手法を開発
~太陽フレアの影響など、宇宙環境の診断に応用~

陽子線やアルファ線などの宇宙放射線(一次宇宙線)が宇宙から地球に降り注ぐと、地球大気の原子核との相互作用により、ミューオンや中性子といった二次宇宙線が発生します。南極・昭和基地では、2018年2月からミューオンと中性子の観測を開始しました。二次宇宙線の観測により一次宇宙線の強度やエネルギーを測定することができますが、気圧や温度、積雪により二次宇宙線の計数率は影響を受けてしまいます。

国立極地研究所の片岡龍峰准教授らの研究グループは、昭和基地の宇宙線観測データを用いて、ミューオン計測に現れる気温効果と中性子計測に現れる積雪効果の新しい補正方法を開発しました。積雪効果については、物理モデルによる補正方法を新たに提案するとともに、対流圏・成層圏の気温を入力データ、宇宙線計数率を出力データとした機械学習によって、物理モデルによる補正と同等の補正ができることが明らかになりました。この研究成果により、太陽フレアに伴う宇宙天気現象の影響を受けて変動する宇宙線の精密測定から宇宙環境を診断できるようになります。

<研究の背景>

2018年2月から開始した昭和基地における宇宙線観測では、比較的高いエネルギーの陽子(約25 GeV以上)に起因するミューオンと、比較的低いエネルギーの陽子(約5 GeV以上)に起因する中性子の両方を測定しています。この2つの測定を用いれば、陽子のエネルギーによって太陽圏を移動する際の挙動が異なることを利用して、太陽圏の磁場の状況を逆算的に推測することも可能です。

しかしながら、ミューオンや中性子はいずれも、大気中の空気シャワー(注1)によって生成する二次宇宙線であるため、地上での計数率は大気の変動や地上の状況の影響を受けて変化します。気圧は、大気の物質量であるため、気圧が低いほど計数率が上がる「気圧効果」、あるいは気温上昇によってミューオン生成高度が上がるため、地上に来る前に崩壊してミューオン計数率が下がる「気温効果」、観測器周辺の積雪に地面から跳ね返ってくる熱中性子が吸収されて中性子の計数率が下がる「積雪効果」などが知られています。

そのため、地上で計測された宇宙線のデータ用いて宇宙環境の変化を観測するためには、気圧や気温、積雪など、地上環境の影響を補正する必要があります。

<研究の成果>

昭和基地のミューオン観測データ(気圧効果の補正済み)を見てみると、気温効果により、実際にミューオンの計数率(図1b)が成層圏(150 hPa~20hPa)の気温(図1a)と反相関している様子が分かります。この気温効果の物理的な補正については先行研究があり、気温データを用いて、図1cの青線のように補正ができます。本研究で、気温を入力データとし、計数率を出力データとした機械学習(Echo State Network)を行ったところ、赤線のように、同様の補正ができることが分かりました。

図1:昭和基地におけるミューオンの計数率と補正値。(a)成層圏の気温 (b)ミューオンの計数率。単位はカウント/分。(c) 補正したミューオン計数率。青は従来の方法での補正。赤が本研究での機械学習による補正。

次に、中性子の観測データを見てみると、積雪量と反相関するように計数率が変化している様子が分かります(図2)。これは「積雪効果」の影響が大きいことを表しています。

図2:(a)積雪量。(b)中性子の計数率。気圧の影響を補正した後の値。

この積雪効果を計算するため、本研究では大気圏内の宇宙線強度計算モデル「PARMA」(注2)と実際の積雪データを用いて、積雪量に比例した地面の水分量による中性子計数率の変化を再現できる物理モデルを開発しました。

さらに、ミューオンの気温補正と同様の気温を用いた機械学習による方法でも、積雪効果の補正が同様にできることも分かりました(図3)。

図3:昭和基地における中性子の計数率と補正値。(a)成層圏の気温(図1aと同じ) (b)中性子の計数率。単位はカウント/分。(c) 補正した中性子計数率。青はPARMAモデルを用いた補正。赤は機械学習による補正。

<今後の展開>

本研究によって、ミューオンと中性子の補正が複数の手法で可能となりました。中性子の場合には、たとえ積雪や地下の水分量を計測していない場合にも、機械学習の助けを借りた補正が可能です。今後は、補正後の宇宙線計測データを用いて、太陽フレアに伴う宇宙天気現象の影響を受けて変動する宇宙線の精密測定から、宇宙環境を診断できるようになります。

<注>

注1 空気シャワー:

宇宙線が大気中の原子核と核反応を繰り返しながらミューオンや中性子など様々な二次宇宙線を生成していく様子。

注2 大気圏内の宇宙線強度計算モデル「PARMA」:

大気圏内の任意地点における宇宙線強度を地表面の状態(積雪・地中水分含有率)などを考慮して計算可能な数値モデル。PARMAモデルを含む宇宙線計算ソフトウェアEXPACSは原子力機構のホームページで公開されている(http://phits.jaea.go.jp/expacs/jpn.html)。

<発表論文>

掲載誌:Journal of Space Weather and Space Climate

タイトル:Local environmental effects on cosmic ray observations at Syowa Station in the Antarctic: PARMA-based snow cover correction for neutrons and machine learning approach for neutrons and muons

著者:
片岡 龍峰(国立極地研究所 宙空圏研究グループ/総合研究大学院大学 極域科学専攻)
佐藤 達彦(日本原子力研究開発機構)
門倉 昭(データサイエンス共同利用基盤施設 極域環境データサイエンスセンター)
小財 正義(データサイエンス共同利用基盤施設極域環境データサイエンスセンター)
三宅 晶子(国立高等専門学校機構 茨城工業高等専門学校)
村瀬 清華(総合研究大学院大学)
吉田 理人(総合研究大学院大学)
冨川 喜弘(国立極地研究所 宙空圏研究グループ/総合研究大学院大学 極域科学専攻)
加藤 千尋(信州大学)
宗像 一起(信州大学)

DOI:10.1051/swsc/2022033

URL:https://doi.org/10.1051/swsc/2022033

論文公開日:2022年11月11日

参考部門・拠点:原子力基礎工学研究センター
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